キャサリン・メンデルソン

新人作家育成と新作戯曲の重要拠点
スコットランドのトラヴァース・シアター

2006.07.18
キャサリン・メンデルソン

キャサリン・メンデルソンKatherine Mendelsohn

トラヴァース・シアター 文芸部マネージャー

自らを「劇作家の劇場」と呼び、劇作家への新作戯曲委嘱、戯曲ワークショプ、文芸部による投稿戯曲の発掘、リーディングなどを実施。新作戯曲の国際的発信拠点のひとつ、トラヴァース・シアターの取り組みを同劇場文芸部マネージャーのキャサリン・メンデルソン氏に聞いた。
インタビュアー:谷岡健彦、構成:中山弘美
スコットランド演劇について簡単に教えていただけますか?
スコットランドには昔から優れた詩人や小説家、哲学者などあらゆる分野に有名な作家たちがいましたが、彼らが文学言語ではなく、生活言語で市井の声を劇作にのせて演劇として成立させ始めたのが1960年代になってからです。この時期、労働者階級の家庭生活を辛辣に描いた『キャシー・カム・ホーム』(*1)のようなテレビドラマシリーズが英国内で人気を集め、それがひとつの転機となって作家が脚本や戯曲へと広く活動をシフトしていきました。ロンドンやアイルランドと比べてスコットランド演劇は後発ではありますが、文学的教養が高いので劇作家のレベルは非常に高いですし、俳優や演出家にも才能のある人たちが大勢揃っています。

こうしたスコットランド演劇の発展を支えてきた要素としては、トラヴァース・シアター(1963年設立)のような新しい演劇の創造を目指す劇場の存在ももちろんありますが、もうひとつ、ハイランド地方や島嶼部などへの巡回公演を主な活動としているインディペンデント・カンパニーの存在があります。「英国の人口の7%が84%の富を所有する」というところから名付けられた政治色の強い小劇場7:84シアター・カンパニー(71年設立 *2)や、グリッド・アイアン・シアター・カンパニー(95年設立 *3)などが現在まで活動している代表的なカンパニーです。

スコットランド演劇界の最近の話題が、2006年にスタートしたばかりのスコットランド国立劇場(National Theatre of Scotland/NTS *4)です。NTSは上演施設を持たず、国内外のアーティスト、カンパニー、劇場などあらゆる集団と共同製作しながらプロダクションをつくるクリエイティブな組織です。例えば、2006年4月には、NTSとGITCの共同製作による「ローム」がエディンバラ国際空港で上演されました。こうした共同製作を理念とするNTSの設立や、スコットランド政府が芸術支援を積極的に行うことにより、スコットランド演劇はさらに活発になっていくと思います。NTSが今後のスコットランド演劇の芸術ヴィジョンとエネルギーを一手に引き受けていると言っても過言ではありません。
現在のスコットランド演劇界におけるトラヴァース・シアターの位置づけを教えてください。
トラヴァース・シアターのアイデンティティは、劇作家との作業にあります。

80年代に入ってからは特に、イギリス人劇作家の発掘、育成に焦点を当ててきました。90年代からはさらに、国内だけでなく海外の劇作家も含めて、新しい世代のスコットランド人劇作家の育成と支援を明確な目標として掲げています。名実ともに確立された劇作家に新作を委嘱するのと同時に、新たな才能を見いだしたいと思っています。私たちはトラヴァースのことを「劇作家の劇場」と呼んでいますが、私たちがすべきことは、劇作家のヴィジョンがどこにあるかを知ることです。そして演出家たちがすべきことは、溢れ出てくる彼らの言葉のすべてを観客に伝えるために懸命に作品に取り組むことなのです。
具体的には劇作家育成のためのどのような事業を行っているのですか?
私たちは年間を通して劇作家を育成するためのさまざまな活動をしています。例えば、トラヴァースでは年に6〜8本の新作を劇作家に委嘱していますが、こうした劇作家に対しては、第1稿が上がった後に作品を練り上げるためのワークショップとして、演出家が主役級の俳優と台本を読み込み、リーディングして聞かせます。自作を声で聞くのはとても大切なことで、作品の長さやテンポ、どこが効果的でどこが効果的ではないかについて、文字とは全く違った感覚がわかります。また彼らは、その作品を担当する演出家や文芸マネージャーとマンツーマンで劇作のワークショップを行います。構成や細部について議論が行われ、その作品が最良のものになるよう、プロが叱咤激励します。

