谷賢一

福島三部作第二部『1986年:メビウスの輪』

2020.04.15
谷賢一

谷賢一Kenichi Tani

作家・演出家・翻訳家。1982年、福島県生まれ、千葉県柏市育ち。DULL-COLORED POP主宰。明治大学演劇学専攻、ならびにイギリスUniversity of Kent at Canterbury, Theatre and Drama Studyにて演劇学を学んだ後、劇団を旗揚げ。「斬新な手法と古典的な素養の幸せな合体」(永井愛)と評されるポップでロックで文学的な創作スタイルにより、小劇場から商業演劇まで幅広く評価されている。『最後の精神分析』(2013年)の翻訳・演出により第6回小田島雄志翻訳戯曲賞、ならびに文化庁芸術祭優秀賞を受賞。また多数の海外演出家作品に翻訳・上演台本・演出補として参加。シルヴィウ・プルカレーテ演出『リチャード三世』、フィリップ・ドゥクフレ『わたしは真悟』、シディ・ラルビ・シェルカウイ演出『PLUTO』、デヴィッド・ルヴォー演出『ETERNAL CHIKAMATSU』など。近年の代表作は、KAAT『三文オペラ』(翻訳・上演台本・演出)、東京芸術劇場『エブリ・ブリリアント・シング』(翻訳・演出)、DULL-COLORED POP『福島三部作』(作・演出)など多数。「福島三部作」(『1961年:夜に昇る太陽』『1986年:メビウスの輪』『2011年:語られたがる言葉たち』)で第64回岸田國士戯曲賞受賞。第二部の『1986年:メビウスの輪』で第23回鶴屋南北戯曲賞受賞。

DULL-COLORED POP
https://www.dcpop.org/

「福島三部作」(第64回岸田國士戯曲賞受賞作)は、福島県出身の作者が2年半に及ぶ取材で福島第一原発とその地域の50年を追い、三世代にわたる穂積家の家族の物語として描いた第64回岸田國士戯曲賞受賞作。原発誘致に未来を託した双葉町と穂積正の選択を描く第一部『1961年:夜に昇る太陽』、1985年に行われた双葉町長選で町長になった次男・忠を巡る第二部『1986年:メビウスの輪』、ジャーナリストとなった三男・真を通じて2011年の原発事故後を描く第三部『2011年:語られたがる言葉たち』で構成。第二部で第23回鶴屋南北戯曲賞受賞。
谷賢一 福島三部作第二部『1986年:メビウスの輪』

DULL-COLORED POP第20回本公演「福島3部作・一挙上演」第二部『1986年:メビウスの輪』
(2019年8月8日〜11日/東京芸術劇場シアターイースト)
撮影:白土亮次

Data : [初演年]2019年

 原発稼働から15年が経った1985年から86年にかけての福島県双葉町。幽霊になった穂積家の愛犬モモが登場し、原発誘致の交付金で町が豊かになったと回想する。

 代々の土地を原発建設用地にしたいと交渉に来た東京電力の社員や町長に食ってかかった19歳の次男・穂積忠(第一部)もすでに44歳。反原発のリーダーとして一度は県議会議員に当選したが、原発が稼働してからは落選続き。「双葉町を明るくする町民大会」に出かけていた忠は、愛犬モモの死に目にも会えなかった。

 その晩、忠の娘・聡子の婚約者で東電社員の徳田、福島県議会議員で忠の師でもある丸富、県議会議員・平島の秘書である若手の吉岡の三人が訪ねてくる。

 町民大会での忠の演説に感服したと言う丸富と吉岡。三人は、20年以上続いた田中町長の不正が明らかとなり、辞任も時間の問題だから、忠に町長選へ立候補するよう薦める。

 選挙に勝つには反原発の旗を降ろし、原発をなくす夢物語ではなく、危険を正し、原発と共存する道を示す指導者が必要。それが出来るのは原発の怖さを知っている忠しかいないと言うリアリストの吉岡。忠はその言葉に、町を守り、産業を発展させるのが自分の使命かもしれないと思案する。

 忠は、妻・美弥と息子・久に立候補の決意を告げる。政治活動に嫌気がさしていた二人は反対。原発容認の立場で立候補し、町の発展に尽力すると忠は二人を説き伏せる。

 モモが、町民の多くが原発に務めている町のこと、チェルノブイリで1986年4月26日に起きた大規模な原発事故のこと、世界に広がる放射能の脅威などを語る。

 町長室。町長になった忠は、丸富、吉岡、徳田とチェルノブイリ事故についての記者会見を準備中。徳田からその甚大な被害状況を聞いた忠は、万一に備えて原発を休止し、緊急点検すべきだと言う。

 事故の可能性を知りながら稼働してきたことを認めれば、政治家として非を認めることになると反対する吉岡。町の経済基盤である原発を止める覚悟があるのかと迫る。原発事業は地元の産業発展に繋がらないと気づいていた忠だが、最後には吉岡の言葉に屈してしまう。

 記者会見で「日本の原発は安全です!」と繰り返す忠。会場は次第にナンセンスな空気に包まれる。

 意気消沈して帰宅した忠は、原発誘致の話が持ち上がった当時のことを久に話す。若い頃、自分は原発に町の将来を託した亡き父・正に反発したが、苦渋の決断に敬意を忘れてはいけないと言う。

 モモは、死者への敬意と言うなら、「今も霊魂として忠たち一家を見守っている死んだ者たちの声にもっと耳を傾けるべきだ」と語りかける。

 記者会見をテレビで見た久は、あれほど原発に反対していた忠が町長になった途端、安全だと言い切る姿に怒りを覚えたと詰め寄る。

 モモは、人間には「世人(ハイデッガーのダス・マン)」として本来の自分の正義を変えてでも他人や他のモノに気遣いをして生きていかなければならない場合もある。それが大衆の現実だと語る。

 息子から非難され、忠は「原発は絶対安全ではない」という自らの正義を口にしそうになる。その時、徳田が訪ねてきて、聡子が妊娠したと嬉しそうに告げる。孫ができると知った忠は世人となり、徳田と一緒に「日本の原発は安全です!」と叫ぶ。

 モモは、本心を語ることを封印された忠に寄り添い、「生者には死者たちの声は届かないのですか?」と問いかける。

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