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Artist Interview アーティストインタビュー

2006.12.25
日本の若い観客に響くギリシャ悲劇 翻訳家の山形治江インタビュー

Greek tragedy that rings true with young Japanese audiences
An interview with translator Harue Yamagata

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日本の若い観客に響くギリシャ悲劇
翻訳家の山形治江インタビュー

山形治江(ギリシャ悲劇研究家、翻訳家)

2500年前にアテネで成立した世界最古の演劇であるギリシャ悲劇が、21世紀のいま、蜷川幸雄の演出により日本で毎年のように公演が行われている。これまでに上演されたのは『オイディプス王』『エレクトラ』『メディア』『オレステス』。そのすべての翻訳台本を手がけたのが、ギリシャ悲劇研究家の山形治江である。現代ギリシャ語からの訳し下ろしで日本の若い観客にアピールする、翻訳家山形の世界に迫る。
聞き手:長峯英子

山形さんは現在、日本で数少ないギリシャ悲劇の現代上演研究者として活躍されていますが、そもそもの出発点はシェイクスピアだと伺いました。
そうです。大学時代は英文学を専攻していて、シェイクスピア研究会に入っていました。1982年に大学を卒業して、その年の6月にイギリスに留学し、カンタベリー大学のディプロマコースに入りました。シェイクスピア以外に取り柄はなかったし、ロータリー財団の留学生試験に受かり、「ラッキー!」という感じで(笑)なんとなく安易に選択したのですが、途中で「ひょっとして、英語もシェイクスピアも自分には向かないのではないか」と思い始めた。『マクベス』や『タイタス・アンドロニカス』は好きだけれど、『テンペスト』や『ベニスの商人』は植民地主義的な考え方や差別的な言動が堪え難くて、最後まで公演を見続けることができないほどでした。だから帰国したらシェイクスピアの研究は止めて、別の道を探そうと思っていました。
そこからどのようにしてギリシャ演劇と出合ったのですか?
イギリスから帰国する前に2週間ほどギリシャ旅行に行ったのがきっかけです。そのときいくつか芝居を観たのですが、それでギリシャ演劇のコロスにハマりました。昔、本で読んだ時には難しくて面白さはまったく感じなかったのですが、本場で観ると12〜15人のコロスが直径20メートルほどの円形の劇場で謡ったり踊ったりしているのがなんだかとても奇妙で面白かった。それがきっかけになってギリシャ悲劇をやろうと思い立ちました。偶然ですが、その旅行中にちょうど 蜷川幸雄 さんの『王女メディア』(83年)のギリシャ初公演がアテネに来ていて、舞台を観ました。その時は、「へー、日本人がわざわざこんなところまできてギリシャの劇をねぇ・・・」という程度の印象しかありませんでした。
ということは、ギリシャ語はイギリスから帰国して始めたということですか? 想像するだけでハードルが高い気がします。
ともかくギリシャ悲劇を研究するつもりでそれができる大学院を探しました。でも当時の日本ではそういうところはなかなかなくて、早稲田大学の演劇専攻コースを選びましたが、もちろんギリシャ語はできないので英語で受験しました。ギリシャ語を始めたのは入学してからで、最初、大学の学部で古代ギリシャ語の授業を受けたのですが、いつまで経ってもあいさつの言葉が出てこないので嫌になり、それで自分がやりたいのは現代ギリシャ語だと気づきました。そこで、東京で唯一現代ギリシャ語講座を開講していたアテネフランセという語学学校に行こうと思ったら授業がフランス語(笑)。結局大学院時代はギリシャ語もギリシャ悲劇もほとんど何も手に着かないまま終わったようなものですが、博士課程に進んだときに、運良くギリシャ政府給費留学生試験に合格し、ギリシャ留学を実現させました。
ギリシャ悲劇をやるべく運命づけられていたみたいですね(笑)。
まあそうなんでしょうか(笑)。ともかく、ギリシャ語を本格的に学んだのはギリシャに行ってからで、古代ギリシャ語を基にした文語の純正語(カサレブサ)と、1976年以降ギリシャで公用語として使われている口語の現代ギリシャ語(民衆語:ディモティキ)の両方を勉強しました。私の学年までは、ギリシャの大学入試の語学試験は純正語と民衆語の両方が必要だったからです。言語的には、三大悲劇作家時代の古代ギリシャ語と、現代ギリシャ語とは、基本的な文法構造は同じですが、発音も違うし規則も違う。また現在、ギリシャ悲劇はすべて民衆語で上演されていますが、第2次世界大戦頃までに上演された作品の劇評は純正語で書かれているので、上演研究には両方が必要になります。
ところで山形さんの翻訳で蜷川さんがギリシャ悲劇を上演するようになる以前、日本のギリシャ演劇の翻訳や公演はどのような状況だったのでしょう。
翻訳については大きく2つのパターンがありました。1つは、東京大学・京都大学を中心とする古典の研究家たちが、主にドイツ語の文献を参考にして古代ギリシャ語から日本語に翻訳し、ギリシャ演劇の研究書として上梓したものです。