ちなみに、新作を委嘱する場合は、上演の予定については全く触れません。好きなだけ時間をかけて書いてもらいます。でもこれは、たくさんの委嘱作品の制作が並行して進んでいて、いつでも上演を考え得る作品がたくさんあるということでもあります。最初は短編戯曲を依頼して、それが長編へのステップとなる場合もありますが、すぐに長編を委嘱される幸運な劇作家もいます。つまり、いつも個々の劇作家に合わせた方法を選ぶことが大切で、システムもルールもありません。
一般の劇作家を対象にした事業はありますか?
一般の劇作家については、国内外からの投稿を受け付けています。投稿作品は専門委員がすべて目を通し、私にも報告が上がってきます。投稿者には感想を送り返しています。投稿者には初めて戯曲を書いた人もいれば、プロもいます。スコットランド在住の劇作家への返信を優先していますが、彼らにとって私たちは批評をしてくれる数少ない存在のひとつなので、詳しくコメントするようにしています。

英国外の劇作家が投稿してくる目的は、主に自作がトラヴァース・シアターで上演されるかどうかを知りたいということなので、こういった劇作家には細かい感想は返しません。投稿作品が上演されることは極めて稀ですが、おもしろい劇作家を発見する重要な機会になっていると思います。ちなみに私がトラヴァース・シアターで仕事をしてきた中で、投稿作品がそのまま舞台化されたのはたった1本だけでした。でもそれが実は、後に大ヒット作品の1つになったのですが。

例外的なケースですが、才能があると感じた場合、文芸部員が直接劇作家に会って話をすることもあります。こうした話し合いは、劇作家がこの作品で何を伝えたいのかや、彼らの劇作のプロセスを知るために重要であるだけでなく、私たちが手伝えることは何かを知るためにとても役に立ちます。

また、シーズン毎に2つか3つの一般向け戯曲ワークショップをプログラムしています。これらは10人から15人の少人数で行われ、劇作へのアプローチとプロセスについて語ることのできるプロの劇作家が指導します。特別な技術や経験のある人向けのワークショップも企画しています。その場合は、ジニー・ハリス、デイヴィッド・グレイグ、ダグラス・マックスウェル、ロナ・マンローといった劇作家が指導に当たっています。

これ以外では、15歳から25歳までの劇作家の卵たちが3年以上にわたって劇作を学ぶ「ヤング・ライターズ・グループ」でも、トラヴァース・シアターと縁のあるプロの劇作家たちが、2週間に1度指導にあたっています。彼らは1週間に1度、夜に集まり、メンター役の年長のライターの下で技術を磨いています。1年目は短編やいくつかのシーンを書きながら、台詞、登場人物、構成、ストーリー、舞台演出など劇作のすべての要素について学びます。2年目には長編作品に取り組み、劇作家から個別に指導を受けます。
アウトリーチのプログラムはありますか?
学校や大学で、新作の公演を題材にしたワークショップを教育プログラムとして実施していますし、次回公演について教師たちと語り合うフォーラムを行っています。また、年に1度開催する「クラス・アクト」という学校での戯曲ワークショップもあります。これは、プロの劇作家が14歳から17歳までの学生たちと数カ月にわたって学校で劇作のワークショップを行い、学生たちに短編を書かせるというものです。これらの短編をもとにトラヴァース・シアターの演出家が俳優と作品を練り上げて公演を行い、戯曲集として出版もします。

