国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

Presenter Interview プレゼンターインタビュー

2009.6.24

Berlin’s HAU as an epicenter of the performing arts —
What’s the ideas behind its aim to “Create friction in the world?

ドイツ

パフォーミングアーツの震源地
HAU“世界に摩擦を起こす”その企みとは?

マティアス・リリエンタール Matthias Lilienthal
ベルリンHAU劇場(Hebbel am Ufer)芸術監督

ベルリンの壁崩壊後、旧東ベルリンのフォルクスビューネ・アム・ローザ・ルクセンブルクプラッツを実験劇場として再生し、2003年に、移民が多く住むクロイツベルク地区にある3つのスペースからなる劇場組織Hebbel am Ufer(HAU)の芸術監督に就任した闘士マティアス・リリエンタール。リアリティ/ドキュメンタリー演劇を追究し、実験演劇集団リミニ・プロトコルなどとともに“世界に摩擦を起こす”パフォーミングアーツのプロジェクトを次々に仕掛け、今最も注目されている。壁崩壊20年となる2009年の今年、さまざまな記念イベントやフェスティバルに沸くベルリンで、10月に開催される日本を特集したフェスティバルの企画も進行中だ。現代社会に鋭く切り込むプロジェクトを目指し、世界のカルチャーシーンにアンテナを張り巡らせるリリエンタールに、HAUの取り組みや都市が発信するカルチャーについて聞いた。
聞き手:山口真樹子

リリエンタールさんは、90年代初頭、演出家フランク・カストルフとともに、新生フォルクスビューネ・アム・ローザ・ルクセンブルクプラッツの立ち上げを主導されました。同劇場は、ベルリンにおいてより実験的で政治的な作品を制作する劇場のひとつとされています。その際に行った最も重要な改革、特筆すべき変革について話してください。
 当時はベルリンの壁が崩壊してから間もない頃で、旧東ベルリン地区にあるフォルクスビューネを、激変した社会の中で新たにどう位置づけるかが重要なテーマでした。当時、東ドイツの人々は必死で西ドイツ社会へ近づこうとし、一方再統一のプロセスの中で自分たちが抱えていた問題はないがしろにされました。その中で私たちが試みたのは、東ドイツの人々は問題を抱えているのだ、それを無視してはいけない、ドイツの再統一はひとつの国を民主主義で自由化するというよりはむしろ、西ドイツによる東ドイツの植民地化だったのではという問いかけでした。そのためのメタファーを見つけ、東ドイツの人々の問題を取り上げる論争を仕掛けたのです。そのひとつとしてかつて東ドイツで使われていたレトロデザインを使いました。こうしたヴィジュアルを用いることで、突然失業状態におかれた旧東ドイツの人々の問題と、彼らがおかれた社会的状況に対する世間一般の関心を促そうとしました。
東ドイツの人々の問題を扱った作品について具体的に紹介していただけますか。
 そういう意味で最も成功したのが、『Murx den Europaer(ヨーロッパ人をやっつけろ)』という作品です。演出・作はクリストフ・マルターラーで、ドイツのナチス時代によく歌われた歌で構成されています。アンナ・フィーブロックがデザインした超現実的な舞台美術は、奇妙な待合室、救世軍の待合室、あるいは老人ホームのようにも見えました。舞台上には10人、それぞれが自分の机に向かって座っており、お互いに話もせず個々に引き籠もっている。ただ一緒に歌を歌う時だけ慰めを得るという設定です。超現実の中で合唱を通してのみユートピアが生まれるというこの作品は、まさに、ドイツ再統一のもたらした負の結果を先取りして示したものでした。マルターラーはこの作品で初の大成功を収め、以後14年間にわたり上演されました。これはドイツの演劇界では記録的といっていいほど例外的なロングランです。また、カストルフは『リア王』を取り上げました。権力闘争と権力掌握をテーマとしたこの作品で、彼は東ドイツ政権への肩入れを描きました。
