劇作家による自作ガイドvol.5―安藤奎が語る『地上の骨』
Ⓒ 山口真由子
劇作家が自身の執筆作について語る本シリーズ第5弾は、安藤奎(劇団アンパサンド)の『地上の骨』。オフィスでのなんともない日常的なやりとりから、いつの間にか「人間が魚になる」という荒唐無稽な非日常的状況へと滑り落ちていくさまをおかしみとともに活き活きと描くこの作品は、一体どのようにして生まれたのか。安藤奎の創作の源を、これまで劇団アンパサンドの活動をいちファンとして長く追ってきた俳優・長沼航が紐解いていく。
取材・文/長沼航
劇団アンパサンド『地上の骨』
作・演出:安藤奎
出演:黒田大輔、島田桃依、篠崎大悟、安藤輪子、西田麻耶、安藤奎
2023年9月1日~10日 三鷹市芸術文化センター 星のホール
【あらすじ】
夕方のオフィス。仕事に追われる契約社員のミヤビは、先輩社員・安河内からお手製の魚の佃煮を勧められるも、「鹿児島から来た父親と一緒に夕食を食べるから」と断る。安河内をはじめ、チームの面々は互いに「早く帰りな」と気遣い合うものの、実際には皆仕事が溜まっていて帰ることができない。そんな中、安河内は皆に魚の佃煮をお裾分けする。すると、魚の骨が喉に引っかかった安河内を皮切りに、佃煮を食べた社員たちの身に次々と異変が起きる……!
ミヤビ(安藤輪子):契約社員。安河内が作った魚の佃煮を食べなかった。
安河内(黒田大輔):先輩社員。魚の佃煮を分けてくれる。
土橋(島田桃依):リーダー。マニュアルの作り直しに追われている。
アケミ(安藤奎):ミヤビの同期。
カオル(西田麻耶):土橋と同年代? オーディション番組にハマっている。
友田哲夫(篠崎大悟):ずっとウイダーinゼリーを探している。
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安藤奎筆による『地上の骨』 登場人物相関図
その後、いくつかの新劇系の劇団の試験を受けて、最終的に演劇集団 円(*4)の研究所に入ることになったんです。研究所には2年通って、1年目は発声練習や小道具作りをひたすらやり、2年目は作品づくり。劇場を使って自分たちで企画する自主公演などもやりましたが、やはり新劇の劇団なので、基本的には著名な劇作家、例えばチェーホフや清水邦夫(*5)の戯曲をずっと扱っていました。その頃知り合った小劇場マニアのおじさんに紹介されて、小劇場演劇(*6)も見てたんですが、おじさんの趣味がディープすぎて私にはあんまり理解できず、それと比べるとチェーホフの『かもめ』のほうが面白かったんです。だから、やっぱりあの講師の人が言っていたように新劇をやったほうがいいんだと思っていました。
まず、前田さんは、私が初めて会った「生きている若い劇作家」だったんです。それまでは、戯曲はシェイクスピアのような人が書くものだと思っていたので、途中まで「この人、本当に劇作家なのかな」と疑っていました。それから、円では綺麗にせりふを言ったり、決められた位置に綺麗に立ったり、すでに書かれた戯曲のキャラクターに自分を寄せていくことが重視されていたので、ワークショップでお客さんの反応を感じながら演じるといった経験も、自分にとっては新しかったです。エチュードをやるとその人自身の面白さが伝わってきて、俳優って普段の生活から面白い人がやるものなんだ……と気づかされました。
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劇団四季
1953年、浅利慶太らによって結成された劇団。創立当初はアヌイやジロドゥなどのフランス近代劇を上演したが、現在では『キャッツ』『ライオンキング』をはじめとするミュージカルのロングラン公演と全国公演で広く知られる。
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下北沢
東京都世田谷区にある街。本多劇場、ザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアターなど中小の劇場が集まり、「演劇の街」として知られる。
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新劇
明治末期以降、西欧の近代演劇の影響を受け、歌舞伎や新派とは異なる新しい演劇を目指して生まれた運動・演劇形式。戦後は文学座、俳優座、劇団民藝などが代表的な劇団として活動し、翻訳劇や近現代の戯曲を数多く上演した。
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演劇集団 円
1975年、芥川比呂志を中心に設立された劇団。現在も、国内外の古典から現代劇まで幅広い作品を上演する。付属の円・演劇研究所では、俳優を志す研修生の養成も行っている。
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清水邦夫
1936年、新潟県生まれ。劇作家・演出家・小説家。1960年代後半から演出家・蜷川幸雄との共同作業で注目を集めた。代表作に『真情あふるる軽薄さ』『ぼくらが非情の大河をくだる時』『楽屋』などがある。2021年没。
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小劇場演劇
主に比較的小規模な劇場を拠点に、若い劇作家・演出家や独立系劇団が独自の表現を追求する演劇。1960年代のアングラ演劇などを背景に発展し、1980年代には若い観客を巻き込む一大ブームとなった。現在は作風や上演形態も多岐にわたる。
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五反田団
劇作家・演出家の前田司郎が1997年に旗揚げした劇団。日常に潜むおかしみや哀しさを、力みのない会話と最小限の舞台装置によって描く作風で知られる。代表作に岸田國士戯曲賞を受賞した『生きてるものはいないのか』など。
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青年団