もう1つは、シェイクスピア研究家・翻訳家として有名な福田恆存先生が、古代ギリシャ語から英訳された英語版・ギリシャ悲劇を和訳したシリーズです。英語版については、私も『オイディプス王』を翻訳したときに5冊ほど読み比べてみましたが、かなり自由な訳でした。それは各々の翻訳家がそれぞれの解釈でやっているということなのだと思いますが、福田先生が選ばれた英語版の定本もそもそもの古代ギリシャ語に忠実に訳されていたかどうかは疑問ですね。
今でこそ蜷川さんが定期的に公演を行っているイメージがありますが、そもそも日本ではあまりギリシャ悲劇の上演は行われていませんでした。最も古い上演は、1894年の川上音二郎一座による翻案劇ですが、本格的な上演史が始まったのは、1958年に東京大学の美学科の学生たちが立ち上げたギリシャ悲劇研究会の活動からです。自分たちで翻訳からはじめて舞台装置や衣裳などすべて当時のものを再現するという趣旨で、東京の日比谷野外音楽堂で年1回公演を行っていました。それと、1970年代に入ると、能楽師・狂言師を中心に結成した「冥の会」が実験公演を行ったり、劇団四季創設当時の浅利慶太さんなどフランス演劇の影響を受けた演劇人たちがギリシャ悲劇を焼き直したラシーヌやアヌイ、サルトルなどの作品を上演していました。あと、ギリシャ悲劇を上演していて有名だったのは早稲田小劇場(現SCOT)の鈴木忠志さんくらいだと思います。
いずれにしても上演に際しては、先ほど説明した2パターンの翻訳をもとにして、上演する際は演出家が自由に脚色していました。意味がよくわからない箇所を削除したり、演出テーマにしたいところを取り出してつなぎ合わせたりするので、確かにわかりやすくなり、現代らしさは出てきますが、でもそれでは本来、ギリシャ演劇がもっている不可解な魅力は伝わりきらないと思います。
蜷川さんは、歌舞伎俳優の六代目・市川染五郎(現・九代目松本幸四郎)さん主演の『オイディプス王』や、平幹二朗さん主演の『王女メディア』(詩人の高橋陸朗修辞)などを上演し大成功してきました。山形さんが蜷川さんのギリシャ悲劇の翻訳を初めて手がけたのは2002年に上演した『オイディプス王』からですが、そもそもなぜ現代ギリシャ語から訳し下ろしをすることになったのですか。
私はギリシャ演劇の研究者で、当時まだ戯曲の翻訳をしたことはなかったのですが、蜷川さんから「翻訳された本はあるけど意味がよくわからない。上演台本ではないからこれでは舞台にできない」と言われて、翻訳を依頼されました。私が「現代語しかできませんが」と言うと「現代語台本からの訳で構わない」と言われたので引き受けました。新訳の目標はただひとつ、今のギリシャ人が楽しんでいる舞台の雰囲気を伝えることでした。
具体的にはどのような翻訳作業が行われたのですか。
まず底本ですが、『オイディプス王』の時には、ギリシャ国立劇場が実際に使っている現代ギリシャ語台本を使うつもりだったのですが、著作権の問題があり、最終的には複数の現代ギリシャ語台本を使うことになりました。ギリシャ国立劇場の台本の他、現在もっともモダンでシンプルな現代語訳がされていると言われる台本など2点を選びました。これらの台本は基本的な解釈は同じですが、それでもずれている場合がある。どうしてもニュアンスがわからないときには古代語のテキストにあたりました。ただ、実際は多くの訳本にあたればあたるほど、原文の本質から離れていくようなところもあって、最終的には参考資料はできるだけ絞っていきました。
翻訳作業としては、まず全訳して第1稿を仕上げます。それから日本語訳だけで読み返しながら、これでは台詞にならない、と思った箇所は、もう一度訳し直し、第2稿にします。その段階で、岩波書店から出版されている古代語からの訳書を参照して、自分の訳と比較しながら、ずれているところがあれば誤訳の可能性もあるので現代語版をチェックしていきます。重要なところで明らかに双方の訳が異なるものについては、もう一度古代語に戻って確認します。その作業が終わったものが第3稿です。最後にもう一度自分で発音してみて、第4稿の完成版を仕上げます。最初の3作品までは、知り合いの役者さんに読み上げてもらって最終稿にしました。
稽古が始まると、ギリシャ語の原典を稽古場に持ち込んで、役者が同じところで間違えると、それは私の訳が悪いのか、役者がただ読み違えているだけなのか、必要に応じて確認します。役者の読み間違いの場合は、原典どおりかどうかを確認して、翻訳を生かしてもらいます。
役者は自分の側に解釈をもっていってしまうということも多いですから、原典に合わせていくというのは重要な作業ですよね。
『オイディプス王』は、2004年に再演されましたから、実にラッキーでした。初演のときは台本翻訳という仕事がいったいどういうものかもわからず、翻訳者はどういう立場でいるべきか、演出家や俳優との距離感も計りかねていましたから。2年後の再演時には、現場のこともだいぶわかってきたし、翻訳もアテネ公演(2004年)を前提に、上演時間2時間20分だったものを2時間以内に収まるよう改訂しました。
日本語に置き換えられない言葉などがありましたか。
