- 以前は、中央日報の文化部演劇担当チョン・ジェファル記者として会っていたので、LGアートセンター運営部長という名刺をいただき、こうしてお話をするのが、少し不思議な感じです。新聞記者から劇場統括者に転身した契機は何だったんですか?
- LGアートセンターに席を置いたのは2年前です。それ以前は、新聞社で言論人として舞台芸術と関わってきたわけですが、その自分の役割はそろそろ終ったんじゃないかと考えていた時に、お話をいただきました。舞台芸術の周辺ではなく、いつかは直接、現場に出たいと思っていたので、自分や周囲が思っていたより少し早く、その時期がきたという感じでした。大学院を卒業して入社したのが韓国日報、その後、中央日報に移り、記者生活は14年ほどでしたが、その間の夢といったらいいのか……舞台芸術の現場に出て、それを足場とした包括的なチョン・ジェファルの舞台芸術学みたいなものを構築したくなった。そういった意味でも、LGアートセンターという現場は魅力的でした。でも、今も中央日報に週2回ほど「舞台は美しい」というコラムを書いています。新聞記者という枠、言論界の権力から逃れて、文化政策や舞台創造の環境に関して、自由にね(笑)。
- まず、在籍しているLGアートセンターについてお聞きしたいと思います。この劇場は、韓国有数の企業体「LGグループ」の傘下にあるわけですが、その設立の目的は何ですか?
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事業が成功すると、企業が文化に関心を持つのは世界的にも多々ある動きだと思いますが、LGグループの場合は劇場を選択したということですね。
企業のスポーツマーケティング戦略、文化マーケティング戦略など、実際の経済取引とは違う部分でのマーケティング活動というのは、韓国でも増えてきています。LGアートセンターの場合、そういうマーケティングとは別の次元で設立され、文化芸術の創作と海外との交流を通じて企業の利潤を社会に還元し、文化インフラを構築することを、その主目的としています。LGグループは、1969年にはすでに「LGヨンナム文化財団」を設立して、社会貢献的な活動を始めていましたから。同じような主旨では、韓国の大企業体の「現代グループ」が美術の方面に力を入れ、美術館を運営していたり、「錦湖グループ」が音楽に力を入れていたりしています。ただ、劇場というのは企業にとって運営が難しいだけに、他はなかなか手が出せなかったと思います。劇場メンテナンスも必要だし、運営スタッフだけでもかなりの人数が必要でしょうし、簡単に壊すわけにもいかない(笑)。劇場をつくってそこで何をするのかということを考えてもいろいろ難しいところがあるし。LGアートセンターの場合、当時、韓国ではまだ海外の優れた作品に触れる機会が少なかったので、それを劇場運営の一つの柱にしました。それは観客に対して鑑賞の機会を提供するだけではなく、国内のアーティストや団体への大きな刺激になったと思います。また、大学生や若い層に固定しがちだった舞台芸術の観客層を、江南という立地条件を背景に大きく広げることにもなりました。 - LGヨンナム文化財団というのはどのような財団ですか?
