松井周

十九歳のジェイコブ

2014.10.04
松井周

松井周Shu Matsui

1972年、東京都出身。96年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動をはじめ、青年団若手自主企画公演『通過』(2004年・第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞)、『ワールドプレミア』(05年・第11回同賞入賞)、『地下室』(06年)、『シフト』(07年)を経て、07年9月『カロリーの消費』により劇団「サンプル」を旗揚げし、青年団から独立する。人間関係やコミュニケーションについての幻想を打ち砕く、オルタナティブな「物語」の創造への試みは、同世代を中心に高い支持を得ている。作品が翻訳される機会も増えており、『シフト』『カロリーの消費』はフランス語に、『地下室』はイタリア語に翻訳されている。『自慢の息子』(2010年)で第55回岸田國士戯曲賞を受賞した。劇団外への戯曲提供にさいたまゴールド・シアター『聖地』、文学座『未来を忘れる』など。サラ・ケイン『パイドラの愛』など翻訳戯曲の演出も手がけるほか、小説やエッセイなどの執筆活動、大学講師、CMや映画、ドラマへの出演など幅広く活動している。

故郷・熊野の「路地」を原点とし、そこに育まれる濃厚な関係、断ち切れぬ業、生への執着を描いた作家・中上健次。死後20年以上の今もなおカリスマ的な人気を誇る彼の自伝的要素も交えた小説『十九歳のジェイコブ』を、岸田戯曲賞作家・松井周が戯曲化。舞台は、1960年代後期の新宿周辺を思わせる街。過去を抱えたジェイコブは大会社の御曹司でありながら革命を夢見る友人・ユキらとジャズ喫茶に入り浸り、クスリとセックスに興じる日々を送っていた……。ジェイコブの聴くコルトレーンやアイラー、ユキが愛好するヘンデルの楽曲を織り込んだ14の場面で構成。要所要所に中上やその著作に登場した書物のテキストも引用された。初演の演出は維新派の松本雄吉が担当した。

『十九歳のジェイコブ』
(2014年6月11日〜29日/新国立劇場 小劇場) 撮影:谷古宇正彦
Data :
[初演年]2014年
[上演時間]2時間
[幕・場数]1幕14場
[キャスト]12名(男7、女5)

 プロローグ。暗闇の中に浮かびあがる、段違いに横たわる男女。上から、高木直一郎、直一郎の妻、娘の友子、ジェイコブ。立ち上がり、目を閉じたまま、滴る血を飲みこんだジェイコブは、傍らの赤電話の受話器を手にとる。「……どちら様ですか?」と男の声がする。ジェイコブは応える。「……僕は十九歳です」。

 ジェイコブはジャズ喫茶に入り浸り、クスリと、セックスに興じる毎日を送っている。相手は恋人のキャスやその友人のケイコだ。そんな彼を、友人のユキは複雑な想いで見つめている。ジェイコブとキャス、ケイコも交えた情事にも彼は加わらない。ユキは、軍需産業にも関わる大会社の御曹司。だが、特権階級に属する親を憎み、そのビルの爆破計画をジェイコブに打ち明ける。

 ジェイコブはかつて保護観察処分を受け、母の腹違いの兄・高木直一郎の経営する会社に住み込みで世話になっていた。近くを流れる運河の匂い。金と競馬とトルコ風呂の話に興じる同僚たち。その頃から彼は、直一郎一家全員の惨殺計画を妄想していた。

 計画を中断させた一つの事件の記憶が甦る。工場の近くの食堂を経営する男と知恵おくれの娘との無理心中事件。家を出た母親と3人で新生活を送るのだと嬉しげに娘が語ったその夜、食堂から火の手があがる。この事件を機に、ジェイコブは直一郎の家を出る。

 ユキはジェイコブを実家に案内し、家族惨殺計画の詳細を語る。虚弱体質の姉だけは対象外で、その姉と寝たこともあると話すユキ。一方、ジェイコブは直一郎の家に電話し、久しぶりの訪問を約束する。手土産の入った木箱に仕掛けた爆弾で一家の爆殺を妄想するジェイコブ。だが、まだそれは実行されない。

 毛布の中でキャスとケイコと絡み合いながら、ジェイコブは、母に自分を孕ませたのは直一郎だという故郷での噂を思い出す。兄が首を吊ったのも、その噂が原因だった。しかし、従姉妹の友子から、直一郎が覚せい剤にハマり、妻も奇妙な宗教に取り憑かれていると知らされる。惨殺する以前に、直一郎の一家は崩壊していた。

 ジャズ喫茶に集う若者の一人が覚せい剤で死ぬ。ジェイコブはユキの部屋で、死んだ男の恋人・ロペを慰める。そんな状況を目にしても、死に対してシニカルな発言を繰り返すユキに苛立ったキャスは、部屋に隠されていた少女の写真を取り出し、ロリコンなのかと問いつめる。ユキは「キレイな身体のままエリートたちをぶち殺して、天使の国に行く」と、世の中に対する憤怒を一気に吐き出す。

 ジェイコブは死んだ男に代わって「サントロペに行こう」とロペを誘うが、拒絶される。ふたたび甦る火事の記憶、直一郎の気配。一方、ユキはついに父の会社に爆破予告を送る。その報せを持ってきたユキの兄は「こんなことでは何も変わらない」と語り、ユキと姉との関係はデタラメだとも告げる。

 ユキはジェイコブに爆破現場までの運転を頼む。子どもの頃、姉に化粧されていたと述懐するユキ。キャスが持ち出した少女の写真はユキ自身だった。「俺がこんなふうに生まれてきたのは、いったい俺のせいなのか?」。ジェイコブと別れた後、ユキは、電気コードを身体に巻きつけ、一人で死ぬ。

 キャスとドライブに出かけたジェイコブは、揃いの白いスーツに着替えながら、涙を流す。いつか故郷で見た、死にゆく犬の姿が思い浮かぶ。「結婚しよう」というキャスに頷いたジェイコブは、彼女を連れ、直一郎の家へと向かう。迎えた直一郎は、奇矯な振舞いを続けた挙げ句、二人を指差し、「天罰が下る」「ウジ虫らが!」と罵る。

 計画を実行に移す時が来た。帰路、キャスを車から降ろしたジェイコブは直一郎の家に引き返す。何度も振り上げられるバール。(殺害の場面を描いたテキストの断片が、飛び散るようにスクリーンに映し出される。)

 エピローグ。暗闇の中をさまよい歩き、たどり着いたのはいつものジャズ喫茶。赤電話に向かうジェイコブ。誰も出ない。だが切った途端にそれは鳴り出す。受話器を取ると通話は切れる。「誰だ? お前……」。ツーツーと響いていた音が途切れ、コルトレーンが響きわたる。

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