人称の問題は大きいと思います。日本語の人称は、年齢、身分、対話の相手によっていろいろな言い回しがありますし、省略することもあります。例えばオイディプス王だと、公的な場では「わたし」、私的な場では「俺」にしました。また、ひと回り以上年上の王妃イオカテスの台詞ですが、夫のオイディプスに対して普段は「あなた」と呼んでいたところを、一箇所だけ「おまえ」に変えました。それだけで、妻としての立場がいっきに母親に変った感じがしたのには我ながら驚きました。これによって実際に王妃役の女優の演技も変わり、「おまえ」と呼んだ瞬間に母親になっていた。再演時に改訳したこの人称の選択は、自分でも正しかったと実感しています。
また、文末については、日本語には「男ことば」「女ことば」の問題があります。女だからと「〜よ」「〜だわ」「〜ね」という言い方にする場合がありますが、私は描かれているキャラクターを忠実に訳していけば、自ずとはっきりしてくるので特に気にしませんでした。
韻律の問題はありませんでしたか。
古代ギリシャ語台本には韻律がありますが、現代ギリシャ語になった時点でそれはなくなっています。ただし、現代ギリシャ語の台詞を聞いていてもリズムはありますから、それを日本語にも訳出しなければならない。そこについては、とにかく私は、自分が読みたい聞きたいと思うリズムで台詞を書きました。
コロスの部分の翻訳は非常に難しいのではないかと思いますが。
確かに、そこが最も苦労したところです。初めて翻訳した『オイディプス王』は、蜷川演出、野村萬斎主演、アテネ公演、ということが最初から決まっていた企画でしたから、どこからも文句を付けられないような完璧な訳にしようと気張って、コロスの台詞をものすごく忠実に訳したんです。でも、コロス役の男優たちは個性派ぞろいで、息継ぎの仕方がみんな違うから、一斉に台詞を発するとばらばらで合わない。それで、再演時にはコロスの訳をすべて変え、誰が読んでも同じところで息継ぎをするように計算して、強弱やイントネーションを踏まえて訳しました。日本語で言うと全部七五調で訳せれば問題ないんでしょうが、それでは定型になりすぎて却って言葉が届かない。蜷川さんも七五調は嫌いみたいで、そういうところがあると「句読点を全部詰めていいから、苦しくなるまで言え」(笑)などとおっしゃっています。
2002年から4作品を上演されてみて、蜷川さんのギリシャ悲劇公演をどう思われますか。
若い人気俳優を起用している点がとてもいいと思います。日本人にとってギリシャ悲劇はなんとなく古めかしく、高名で老齢な役者が大仰な台詞をしゃべるようなイメージをもたれやすいからです。そういう先入観で芝居をつくられると、例えば、オイディプスと妻であり実母であるイオカステも、「こんな年寄りの男女がエッチするなんて想像できない」(笑)みたいなキャスティングになってしまう。でも蜷川さんのプロダクションでは皆、若々しく元気いっぱい。ギリシャ悲劇は暗く重い話だけど、舞台イメージは結構明るいので、それがうまく表現されていると思います。
「蜷川さんのギリシャ悲劇についてどう思うか」と言う質問は私がお客さんにしたい質問そのものです。だから、劇場で配られるアンケートにはすべて目を通しますが、例えば、『エレクトラ』に出演したジャニーズ事務所の人気グループV6の岡田准一くんや、『オレステス』の藤原竜也くんのファンたちが、「(彼らを見るために)初めて劇場に来ました」と書いている。若い女の子たちが初めて観た芝居がギリシャ悲劇なんですよ、凄いと思いませんか(笑)。だから、今は、古典であっても特にそういうことにはこだわらないで、演劇ジャンルのひとつとして、ギリシャ悲劇も現代演劇も同じように捉えていいのではないかと思っています。
ギリシャ悲劇にはクライマックスに神が登場します。日本人にとってはあまり縁がないものですが、ギリシャ悲劇の中の神の存在というのは、どういったものですか。
必ずしもクライマックスに登場するわけではありません。神の登場には2つのパターンがあって、1つは、『バッコスの信女たち』や『縛られたプロメテウス』のように神が登場人物の1人として劇行為をするもの。もう1つは、『オレステス』や『タリウスのイフィゲニア』のように、劇の最後に登場して事態を収拾するというものです。
まず当時の信仰についてですが、神話が成立した紀元前8世紀から200年くらいは神々を深く信じていたと思われますが、ギリシャ悲劇の黄金時代、前5世紀には神に対する信頼感はかなり失われていたようです。例えば、『オイディプス王』は疫病の流行の場面から始まりますが、実際、当時疫病が流行し、人口の3分の1もの人々が亡くなった。信仰があれば助かるんだと最初は思っていても、こればかりは信仰があるなしにかかわらずみんな死んでゆく。それがわかると、人々は信仰に対してゆらぎを感じる。神は心のよりどころでもある反面、神とは一体何だろうと半信半疑になる。
この気持ちは台詞の中にも表れていて、アポロンの言葉を伝える預言者に対して「あてにならない」と不信感をあらわにしています。さらにこの劇が上演されてから20年近く後の『オレステス』では、「アポロンは間違っていた」とはっきり神批判をしています。でも、だからといって神を完全に信じなくなったわけではない。予言者批判をしたイオカステは、心の平安を祈願してアポロンに供物を捧げるし、アポロン批判をしたオレステスは、「あなたの言葉に従います」と誓う。悲劇の中の神の存在はどうもあいまいです。でも、それが当時の観客の認識でもあったのでしょう。