- LGグループの中にLG公益財団があって、LGヨンナム文化財団、LG福祉財団、LG常緑財団、LGヨンナム学院、LGサンナム言論財団をもっています。文化・芸術・教育、福祉、環境、言論に大きく分かれていると思ってください。LGアートセンターは、LGヨンナム文化財団に属していて、この財団は530億ウォン(約53億円)の基金を元に非営利団体として運営されています。1969年に設立され、教育を中心に支援をしていましたが、1996年に図書館、2000年にLGアートセンターをオープンし、現在は文化芸術に対する支援を大きな柱にしています。このような企業の文化財団は韓国内にいくつかありますが、規模はまちまちですし、LGグループは大きい方でしょうね。
- LGアートセンターは今年5周年を迎え、最近、レパートリーの傾向が少し変化したように思います。オープニング当時は、ピナ・バウシュをはじめ海外の話題作の招聘公演など、実験的でアート的な公演が中心だったのが、最近は『オペラ座の怪人』『美女と野獣』『アイーダ』など、大衆的な大型ミュージカルが中心になっていますよね。
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皆さんにそう言われます(笑)。でも、今言われたミュージカル公演の中で実際に私たちがかかわったのは、『美女と野獣』の共同製作だけです。共同製作といっても、資本を投入したわけではなく、劇場施設を提供するという形です。後の2本は貸館公演です。基本的には、当初からの運営理念の一つである“海外のクオリティの高い作品を時差なく提供し、芸術の地平を新しく拡大する”というところから変わっていません。ミュージカルブームで焦点が当たりやすくなっているし、特に大型ミュージカルは宣伝量も違いますから、LGアートセンターが商業的に変わったというイメージが皆さんの中にあるようです。先ほどもお話しましたが、確かに私たちの劇場は、LGグループという企業体が背景にあり、その企業体の中にある文化財団が運営しています。そうは言いながらも、やはり劇場の自主企画だけでは難しい……特に最近は金利が下がっていますからね(笑)。貸館は必要条件です。
ミュージカル公演に対する長期貸館が多いのは、ソウル市内にミュージカル公演をできる規模の劇場が少ないからです。ミュージカル可能な公共劇場はいくつかありますが、やはり公共ですから、長期の貸館は無理でしょう。それに、大型ミュージカルを製作できる会社がいくつか成長してきていてミュージカル劇場へのニーズが生まれていた。具体的にお話すると、『美女と野獣』の場合、製作は韓国のゼミロ(Zemiro)とソル・アンド・カンパニー(SEOL&CONMAPY)、そしてディズニー・シアトリカル・カンパニーの3社です。ゼミロとソル・アンド・カンパニーは『オペラ座の怪人』を製作もしています。主催は、LGアートセンター、ライズオン(RizeOn)、放送局のSBSの他、製作投資会社も関わっていました。私たちとしては、韓国でロングランがどれくらい可能なのかというサンプルづくりと、観客の動向調査のためにも、このようなミュージカル公演に貸館をしています。
また、自主企画でいい作品を提供していくためには、海外に作品を調査に行くことから始まり、2年、3年の準備期間が必要です。貸館の間は、その準備に時間を割けられますからね。今は貸館と自主企画の割合がほぼ半々、自主企画は15−20本です。ただ自主企画といっても、演劇、ダンス、室内楽、独唱、ジャズなどの音楽とジャンルが多様なので、それぞれの数はそんなに多くはありません。とはいっても、劇場の技術的な管理を担当する技術部、総務的な役割、全体の運営管理、作品決定をする運営部、実際の制作、劇場の貸館管理をする企画部の3部署に、それぞれ7〜9人の人員体制ですから、結構忙しいですよ。 - この5年間の自主企画のレパートリーをみると、どのジャンルも圧倒的に海外からの招聘公演が多いようですが、国内作品の公演に関しては、どのように考えていますか?