エディンバラやスコットランド各地のコミュニティ・センターでは、「コミュニティ劇作プロジェクト」を実施しています。これらの成人向けのワークショップは広く一般に開放されており、参加者はプロに手助けしてもらいながら初めて戯曲を書きます。また、年に一度、スコットランド南部のボーダーズから北部のハイランドまで巡回公演しますが、そのツアーに付随して戯曲ワークショップを頻繁に開催しています。このワークショップで地方在住の劇作家たちと作業し、そこから新しい才能とコンタクトを取るようになることもあります。
トラヴァース・シアターは文芸部(*5)を持つスコットランドで唯一の劇場だと聞きましたが。
はい、文芸部を持つ劇場はいまだトラヴァース・シアターだけですが、2001年にPlaywrights’ Studio, Scotland(*6)というすばらしい組織が設立されました。そこでは私たちと同様、自主的に送られてくる戯曲を読み、新作戯曲を発掘する作業が始められています。Playwrights’ Studio, Scotlandは劇団でもなければ、公演制作もしませんが、劇作家に対して戯曲についての感想や意見を返し、助言をします。さらに、このような劇作家たちと仕事をしたいと思っているけれど、文芸部を持つほどの財源がないという多くの劇場のために、その役割を代行しています。Playwrights’ Studio, Scotlandは、今年からリーディング公演を始めました。NTSでも劇作家との仕事を積極的に行ってはいますが、投稿戯曲は受け付けていませんし、評価の定まった劇作家に新作を委嘱するなど、もっと高いレベルの劇作家と仕事をする傾向にあります。
トラヴァース・シアターとPlaywrights’ Studio, Scotlandは連携していますか?
スコティッシュ・アーツ・カウンシル(SAC)がPlaywrights’ Studio, Scotlandを設立するための調査を行った際に、その責任者が作業の拠点をおいたのがトラヴァース・シアターで、当時の文芸アシスタントがサポートしました。私たちはスコットランドで唯一の文芸部を持つ劇場ですし、劇作家との仕事に経験も知識もあり、また劇作家の大規模なデータベースを保有していたので、トラヴァース・シアターの貢献は大きかったと思います。実際、Playwrights’ Studio, Scotlandの最初のアイディアのいくつかは、当時文芸ディレクターだったジョン・ティファニーから出たものです。

最終的に、Playwrights’ Studio, Scotlandは、SACの助成を受けてスコットランドのすべての劇作家や劇場、劇団を支援する完全に独立した組織として設立されました。ですから、現在は、プロジェクト毎に必要に応じて連携しています。例えば、最近では、スコットランドを代表する劇作家トム・マッグラスの生誕60年を祝う催しを共催しましたし、翻訳を対象にした奨学基金の設立のためのSACに対するロビー活動にも共同で取り組んでいます。また、トラヴァース・シアターの劇作家養成にかかわるイベントはすべて、Playwrights’ Studio, Scotlandが毎月発信するインターネット・ニュースで劇作家たちに告知されています。
文芸マネージャーという肩書きは私たちにとっては聞き慣れないものですが、どういう役割を果たすのですか。
文芸マネージャーは、演出家が劇場のヴィジョンに沿った作品を見つける手助けをします。例えば古典を上演している劇場ならば、しばらく上演されていない面白い芝居を見つけてくるとか、自分がシーズンのラインナップに入れたいと思う芝居のために何かするというようなことです。トラヴァース・シアターのような新作上演の劇場での文芸マネージャーの役割は、新しい劇作家を見つけたり、ベテランの劇作家に新作を委嘱したりすることですね。

文芸マネージャーという仕事は、若い頃に始める仕事ではなく、さまざまな経歴を経て就くものだと思います。今では大学にドラマトゥルグになるためのコースがありますが、文芸マネージャーとは少し違うと思います。私はこの種の教育は受けたことがありませんが(現在では関連コースを教えていますが)、英文学を専攻しており、それが文章の分析能力を高めたり、書かれたものの善し悪しを見極めたりするのにとても役に立っています。文芸マネージャーになるために専攻したわけではありませんが──。
トラヴァースではリーディング事業を積極的に企画しています。これはどのようなものなのでしょう。
リーディングというのは舞台装置や衣裳のない公演のようなものです。俳優たちと演出家が芝居に取り組み、稽古をしますが、稽古は非常に短い時間しかやりません。俳優は台本を手に持って演じるので、必要ならば台本を見ることもできます。驚くべきことに、すばらしい俳優を起用した時など、台本があっても気を散らされることはなく、本公演と遜色のない仕上がりになることがあります。観客からも、芝居や演技についてより純粋な体験をしたという反応がよく返ってきます。

リーディングをする理由には現実的な側面もあって、本公演よりもずっと低予算でできるということがあります。併せて、観客が芝居に触れる機会をもっと多く提供しようという積極的な理由もあります。例えばオーストラリアから本公演を招聘しようとすると、多額の費用が必要ですが、劇作家を招聘して、地元のカンパニーがリーディングをすれば、観客は同じ費用でもっと多くの面白い芝居にアクセスできるようになるわけです。

