『事件』
(2021年05月14日〜16日/京都芸術劇場 春秋座) 撮影:井上嘉和
Data
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[初演年]2021年
村川拓也
事件
(c) Guoqing Jiang
村川拓也Takuya Murakawa
演出家・映像作家。1982年生まれ。京都市在住。ドキュメンタリーやフィールドワークの手法を用いた作品を、映像・演劇・美術など様々な分野で発表し、国内外の芸術祭、劇場より招聘を受ける。1人のキャストとその日の観客1人を舞台上に招き、介護する/されることを舞台上に再現する『ツァイトゲーバー』(2011)は国内外で再演され、2014年にはHAU Hebbel am Ufer(ベルリン)の「Japan Syndrome Art and Politics after Fukushima」にて上演された。村川から事前に送られてきた手紙(指示書)に沿って舞台上の出演者が行動する『エヴェレットゴーストラインズ』(2013)などの作品群は、虚構と現実の境界の狭間で表現の方法論を問い直し、現実世界での生のリアリティとは何かを模索する。2016年には東アジア文化交流使(文化庁)として中国・上海/北京に滞在しワークショップを行う。その他、近年の主な作品に『インディペンデント リビング』(KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017初演、テアターフォルメン(ブラウンシュバイク、2018)招聘)、『ムーンライト』(ロームシアター京都「CIRCULATION KYOTO」初演、フェスティバル/トーキョー20招聘)など。2014-2019年度セゾン文化財団ジュニア・フェロー。京都芸術大学映画学科 非常勤講師。
1場
地方のスーパーマーケット。従業員のハザマがチャイルドシート付きの自転車で出勤する。他の従業員や店長(どちらも姿は見えない)に挨拶して着替え、開店準備をはじめる。
ロッカーに戻るとスマートフォンが鳴っており、保育園から娘のアヤカが体調を崩していると連絡がある。仕事を抜けられないと伝え、売り場に戻り、レジに立つ。
ピッ、ピッ、とバーコードを読み取る機械音。「いらっしゃいませ。お待たせいたしました」などレジ係の定型の受け答えが繰り返される。
「ハザマさん、ハザマさん」というスピーカーから聞こえてくる店長の指示で、ハザマは接客の合間に、掃除や品出しなどの仕事を並行して行う。
ハザマは売り場に立つ客らしき男に「いらっしゃいませ」と声をかける。男は手にしたペットボトルを取り落とし、ハザマが拾って手渡す。
店長(声)は続けざまに指示を出し、「それすぐやっといて」などと圧力を増していく。レジ前ではペットボトルを手にした男が待っている。
店長(声)はハザマに客からクレームが来ていることを告げ、「もっと笑顔で接客お願いね」としつこく繰り返す。
子どもの体調が悪いので仕事を中抜けさせて欲しいと言うハザマに店長は答えず、イベントがはじまるからいつものように元気に対応するようにと言う。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「大変申し訳ございません」「またお越しくださいませ」と繰り返す店長とそれに唱和する従業員の声。ハザマは掃除を指示され倉庫に向かう。
2場
ベッドに寝転びスマートフォンで動画を見るミキヒロ。カネコアヤノの「祝日」という曲が聞こえてくる。母親に何度も呼ばれ、仕方なく立ち上がり、洗面所で歯を磨く。
母親(声)が今日は高校に行かないのかと尋ねるが答えない。身支度をして、再び動画を見ていると、「先駐車場に行っといて」と母親に呼ばれ、二人でショッピングモールに出かける。
買い物があるという母親(声)と別れ、ミキヒロは服屋に入る。店員(声)にやや強引に勧められシャツとズボンを試着する。シャツをズボンに入れた方がいいというアドバイスにも従い、それらを着たまま店を出る。
母親(声)は服を褒める。ミキヒロは駅前に送ってもらい友人と会うが、友人は会うなり「服、インしてるやん。きしょ」と言い放つ。
ミキヒロはスマートフォンを取り出し動画を再生する。再びカネコアヤノ「祝日」が聞こえてくる。突然、ミキヒロは服を脱ぎ、それを地面に叩きつける。
3場
昼過ぎのスーパーマーケット。休憩時間になり、ハザマは売り場でじゃがりことアンパンマンのお菓子を買い、更衣室でじゃがりこを食べる。
品出し作業に戻ると、男が再び買物にやってくる。男がペットボトルを取り落とし、ハザマはそれを拾って手渡す。背後で延々と業務連絡のアナウンスが流れる。
男がレジ前に立つが、店員がいない。男は再びペットボトルを落とす。ハザマがレジに向かい対応する。男は不意に「ハザマさん、でもほんまに無理やったら、娘さん、保育園に迎えに行ったらいいんじゃないですか」と言い、買物かごを放り投げて去っていく。
ハザマは突然走り出し、自転車に乗ってスーパーマーケットをあとにする。
4場
誰もいない薄暗いスーパーマーケット。店内のディスプレイには化粧品のCMが繰り返し流れている。
店長が現れ、持っていた掃除道具を置き、売り場のじゃがりこを食べはじめる。しばらくすると「お客様の声」が聞こえてくる。「店長さんへ」ではじまるそれらはすべてクレームである。
店長は売り場のペットボトルのお茶を手にとって飲む。たばこを吸いはじめると、「お客様の声」は店長に関する「従業員たちの声」に切り替わる。「馴れ馴れしく話しかけてくる」「不登校の息子がいる」などなど。店長は売り場のキャベツを食べはじめる。
「従業員たちの声」はハザマの声に切り替わり、仕事の中抜けをめぐるやりとりが声でリピートされる。店長はキャベツを頭に打ちつける。繰り返す「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「大変申し訳ございません」「またお越しくださいませ」の声。
店長は掃除道具を持って売り場から出ていく。
5場
夕方のスーパーマーケット。ハザマがレジに立ち、元気に買い物客の対応をしている。店長(声)がハザマに指示を出すが、その声は少し優しくなっている。
ハザマが品出しをしていると男が買物にやってくる。男はペットボトルを取り落とし、ハザマはそれを拾って手渡す。
店長(声)の指示でハザマはレジへ。ピッ、ピッ、とバーコードを読み取る機械音。「いらっしゃいませ。お待たせいたしました。レジ袋はご入用でしょうか」。
やがて男がゆっくりとレジへ近づき、ポケットからナイフを取り出すとハザマを背後から刺す。そのままレジの仕事を続けるハザマ。何度も刺す男。ようやくハザマは倒れ、男はその場に立ち尽くす。ピッ、ピッ、という音も止み、長い沈黙。
何事もなかったかのようにスーパーマーケットの営業が再開する。従業員がレジに立ち、客が買物をはじめる。軽快なBGM。
男はその場に立ち尽くしたままだが、レジではまるで男がいないかのように従業員と客とのやりとりが行なわれる。
BGMが「蛍の光」に切り替わる。従業員は店内の片付けをはじめ、舞台上にある全てのものが舞台裏に片付けられる。
男は立ち尽くしている。自転車に乗ったハザマがやってくる。子どもと一緒に公園に来たらしい。「何して遊ぶ?」「保育園どうやった?」などと尋ねるハザマ。やがて砂場で棒倒しをはじめる。「あー、倒れちゃった。お母さんの負け」という言葉が響く。
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