- 国内の演劇作品を上演したこともありますが、大学路(ソウルの演劇街で小劇場が50余り密集している)で公演されているような演劇は、LGアートセンターの立地的な条件も含め、なかなか成功例がありません。LGアートセンターの会員は13万人ですが、その多くは江南(カンナム)から南に広がる新興都市の住民、20−30代の女性が中心です。この人たちが私たちの観客、いうならば顧客ですが、国内作品に対する関心は低いですね。彼らを対象とした特化された作品、LGアートセンターのスタイルを追求した国内作品が必要です。でも、観客に合わせて作品をつくるというわけじゃありません。新しい分野を開発する必要があるということです。その試みとして、長期的な海外アーティストとの交流、共同作業を通じて、国内作品の多様性を広げる作業を今後展開するつもりです。その一環として、今年はピナ・バウシュ・プロジェクトを6月に準備しています。これは海外からの作品を、言葉は悪いですが買い付けて、公演してきた今までの招聘公演とは違うものです。LGアートセンターで企画の発案から製作までというのは、今までほとんどなかったのですが、その本来の意味での自主企画であり、プロデュース公演のスタートになると思います。
- ピナ・バウシュ・プロジェクトを含めて、今後のLGアートセンターの活動について、お聞かせください。
- この5年の間、先ほどもお話しましたが、世界ネットワークを構築しながら海外のクオリティの高い作品を時差なく提供し、韓国内における芸術の地平を新しく拡大するということを中心にしてきました。その役割はある程度は果たせたと思います。もちろん、これは今後も大きな柱になりますが、それと合わせ、舞台製作、創作にも力を入れていくつもりです。韓国をキーワードに、国内のアーティストと海外のアーティストの共同作業と交流を通して、新しい創作作品を作っていきたいですね。この最初の一歩がピナ・バウシュ・プロジェクト(6月22日〜26日公演)です。ピナ・バウシュさんは、2000年のオープニング公演、そして2003年にも公演していただいています。その過程から、今回“大韓民国”をキーワードに作品作りをしていただくことになりました。すでに2004年の秋に来ていただき、約2週間滞在し、韓国のアーティストたちとも会いましたし、伝統芸能を含め韓国的な様々なものを見ていただきました。これを世界初演で公演します。具体的な稽古はこれからですし、海外のアーティストと長期的な視点で作品づくりをするのも初めてですので、試行錯誤をしながら、これからどのようなシステムを構築すれば、このような交流事業が可能かを見極めていきたいと思います。日本からも多くの人が観に来てくれるといいですね(笑)。また、海外といえば、今までヨーロッパなど西洋が中心でしたが、日本も含めてアジアについても現在検討しています。劇場があるわけですから、ステップ・バイ・ステップで、長期的な展望を持ちながら、一つずつ積み重ねていこうと思います。
- 韓国の舞台芸術の現状に関してですが、経済不況で観客がいないとか、面白い作品がないとか、演劇界もかなり落ち込んでいますし、いい話を聞くことがありません。今の現状をどのようにご覧になっていますか?
- 経済不況でも観客は作品が良ければ集まるんじゃないでしょうか。いくら不況だと言っても、大学路で公演されているものの観覧料くらいは、見たければ出しますよ(笑)。LGアートセンターの場合、昨年より観客は増えています。会員も伸びてますしね。
- 先ほども会員が13万人とのお話がありましたが、数字もかなりですが、この会員というのはどのような会員なのですか?
- インターネットと電話を通じた無料会員です。2000年の開館当時、国内の劇場としては初めて独自の劇場運営システム(Theater Management System=TMS)を開発して、チケット販売・予約、インターネットを通じた顧客とのコミュニケーション、会員管理を徹底しました。特にチケット予約は、顧客が座席表をインターネット上で確認しながら、自分の好きな席を選択できるようになっています。また、会員はチケット料金の5%がポイントされ、その金額によって、チケット割引やプログラムとの交換などの特典を利用できます。レパートリーだけではなく、こうしたシステムのためにLGアートセンターの顧客というのが固定的に存在しているんです。その登録数が13万人ということですが、その実情は企業秘密です(笑)。最近は劇団やダンスカンパニー、また制作会社もホームページを製作して、そこで会員管理を行ったりしていますが、管理システム自体の管理が大変ですし、手間隙もかかる。LGアートセンター規模のこのような会員システムはまだ少数でしょうね。
- 話を元に戻しますが、現状のお話を続けてください。
- 舞台芸術全般が活気がないのは、その通りだと思います。これは、観客は変化しているのに、現場は変わらず同じというのが大きな原因だと、私は思います。これには文化政策も大きく影響しているのではないでしょうか。文化支援と称して、自生力を奪ってしまった一つの結果だと思います。そこにミュージカルを中心とした商業化の風が吹き、制度にもたれかかってしまっていた純粋な舞台芸術は、競争原理を忘れたまま、立ち往生している感じです。文化支援の主体である政府もそのことに気づいてはいます。これらの混乱は、現場の人間たちが、どうすればいいのかと頭を悩まし、道を探していけば、解消できると思います。生存権というところで真摯な葛藤が必要な時期です。そこから次の世代が生まれるでしょうしね。
- 次世代は具体的に見えていますか?