それと、リーディングを行うもうひとつの重要な理由が劇作家の劇作の助けをするためです。リーディングは劇作家が観客とともに初めて自分の作品を見るすばらしい機会になります。プロダクションの制作途中でリーディングを行うこともありますが、これは劇作家にとって草稿段階で戯曲を聞くことができる、またとないチャンスとなります。
スコットランドで海外の戯曲を上演するのは難しいことだと思われますか?
トラヴァース・シアターは、観客も芸術監督も海外の作品にとても寛容なので、海外戯曲の上演にとって大変相応しい場所になっています。私としても海外の演劇の紹介はとてもやりたいことのひとつで、英訳を必要とする新作戯曲もたびたび手がけています。私の専門の大部分は、劇作家とともに彼らの戯曲の翻訳作業をし、それらが原作と同程度のクオリティがあるかどうか、つまり翻訳が単に言語の翻訳というのではなく、芝居のエネルギーやスピリット、繊細さが翻訳されているかどうかを確認することです。こうした海外戯曲をリーディングするだけでなく、本公演にまでもっていくために劇作家とともに翻訳作業を進めるPlaywrights in Partnershipというプログラムもあります。
それはどのようなプログラムですか?
Playwrights in Partnershipでは、本当に手がけたいと思う海外の戯曲を、その作品にもっとも相応しいスコットランド人(もしくは英国人)劇作家とともに翻訳し、上演します。もしその戯曲が書かれているオリジナル言語をスコットランド人劇作家が話せない場合は、できるだけよい結果を得るために原作者である海外の劇作家をプロジェクトにしっかり巻き込むようにしています。

その一つの方法として行っているのが、私たちがホスト役を務めて双方の劇作家が一定期間同じところに滞在する「レジデンシー」です。これは極めて重要な作業で、「翻訳ドラマトゥルグ」としての役割を担う私と、オリジナル戯曲の劇作家、英国内で上演するために英語で翻訳をするスコットランド人劇作家がともに仕事をします。

私たちは戯曲の逐語的な翻訳の最初の段階、まさに言語的な翻訳の段階から双方の劇作家とともに作業を進めます。この段階ではまだまだ粗訳で、戯曲の本体と同じぐらいのメモ書き(脚注)でいっぱいになることもよくあります。この脚注がとても重要なもので、それを参考にしてスコットランド人劇作家がその翻訳に創造的な解釈を見つけ出し、上演台本として決定稿を作り上げていきます。これはあくまでオリジナル戯曲に忠実なものであって、スコットランド人劇作家が異なる方向に進み、別の作品を作るということではありません。オリジナル戯曲のエッセンスを掴み、単なる言語の意味においてのものではないそのエッセンス、つまり戯曲のスタイル、エネルギー、リズムを理解するということなのです。

例えば、現代戯曲では、スラングや罵り言葉といった口語的表現を登場人物が多用しますが、これは極めて翻訳することの難しい表現です。私たちはオリジナル戯曲の劇作家たちに、その言葉が芝居の中でどういう瞬間にどのような意図をもって発せられ、どれほどのインパクトを与えているのかを尋ねます。彼らは、「その母親はいつでも悪口雑言なのか」「彼女はどのぐらい強く罵り言葉を使ったか(軽いのか、かなりショッキングなのか)」「それは彼女のキャラクターから外れた普通ではない行動で、その場面での緊迫した何かの刺激を受けた結果なのか」といったことを答えてくれます。それによって翻訳する劇作家は英語台本にどの言葉を使うか選ぶことができますし、それがオリジナル戯曲の雰囲気に近づく選択になるのです。
どうやって海外の戯曲にぴったりの劇作家を見つけるのですか?
海外の劇作家に最も合うスコットランド人または英国人劇作家を決めることは、翻訳作業の全プロセスの中でも最もエキサイティングな部分です。その海外戯曲をユニークなものにしている雰囲気とエッセンスを、我々がいかに理解するかによって選ぶ劇作家が変わってくるからです。

