国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

Presenter Interview プレゼンターインタビュー

2010.2.17

Leading South Korea’s dance world
CID-UNESCO Korean Chapter and SIDance

韓国

韓国ダンス界をリードする
国際舞踊協会韓国本部とSIDance

イ・ジョンホ Lee Jong-Ho

2009年に12回目を迎えたSIDance(Seoul International Dance Festival)は、韓国舞台芸術の秋シーズを彩る代表的なダンス・フェスティバルだ。1998年の初開催から約50カ国・1300名余りのダンサーたちが参加し、延べ約17万人の観客を集めている。主催の国際舞踊協会韓国本部は、フェスティバル開催だけでなく、海外ダンサーとのコラボレーション事業、韓国ダンサー海外派遣事業など、多様な交流事業を展開している。2005年には日本国際交流基金、韓国国際交流財団、韓国国立劇場との共催で「日韓ダンス交流フェスティバル〜舞踏フェスティバル/現代舞踊フェスティバル」をソウルで開催し、舞踏とコンテンポラリーダンスを初めて体系的に紹介し、日韓のダンス界で大きな話題となった。新聞記者、ダンス評論家としての活動を経て、1996年に国際舞踊協会韓国本部を設立。会長として、またSIDance芸術監督として現在の韓国ダンス界をリードしているイ・ジョンホ氏に話を聞いた。
聞き手:木村典子