現代の日本も、信仰というものが薄れているんだけど、合格祈願や、安産祈願の産土なんていうものがあったり、どこかみんな神頼みをしている。それと同じで、自分たちのまわりには理不尽なことがたくさんあって、不合理なんだけど、それは神のせいだといってしまえば、もうどうにもできない。つまり、抗いようのない神意、つまり「神オチ」です(笑)。
ギリシャ悲劇が扱うテーマは欲望あり策略あり、2500年たっても普遍的で、演劇というより現代社会の縮図ですね。
例えば、『ハムレット』は悲劇だと言われていますが、私には悲劇には見えません。ハムレットは、結局は父の復讐を成し遂げ、満足感の中で死んでゆく。
慈悲深い神の摂理でうまくいっているわけだから悲劇にならない。そこがキリスト教の神と古代ギリシャの神々との違いでもありますが、ギリシャ悲劇というのは、「オレは何でこんな不幸な目に遭わなければならないんだ」という救いようのない理不尽さの物語だと思うのです。だから神が出てきて勝手なことを言って終わるのは、確かに不合理なんだけど、もともとそれがこの世というものだ、ということになるんでしょう。その理不尽さや不合理さそのものが悲劇なのだと思います。
さらに、ギリシャ人の信仰がオリュンポス信仰からキリスト教に変わった時点で、舞台に登場する神のイメージも変わったのではないでしょうか。
そうなんです。それもちょっとあいまいな感じで変わっています。現在、9割のギリシャ人がクリスチャンですから、ギリシャ悲劇の神もクリスチャンのイメージで捉えてしまっているようにも見える。もちろん彼らもギリシャ悲劇の神々は、クリスチャンの神ではないということはよくわかっている。わかっていながらなんとなくキリスト教的な神のイメージからぬけだせない。そのジレンマが舞台にも表れているようにも見えます。つまり、ギリシャで現在上演されている悲劇に登場する神役の演技も演出も、なんだかあいまいな感じがする。ギリシャで彼らの舞台を観ても、いつも腑に落ちません。ですから、日本人が神を演るぎこちなさと、ギリシャ人のそれとは同じなんじゃないかな。「神のあいまいさ」で言えばむしろ宗教的に無自覚な日本人のほうがよっぽどましかな、とも思いますが(笑)。
山形さんが特にギリシャ悲劇の魅力として伝えたいと思っていることはありますか。
ギリシャ悲劇には「笑い」があることを観客にも出演者にも知ってほしいですね。役者には毎回顔合わせの度に「ギリシャ悲劇は笑っていい演劇ですから、台本を読んで笑えるところは、自由に観客を笑わせてください」と言っています。翻訳でもそこは意識していますが、例えば『メディア』では王役の吉田鋼太郎さんが「私は王だ、でも王に向かない性格だ」という台詞できっちり客席の笑いをとってくれてとてもうれしかったです。そういう意味で、ギリシャ悲劇は楽しくしようと思えばもっと楽しくなります。これは、あれこれ脚色して生まれるものではなく、原典に忠実であるがゆえに生まれる笑いです。日本でもギリシャでも人間のおろかさや滑稽さというのは普遍的なものですが、「原文に忠実に」というところで、私自身のオリジナルの役割が果たせればいいと思っています。
公演パンフレットや戯曲巻末では、「これを読めば三倍面白くなる」といったギリシャ悲劇に関する解説をされています。山形治江という研究者のギリシャ悲劇に対する解釈が貫かれていて面白く読めます。
当初、ギリシャ悲劇を上演するということで、お客さんに知識がないと理解するのが大変だろうと心配して、観劇用の解説を書くことにしたのです。古代ギリシャでもデュオニュソス祭の演劇コンテスト前夜に、「今回披露するのは、メディアが子殺しをするという物語です。涙なしには見られません!」といったような見所を作者自身が市民たちに告げるというイベントがあったそうですし。つまり、紀元前5世紀の古代ギリシャ人も全員が全部わかっていたわけじゃない(笑)。ただ、ギリシャ悲劇の人間関係は確かにごちゃごちゃしていますが、台詞の中で何度も関係を説明しているので、聞いているうちに内容がわかるようになっている。解説は、だから、内容説明というより、もっと面白く見るためのガイドブックの感じです。
今後の予定は?
蜷川さんは、次は何やろうかとおっしゃっていましたが、2007年は11作品も公演があるそうなので次がいつになるかは未定です。基本的には蜷川さんの依頼で翻訳をするというスタンスでしたが、今は長い休みがあればなるべく翻訳しようと思っています。すでにエウリピデスの『バッコスの信女たち』とアイスキュロスの『アガメムノン』は第1稿をあげています。日本では2009年までに裁判員制度が導入されますから、次に来るのは裁判劇なんじゃないかと密かに狙っているので(笑)、陪審員が殺人事件を裁く結末をもつ「オレスティア三部作」が注目を集めるかもしれません。また、蜷川さんがすでに演出した2作『エレクトラ』『オレステス』の発端となった生贄事件を扱った『アウリスのイフィゲニア』は、2007年の春に訳したいと思っています。初稿があがっていても1作品あたり4稿まで練りますから、まだまだ先は長いですね(笑)。
Profile