ですから、まず、翻訳したいと思う戯曲について、そのオリジナル言語の雰囲気と特徴について熟考します。それから、戯曲の内容というよりも、その言葉の使い方に最も相応しい劇作家を見つけます。もちろん、それはスコットランド人の劇作家について熟知していなければできません。最新の例では、今年のエディンバラ・フェスティバルで上演される『Strawberries in January』は、ケベック在住の劇作家イヴリン・ドゥ・ラ・シュヌリエールの戯曲をスコットランド人の劇作家ロナ・マンローが翻訳しました。粗訳を読んで作品を気に入ったロナは、モントリオールに10日間滞在して、私とイヴリンとカナダ人のドラマトゥルグと一緒に注釈付きの言語的翻訳作業を行いました。昨年、トラヴァースで翻訳草稿をともにしたリーディングを行い、台本を練り上げました。
日本との交流にも積極的ですね。
私と日本とのつながりは2001年に始まりました。日本から入ってくる現代演劇にとても興味がありましたが、英国ではあまり取り上げられていないと感じていました。日本劇作家協会で英語に翻訳されて出版された戯曲がいくつかあって、それが日本の現代戯曲を知ることができる唯一のものでした。英国にやって来る歌舞伎などは見ていましたが、現代戯曲の劇作家とは接点がありませんでした。日本の現代小説家や映画製作者との交流はあったので、優れた現代戯曲も日本にあるはずだと思っていましたが、まったく交流がもてなくて少しがっかりしていました。

それで最初は本当に小さなことから始めました。2001年に鈴江俊郎さんの『髪をかきあげる』をリーディングしたのです。私が演出しました。この時はすでに翻訳されていた台本を使いましたが、すばらしい作品でした。ここでようやく日本の現代演劇と、鈴江俊郎という劇作家と繋がることができ、これがプロジェクトの第一歩になりました。ただ、十分な資金を準備できなかったので劇作家本人をトラヴァース・シアターに呼ぶことはできませんでした。

その後、ロンドンのブッシュ・シアターが日本の現代戯曲のリーディング・シリーズ(*7)をやった時に、「髪をかきあげる」のリーディングをもう一度ブッシュ・シアターで演出してもらえないかと依頼されました。そこで幸運にも鈴江さんに会うことができました。彼の作品との繋がりを強く感じましたし、彼がずば抜けた才能を持つ劇作家であることもわかりました。それで私たちはPlaywrights in Partnershipで鈴江さんの作品(『うれしい朝を木の下で』 A Happy Morning Under a Tree )を本公演での上演を目標として翻訳することに決めたのです。アジアの言語の翻訳はヨーロッパ言語よりはるかに難しいので、残念ながら何年もかかっています。
それは文化の違いがあるからですか?
そういうことではありません。アジア言語を話す人が少ないからです。そのために翻訳者の数も限られてきます。逐語翻訳のできる優秀な翻訳者をなんとか見つけて劇作家と作業をしていったのですが、戯曲はとても曖昧だし、ある言葉を翻訳する時には選択がつきものですから、優秀な翻訳者でさえ誤訳します。戯曲の翻訳で難しいことのひとつは、わずかでも選択を誤ると間違った方向に行ってしまうということです。ですから、オリジナル戯曲の劇作家がそこにいて「違う、違う、そういう意味ではありません」と言うことがとても重要なのです。

一行一行、一語一語の翻訳について議論を尽くすというのは、それは登場人物について掘り下げることであって、言葉をどう翻訳するかについてではないのです。それはもう膨大な作業です。草稿を練り上げ、言葉の繊細さを正確に捉えるには長い時間が必要になります。

鈴江さんとの良好で強い関係は、私たちと日本の劇場との交流に対する国際交流基金のすばらしいサポートのおかげですが、これがきかっけとなり今では多くの日本の劇作家との交流がはじまっています。2004年には、トラヴァース・シアターの芸術監督であるフィリップ・ハワードと私、そしてスコットランド人劇作家のデイヴィッド・ハロワーとニコラ・マッカートニーの4人で日本へ行き、世田谷パブリックシアターと伊丹のアイホールでリーディング上演を行い、さらに京都芸術センターでもトーク・セッションを行いました。3都市での仕事を通して、現代演劇の数多くの若手の劇作家、経験豊かな劇作家たちに会うことができ、互いの仕事のことや、それぞれの国での仕事のシステム、芝居の稽古のこと、劇作家がおかれている状況などについて多くのことを話しましたが、とても楽しい大きな経験となりました。互いの仕事について多くのことを詳細に学び、刺激し合う対話になったと思います。