様々な顔をお持ちなので、どのようにご紹介したらいいのか……。
 1977年にコリアヘラルドに入社以来、本職は新聞記者でしたが、今年(2009年)3月に通信社である連合ニュースを退職し、30年余りの記者生活にピリオドを打ちました。なので、今はダンス評論、国際舞踊協会韓国本部会長、SIDance芸術監督とダンス関連の仕事だけをしています。
ダンスとはどのように出合ったのですか。
 幼い頃から文学、音楽、美術、演劇と芸術分野に関心があり、自分でも詩を書いたり、学生新聞を発行したり、美術館や音楽会にもずいぶん通っていたのですが、舞踊だけはどうも興味が湧きませんでした。学生の頃に見た芸術高校の伝統舞踊公演がひどくつまらなかった印象が強かった上に、70年代は誰もが西洋文化に憧れを抱いていた時代なので、舞踊は他の文化芸術に比べ洗練されていない三流ジャンルだと感じていました。
それが、1980年代初頭、月刊「チュム(舞)」という舞踊雑誌からアメリカやフランスで発表されたダンス批評や論文の翻訳を頼まれまして。最初は翻訳だけやっていたのですが、その内容が面白く、各国の大使館を回ってはダンス雑誌や資料を読み、その中から記事や評論を再構成して原稿を書き始めました。これが、なかなか評判が良かったんですよ。翻訳のためにダンス公演も見るようになりました。
当時は音楽評論家がダンス評論も手掛けるなど兼任者ばかりで、ダンス専門の評論家がほとんどおらず、「チュム」の発行人チョ・ドンファ先生から「自分は何もない状況でひとりダンス批評をやってきた。演劇や音楽は専門の批評家も理論化もいるが、ダンスにはいない。ダンスをサポートする人材が必要だ」と口説かれ、この一言に感動して新聞記者とダンス評論家の二足のわらじを履くことになりました。これがダンスとの出合いです。
評論家であるイ・ジョンホさんが国際舞踊協会韓国本部を設立した理由は?
 ダンスと付き合っていく運命だったんでしょう。ある年配の女性舞踊家が国際舞踊協会韓国本部設立の準備を進めていたのですが急死して、替わりを頼まれました。新聞記者という本職もあり、自分の分ではないようで断ったのですが、信用できない人物が立候補してきたので、これは苦労しても自分がやらなければいけないと会長を引き受け、1996年に正式に発足させました。
80年代以降、韓国のダンス界にも刺激的なカンパニーやオリジナル作品が生まれるようになり、それに伴い評論家も増え、ダンス界が活発になっていきました。そういう状況に対して、自分としても評論をやるだけではモノ足らなくなっていて、書くだけではなく、直接現場に参加し、作品制作や国際交流を通じてダンス界をより速く効果的にレベルアップさせたいという思いもありました。。
国際舞踊協会韓国本部とはどのような組織ですか?
 国際舞踊協会は1973年にパリのユネスコ本部内に設立された非営利・非政府組織で、全世界160カ国余りに広がっています。韓国本部はこれらの国の本部と継続的な交流を行い、海外の優れたダンスを紹介するとともに、韓国のダンサーと作品も広く世界に進出させることをひとつの目的にしています。
そのメイン事業が毎年秋に開催している「SIDance(Seoul International Dance Festival)」です。SIDance以外にも、2005年には日本の国際交流基金などと共に日本の舞踏とコンテンポラリーダンスを紹介した「日韓ダンス交流フェスティバル」、07年と08年には韓国の外交通商部と共に「アフリカ文化祭典」「第1回アラブ文化祭典」、2009年は(財)韓国・アラブソサエティーと共に「第2回アラブ文化祭」を開催しました。これらは、ある国や地域に焦点を当て、ダンスを通じてその国の文化芸術をより深く理解するためのフェスティバルです。
定例事業としては、毎年「世界音楽と出会う韓国の舞踊」「韓国舞踊の色彩と輝きを探して」というタイトルで公演事業を行っていますし、2003年からはダンスと最先端テクノロジーの作品を発掘する「デジタルダンス・フェスティバル」を開催しています。
また、国内外の作品のプロデュースはもちろんのこと、国際コラボレーション作品のプロデュースもしています。この他、学術事業、世界のダンスコンクールへの審査員やダンサーの紹介・派遣など、多彩な活動をしています。
2003年には政府から文化芸術専門団体に指定され、政府各機関をはじめ、各国大使館などと緊密な関係を構築できるようになり、交流事業をさらに拡大していける基盤も出来ました。
SIDanceが国際舞踊協会韓国本部の活動の大きな柱となっていますが、開催の動機と目的は?
 国際舞踊協会韓国本部を設立したことのインパクトを国内外に与えたいと、2年毎に開催されている国際舞踊協会の総会を誘致することにしました。加盟したばかりの国で総会を誘致するのは時期尚早なのではないかという意見もありましたが、「韓国人はせっかちなんだ」と説き伏せて、苦労の末に第13回国際舞踊協会総会をソウルで実現しました。この大事業に合わせて、国際的なレベルのフェスティバルを開催したいと欲を出したのがSIDanceです。1992年から94年までの3年間、特派員としてブリュッセルに滞在していたのですが、ヨーロッパの各種フェスティバルにずいぶん足を運び、羨ましく思っていました。それまで文章や現地で購入してきた映像資料などで海外の文化芸術の状況を国内に知らせてきましたが、SIDanceは実際の舞台を韓国に招聘し紹介できるいい機会になると思いました。また、当時海外に紹介されていた韓国舞踊は伝統舞踊や民俗舞踊くらいなもので、コンテンポラリーダンスは全くといっていいほどその機会に恵まれていませんでした。海外に紹介できるような作品がなかったのも事実ですが、SIDanceで韓国のコンテンポラリーダンスを世界の人たちに見てもらいたいと思いました。
当時の韓国ダンス界は井の中の蛙で、世界のダンスがどのように動いているのか、海外のダンサーたちは何を考えどんな作品をつくっているのか、交流のために何をしているのか、といったことを全く知らなかったので、この機会に世界を知ってほしいという思いもありました。この2つを大きな目的に、1998年に第1回SIDanceを開催しました。 ──SIDanceへの招聘作品を決めるポイントは?
