小里清

国語の時間

2013.11.11
小里清

小里清Kiyoshi Ori

劇作家。1972年、岐阜県出身。95年、「演劇集団 円」演劇研究所卒業後の97年、「THE・ガジラ」主宰・鐘下辰男氏によるワークショップ 「塵の徒党」に参加。98年、演出家・桜井秀峰、俳優・渡辺陽介とともに現代演劇ユニット「フラジャイル」を結成。これまでに8回の公演を果たし、第7回公演 『蒼ざめた馬』より演出も務める。人間の深奥と社会の実相を照射する、硬質な劇空間が評価される。98年『余震〜揺れ止まぬ水の魂なればこそ〜』にて早稲田大学演劇博物館70周年戯曲賞佳作、2000年『Hip Hop Typhoon〜少女には死にたがるクセがある〜』にて第6回劇作家協会新人戯曲賞、02年『アナトミア』にて第3回AAF戯曲賞を受賞。04年『BRIDGE』と06年文学座に書き下ろした『アルバートを探せ』で岸田戯曲賞最終候補。現在は活動母体を持たず、今作『国語の時間』も上演予定のないまま3年をかけて書き上げたもの。劇作家協会会員。

劇作家の小里清が3年以上の月日をかけて書き上げた渾身の作品。1940年代、大日本帝国の統治下にあった京城(現ソウル)の小学校を舞台に、朝鮮人でありながら日本語を「国語」として教える教師たちを中心にした群像劇。名前を日本人名に改めさせられる創始改名や日本語教育など、朝鮮人として強いられた歴史的な事象を丁寧に掬い上げながら、国家に翻弄された教師、生徒親子、日本の官吏らの5年間が人間ドラマとして紡がれる。

劇団風琴工房20周年記念公演『国語の時間』
(2013年2月22日〜28日/座・高円寺1) 撮影:奥山郁
演出:詩森ろば
Data :
[初演年]2013年
[上演時間]2時間50分
[幕・場数]1幕5場
[キャスト]11人[男8、女3]

 1940年7月、4年1組の教室。見習い教師・柳京子が授業の準備をしている。現れたのは朝鮮総督府学務局の官吏・甲斐。学校で黒板に反日的な朝鮮語の「落書き」が見つかり、調査に訪れたのだ。

 教頭の根岸、共産主義者と噂される張本、帝大に留学していた千代田らの教師に加え、日本に渡るという卒業生・木之下、学務局長・大槻家の女中で甲斐に思いを寄せる君代ら、教室には人の出入りが絶えない。

 最後の来訪者は1組の級長・丸尾哲の父・仁だ。仁は甲斐を見つめ自分の朝鮮名を名乗るが、甲斐は無反応で去る。残された仁は柳に、息子の哲は国語は得意だが朝鮮語を忘れつつあり、いずれ父子で話せなくなると言う。柳には、仁に国語講習の受講を勧めることしかできない。

 41年11月。初老の女・さだが書き取りをしている。明治天皇の誕生日で国語講習は休講だが、告知が読めずにさだは登校していた。さだには東京に生き別れになった息子がいるらしい。教卓の下には張本と隠れん坊をしていた哲が隠れていた。日本から戻った木之下も教室にやってくる。

 そこへ甲斐が日本人の学校から寄贈された国語の教科書を荷車に積んで運んでくる。仁が被差別民の家系であること、校長が柳に手を出そうとしていること、千代田が志願兵となる決意をしたこと、柳が張本に朝鮮語保存の研究会に誘われたことなどが重ねられる。

 張本が新たな「落書き」を見つけたと飛び込んでくる。柳を残して落書きを消しに走る教師たち。仁が現れ、経済的に逼迫し、哲は学校をやめて働かねばならないと言う。仁は立ち聞きしていた甲斐に気づくと、柳を外へ出し、「幼友達の光煕(グァンヒ)だろう」と詰め寄る。秘密が暴かれそうになった甲斐は激昂し、仁を殴って紙幣を投げつけ、息子に教育を受けさせろと去る。