その後、日本から鈴江さんと松田正隆さんをトラヴァース・シアターに招き、彼らの英訳戯曲のリーディングをしました。それからは年に1度、アイホールでのスコットランド戯曲のリーディング(*8)に、その翻訳された戯曲の劇作家とともに呼ばれるようになりました。戯曲はとても良く翻訳されていて、そのことがこの交流の成功の鍵になっていると思います。

今年は、さらに二人の劇作家、土田英生さんと岩崎正裕さんをスコットランドに招き、トラヴァース・シアターにレジデンシーとして滞在する形を試すことにしました。日本からプロデューサーも招き、トラヴァース・シアターのさまざまなセクションのスタッフと会ってもらい、私たちの仕事について紹介するとともに、彼らの仕事についても私たちに話してもらいました。私は、このプロデューサーのレジデンシーというのはとても面白いものだと思っています。土田さんと岩崎さんにはこちらの若手の劇作家たちにも会ってもらいました。彼らは日本の現代戯曲についてほとんど知識がなかったので、日本の演劇について聞くことができてとても楽しかったようです。リーディング公演と、日本の現代戯曲についてのパネル・ディスカッションも行いました。こうしたレジデンシー型の取り組みはアーティスト同士の双方向の対話もできて、最高の形の芸術交流だと思います。

もうひとつ言いたいのは、日本の劇作家との仕事をぜひとも続けていきたいということです。その度ごとに大きなコストがかかるので、よく考えながらやらなければなりませんが、鈴江さんの作品は本公演として上演するところまで持っていきたいと思っています。もっと多くの劇作家と仕事をするために、リーディングも続けていくつもりです。日本の劇作家たちの仕事は非常にクオリティの高いものです。私たちの感覚にとても近かったり、時には全く違っていたりしていて、とても興味深いものだと感じています。
長時間どうもありがとうございました。

*1「キャシー・カム・ホーム」
1966年12月にBBC1の「水曜ドラマシリーズ」で放映された。(脚本:ジェレミー・サンドフォード、演出:ケン・ローチ、製作:トミー・ガーネット)夫と子どもがいる若い主婦キャシー。ある出来事で夫が職を失い、家族は貧困へと墜ちて行く。子どもたちがソーシャル・サービスに保護されるまでのさまざまな困難と貧しいその日暮らしのホームレスな生活を描いたドキュメンタリー・ドラマのヒット作。

*2 7:84シアター・カンパニー
世界が混沌とした社会状況の中にあった1971年、当時リヴァプール・エブリマン・シアターと強い提携関係にあった劇作家ジョン・マッグラスが、社会を変えるためには新しい演劇の形が必要と考え、ブルジョア階級に支配された劇場からの離脱を決心してイングランドで設立した劇団。同年のエディンバラ・フェスティバルで「Trees In The Wind」という作品を発表。この作品が大ヒットし、2年に及ぶツアーも観客に熱狂的に受け入れられたことで、マッグラスは歴史、文化、さらには政治的な伝統が息づくスコットランドで劇団を設立することを決意、73年にスコットランドの7:84が設立された。拠点はグラスゴー。
7:84というカンパニー名は66年にエコノミスト紙に発表された「英国の人口の7%が84%の富を保有している」という統計結果からきている。社会政治的なプロセスへの演劇の介入の可能性を探ること、誰にでも親しめる上演言語を作り出すこと、観客と俳優との垣根をなくすこと、劇場ではない空間で上演すること、演劇に触れる機会のない人々のところで上演をすることなどを劇団のポリシーとして掲げてきた。
スコティッシュ・アーツ・カウンシルやグラスゴー市などから助成金を受けているが、06年3月1日にアーツ・カウンシルが助成金を全額カットする決定を下したことに対して、現在,政府への嘆願署名キャンペーンを展開している。芸術監督は2003年から務めるロレンゾ・メール。