 どのようなダンサーやカンパニー、作品を招聘するのかというのは、そのフェスティバルの哲学や方向性、アイデンティティを決める大切な要素です。
芸術監督としては、まず“ダンスの本質”、具体的に言うと身体性やムーブメント、このようなダンスの核となる基礎的なもので決めています。甚だしくコンセプチュアルだったり、シアトリカルなものは招聘しないということではありませんが避ける傾向にあります。私自身、頑固なところがあって、音楽は音で、絵画は色や線で語るように、ダンスは身体と動きで語るべきだと思っているところがあります。最近は様々なジャンルがミックスした作品も多くありますが、基礎があってこそ、です。素晴らしいクロスオーバー作品やフュージョン作品が生まれるためには、各ジャンルが最高の水準でなければなりません。なのに、基礎も何もない演劇とダンスが出合って、まるで三流ミュージカルみたいな作品がいとも簡単に生産されています。ひどい状況です。少なくともSIDanceでは、ダンス固有の美しさ、固有の基礎を見せたいと思っていますし、これに見合う作品を選んでいます。もちろん、フェスティバルですからシアトリカルなもの、コンセプチュアルなもの、ノンダンス的なものと多様にプログラミングしていますが、メインはダンスの本質をきちんと見せてくれ、考えさせてくれる作品です。
次はダンスの社会性です。私自身、評論家、記者という観客出身なのでそう考える傾向が強いのかもしれませんが、社会的にどのような影響を与え、歴史的にどのような脈絡にあるのか、そういうことを考えて選びます。
最後に、フェスティバルもある種のイベントなので、多くの人に見てもらわなければ意味がないわけです。ですから、観客が見たくなる、観客を誘惑できる作品ということも大切です。
このようにいくつかの視点で作品を選んでいるせいか、SIDanceはわりと幅広いダンスを網羅してプログラミングされています。コンテンポラリーダンスだけでなく、伝統舞踊、タンゴやフラメンコなどにも、ダンスの本質を感じる作品があるのでこれらも招聘していますし、フェスティバルの華やかさを演出する大衆性を考慮した作品も招聘しています。
SIDanceの財政面と規模は?
 全体予算は、毎年10億ウォン以上の(現レートで7,700万円)規模で、その40%〜50%が公的機関からの助成金、残りが企業スポンサーやチケットの売り上げです。この予算を成立させるためには、企業からのファンディングが重要なのですが、文化芸術の中でもダンスは一般的な人気がないので一苦労です。ソウル国際公演芸術祭や果川ハンマダン祝祭のように公的機関主導のフェスティバルとは違い民間フェスティバルなので、公的機関からの助成の増額を要求してもなかなか受け入れてもらえないのが現状です。ただ、国庫助成対象フェスティバルのなかで、“規模”“質”“ダンス界への影響”を評価され、2005年に優秀フェスティバルに、06年には最優秀フェスティバルに指定されたので、政府からの助成金は徐々にですが増えています。韓国には助成事業の評価制度があって、評価が上がると10%ずつ助成金が増額される仕組みになっています。また、招聘ダンサーやカンパニーの在住国家機関などが渡航費用を支援してくれてもいます。
SIDanceの開催期間は20日前後、年によって違いますが10〜20作品、100名前後のダンサーが参加しています。観客は延べ1万2,000人前後です。
国際舞踊協会韓国本部の大きな特徴のひとつはコラボレーション事業だと思うのですが、どのような国々と作品を作っているのですか?
 私自身、基本的にハイブリッド文化が好きだということが影響していると思うのですが、例えばマラッカ半島の孔子、仏陀、キリストを違和感なく共存させている村、ポルトガル人とアジア人の血を引く末裔が住む村、スペイン文化と土着文化が混ざった建築物、ブラジルやアルゼンチンの黒キリスト像、現地語によるカトリックのミサ音楽など、土着文化と外来文化、伝統と現代、東洋と西洋、どのような形であれ、ハイブリットなものに関心が向いてしまいます。
私には、韓国人は各国の固有文化に対する理解も関心も低いように思えます。日本人は他文化に対する関心が高いじゃないですか。少しでも他者の文化に関心をもってもらいたいという思いもあり、直接交流できる場が必要と考え、コラボレーション事業を始めました。また、出来上がった作品をソウルとコラボレーションした国でも公演できるので、ダンサーたちの活動領域を広げられるメリットもあります。
本格的なコラボレーション事業は、2002年日韓ワールドカップ共同主催記念公演として、小池博史の振付で パパ・タラフマラ と韓国のダンサーが出演した『Birds on Board』と 伊藤キム とアン・ソンスの共同振付による『祭りの日』をプロデュースしたのが始まりでした。05年の「日韓ダンス交流フェスティバル」の時も 大駱駝艦 などを招聘するとともに、日韓共同作品で山崎広太振付けの『Caused by Economy』、キム・ヨンヒ振付の『Somewhere』をプロデュースしましたが、とてもいい成果が生まれたと思っています。日本はもちろん、オランダ、シンガポール、メキシコ、カナダ、フランス、南アフリカ共和国など20カ国あまりと、SIDanceの枠内に限らず世界舞踊協会韓国本部が主催する様々な取り組みのなかでコラボレーション事業を行っています。
2004年にアジア公演芸術フェスティバル協会の理事に選出されてからは、シンガポール・アーツ・フェスティバル、メキシコのセルバンティーノ国際芸術祭、日本の 横浜ダンスコレクションR 、フランスのモンペリエ・ダンスフェスティバルなど、各国のフェスティバル団体をカウンターパートナーにした共同プロデュースを行い、韓国内だけでなく相手国でも公演するコラボレーション事業を実現させています。
また、07年に文化体育観光部が推進する「文化同伴者事業」の対象に民間団体で唯一選ばれ、07年にはアジアと南米、2008年・2009年はアジアとアフリカのダンサーと多国間コラボレーション作品をつくりました。
