中津留章仁

背水の孤島

2012.11.02
中津留章仁

中津留章仁Akihito Nakatsuru

1973年、大分県出身。2000年に「トムアクターズスタジオ」出身の俳優らと共に「TRASHMASTERS」を旗揚げ。団体名は「駄作の達人」の意味合いで、名作・王道と呼ばれる作品の方程式にはない手法や表現を模索し、創作に用いることで、それら主流を超える創作をめざしていることからつけられた。近年は、日本の現代社会が抱える多様な問題を取り入れた、重厚な人間ドラマを数多く執筆。エンタテインメントとして広く楽しめる作品を前提としながらも、床面まで変える大胆な場面転換や、長時間上演など、制作する上で難しいとされる舞台づくりにチャレンジしている。主な作品に『TRASHMASTAURANT』(2002、2003年。TVドラマ化もされる)、『とんでもない女』(2008、2011)、『BEYOND THE DOCUMENT〜渇望と裁き〜』(2008)、『elevation〜幸福の難民〜』(2009)、『灰色の彼方』(2010)など。劇団外のプロデュース公演での劇作・演出、映像作品のシナリオ執筆の他、俳優としても活動。劇団以外の上演ユニット「中津留章仁Lovers」や、自身の製作プロダクション「Last Creators Production」での活動も行っている。

https://lcp.jp/trash/

東日本大震災と原発事故を真正面から扱った作品として、第56回(2011年度)岸田戯曲賞最終候補作、第19回読売演劇大賞・選考委員特別賞受賞。震災直後の東京永田町の記者クラブの一室から始まる幕、同年夏の石巻市内の農家を舞台にした第2幕、震災後10年余りを経た都内の警備会社を舞台にした第3幕で構成。幕間には主人公のテレビ局社員・甲本俊介のナレーションが流れる。

トラッシュマスターズvol.17『背水の孤島』
作・演出:中津留章仁
(2012年8月30日〜9月2日/下北沢本多劇場) 撮影:大村洋介
Data :
[初演年]2011年
[上演時間]3時間20分
[幕・場数]3幕

 震災直後の東京永田町の記者クラブの一室。テレビ局社員・甲本俊介が懇意の国会議員・小田切や外国人記者たちと議論している。東電を守りたい政府の思惑や、それに抗った報道がしにくい状況などが語られる。

 第2幕。その夏、甲本の率いるテレビ局のクルーは、石巻市内の農家で避難生活を送る漁師の片岡家を訪れる。彼らを支援にきたボランティアや、近隣住民らとのやりとりを撮影し、ドキュメンタリー番組を制作するためだ。甲本は震災によりテレビ局の報道という仕事に限界を感じ、ドキュメンタリー番組を作る部署に異動したのだ。

 片岡家は父と娘・息子の三人家族。母親は津波で亡くなっている。漁師であった父親はいまだ仕事の目処がつかない。長女・夕は東北大学の医学部に在籍し医者を目指している。次男・太陽は大学受験を目前に控えた高校生だ。

 太陽は、缶詰工場から缶詰を盗んで売っており、缶詰工場の社長が代金を多少なりとも自分に戻すよう談判に来る。社長の工場は震災により生産を止め、多額の借金を抱えているのだ。しかし、太陽が差し出した売上金は総額わずか数千円。あてがはずれた社長は、失意のままに家路につく。が、路上に出た途端、自衛隊のトッラクにはねられて死亡する。事故か自殺かは舞台上では明らかにされない。

 社長の壮絶な遺体を見て言葉を失う甲本。それに対し、「綺麗だ」と言う太陽と夕。恐らく津波による亡骸と比べてのことだろうが、甲本は衝撃を受ける。津波を知る彼らと自分との間には、生と死に対する概念に決定的な違いがあるのだ。

 この姉弟に、津波を知らない人間が一生かかっても手に入れれらない、圧倒的な生命力を感じた甲本は、「希望など、ない。それでも、人生は続く。そして私は、この、背水の孤島で、独り、佇む」と独白する。

 スクリーンに被災地や原発の映像が流れる。降って来る雨は、いつしかお金に変わり、メインタイトルが表示される。

 第3幕はそれから10年。

 震災前から始まっていた日本企業の海外移転は、電力不足、そして、復興財源を捻出するための法人税増税により加速していた。太陽光発電では電力不足は賄えなかった。政府は一転、原子力発電所推進に舵を切る。原発推進派の議員が反原発を主張する過激派に暗殺されるテロ事件が起こるなど、日本全体を緊迫した空気が被っている。

 甲本はテレビ局を辞し、大企業や政府要人を警護する警備会社に再就職していた。警備会社のオフィスに、甲本と、いまは大臣となった小田切が秘書を連れて来ている。秘書は、震災当時高校生だった太陽だ。太陽は震災翌年に東大への進学を果たし、後に財務省に入り、いま小田切の秘書を勤めている。

 小田切を、秘書である太陽のツテを頼って、夕が訪れる。医師である夕は、少量の放射能の被曝が体細胞に影響することを研究し、政府に認めさせたいと考えていた。しかし小田切は、微量な被爆を理由に賠償金を支払うわけにはいかないといって、夕の研究を露骨に拒絶する。

 一方、甲本ら警備会社の職員たちは放射線反応のある謎のトラックが都内に入ったことをキャッチする。現場対応に向かおうとした小田切だが、部屋のキーが開かない。監禁されていたのだ。そのとき、太陽がバックから起爆装置を取り出す。

 太陽は、小田切を脅迫し、総理大臣への電話を迫る。彼の目的は、夕の論文を国として認めること、原発建設の資金集めの国債発行を取りやめること、街路樹を樹木型の太陽光発電装置に変えることだった。

 要求は受け入れられたが、実は爆弾は偽物だった。太陽は、騒動を起こした自分は逮捕されるが、ぜひこの計画を実現させてほしいと小田切に頼む。が、答えはもちろんノー。

 一部始終を見ていた甲本は、連行中の太陽を逃がすことを決意するのだった。

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