山形治江(Harue Yamagata)
1959年生まれ。ギリシャ悲劇研究家、翻訳家。日本大学教授(研究所)。津田塾大学英文科卒業。早稲田大学大学院博士課程満期修了。イギリス・カンタベリ-大学演劇科にてDiploma取得(Drama)。1987〜90年、ギリシャ政府給費留学生としてアテネ大学大学院に留学。著書に『ギリシャ悲劇 古代と現代のはざまで』『古代ギリシャ悲劇観劇ガイドブック』など。『エレクトラ』の翻訳により第11回湯浅芳子賞(翻訳・脚色部門)受賞。

『オイディプス王』
(初演2002年6月/Bunkamuraシアターコクーン、再演2004年/東京・アテネ公演)
作:ソフォクレス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:野村萬斎、麻実れい、吉田鋼太郎ほか
撮影:谷古宇正彦
(c) Bunkamuraシアターコクーン

『エレクトラ』
(2003年9月/Bunkamuraシアターコクーン)
作:ソフォクレス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:大竹しのぶ、岡田准一、波乃久里子ほか
撮影:細野晋司
(c) Bunkamuraシアターコクーン

『メディア』
(2005年5月/Bunkamuraシアターコクーン)
作:エウリピデス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:大竹しのぶ、生瀬勝久、吉田鋼太郎ほか
撮影:谷古宇正彦
(c) Bunkamuraシアターコクーン

『オレステス』
(2006年9月〜10月/Bunkamuraシアターコクーン)
作:エウリピデス
翻訳:山形治江
演出:蜷川幸雄
出演:藤原竜也、中嶋朋子、北村有起哉ほか
撮影:清水博孝
(c) ホリプロ