国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

New Plays 日本の新作戯曲

2010.10.25
登米裕一『ログログ』

LOGLOG

Yuichi Toyone

ログログ
登米裕一

舞台は長野県と山梨県の県境に位置する架空の都市ウルシハラ市。事故の後遺症から「他人の記憶を自分のものにする」男ニイムラと同級生、その縁の人々が主な登場人物。記憶の齟齬から複雑にもつれた人間関係の凝りを、過去と現在を往還し、複数の登場人物の視点から描くことで、解きほぐしていく。複数のアクティングエリアが設けられ、場面ごとに病院、カウンセリングルーム、各人の私室などに見立てられる。

登米裕一『ログログ』
登米裕一『ログログ』

キリンバズウカ『ログログ』
(2010年8月26日〜29日/シアタートラム) (C) 2010kirinbazooka 撮影:山下裕之
Data :
[初演年]2010年
[上演時間]1時間50分
[幕・場面数]2幕6場
[キャスト数]11人(男7・女4)

 カウンセリングルームを開業すべく独立した医師アズミ。その引越を同級生だったシマウチ、ナカヤマ、元同僚の看護師コトブキが手伝っている。コトブキの同棲中の恋人、警官のササガも同級生。シマウチは親の跡を継いで妻と弟と共に保育園を営み、ナカヤマは東京でモデルをしているが一時帰郷している。不意にニイムラが現れる。アズミの勤めていた松木病院で偶然再会した彼を、シマウチがこの場に呼んだのだ。

 シマウチの弟ナツオが、ナレーターのように彼ら同級生の関係を語り、芝居の始まりを告げる。

 場面は松木病院へと転じる。少し過去。シマウチの妻マルエが、ササガとその上司ワダと話している。バイクの事故で入院していたナツオが病室から姿を消し、捜索願を出すため事情を説明していたのだ。通りかかった医師カンバヤシも会話に加わる。

 再びアズミの家。ニイムラには記憶障害があるが、それは中学1年の春、彼が屋上から飛び降りたことの後遺症だという。当時、飛び降りの原因がシマウチによるいじめだと騒がれた。シマウチは再会を機に「いじめがなかった」ことをニイムラに認めさせようとするが、話すほどに同級生たちの記憶には齟齬が生じる。ササガの将来の夢、折り紙部だったアズミの作品、ニイムラの軽い盗癖、クラスでいじめられていた者はいたのか。

 会話の途中からニイムラが相手の記憶や体験を自分のものとして取り込み、主体と客体を入れ替えて話すため、さらなる混乱が起こる。

 だがニイムラに限らず、登場人物たちはみな問題を抱え、身動きが取れない状況にあった。
 ササガの異常なまでの記憶力の低さが原因で、コトブキは結婚を目前にしながら彼の浮気を疑っている。
 ナカヤマは、高校時代からシマウチへに寄せている想いを引きずっていた。
 シマウチとマルエ夫妻は、自分たちの保育園で起きたプールの事故で一人息子ソウタを亡くしていた。事故後、なぜか義理の弟ナツオに強く執着するマルエ。病的に弟の世話を焼くその姿に、シマウチは苦々しさと不安を隠せない。
 ナツオはギャンブルで多額の借金を抱え、恋人である看護師イサミに貢がせたうえ、マルエからも金を引き出していた。
 失踪から病院に戻ったナツオを、「借金を肩代わりするかわり、二度と自分たちの前に現れるな」と殴るシマウチ。それをニイムラが目撃したことが再会のきっかけだった。

 そしてニイムラ自身も、自身の病で先行きを悲観した母に無理心中をしかけられ、自分だけが生き残るという凄惨な経験をしていた。
 ナツオの再びの失踪のあと、警察に「シマウチの保育園に盗撮カメラが仕掛けてある」という匿名の通報がある。その1ヶ月後、マルエは睡眠薬を大量に飲み病院に運ばれた。