コラボレーション事業の具体的な進め方は作品によって異なりますが、海外ダンサーを招聘することもあれば、韓国ダンサーを派遣することもあります。期間もそれぞれ違います。カナダ、メキシコ、日本の場合は、1カ月くらい現地で作品づくりをある程度し、韓国ダンサーは一度帰国し、公演2週間くらい前にまた現地に赴き、海外公演を終えてソウルへ戻ってきてから国内公演するという形を取りました。これらは2国間コラボレーションですが、「リトル・アジア・ダンス・エクスチェンジ・ネットワーク」では多国間コラボレーションも試みたことがあります。
ダンスよりも活動が活発な演劇や音楽ジャンルでも、私たちほど数多くの国と多様な交流、多彩なコラボレーションを行っているところはないでしょうね。コラボレーションは招聘するよりも予算も掛かり、作品も評価が出ているわけではないのでリスクも大きいですが、やり甲斐があります。 ──文化同伴者事業とはどのようなものですか?
 05年にアジアとの文化相互交流を目的につくられた文化交流事業へのレジデンス助成制度です。その後、南米とアフリカまでエリアを広げました。残念ながら日本は対象国にはなっていません。文化一般8、芸術6、文化産業3、メディア1、観光1、体育2の計21機関を通じて、対象エリアからレジデンスをする研修生を募集します。芸術分野は国立機関の芸術経営支援センター、国立国楽院、国立民族博物館、韓国文化芸術委員会、国立現代美術館と民間団体の国際舞踊協会韓国本部となっています。
具体的なレジデンス内容は各機関によってそれぞれ異なりますが、私たちの場合は6か月のレジデンス期間で6名ほどの人材を選び、多国間ワークショップや作品づくり、公演を行い、ダンス交流とコラボレーションのノウハウを蓄積しているところです。6か月の滞在期間中は韓国語授業や韓国文化を体験できるプログラムも用意されています。実費と製作費程度の助成金が支給されるだけですが、面白くやり甲斐のある仕事です。
2010年以降、どのような国とのコラボレーションを考えていますか。
 2010年は、シンガポール、イタリア、東ヨーロッパの国々とコラボレーションを考えていたのですが、経済的に無理がありそうなので延期にしました。時機を待ちたいと思っています。「文化同伴者事業」の枠でのコラボレーションはブラジルだけは決まっていますが、他の国をアジアとアフリカの2エリアにするのか、2年間アフリカを続けたのでアジアエリアだけにするのか、検討中です。
多方面から韓国ダンスに尽力されてきたわけですが、現在のダンス界をどうのようにご覧になっていますか?
 これまでダンス界を取り巻いていた学閥、人脈、創作ダンスはこうあらねばならないという固定観念から、やっと自由になったと思います。以前、海外の評論家から「韓国ダンス界はアカデミズムから抜け出せずにいる」とよく言われました。アカデミズムという単語はほめ言葉のように聞こえますが、実は学生ダンスから抜け出せていないということです。韓国ダンス界は学閥による師弟関係が緊密でしたから、自立した振付家が作品をつくっても、教師から指導を受ける場合が多々ありました。最近はひとりひとりのダンサーが自由になり、創作力、振付力も向上し、国際舞台に進出できるほどになってきています。もちろん過去にも国際舞台で活躍する人材はいましたが、国際レベルに劣らない人材が多数現れ始めたのは最近のことです。
私は、韓国ダンス界はやっと希望がもてる時代になったと感じています。1998年からSIDanceを開催し始め、海外ネットワークが構築できつつあったにもかかわらず、数年間は海外に出せる作品がなくて送り出せずにいました。しかし、今は世界レベルに見劣りしない作品やダンサーが生まれてきています。
また、政府が国際化や海外進出の必要性を過去よりはずっと切実に認識しています。以前は韓国伝統舞踊を海外に送り出す費用は出しても、コンテンポラリーダンスには出しませんでした。近頃は、海外で認められているフェスティバルや行事に参加する際は当然支援すべきものという風潮になりつつあります。10月末にブラジルのサンパウロにある韓国芸術支援センターとサンパウロ市が共同で「韓国現代舞踊週間」を開催し、韓国から5団体が参加しましたが、これも以前は考えられなかったことです。昔は自費で行うしかなかったダンス関連の海外交流事業を、政府が必要だと認めて予算を割り当てる時代になったのかと感激しました。ブラジルでもう一つ感じたのは、日本が北米や南米に文化的に進出していった道を、やっと今韓国も歩み始めたということです。
最近のダンスのトレンドは?
 以前の韓国ダンス界にはトレンドがありましたが、今はトレンドというものがありません。20代後半から40代前半の注目に値する人材が続々登場し、多様性を増しています。イ・ギョンウン、シン・ジョンチョル、イ・テサン、チョン・ヨンド、チョ・ヒョクジン、イ・ソナ、パク・スンホ、シン・チャンボ、チャ・ジニョクなど幅広い年齢層の振付家が、フィジカルダンス、シアトリカルダンス、テクノロジーを利用したダンスなど、自由に独自の作品を発表しています。
新政府が発足して2年、文化政策と文化芸術助成制度が急速に変革されつつあります。どのようにお考えですか。
 助成金を自治体の文化財団に委託したり、アルコ芸術劇場をはじめ大学路の公共劇場を直接文化体育観光部で管理するなど、今まで韓国文化芸術委員会という機関で行っていた事業を縮小し、様々な変革が提案され、実施されようとしていますが、現在はまだ過渡期にあり、コメントは控えたいと思います。
アルコ芸術劇場が舞踊専門劇場に指定されましたが、ダンス界への影響は?
 アルコ芸術劇場が舞踊専門劇場になったのはとても嬉しいことです。あるジャンルが成長するためには専門のハードウェアが必要ですが、今までダンスにはありませんでした。ダンスの現場にいるダンサーや振付家は自ら社会的条件や環境を獲得する能力があまりありません。そういった意味では、政府がダンス界を認め、率先して専門劇場をつくってくれたことは幸いだと思います。
聞いたところによると、アルコ芸術劇場、アルコシティ、トングラミ劇場、サンサンナヌム劇場の4劇場を大学路芸術劇場としてひとまとめにし、来年1月に財団を発足させて運営する予定だそうです。まだ準備段階ですし、芸術監督も決まっていませんので、ダンス界への具体的な影響をお話ができる状況ではありませんね。
今日はお忙しいところどうもありがとうございました。
Profile