2002年の「世界の演劇(Theater der Welt)」フェスティバルではディレクターを務めていらっしゃいます。同フェスティバルは1981年からITIドイツセンターが主催している国際演劇祭で、毎回文字どおり世界中の舞台作品を招聘しています。3年ごとにドイツ国内の都市持ち回りで実施されますが、2002年は例外的にケルン、デュイスブルク、ボン、デュッセルドルフの4都市で行われました。その時のフェスティバルについてご紹介ください。特に個人宅や使われていない建物内に、アーティストがそれぞれインスタレーションを展示し、観客が二人組になって数箇所の住居をみてまわる「X住居(X-Wohnungen)」というプロジェクトが行われたそうですが、これについても教えていただけますか。
 同フェスティバルは、基本的には外から国際的なスタンダードに適う作品を招聘するもので、2002年にはヨハン・ジーモンス演出のTheater Hollandia公演『バッコスの信女たち』などを招聘しました。その一方で、フェスティバルを開催地域に根ざしたものにしたいと考え、そのためのプロジェクトも多く行いました。今、ベルリンでも展開しているX住居はその一環としてこのフェスティバルで立ち上げたものです。かつてルール地方の貧しい炭鉱労働者たちが住んでいた地域で、今は移民の多いデュイスブルク北部で実施しました。
この地域の個人の住宅などをインスタレーションの会場として用い、そこを観客が訪ねるわけですが、実際に足を踏み入れると自分が勝手に抱いていた予想が見事に裏切られ、全く異なる現実に遭遇します。私が一番好きだったのは、ポーランドのクリストフ・ワリコフスキのインスタレーションです。彼は、50年代・60年代は炭鉱労働者用の食料品店、70年代・80年代はトルコ人労働者のためのモスクとして使われていた廃屋を用い、サラ・ケインの戯曲『フェイドラの恋』のインスタレーションを展開しました。裸の若い男がベッドに横たわり、女性が部屋の中を歩き回り、部屋にはポーランド・カトリックの祭壇が設置されている──この祭壇は、産業革命時にポーランドから大挙してこの地域に移ってきたポーランド系移民の存在を思い起こさせます。と同時に、外には常に20人ほどのトルコ人の子どもたちが裸の男をみようとしてたむろし、意識下に深く潜在するホモセクシュアリティおよびセックスへの関心を示唆していました。
インスタレーションは演出家だけでなく美術家や映像作家にも依頼するのですが、彼らは今までにない想像力を要求されますし、観客が思いがけない現実と出合うことができるかどうかが問われます。観客は2人組で10分ごとに出発し3〜4時間かけて8軒の住宅を訪ねます。通りでの出会いにも演出があり、サプライズもあります。ドイツの演出家と外国の演出家が出会う良い機会でもあります。隣り合う住宅でそれぞれ作品をつくるうちに、交流の機会も出てきます。住宅の中は100%保護されている劇場空間とは異なり、状況によっては演者一人と観客一人が二人きりでひとつの部屋にいることにもなり何が起こるかわかりません。エロティックな状況になってしまうこともありえます。Theater der Welt 2002の後、ベルリンで3度、カラカス、スイスで実施しました。これからサンパウロ、リオデジャネイロでも行う予定です。2010年にはヨハネスブルク、ワルシャワが控えています。
日本でもできると思いますか。
