松井周

家族の肖像

2011.03.14
松井周

松井周Shu Matsui

1972年、東京都出身。96年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動をはじめ、青年団若手自主企画公演『通過』(2004年・第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞)、『ワールドプレミア』(05年・第11回同賞入賞)、『地下室』(06年)、『シフト』(07年)を経て、07年9月『カロリーの消費』により劇団「サンプル」を旗揚げし、青年団から独立する。人間関係やコミュニケーションについての幻想を打ち砕く、オルタナティブな「物語」の創造への試みは、同世代を中心に高い支持を得ている。作品が翻訳される機会も増えており、『シフト』『カロリーの消費』はフランス語に、『地下室』はイタリア語に翻訳されている。『自慢の息子』(2010年)で第55回岸田國士戯曲賞を受賞した。劇団外への戯曲提供にさいたまゴールド・シアター『聖地』、文学座『未来を忘れる』など。サラ・ケイン『パイドラの愛』など翻訳戯曲の演出も手がけるほか、小説やエッセイなどの執筆活動、大学講師、CMや映画、ドラマへの出演など幅広く活動している。

引きこもりの息子とその母、フリーター、自傷常習者など現代日本の歪みを象徴する人々の生態を脈絡なく“サンプル”のように提示し、緩やかに場面を重ねながら時代の閉塞感を描き出す。舞台は四方高所から客席に囲まれ、観客は作品を見下ろしながら鑑賞。床一面にゴミが散乱し、家具など必要な道具を俳優が持ち込みながら場面を変えていく。
松井 周『家族の肖像』
松井 周『家族の肖像』

サンプル『家族の肖像』
(2008年8月22日〜31日/アトリエヘリコプター) 撮影:青木司
Data :
[初演年]2008年
[上演時間]1時間50分
[幕・場面数]1幕25場
[キャスト数]12人(男5・女7)

 闇の中、床に寝ている「女」と、この部屋の「管理人」が浮かび上がる。「管理人」は「女」に物件を案内している。

 コンビニエンスストアのミーティング。「店長」「フリーター」「管理人の妻」「母」たちが丸く並び、「フリーター」が今日の反省を述べている。店員たちのノリに、「母」だけがついていけていない。

 部屋に「息子」と「女」が現れる。「息子」は「女」に靴下をはかせるなど、人形のように扱っている。傍らには別世界のように弁当を食べる「フリーター」もいる。それに共鳴するように「息子」も自分が弁当を食べた様子を延々と説明する。そこに「母」が登場。「女」は急に動かなくなり、「息子」は「母」には無関心で通す。

 「管理人」とその「妻」が、互いに無関心で性的な魅力も感じなくなっている、と言い合う。

 コンビニの休憩室で「万引き娘」を「店長」が詰問する。だが彼女には反省の色が見えない。やがて「フリーター」が休憩に戻ってくると、見張りを頼まれる。「フリーター」は弁当を食べ始めるが、「娘」の策略にかかり、彼女に乱暴しようとしたと誤解されてしまう。「フリーター」を責める「母」。「娘」を慰めるうち、彼女が「母」が教師だったころの教え子だとわかる。

 再び「息子」の部屋。動き出した「女」と子どものようにじゃれまわるが、ふとした弾みで「女」の手に触れてしまう。また突如動かなくなった「女」のそばで「息子」は自慰にふける。

 「生徒1」、「生徒2」と「生徒2の彼」が旅行のビデオを見ている。映像に映っているのは「生徒2」のカップルだけで、映像と同様に「生徒1」が会話から疎外されていく。

 コンビニでは「フリーター」が値札の張替え作業をしている。その後ろを「語学教師」がついて歩き、安くなった商品をかごに入れる。「弁当だけ値引きが遅いのは、自分で持って帰りたいからだろう」と「フリーター」をなじる「教師」。

 再びコンビニのミーティング。「母」が恒例の自己反省をさせられている。次第に教師の口調へと変わり、内容も卒業式の訓示のようになっていく。最後は生徒たちに合唱を促し、その歌と共に場面は「母」の家に「生徒1、2」が遊びに来ている風景となる。