*3 グリッド・アイアン・シアター・カンパニー
1995年にエディンバラを拠点に結成。同年トラヴァース・シアターで第1回公演「Clearance」を上演するやいなや、質の高い作品作りが高い評判を呼ぶ。以後、一般的ではない特定の場所で上演する作品を含め、立て続けにヒットを放っている。
97年の初のフル・スケールの作品『The Bloody Chamber』は、エディンバラのロイヤル・マイルの下の地下納体堂で上演、99年の『Monumental』はグラスゴー・シチズンス・シアターのホワイエや裏道、駐車場などを使ってのプロムナード・パフォーマンスとして上演された。2003年にエディンバラ・フェスティバル・フリンジで上演された『Those Eyes, That Mouth』はチケットは完売し、演劇賞を総なめした。
ここ数年はロンドン、ニューヨーク、アイルランド、ヨルダン、レバノンなどでも上演し、高い評価を得ている。プロデューサーはジュディス・ドハーティ、演出家はベン・ハリスン。

*4 スコットランド国立劇場 National Theatre of Scotland(NTS)
2006年設立のスコットランド初の国立劇場。上演施設を持たないため、施設開発や維持に資金を投入することのない代わりに、クリエイティブ・ワークに専心し、自主制作や劇団、アーティストとのコラボレーションで作品を作り上げ、ツアーを主体に活動する。スコットランド内をくまなく、劇場に限らず学校やコミュニティなど場所を選ばずに、あらゆる世代を対象にしたさまざまなタイプのパフォーマンスを届けることを大きく掲げている。主要な劇場との提携や共同制作もあり、ライシアム・シアター(エディンバラ)やグラスゴー・シチズンス・シアター、トロン・シアター(グラスゴー)などでの上演なども予定されている。さらに海外のカンパニーとのコラボレーションや海外ツアーも視野に入れている。
また、学校や地域でのパフォーマンスを通した表現教育や、パフォーマンスへのアクセスを容易にするための活動もさまざまな集団との恊働で臨んでいる。さらには劇作家、デザイナー、演出家などのアーティストとの作業を通して、スコットランドの才能をプールしていくことや、トレーニングを終えたばかりの若い俳優や制作者を独自に教育することなどを目標としている。
スコットランド政府からスコティッシュ・アーツ・カウンシルを通して2003−04年に100万ポンド/2億2,000万円、2004−06年(3月まで)に 750万ポンド/16億5,000万円 の予算が投入された。芸術監督ヴィッキー・フェザーストーン、本拠地グラスゴー。

*5 文芸部
芸術監督が率いる芸術部門の重要な部署として位置づけられ、文芸マネージャー、文芸育成マネージャー、文芸アシスタントの3人で構成。アソシエイト演出家と2人のプロデューサーとともに活動し、トラヴァース・シアター・カンパニーとして上演する新作の委嘱の他、劇作家に関わるさまざまな仕事を行う。
また、毎年夏のシーズンは有名な演劇祭であるエディンバラ・フェスティバルの主要会場の一つとなっている。
今シーズンのプログラムは下記のサイトにある。
https://www.traverse.co.uk/

トラヴァース・シアター2004年度事業概要
収入総額:1,322,642ポンド(カフェ売上げ含まず)
支出総額:1,317,486ポンド

年間ステージ数:534
[自主制作公演:80 / 旅公演:43 / 提携公演:395(劇団数66) / その他 16]
エデュケーション・プログラム:37
育成プログラム:10
エキシビション:11

*6 Playwrights’ Studio Scotland
スコットランドの劇作の発展のために政府主導で設立された団体。劇作家トム・マッグラスとトラヴァース・シアターが長年にわたって働きかけ、スコティッシュ・アーツ・カウンシルの支援を受けて設立に至った。スコットランド在住の劇作家、および英国内在住(場合によっては海外在住)のスコットランド人劇作家を対象に、新作戯曲の開発や演劇公演の質を高めることなどを目標に活動している。
毎年メンターとして選ばれた経験豊かな複数の劇作家が、経験の浅い劇作家の技術を高め、作品を仕上げていく「Mentoring」、初歩段階にある劇作家を対象に、スタジオのアソシエイト劇作家が数カ月に渡って劇作法から指導していく「Evolve」、新たな才能の発掘のために設立された国主催の戯曲賞「Ignite」、一般から戯曲を受け付けて演劇のプロフェッショナルが読み、感想や意見を返すとともに提携している有名劇団や劇場にその戯曲を紹介する仲介作業「Fuse」など、さまざまな事業を展開している。2005年のエディンバラ・フェスティバルでは、BBCスコットランド・ラジオドラマと4劇団との共同で、ドラマ・リーディング・シリーズ「Plays Aloud」を開催した。
拠点はグラスゴー。クリエイティヴ・ディレクターはジュリー・エレン。
https://www.playwrightsstudio.co.uk