 日本の場合、個人の住宅に人を入れたがらないのでは? 住宅が狭いし、条件を整えるのが難しいかもしれません。ただ東京には非常に近代化された場所と、容赦ないほど小さな村のような場所があります。この矛盾に満ちた状況で実施するのはとても面白いと思います。日本というのは、奇妙な島意識があるからか、やはり閉じられた感じを受けます。つまり遠い。でも実際にベルリンから東京に飛ぶと、間にはロシアしかないですし、10時間のフライトで到着するわけで、不思議な感じがします。こういった矛盾はこのプロジェクトを実施するのに適していますし、東京の独自性を失わずに東京ならではのX住居を実現できると思います。
リリエンタールさんは、2003年からHAU(Hebbel am Ufer)の芸術監督と経営責任者を兼任されています。HAUはベルリンの下町でトルコ人移民が多く住んでいるクロイツベルク地区にある3つの劇場(ヘッベル劇場ほか)からなる劇場運営組織ですが、どのような経緯で就任されたのですか。
 当時のヘッベル劇場の芸術監督が私を後任に推し、形式的な手続きとインタビューを経て決まりました。3劇場を統合して運営することはその前任者とベルリン州の意向で決定済みでした。HAU1(500人収容)はその建物の雰囲気といい、規模といい、国際的な招聘に最適な劇場ではありません。国際プロジェクトや外国からの招聘公演に非常に適している中規模のHAU2(200人収容)、小規模(100人収容)のHAU3が加わって、より多彩なプログラムの展開が可能になりました。
現在のHAUの予算その他概要について教えてください。
 毎年ベルリン州から450万ユーロ(約6億円)が予算として支給されます。プログラム予算として別途40万ユーロ。合計して500万ユーロ弱。これに外部からの資金を獲得する努力をしており、毎年100〜200万ユーロをプログラム予算にプラスしています。職員は24人。
ダンスと演劇部門に各一人キュレーターがいます。限られた人数の職員で1年に120のプロジェクトを手がけるので、一人一人の仕事は広範囲に及び、結局広報担当者であってもフェスティバルのキュレーションをすることもあります。年間来場者数は7万人。平均して70%の席が常に埋まっています。
HAUのプログラムについて教えてください。
 HAUのプログラムでは、常に“摩擦を起こすこと”を試みています。例えばアルゼンチン出身でベルリン在住の振付家コンスタンツァ・マクラスのダンス作品『Hell on earth』は出演者の半数がダンサーで、あとはパレスチナ、アラブ、トルコ移民の子どもたちでした。この作品はあえて伝統的な建築様式をもつ劇場HAU1で上演しました。
HAUのプログラムには2つの重点があり、そのひとつが移民問題です。劇場のあるクロイツベルク地区は50%が移民の出身と言われ、トルコ人が大半を占めています。その中でHAUは若いトルコ人の演出家、キュレーター、舞台美術家、役者とプロジェクトを実施し、移民の状況をプログラムで取り上げるような試みを行い成功しています。移民というテーマを扱うプログラムを劇場として実施し、彼らに対して扉を開き、彼らの問題や意見を取り上げること自体、今でもかなりセンセーショナルなことです。
移民系住民は観客としてHAUにやって来ますか? ドイツの劇場の客席で移民系住民や外国人をみることはあまりありませんが……。
 ドイツのトルコ移民のコミュニティは家族単位の結び付きが強く、上演作品のキュレーターや演出家あるいは役者がトルコ系であるなど、自分たちの仲間が参加している場合は観客としてやってきます。HAUに行くかどうかを決めるのは、プログラムの内容ではなく、自分たちの仲間が関わっているかどうかです。これは非常にはっきりしています。反応は控えめですが興味津々です。
もうひとつの重点は何ですか?
