神里雄大

イミグレ怪談

2023.03.22
神里雄大

神里雄大Yudai Kamisato

演出家・作家。1982年ペルー共和国リマ市に生まれ、神奈川県川崎市で育つ。早稲田大学在学中の2003年に「岡崎藝術座」結成。各地を訪問し採集したエピソードを元に、移動し越境する人々をテーマにした作品を発表している。06年『しっぽをつかまれた欲望』(作:パブロ=ピカソ)で「利賀演出家コンクール」最優秀演出家賞を最年少で受賞。2018年『バルパライソの長い坂をくだる話』で第62回岸田國士戯曲賞を受賞。2016年10月より文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてアルゼンチン・ブエノスアイレスに1年間滞在。2022年度からセゾン文化財団セゾン・フェローII。ソウル、香港、台北、ニューヨーク、ロンドンなどで翻訳戯曲が上演(リーディングを含む)されている。

岡崎藝術座
https://okazaki-art-theatre.com/

イミグレ怪談
移動し、越境する人々をテーマにした作品を作り続けている神里雄大(岡崎藝術座の劇作家・演出家)が「那覇文化芸術劇場なはーと」と共同製作し、2022年10月に発表した新作。幽霊や妖怪という日常に潜んでいる「見えない隣人」が移動したら、国境を越えたらどうなるか?という発想から展開するオムニバス形式のホラー・コメディ。タイトルの「イミグレ」は移民を意味するイミグレーションの略。
イミグレ怪談
イミグレ怪談
イミグレ怪談
イミグレ怪談

神里雄大/岡崎藝術座『イミグレ怪談』
(2022年10月28日〜30日/那覇文化芸術劇場なはーと 小劇場)
撮影:大城亘

Data :
[初演年]2022年

タイの幽霊

男1がとあるところで飲んでいる。そこに男2と女1がやってくる。

男1は焼酎好きが高じてラオスに焼酎の製造工場を作り、今は隣接するタイのバンコクに住んでいる。

彼によると、焼酎の起源はラオスの「ラオラオ」という酒で、600年ほど前にアジア諸国と盛んに貿易を行っていた琉球(現沖縄)に伝わって「泡盛」になった。それが後に、焼酎となって日本全国に普及したといい、焼酎の種類を説明する。

やがて男1は、タイのバーで遭遇した幽霊について話し始める。バーの裏にある簡素なトイレで用を足していた時、彼を凝視しているヤモリが壁にいるのを見つけた。そのヤモリが自分の身内、もしくは近しかった人の化身のように感じた男は、そこを出て布と紐でトイレを封印する。

彼がバーに戻ると、隣の席に絶世の美女が座っていた。程なく二人は同棲を始め、同じ時に足を上げ、同じところを骨折し、同じ時に怒り、同じ食事をして、同時に笑った。彼女はいつも日が落ちると現れ、朝起きるといなくなっていた。

ある日の昼間、彼はタクシーの中からバンコクの街中を歩いている彼女を見つけ、声を上げる。その声に驚いた運転手は前の車に追突してしまう。タイでは誰かが死ぬとその人にゆかりのある番号で宝くじを買う風習があり、同じ理由から事故った車のナンバーを見ようと人々がタクシーを取り囲む。女を追いかけようとしてタクシーを降りた男1の顔は、見たこともないほど痩せこけていた。そして、その女の顔はやつれた彼にそっくりだった。

そこまで話すと男1はトイレに立つ。「・・誰も来ないね。僕たち2人しか来ない」と言いながら。

ボリビアの幽霊

残された男2と女1。

女1の電話が鳴り、スペイン語で話し始める。通話相手(女2)がスクリーンに映し出されるが、通信状態が悪くフリーズしている。

家系に移民が多く、祖父がボリビアへ渡ったため少しスペイン語を知っているという女1 。電話をかけてきたはとこの祖父はブラジルに移民したので、彼女はブラジルに住んでいる。

日本で働いたことのあるはとこの祖父は、年金を受領するために在留証明の書類を日本の年金事務所に毎年送る必要があった。はとこは日本語が話せないので、女1が手伝っているのだ。

なかなか通信が繋がらない。女1は日本からの移民の歴史を語り始める。

ゴム産業が盛んだったボリビアへ渡った日本の先人たち。過酷な労働条件で給料の搾取も行われていた。一方、日本の沖縄は、県民の4人に一人が第二次世界大戦で戦死し、その後は米軍基地の集中に悩まされていた。

そこでボリビアにいた沖縄出身者が中心になり、沖縄人を受け入れるための町を建設。場所を転々とした後、最終的に「オキナワ移住地」として定着した。スクリーンに、彼ら沖縄からの移民たちが辿った歴史の年表が映し出される。

女1は、沖縄から夢を抱いてボリビアに移住した男の話を始める。ある夜、尿意を催した男が野外で用を足していると、うなじのあたりに虫が這う感覚があった。振り払おうとしながら空を見上げると、満天の星の中に戦争で亡くなった家族の顔が浮かび、三線の音、泣き声、そして微かな潮の匂いがしたと言う。

電話が繋がる。女2は在留証明と戸籍を取り寄せて欲しいと話す。

沖縄の幽霊

男1が戻り、男2と女1に加わる。

男2は自分がなぜ沖縄に移住したのかを話し始める。東京にいたある日、突然、膝に違和感を感じたと言う。野球部員だった頃、先輩を背負って階段を昇り降りするトレーニングをやらされて、腰や膝を痛めていたのだ。野球部のマネージャーが結婚して沖縄の今帰仁(なきじん)に住んでいることを思い出し、移住を決意した男2は、沖縄に来てから膝の調子も良いと明るく話す。

彼は沖縄では幽霊も妖怪も日常生活に溶け込んでいて、日本兵や戦争にまつわる幽霊もたくさん出没していると話す。国際通りを歩いている人の1/3は幽霊だというので、「あなたは幽霊?」と聞いてみるが無視されると笑う。それを聞いて怪訝な顔になる男1。

男2は近所に住むマコさんの話を始める。マコさんは時々、正体不明の妖怪と話をすることがあったらしい。彼女によると、愛している人や物が本当は自分自身だったかもしれないとか、妖怪とエンジェル、幽霊と神様との間に違いはないのかもしれないと‥‥。

エピローグ

男1は天冠(てんがい ※死者や幽霊の装束の一部。頭に付けた白い三角の布のこと)を着け、女1はツノを生やし、男2の頭には天使の輪が浮いていて、思い思いに踊っている。やがてそれらの冠は消える。

男1はラオスが人類史上一番爆撃を受けた国だと話し始める。ベトナム戦争でラオスの領土内にベトナム軍の物資の輸送ルートがあったため、米軍が9年間毎日空爆を続け、200万トン以上の爆弾が投下されたのだと説明する。それを聞いた女1は、「どこかで似たような話を聞いた」と呟く。

あたりに蝉の鳴く声が響き始め、次第に大きくなり、舞台を覆っていく。

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