*7 日本の現代戯曲のリーディング・シリーズ
2001年、英国における大型日本文化紹介行事「Japan2001」の公認行事として、ロンドンのブッシュ・シアターで日本の現代戯曲4作品のリーディングを7月と12月の2回にわたって実施。7月には、すでに翻訳されていた 永井愛 『時の物置』、鈴江俊郎「髪をかきあげる」、12月には新たに翻訳された土田英生 『その鉄塔に男たちはいるという』 、長谷川孝治『あの川に遠い窓』がリーディングされた。

*8 アイホールでのスコットランド戯曲のリーディング
2004年からアイホールが連続して取り組んでいる、トラヴァース・シアターとの交流事業「日英現代戯曲交流プロジェクト」。毎年スコットランド戯曲を1作品選んで翻訳し、関西の演出家と俳優とでリーディング公演を行っている。04年はデイヴィッド・ハロワーの「雌鶏の中のナイフ」、05年はグレゴリー・バークの「ガガーリン・ウェイ」、06年はロナ・マンローの「アイアン」がリーディングされた。劇作家本人をアイホールに招き、ポストトークやシンポジウムも実施されている。次回は07年3月を予定。

Traverse Theatre

2006年6月にトラヴァース・シアターで行われたドラマ・リーディング「Japan in Scotland Readings」の模様

トラヴァース・シアター

トラヴァース・シアター
Traverse Theatre


Cambridge Street, Edinburgh EH1 2ED
Lothian Scotland
https://www.traverse.co.uk/

エディンバラ・フェスティバルで活躍していたJim Haynesら若手アーティスト・学生らにより1963年に創立される。当時はトラヴァース・シアター・クラブと呼ばれ、エディンバラ市内のローンマーケットLawnmarketというかつての売春宿街に建物があった。Haynesは当時Paperback Bookshopという劇団を率いており、この名前からも彼の新作戯曲や文学作品の上演に対する熱意がうかがえる。

69年には、グラスマーケットGrassmarketの倉庫群を改修して拠点を移し、その後、Saltire CourtというCambridge Street沿いの現在の場所に移転。1992年にエディンバラ市により、216〜350席のホールと100席のスタジオ、カフェなどを備えた新しい劇場が建設され、The Traverse Theatre Ltdが運営する英国初のスタジオシアターとして再始動。

創立以来、一貫して新作戯曲の創作・上演を芸術的方針として掲げ、スコットランドはじめ国内外の劇作家に対し新作を委嘱して執筆活動を支援してきた。その新作上演数の総計は600本を越え、60年代のスタンレイ・イヴリング(『The Balachites』)、イエイン・クリックトン、70年代のジョン・バーン(『The Slab Boys Trilogy』)、80年代のリズ・ロケッドLiz Lochhead(『Perfect Days』)、90年代のデイヴィッド・グレイグ(『Outlying Island』)、デイヴィッド・ハロワー(『Knives in Hens』)ら、国際的に評価の高い劇作家を輩出してきた。彼らの作品は世界中で上演され、英国のみならず海外へのツアー公演も行われている。

2000年には、スコットランド・アーツカウンシル(SAC)により、新作戯曲を創作し、新人作家発掘のための拠点劇場として認められるなど、現在では「Scotland’s New Writing Theatre(スコットランド新作戯曲劇場)」と称されている。また、2004/2005シーズンには日本をはじめ、中国、フランス、ポルトガルなどとの国際プロジェクトを実施するなど、海外戯曲の紹介にも力を入れている。現在の芸術監督は演出家のフィリップ・ハワード。委嘱した新作は、トラヴァース・シアターがプロデュースするTraverse Theatre Company の公演として上演し、国内外のさまざまな劇場やカンパニーとコラボレーションをしながら活発なツアー活動を行っている。

作家育成の教育機関としての役割も果たし、学生がプロの劇場スタッフと協働して舞台上演する「Class Act」や、プロの劇作家の指導のもと3年以上にわたって戯曲創作を学ぶ「Young Writers’ Group」などの事業を通して青少年の劇作を奨励している。

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