 それが6年前から続けているリミニ・プロトコルとの共同作業です。彼らはパフォーマンスの流れから出て来たアーティストで、自分の現実を未知のものとして問い直す作業を重ねて作品を作ります。ブルース・チャトウィンやレヴィ・ストロースがオーストラリアで放浪し、未知の人々に出会い、リサーチを重ねて文化現象を探ったように、同様のことをリミニ・プロトコルは手がけているわけです。
ちょうど先日、デュッセルドルフ劇場とHAUの共同製作によるリミニ・プロトコル『資本論』が東京で上演されました。確かにカール・マルクスはドイツ精神科学史上重要な中心人物ですが、一方で現実に存在する社会主義すべてと非常に強く結びついています。ですがこの本を実際に読んだ人々はほとんどいないと言っていいほどです。この作品では10人の人生を手がかりに、今日の社会において資本の移動はどういう役割を担っているのか、お金がどう費やされているのかなどについてリサーチをします。例えばマルクス・エンゲルス著作集を出版した東ドイツの編集者の息子クチンスキー氏が登場し、同著作集の編集作業について観客にレクチャーをします。地元のテニスクラブの裕福なメンバーから資金を集めてネズミ講で増やそうとしたハンブルクの投資コンサルタントも参加しています。このシステムは破綻して集めた資金は露と消えたのですが、昨今の金融危機を先取りしたようなものです。
リミニ・プロトコルの『Cargo Sophia - Berlin』も素晴らしい作品でした。観客は中を観客席に改装した貨物トラックに乗り込みます。トラックはアウトバーンにある長距離トラック専用のパーキング、生鮮食品の卸売市場、倉庫などさまざまな場所に観客を連れて行きます。その間観客は一面窓に改装されたトラックの横面から、ベルリンを見知らぬ街のように眺めるとともに、長距離トラック運転手の話を聞きながら彼らの仕事や生活を2時間にわたって追体験します。ベルリンという都市を再発見させてくれる、驚きに満ちた新鮮な演劇体験でした。
 これはブルガリアのソフィアで生まれた作品です。ドイツの長距離貨物サービス会社がブルガリアの国営会社を買い取りました。その会社には8000人の長距離運転手が従事していました。彼らはヨーロッパの企業のためにダンピング料金で長距離を走ることになったわけです。リミニ・プロトコルのシュテファン・ケーギは長距離貨物トラックを入手して改築し、高度な技術機材を設置しトラックの中に客席を設けました。トラックの片方の横面を全面ガラスに改装、内部からのみ外が見えるようにしました。
つまり、観客にとって街中が舞台装置と化すわけです。道路に並行して観客が座り、長距離トラック運転手の日常生活を実体験します。ガソリンスタンドに停車しているほかのトラックのキッチンつき内装設備を観察し、また月額500から600ユーロという長距離運転手の低収入を知り、自分たちが全く知らない別世界が機能していることを知ります。観客を乗せたトラックは、倉庫や荷を降ろす港なども回り、町全体を舞台装置として体験します。さらに運転席では二人の運転手がそれぞれの人生を語ります。この作品はアヴィニョンその他ヨーロッパの各都市で上演されました。アジアの運転手を見つけてアジアでもやりたいと思っています。シンガポールと横浜が候補に挙がっています。
リミニ・プロトコルの新作の初演がつい最近HAUであったと聞きました。
 ケーギの『ラジオ・ムアッジン(Radio Muezzin)』です。彼が『カーゴ・ソフィア』の公演でアンマンに滞在した際、“ムアッジン”の統合化の計画があることを知りました。ムアッジンとはイスラム教の礼拝を呼びかける役で、モスクのミナレットという塔の上から拡声器で礼拝を呼びかけます。声質にばらつきがあることからムアッジンを36人に絞り、ひとつのモスクでのみ呼びかけが行われ、これをラジオでほかのモスクに中継することが決定されたのです。同様の決定がエジプトのカイロでも下されました。