イ・ジョンホ氏(Lee Jong-Ho)
1953年生まれ。ソウル大学フランス語フランス文学科卒業ならびに同大学院修了。
フランス語月刊誌「Le pays du Matin Clalme」記者(77)、「コリアヘラルド」仏語週刊部記者(77〜78、79〜80)として勤務後、1981年から連合ニュースの外信部、社会部、ブリュッセル特派員、文化部長、文化専門記者、編集担当常務として活動し、2009年3月退社。
文化観光部長官表彰(2007)、現代舞踊振興会国際交流発展賞受賞(07)、フランス政府Chevalier dans I’ordre national des arts et des leters殊勲(07)。アジア舞台芸術フェスティバル協会前執行理事(04〜08)、韓国舞踊評論家協会前会長(01〜04)、外交通産部公演芸術諮問委員(04〜08)、外交通産部韓国・アセアン特別サミット準備委員(08〜09)など、多様な役職を歴任。
現在、国際舞踊協会韓国本部会長、SIDance執行委員長兼芸術監督ほか。

モーリス・ベジャール『バレエ・フォー・ライフ』(2001年)
写真提供:SIDance

プレルジョカージュ・バレエ団『春の祭典』(2003年)
写真提供:SIDance

アクラム・カーン・カンパニー『ma(大地)』(2004年)
写真提供:SIDance

アジア、アフリカの若手ダンサーたちが集う国際合同公演
写真提供:SIDance
文化同伴者事業
http://www.culturefriends.or.kr/