 再びナレーターとなるナツオ。借金が膨らんだ理由、イサミに貢がせたこと、思いつきで園内に盗撮カメラを仕掛けたものの、映像のネット販売も園児の母親を脅迫し金を引き出すこともできず、二度目の失踪時にカメラを外すようマルエに頼んだことを語り、それらを記した遺書を残して死のうとしていると語る。

 追い詰められたシマウチはニイムラの記憶障害を利用することを思いつく。亡き息子ソウタとして、マルエに接するよう強要するシマウチ。そこへマルエが帰宅し、またひとつニイムラの記憶の混濁が明らかになる。

 別のエリアではニイムラが目撃したというアズミの別れ話が、正確に再現されていく。ニイムラがイサミだと思い込んでいた別れ話の相手は実はマルエだった。カウンセリングをきっかけにマルエとアズミは関係を持ち、アズミだけが本気になってしまったのだ。マルエへの想いを吐露するアズミ。そこにシマウチが現れ、妻の不倫を知ってしまう。

 再びナツオのナレーション。数年後、街に戻った彼を待っていた状況が説明される。イサミは既に結婚しており、再会したシマウチからボコボコに殴られたあと許された、と。その後、アズミたちの話が続けられる。

 カウンセリングルームには、本来は関係ないササガとコトブキまで含む関係者が集合していた。沈黙のあと、伏せられた事実が次々に各人から告げられて行く。
 盗撮カメラを通報したのは自分だと言うマルエ。アズミはあくまでマルエを好きだというが、本人からは拒絶される。マルエの不実をなじるコトブキ。平静を保とうとするシマウチに、ナカヤマは「奥さんを愛しているくせに」と叫ぶ。カンバヤシはアズミとマルエに謝罪を促すが、マルエは逆にシマウチに謝罪を求める。
 「うちの子で良かったって言ったの。覚えてる?うちの園の、プールの事故で死んだのがうちの子で良かったって……」。
 やり場のない想いから「殴ってくれていい。気が済むまで」と言うシマウチ。マルエは殴りかけ、思い直して蹴りを入れる。強く、本気の蹴りが繰り返される。痛みに崩れかけるシマウチ。
 と、唐突にニイムラが「お母さん!」と叫ぶ。マルエにしがみつきながら亡き母に対するように、産んでくれた感謝と謝罪を繰り返すニイムラ。引き剥がそうとするシマウチをも「お父さん」と呼んで離さず、頑ななニイムラの抱擁のため、3人は家族のように抱き合う形になる。それまでの混乱が嘘のように癒されていく時間。

 数カ月後、アズミの家。あれ以来、アズミとニイムラは生活を共にし、ナカヤマもそこに入り浸っている。そこにお腹の大きくなったコトブキとササガが現れ、中学時代にアズミが折った巨大な飛行機の折り紙を「返しに来た」と言う。それはパイロットを夢見ていたササガに、アズミが密かに家に届けてくれた贈り物だと彼は言うが、ナカヤマとアズミはその折り紙から、ニイムラが屋上から落ちた真相を新たに想起する。が、結局真実は誰にも分からない。

 すべてを白紙に戻すかのように、ナカヤマは折り紙をほどき、もう一度折るようアズミを促す紙を前に苦心するアズミを、ナカヤマは微笑んで見守っている。

Profile

脚本家・演出家。1980年11月1日生まれ、島根県出身。大阪府立大学卒業。大学在学中に劇作活動を開始し、2002年に自らプロデュースする演劇ユニット「キリンバズウカ」を結成。大学卒業後、登米の上京により一旦解散。2008年より、東京を拠点に作品毎にスタッフとキャストを集めるプロデュース公演形式を取るユニットとして再始動する。年1回の本公演の脚本・演出を担当する傍ら、他劇団への脚本提供や映画シナリオ、テレビやラジオなどのシナリオ執筆も精力的に行う。自分の痛みを他人に飛ばすことができる終末医療施設で自分の死と向き合わない人々を描く『飛ぶ痛み』(08)や、勤労と納税の義務を果たさねば故郷に帰らねばならない法律が施行された近未来の若者の日常を描く『スメル』(09)など、重い現実を優しい眼差しで作品にしていく。

http://kirinba.seesaa.net/