ケーギはカイロのゲーテ・インスティトゥートとHAUと共同で、ムアッジンについての作品をつくりました。4人のムアッジンと1人のラジオの技術者が、ムアッジン統合計画についての考えを述べます。まず礼拝を呼びかけるアザーンを歌います。それから自分たちの日常の仕事、毎朝4時半にモスクを開けること、信仰について、モハメドがムアッジンは男性だけと定めたことについて、男女の厳格な隔離について、中央ムアッジン36人の1人に選ばれたことについて、また選ばれなかったことについて語ります。エジプトの盲目のムアッジンについて、かつて建築現場で技術者として働いていたムアッジンについて、あるムアッジンの給与は月給50ユーロと低くカイロで生活していくのが厳しいことについてなど、個々のムアッジンの人生や生活が語られます。特別重要視されていない職業ですが、本人たちにとってはこの職業につくことは楽園行きの約束であり、中央化によってこの職を奪われることはとても重大なことなのです。
リミニ・プロトコルのほかに、長年あるいは密接に共同作業をしているアーティストはいますか。
 常に10人から15人と継続的に共同作業をしています。アルゼンチン出身の振付家コンスタンツア・マクラスは、ダンサーと子どもたちによる作品を作っています。アンドカンパニーはまだ若いカンパニーですが、『little red (play)』という作品で、共産党の歴史を赤頭巾ちゃんの童話をもとに新たに解釈しています。これを皮切りに共産主義三部作が出来上がりました。ほかにはゴブ・スクワット、シーシーポップなど。ハンス・ヴェルナー・クレージンガーもいます。彼はドキュメンタリー演劇のベテランとも言うべき存在で、非常に深い問題意識をもち政治にコミットする作品をつくっています。最近では、ルアンダの大虐殺を扱った作品を書き舞台化しました。
フォルクスビューネ時代ですが、テーマをもった「ウィークエンド」という企画がありました。テーマを設定し、実際の失業者やトルコ移民3世の若者を招き、哲学者などを交えてディスカッションやワークショップ、コンサートなどを行うというものです。HAUでも同様の企画がありますか。
 ある現象にジャーナリスティックにアプローチする企画はやっています。先日は音楽産業の危機を取り上げました。インターネットの発達と普及で音楽のダウンロードが可能になり、CDが売れなくて打撃を受けた音楽産業は出直しを余儀なくされています。そのような状況を、コンサートやディスカッションなどを通して探っていくのです。
今ベルリンではエレクトロニカが大変なブームで、毎週金曜日より月曜の朝にかけてベルリンのクラブは超満員になります。バルセロナ、ロンドン、パリ、モスクワなど各地から毎週末イージージェットなど格安の航空便を利用して若者が大挙してやって来るのです。ベルリンは彼らにとってのある種の都になっています。クラブに出演するアーティストの中にベルリン出身者はほとんどいません。イージージェットはヨーロッパ中の都市を結んでいます。例えていえば東京と横浜間を走る電車のような感覚です。こういう状況も踏まえて企画しました。アイディアは自分が出し、キュレーションは音楽専門誌「SPEX」の元編集長でスイス出身の評論家クリストフ・グルクと共同で行いました。マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドやヤング・マーブル・ジャイアンツのコンサートも実現させました。
2004年演劇専門誌「テアターホイテ」の批評家による投票で、HAUはドイツ語圏の劇場のベストワンに選ばれました。既存の公立劇場とは異なるシステムも評価されたのでしょうか。
 どうですかね。ただひとつ言えるのは、リミニ・プロトコルのように素人の出演者や「日常生活の専門家」と作品をつくる際には、当然、私たちのように専属の劇団や舞台スタッフ等のいない、従来の劇場システムを採用していない劇場のほうが適しているということです。私たちの新しいシステムの方が自由度は高くなります。ドイツの既存のシステムには多額の予算が必要で、ベルリンでは毎年1劇場あたり1200万〜1500万ユーロ支給されています。ただし上記のような私たちのシステムでもやはり作品制作には多大な費用がかかります。
ドイツの再統一、EU統合はHAUのプログラムにどのような影響を与えていますか。