 甲斐と入れ違いにさだが戻ってくる。さだは光煕の母親だった。教室が無人になると、哲が泣きながら教卓の下から出てくる。置き去りにされていた木之下の土産のラジオが、太平洋戦争開戦を報じる。

 43年3月、卒業式。仁が佇む無人の教室に、礼服姿の張本が走り込んでくる。朝鮮語保存の研究会が反日運動と目され、校内に警官が張り込んでいたのだ。仁は卒業生代表の挨拶をする哲見たさに来校したものの、汚れた服のため式場に入れないでいた。張本は仁と服を交換する。そこへ甲斐と教師たちが現れる。教師たちは仁を式へと促すが、隠れた張本をかばい仁は動かない。

 気づいた甲斐は他の教師を捜索に戻し、隠れたままの張本に落書きや研究会について問う。消えつつある母語を記録して何が悪いと言う張本。それを見ていた仁は黒板に「朴光煕」と書き、甲斐の素性を暴露する。貧しさを逃れて日本へ渡ろうとした10歳の光煕は、言い争いの末に母を殴って出奔。母親が息子を捜しているという仁に、甲斐は全てを否定し、卒業生の父で警官の金村を呼び入れて仁を「張本だ」と引き渡す。仁も従うが、隙を見て逃走する。

 教卓から出てきた張本を、式に立ち会えるよう自分の服に着替えさせる甲斐。いつの間にか君代が窓辺にいる。甲斐を朝鮮人の蔑称で呼びながら、それでもそばに居たいと泣く君代を甲斐は追い返す。

 仁が身代わりになったと気づいた柳は知らせようとするが、甲斐はそれを止め、彼女が校長の妾になったことをなじる。立ち去る柳。一人残った甲斐は黒板の朝鮮名を消そうとするが、殴られ血だらけになった仁がそれを遮る。

 44年5月。息子への手紙を書くさだを柳が指導している。学校には人気がない。国語指導に熱中する柳が生徒を殴り、気絶させたことが原因で生徒たちが登校を拒否しているからだ。柳に思いを寄せる千代田が出征の報告に来る。

 甲斐は役所を辞め、婿入りした大槻家からも姿を消していた。金村が、日本で逮捕された泥棒が「甲斐壮一郎」の名と戸籍を朝鮮人に売ったと自白したため、甲斐を探しに教室に現れる。

 半狂乱の君代が、甲斐が大槻家から拳銃を持ち出したと飛び込んでくる。皆は捜索に出るが、「息子を待つ」と残るさだ。背後から甲斐が現れ、光煕の友人を名乗り、彼に頼まれてさだを探していたと言う。さだは手紙を読み始める。そこには息子の帰りを一心に祈る母の言葉があった。

 だが甲斐の心は動かず、さだが夜ごと川を越えて愛人の元へ通い、男に捨てられると一晩中息子に暴力を振るったとまくし立てる。さだには早口の日本語が聞き取れない。甲斐はさだに銃を突きつけ、外へと連れ出す。

 教室に戻った柳は、哲がハングルの本を隠し持っていたと言う仁と出くわす。それは朝鮮共産党の冊子で、その言葉を黒板に落書きしていたのは哲だったのだ。息子の罪を背負うと言う仁に、国語指導に熱を入れた自分も罪人で、許しを乞わねばならぬ気がすると言う柳。

 収監されたはずの張本が現れ、学校中に「落書き」があると告げる。二発の銃声が遠くから聞こえる。

エピローグ

 45年8月。徴兵忌避のため日本にいたはずの木之下が教室で寝ている。ラジオの重大放送を聞くよう呼び出された教師たちも現れる。やがて始まる玉音放送。天皇の言葉は教師たちにも聞き取れない。

 そこへ金村が「暴動が起き日本人が襲われている」と知らせに来る。教師も標的になるから逃げろと言うのだ。金村は行方不明の甲斐が、官舎でいつも『国語の時間』というラジオ番組を聞いていた、という噂話を耳にしたと言って去る。

 教室に一人残り、国語の教科書を開く柳。唇は動くが声は聞こえない。窓に無数の石が投げつけられるなか、柳は教科書を読み続ける。

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