はせひろいち

無重力チルドレン

2011.10.11
はせひろいち

はせひろいちHiroichi Hase

岐阜県出身。岐阜大学卒業後の1984年に、地元新聞社勤務の傍ら劇団「ジャブジャブサーキット」を結成。89年より劇作・演出に専念し、劇団代表も務める。拠点のアトリエを持ち、地域ならではの時間をかけた芝居作りと、童話から推理劇、サイコホラーまで幅広い題材で創作を行っている。99年の『ダブルフェイク』、2005年に外部に書き下ろした女性だけの奇妙な共同生活集団をモチーフにした『サイコの晩餐』、07年の『歪みたがる隊列』はいずれも岸田國士戯曲賞の最終選考にノミネートされた。他劇団への書下ろしを含め戯曲は90作を越え、地域劇団の全国レベルでの活躍の一翼を担っている。

2085年、月面コロニーの日本人居住区で、最先端の研究に従事するクルー達の前に謎の知的生命体が現れる。同じころ、地球上では、日本の首都近郊に未曾有の直下型巨大地震が起こる。やがて、登場人物それぞれの地震にまつわる過去が明らかになっていき…。重いテーマを、さりげないセリフでキャッチボールしつつ、「無重力チルドレン」は、東日本大震災と原発事故によって生起したさまざまな歪みのパースペクティブを、「距離感」というキーワードで調整しようとするかのようだ。終幕、観客は宇宙から地球を眺めつつ、日本の未来に思いをはせる。

劇団ジャブジャブサーキット第50回記念公演『無重力チルドレン』
(2011年6月23日〜26日/七ツ寺共同スタジオ)
Data :
[初演年]2011年

 2085年、月にはコロニーが建設され、世界各国の科学者が長期滞在しつつ研究活動に勤しんでいた。研究は国を超えて協力して行われることもあったが、住居は国ごとに別れている。日本人居住区には、カナモリ所長、女性クルーのマキ、コトネ、ハルカが滞在。ゆるやかに連携しつつも、それぞれの専門分野の研究に傾注していた。

 ある日、ショウジ君という新人が加わる。しかし彼をつれてきた案内役の女性がどこか怪しい。居合わせたマキもコトネも一度も会ったことがない人物。問い詰めると宇宙の流動体生物・ミューだという。ミューは高度な知的生命体で、自由自在に身体を変化させることができる。そして、ここに匿って欲しいと懇願する。ミューはカナモリの別れた妻・昌子に変身して所長が断りにくい状況をつくり、日本人居住区の一角に住み着いてしまった。

 流動体生命にどう対応するか悩んでいる矢先、コロニーに警報が鳴り響く。

 地球の日本で2011年、2062年に匹敵する首都直下型地震が発生。マグニチュード9.3。

 コロニーでは世界連邦をあげて日本をどう支援するかという議題が持ちあがる。内容は純粋な支援から離れがちで、世界の政治や経済の影響を鑑みた被災者不在のもの。嫌気がさした日本人クルー達は居住区で酒を酌み交わしつつそれぞれの思いを語り合う。

 両親を震災でなくしボランティア活動にのめり込んでいたマキ、当事者ではない人々の無責任な発言に傷つき摂食障害になったハルカ、震災の義援金詐欺で生き延びたコトネ。そして元妻がこの地震で死んだかもしれないカナモリ…。

 カナモリには、コロニーの日本人所長として、震災にあえぐ日本の中学生にメッセージを送るという仕事もあった。カナモリは政治家をはじめ大人達に頼るのでなく、未来を見抜く力をつけるよう子どもに訴える。自分が死んだ後のことも考えられる真の知性を身につけて欲しいと。そして誰かを非難するのではなく、厄介者は自分の中にもいるのかもしれない、と不器用に語り続けた。この演説に大人は反発したが、子どもには大反響を呼んだ。

 匿って欲しいとは口実で、ミューの目的は人類という生物の視察だった。ミューは、融合して救済するでもなく放置するでもなく、このまま保留という判断を下す。去っていくミューにカナモリは聞いた。これからの地球に必要なものは、そして元妻は震災で死んだのか。ひとつ目の質問にミューは「笑って絶望する哲学」だと答え、2つ目の質問には元妻になりかわって感謝のメッセージを残し、去っていく。 カナモリはじっと遠い地球を見つめるのだった。

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