 私たちは隣国で重要なポーランド演劇界との結び付きを深めています。またEUの中で劇場のプレゼンスを高めることが非常に重要になってきています。EU統合が進んでも加盟国独自の政策を実施できるというのは幻想です。今は多くをブリュッセルがコントロールしています。ヨーロッパはもはや北米のような国になってきています。各国には田舎芝居のような政治が残っているだけです。
そうは言っても、ドイツ語圏の演劇界というのはEU統合の中でもやはり独自の文化圏を形成しているのではないですか。
 ダンスについていえば、ヨーロッパが明らかにひとつの文化圏です。演劇については、スイスのドイツ語圏とオーストリア、そしてドイツが確かにひとつのドイツ語圏文化圏を形成してはいます。しかし、ヨハン・ジーモンス(注:オランダ出身の演出家、次期ミュンヘン・カンマーシュピーレのインテンダントに内定)やイギリスのアーティストグループForced Entertainmentの活動はドイツ語圏だけでなくヨーロッパ各地に広がっています。ベルリンには英語で活動するドイツ語圏以外からのアーティストも多いですし、また実際英語で生活できるようになりました。英語の映画だけを上映する映画館、英字新聞も増えてきています。ベルリンの国際化は東京よりも進んでいるかもしれません。ベルリンにおけるさまざまな国際共同プロジェクトをみると、ドイツ語圏だけにとどまっていないことがよくわかります。
HAUのプログラム全体を貫くテーゼは何ですか。「リアリティへのヒステリックな切望」ということを言われていますが、それがテーゼですか。
 私は、演劇のディスクールがある決まった種類のパフォーマンスに立脚することや、常に内的な芸術的なプロセスを扱うことを退屈だと思っていました。演劇が現実(リアリティ)に対して、何らかの意見表明、連結、もしくは論争を挑むことが自分にとっては重要でした。
「リアリティへのヒステリックな切望」という表現は、前述のX住居に着手した時に生まれました。このプロジェクトで試みたのは、建物とそこに住んでいる人々、あるいはアパートの部屋の状況と、これを演出家の芸術姿勢を対決させるというものでした。同時にこれは劇場から作品を解放すものでもありました。この「リアリティへのヒステリックな切望」が、現在のHAUのプログラム全体を貫いているのは確かです。
また、リアリティ演劇、ドキュメンタリー演劇という言葉もあります。ハンス・ヴェルナー・クレージンガーは、20年前よりかなりドライなドキュメンタリー演劇を手がけています。一方にリミニ・プロトコルがあり、彼らは現実の人間を舞台に乗せ、自分たちの知らないリアリティを探検するという作品をつくっています。この両者にX住居を加えると、確かにドキュメンタリー系の演劇はHAUの活動の重点ではありますが、これしかやらないというわけではありません。
そういった作品を通して、観客に対して何を伝えようとしていますか?
 さあ、わかりません。少なくともやろうとしているのは、外からみて見分けのつくものをつくるということです。特に、自分にとって未知な、あるいはまだ理解不可能な問題を吐き出すこと、あらかじめ社会が想定していなかった問題を取り上げることに興味があります。自分がすでに知っていることを取り上げてコメントすることには関心がありません。
なぜ演劇作品においてリアリティを切望するのですか。ドキュメンタリー演劇の何が、そこまでの関心を引くのですか?
 ドイツ出身の人間にとって、演劇とは常にイデオロギー、あるいはイデオロギーの崩壊と深く関係しているものです。イデオロギーについて考える際に重要になるのが、現実を把握することであり、今どういった現実が存在しているかをリサーチすることです。現実を把握しそれを目に見える形にしていくことも肝心です。
演出家シュリンゲンジーフと行った「外国人出ていけ」プロジェクトは、ヴィーンの国立オペラ座の隣にコンテナを設置し、実際の亡命申請者たちがその中に入り、そこから選ばれた亡命申請者が国から追い出されていく模様を、観客が覗き見するというプロジェクトでした。数人が数週間を過ごすために部屋に閉じ籠もり、これをカメラが24時間追う様子を放映するテレビの人気リアリティ番組「ビッグ・ブラザー」を意識して、これを極端な形にしたのです。私は現実をそのまま直接作品にすることやナチュラリズムは忌み嫌っています。装置や映像に加工された現実、例えばゲームの映像などもそうですが、私たちはそれを見て現実を新たに認識するのだと思います。