劇作家・演出家の平田オリザを中心に1982年に結成された劇団。日常の話し言葉、複数の会話の同時進行、抑制された演技などを特徴とする「現代口語演劇」を追求し、1990年代以降の日本の現代演劇に大きな影響を与えた。
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『ゴシップガール』
2007年から2012年までアメリカで放送されたテレビドラマ。ニューヨークの高級住宅街アッパー・イースト・サイドを舞台に、名門校に通う若者たちの恋愛、友情、家族関係から巻き起こる騒動を描く。
人情はかつては例えば「寅さん」(*10)に象徴されるように、とてもいいものとされていました。でも、いまはどちらかというと迷惑なものになっていると思うんですね。それがいいか悪いかではなく、人情が失われているという事実そのものをこの戯曲を通して残したかったんだと、振り返ってみたときに気がつきました。黒田大輔さん(という俳優)は、この世で最後の、日本で最後の人情を持っている人なんです。
私が戯曲を書くときは、出てくださる俳優の方々をイメージしながら設定や人物像を作り上げていくことが多いです。この作品については、西田麻耶さんであれば「怒ることで仕事をしている実感を得そう」とか、篠崎大悟さんであれば「すごくいい人なんだけど、次元の違うところに存在して、他人の話をよく聞いてなさそう」とか、そういうイメージが浮かんできて、そこからカオルや友田哲夫というキャラクター造形が生まれました。もちろん、それは私が俳優の方々から得た勝手なイメージなので実際のその人とは違うこともありますが、そうした設定によってそれぞれの面白さが引き出されていると思います。俳優が自分とは違うタイプの行動をしそうな人だと、いろんなアイデアが浮かんで楽しいですね。
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『地上の骨』(2023)左から友田(篠崎大悟)、ミヤビ(安藤輪子)、安河内(黒田大輔)
そういえば『それどころじゃない』(*11)という作品では、一度だけ夫婦という設定で書きました。血縁関係のない夫婦だったらいけるかと思いましたが、やはり恥ずかしかったです。でも、あれは私の父が体験した実話だったのでしょうがなく……。
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『それどころじゃない』(2022) Ⓒ 松下哲也
まず、作家としての視点でいうと、自分には気を使わなくていいというのが大きいです。そもそも、出演をお願いするのは自分が好きな俳優さんたちなので、それぞれの面白さを活かしたくて、全員のキャラクターが濃くなりがちなんです。でも、自分の役なら雑に扱えるので、全体のバランスを調整できる。極端な例で言えば、冒頭で1人死んでほしいと思っても、せっかく呼んだ俳優さんにやってもらうのは申し訳ないですが、自分なら容赦なく殺せるので。
演出面では、外から指示するより、俳優として中に入ったほうが、その場で起きていることを把握しやすいんです。「ここにこの人がいたら、このせりふは言えないな」と、場が停滞する理由も直感的にわかる。実感に基づいて調整できるので、俳優にも納得してもらいやすいのではないかと思います。
そもそも私は、演技を言葉で指示するのが得意じゃありません。「求める演技を演出家が自分でやってみせるのはよくない」とも言われますが、「ここは悲しく」と伝えても、人によって解釈は違うじゃないですか。でも、実際にやってみせれば、私の考える「悲しい」が伝わる。出演者としてさまざまなシーンを一緒に演じた蓄積があるので、そのまま真似るのではなく一つの参照項として受け取ってもらいやすいと思っています。
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「寅さん」
山田洋次監督、渥美清主演の映画『男はつらいよ』シリーズの主人公・車寅次郎の愛称。旅暮らしのテキヤで、おせっかいゆえに騒動を起こす一方、義理人情に厚い人物として親しまれた。
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『それどころじゃない』
2021年の「かながわ短編演劇アワード」で初演され、2022年に長編版が上演された劇団アンパサンドの作品。会社へ行こうとする夫が「首の長い幽霊」に取り憑かれ、身体に異変が起きるなかで、夫婦の日常が予想外の方向へ進んでいく。
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『地上の骨』ニューヨークでのリーディング公演メンバーと(2026)
作品中に出てくる「悪霊」という言葉について、稽古で「どの宗教の価値観における悪なのか」と質問されたことも印象的です。日本では「なんとなく悪霊」で済まされるところを、どの枠組みの悪なのか定義しようとする。その違いは面白かったです。
やっぱり「ウイダーinゼリー」(忙しい際の栄養補給に使われるゼリー飲料の商品名)などの固有名詞や、東京から鹿児島までの距離感といった地理的情報は伝わりにくいですけど、話の流れが理解できないという箇所は思いのほかほとんどなかったです。
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ジャパン・ソサエでのティリーディング公演
ニューヨークのジャパン・ソサエティで行われた。英題はEarthly Bones。翻訳はカズエ・ペック、演出はローレン・ゼフテル。終演後には安藤と演出家によるQ&Aも行われた。
【公演情報】
劇団アンパサンド
作・演出:安藤奎 出演:片桐はいり、福井夏、永井若葉、安藤輪子、西出結、安藤奎
東京:2026年10月28日~11月1日 新宿シアタートップス
三重:2026年11月7日~8日 三重県文化会館 小ホール
札幌:2026年11月14日~15日 生活支援型文化施設コンカリーニョ
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Ⓒ 山口真由子