- 具体的な名前はあげる必要がないと思うので、全体的な中での話をしましょう。韓国の舞台芸術は、演劇でいえば大学路中心の創作と公演活動、ダンスでいえば学校を中心とした学閥……というより教師を中心とした派閥の創作と公演活動、これが今までの舞台芸術界の地図です。これでは、演劇も、ダンスも大衆化できるわけがありません。観客の舞台を見たいという衝動が落ち、消費が落ちるのも当然ではないでしょうか。この中で、最近、積極的に海外に目を向けている人たちがいます。交流、国際協力といってもいいかもしれません。彼らは作品よりも交流と協力に中心を置いているんですが、果敢に世界と関わり合いながら、今の現状から脱皮しようと試みています。海外との出会いは、舞台芸術の文法に変化と多様性が生じることに繋がります。これは舞台芸術界の活力になるでしょうし、新しい動きになっていくと思います。また、舞台芸術の経営的な側面でも新しい動きが出てきています。演劇にしろ、舞踊にしろ、アーティストあるいは集団中心の公演製作が中心でしたが、制作者やプロデューサーを中心とした第三のグループが登場し、彼らが今力を持ってきています。韓国の舞台芸術界は今、新しい地図を書き始めるスタート地点に立っていると思います。それが次世代ですし、私には少しずつ見え始めています。
チョン・ジェファル
中間富裕層をターゲットにした新劇場が台頭
企業メセナで運営されるソウルのLGアートセンター
チョン・ジェファルJeong Jae-wal
1964年生まれ。高麗大学英文学科修了、同大学院演劇映画学科卒業。90年、韓国日報に入社、94年に中央日報に移籍、文化部記者として総14年間勤める。現在も中央日報に週2回、「舞台は美しい」というコラムを掲載中。2003年、LGアートセンター運営部長に就任し、運営部と企画部を統括している。また、演劇評論家協会に所属し、舞台ならびに文化政策、アーツマネージメントなど幅広い評論活動を展開している。
インタビュー&文:木村典子
LGアートセンター
SEOUL市江南区駅三1洞679
TEL: +82 (2) 2005-0114
https://www.lgart.com/
LGグループの公益財団の一つ「LGヨンナム文化財団」の所属として、2000年3月にオープン。客席は3層1104席。演劇、ダンス、音楽など、幅広いジャンルの海外の優れた公演を招聘し、公演している。
開館5周年—2005年企画公演ラインナップ
■4月:
ROSAS, Belgium “Bitches Brew/Tacoma Narrows”
Pat Metheny Group 2005 World Tour “The Way Up”
■5月:
O.K.Theater, Kithuania “Romeo & Juliet”
Matthew Bourne’s “Swan lake”
■6月:
Goran Bregovic Wedding and Funeral Band
Steve Reich “Drumming”
Pina Bausch Tanztheater Wuppertal 2005 New Production
LGグループ
1947年、現在のLG化学の前身であるラッキー化学工業所を親会社に発展した韓国有数の大企業グループ。現在、44の系列会社と日本をはじめ全世界に300余りの海外法人ならびに支社網をもつ。主要企業として、LG化学、LG電子、LG生活健康、LGカルテックス精油、LGカルテックスガス、LG電線、LGテレコム、LGエナジー、LG百貨店、極東都市ガス、LG流通、LG建設、LG投資証券、LGキャピタル、LGマイクロンなどがあり、化学・エネルギー・電子・情報通信・サービス・金融を中心とした事業を展開している。
https://www.lg.co.kr/
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