ではHAUの今後のプロジェクトについて教えてください。
 移民のテーマは今後も続けます。ベルリンのベトナム人およびアラブ人のコミュニティと一緒に作品をつくることを考えています。また、9月にはポスト・デモクラシーを取り上げます。ロビイストが暗躍する民主主義の空洞化がテーマです。日本でもそうかもしれませんが、ドイツでも国民は政治や選挙への関心を失いつつあり、メディアはキャンペーンを展開するばかりで遠隔操作されています。ドイツでは9月に総選挙があるので、これに併せてポスト・デモクラシーについての作品の上演やディスカッションを行います。上演するのはリミニ・プロトコルの『ヴァレンシュタイン』です。この作品は実際に地方選挙に出馬した政治家が出演するものです。またイギリスの政治学者でポスト・デモクラシーを提唱しているコリン・クラウチを招き、レクチャーやインスタレーションを行います。
ジャンルを横断するプロジェクトや映像やダンスなども含むフェスティバルも行われていますが、内容を教えていただけますか。
 ジャンルを横断するプロジェクトとしては「Traumlabor(夢のラボ)」という失業中の建築家集団と行ったプロジェクトがありました。これは東ドイツの共和国宮殿、つまり旧東独の国会議事堂の中に水をはり、来場者はゴムボートで中を回るというものです。ソフィーエンゼーレとHAUの共同プロジェクトで6カ月間行いました。日本の国会議事堂でできませんか(笑)。
フェスティバルは通常テーマを決めて行います。6月に行うフェスティバルのテーマは家族構成と移民と子どもの教育です。子どもの教育のために貧しい移民が利用されるという構造と家族の話です。タイトルは「your nanny hates you」。北米の裕福な家庭の子どもの養育係として、多くの南米の貧しい家庭の女性が北米に移住し、故郷から遠く離れて働き、自分の家族に一生懸命仕送りをするという状況を扱います。このようにテーマごとにフェスティバルを行いますが、国あるいは地域ごとのフェスティバルもあります。ただその場合、よくありがちなその地域あるいは国のザ・ベストを招聘するのではなく、むしろサブカルチャーをリサーチし、切り口を見つけるという方法を取ります。
定期的にやっているフェスティバルもありますね。
 ダンスのTanz im Augustとブラジル・フェスティバル。ポーランド関係もあります。今後はぜひ毎年日本フェスティバルをやりたいですね。おっと、その後にカッコして笑いと入れておいてください(笑)。
HAUはインディペンデントなアート・シーンの拠点と理解していますが、ベルリンにはほかにも同様の拠点はありますか。
 ミュンヘン・カンマーシュピーレのヨハン・ジーモンスの作品など、時には公立劇場と共同作業をすることもありますが、それはあくまで例外的なものにすぎず、HAUはインディペンデントなアート・シーンの拠点です。こうした拠点としては他に、演劇ではソフィーエンゼーレ、ダンスではDOCK11、古楽・現代音楽・パフォーマンスではラディアルシステムがあります。
ヨーロッパの劇場とのネットワークや強い結び付きはありますか。
  クンステン・フェスティバル・デザール (ブリュッセル)、カイKAAI劇場,Fraskati(アムステルダム)、ロスマイトシ劇場(ワルシャワ)、ノビ劇場(モスクワ)、PS122(ニューヨーク)、 フェスティバル/トーキョー などと連携しています。
今回の来日は3回目ですが、今年の10月には日本特集も予定されています。
 アジア・パシフィック・ウィークのプログラムとして、日本特集にベルリン州の予算が付きました。そのリサーチのために来日しました。フェスティバル/トーキョーと東京芸術見本市の演目を観て気が付きましたが、若手演劇人たちが新しい試みをしているようですね。ここ何年かで日本の外の演劇シーンにふれて刺激を受け、自分たちの視線やセンスを新たにしたのではと推測しています。若手演劇人の作品はしつこいほどに街のカルチャーとセックスを扱っていました。