 「母」は二人に同級生だった「万引き娘」を覚えているかと問うが、二人はまるで覚えていない。「母」は「娘」を「みんなの記憶の空白にいる人」と呼ぶ。

 コンビニの休憩室。万引きの動作を素振りのように反復させながら、反省の言葉を繰り返す「万引き娘」とコーチ気取りの「店長」。それでも反省が見えない「娘」を、「店長」は写真を撮ることで辱めようとする。撮影中「娘」の手首にリストカットの跡を見つける「店長」。カメラを奪い合ううち、なぜか「店長」は「自分を罵ってくれ」と言い出す。押し問答の末、「娘」は仕方なく「店長」を罵倒し始める。

 「管理人」と「女」が部屋の貸借について話している。何を質問してもはぐらかす「女」。挙句に「部屋は借りないけれどここにいる」と言い、「管理人」に封筒を渡して去る。だが中身は空だ。 「妻」が現れると、「管理人」は慌てて空の手紙を丸める。倦怠感に満ちた夫婦の会話が繰り返される。

 「女」が「息子」の耳かきをしている。「息子」が「羊を呼ぶ声だ」と言いながらホーミーを歌うと、他の俳優たちが舞台上に集まってくる。幸福感にひたる「息子」をおいて、「女」は急に立ち上がる。残された「息子」は死んだように寝そべっている。

 「語学教師」と「生徒2」がフランス語会話のレッスンをしている。「生徒2」はお手本を読んでいるが、「教師」は別れた男に送った手紙を読んでいる。

 コンビニで「フリーター」と「母」が検品作業をしている。不器用な「母」に「フリーター」は効率よくと促すが、「母」は「無駄の価値」を主張する。作業の終了と共に二人は競うように素早く舞台から去っていく。

 「生徒1」と「生徒2の彼」が「生徒2」を裏切ろうとしている。すぐに抱こうとする「彼」に「『生徒2』とのセックスのやり方を話せ、そのくらい覚悟がなければだめ」と言い放つ「生徒1」。二人は荒々しいキスと共に舞台を去る。

 コンビニで値札の張り替え作業をしている「フリーター」の後ろを、また「語学教師」がつけまわしている。「教師」は「別れた彼にストーキングをされている。「貴方の時間を買うから代わりに手紙を渡して」と強引に封筒を押しつけるが、中には白紙の便箋が入っているだけだった。

 コンビニのミーティング。閉店を宣言した「店長」を、店員たちの怒号が飛び交うなか「万引き娘」が平手打ちにする。我に帰る店員たち。去っていく「フリーター」と「妻」。弁当の余りをもらおうとする「母」に対し、「店長」と「万引き娘」は結婚すると告げる。

 「母」の家に、「生徒1、2」と「彼」が三角関係についての相談に訪れる。身勝手な理屈をぶつけ合う3人の前に、「女」を探しているらしい「息子」が現れる。ぼんやりした「息子」に、奴隷のように仕えてきた鬱憤をぶつける「母」。「母」に同調して、息子を罵倒する「生徒2」。「息子」は目をつむって歩き回りながら、ホーミーで「女」を呼ぶ。その前に立ちはだかり、目を開くよう説得する「生徒2」と泣き崩れる「母」。

 「管理人」と「妻」、「生徒1」が登場。女二人はフランス語会話のレッスンをしている。うるさがる「管理人」に「妻」は“子どもがいる夫婦ごっこ”をしようと持ちかける。初めて歩いた赤ん坊の様子を語り出す「妻」。不意に「管理人」が勃起したと告げる。久々にセックスをしようと立ち上がる二人。だが、その瞬間「管理人」は「しぼんだ」と告げる。

 コンビニで「店長」「万引き娘」「フリーター」が検品作業をしている。だが働いているのは「フリーター」だけで、他の二人は商品を壊したり盗んだりしているだけ。腹を立てて「娘」を非難する「フリーター」に、「母」は商品を投げつける。

 最終景、舞台には登場人物全員が揃っている。これまでの場面が短く反復されるなか、「息子」がホーミーを歌うと人々は眠り始める。自分の意志で自分の肉体を葬ろうと言う「息子」。「女」はそんな息子に「おやすみ」と告げる。「女」の置いた封筒に気づいた「息子」が中を覗くとそこには何もなく、彼はただぼんやりと立ち尽くす。

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