今回の来日で観たもののひとつが、快快という若いパフォーマーによるグループのポップな作品です。身体の値段とは、セックスの価値とは、グローバル化された世界の中でお金に換算できないものはと問いかけます。身体に値段が付くことを脅威としながらも、その一方で裸の体を見せたいと思う。渋谷、テクノカルチャー、セックスロボット、セクシュアリティの無価値化などを描いています。
また、 ポツドール 『愛の渦』 も観ました。この作品は秘密クラブに参加する数人の男女の話で、乱交を覗き見しているような舞台でした。社会における過剰なほどのセックスの強調が、性へのテロ行為として描かれます。愛とセックスは明確に切り離され、非常にハードでリアルですが、一方でブリューゲルの絵のようにも見え、ヨーロッパ中世の場面のように死体が重なっているようにも思えてきます。さらに、セックスや愛に対してどういう態度をとるか、など各自個人の行為も取り上げます。セックスだけのはずだったのに最後には愛のようなものが生まれ、嫉妬も起きる。新宿をそのまま切り取ったような舞台で面白く観ました。
岡田利規 のチェルフィッチュは、昨年に引き続き再び招聘することが決まっています。現在のところ日本で最も重要な演出家のひとりだと思います。彼の『クーラー』という作品はクーラーの効き過ぎたオフィスで働いている二人が、ダンスのような身振りをしながら、なんとなく接近していく話です。これも別のセクシュアリティをもつものとして理解すれば、インタビュー前の雑談の際、日本特集のタイトルは「セックス・アンド・ザ・シティ」と皮肉まじりに言いましたが、私が感じた限りではそう外れていないと思います。今回は新作『クーラー2』も上演します。
また、日本社会の現実、格差社会の問題などを背景に、本当に小さなものですが社会的なコミットメントが起きてきているように思いました。例えば『素人の乱』の松本哉がいます。高円寺のリサイクルショップで古い家電製品を修理して売っている彼に会い、素人の乱という彼のアンチ消費主義の運動について彼から話を聞きました。賃上げを訴えるのではなく、消費主義・自由主義経済の外に別の価値を見出そうとしている人です。彼も招いて、ドイツの哲学者ギヨーム・パオリと対談してもらおうと思っています。パオリは「幸福な失業」を提唱し、労働至上主義批判を展開しています。音楽・文芸などの評論家の佐々木敦には、90年代から現在までの文化論について語ってもらおうと思っています。90年代の日本の文化を昭和の終焉とノストラダムスの予言の間に挟まれた10年として語ります。西洋ではこういう考え方はあまりしません。
さらに、美術家集団Chim↑Pomのビデオ『スーパーラット』も観ました。渋谷のごみに群がるでねずみを捕まえて、剥製にしてピカチューにするというものです。ポップカルチャー、新宿―渋谷―高円寺、セックスのオブセッション、こうしたものはすべて“東京という都市”が生み出しているものです。
日本特集では東京という都市の姿や現象を舞台上に呈示するということですか。
 舞台の上に広げてみせる。そして消費するお金がなくなると一体どうしたらいいのかを考える。絶望のもとに行うパーティーではないでしょうか。お金はないがそれでも踊る。さらにエレクトロニカを通して、ベルリンと東京という都市を結び付けることができるのではないかと思っています。
ところでこういう質問もどうかと思いますが、なぜ演劇をやっているのですか。
 わかりません。自分だってわかりませんよ、単にこうなった、ということです。
演劇を通して結局何を獲得しどういう成果をあげたと考えていますか。
 何も獲得していませんよ。あるとすれば、劇場を移民に対して少し開き、彼らがほんの少し劇場の中に足を踏み入れることくらいですね。彼らが広くアートにふれる機会をつくったのは確かです。あるいは視野の狭いドイツ人に、外の現象を呈示することである種の国際化を可能にしたかもしれません。そのくらいです。アートはもう社会や都市を変えることはできないと思います。それは幻想でしかありません。
それでもやり続けるのですね。
 もちろん。
世界革命のためですか?
 確かにこれまで現実に抵抗したことはありますし、自分自身にとっては大事なことです。でも、私にとっては世界革命も時には芸術プロジェクトなのです。