蜷川幸雄

歌舞伎版『NINAGAWA十二夜』とは?
蜷川幸雄の新たなる挑戦

2005.08.18
蜷川幸雄

撮影:大原狩行

蜷川幸雄Yukio Ninagawa

埼玉県出身。彩の国さいたま芸術劇場芸術監督。1955年に劇団青俳に入団し、67年に劇団現代人劇場を創立。69年に清水邦夫の『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビュー。72年に清水邦夫らと共に櫻社を結成。2つの演劇集団を経て74年に日生劇場『ロミオとジュリエット』で商業演劇の演出家としての活動をスタート。以後、日本を代表する演出家として話題作を次々世に送り出している。2006年から彩の国さいたま芸術劇場芸術監督に就任し、55歳以上を対象とした「さいたまゴールド・シアター」を旗揚げし、新しい挑戦として社会的な話題となる。

シェイクスピアをはじめ西欧の古典といわれる戯曲を、いかにローカライズして、現代を映し出す鏡として再生させるか。蜷川幸雄は、『王女メディア』『NINAGAWA マクベス』『夏の夜の夢』『ペリクリーズ』を、英国、ギリシャ、アメリカなどで発表し、高い評価を獲得してきた演出家である。今年の7月、東京の伝統演劇の本拠というべき歌舞伎座で発表した『NINAGAWA 十二夜』は、現代演劇の俳優ではなく、歌舞伎俳優を起用し、新作歌舞伎にチャレンジした点で、そのキャリアにおいて特異な舞台となった。そこでは、歌舞伎の様式を守りつつ、舞台前面を覆う鏡を背景に、大胆な視覚表現が試みられている。蜷川における西欧演劇の素養が、歌舞伎俳優の身体性と衝突したこの作品は、新作を生み出す力を失いかけていた歌舞伎というジャンルに揺さぶりをかけた。
聞き手:長谷部浩
『NINAGAWA 十二夜』の稽古が始まる前に新国立劇場でお目にかかった時に、今回の演出家としての立場は、オペラの演出に似ているとおっしゃっていましたね。稽古を終え、初日を開けた今では、どんな違いあったとお考えになりますか。
まず、演出家の場所というものが歌舞伎には明確にないわけですよ。あらゆることが演出家抜きにして成り立つようにできている。
もちろん座頭が演出家の役割を担っているんだろうけど、稽古がスタートする日も別に演出家が前に立つわけではないし。なんて言ったらいいかな、ともかく演出家という存在がとても曖昧にできているんです。
歌舞伎の作り方としては、それが当然だとわかっていたので、指揮者が先頭に立つオペラにおける演出家と同じだと最初から言っていたわけです。それから、自分が現代演劇を演出する時の助手やスタッフはほとんど連れていかないで仕事をしました。歌舞伎という異国へ留学するという認識があったので、その範囲内で、演出家としてどんな役割ができるのかを考えました。
昭和に入ってからは、少数の例外をのぞいては、江戸、明治期に成立した古典をレパートリーとして繰り返してきた歌舞伎には演出家というポストはありません。現実には通常の演目を上演するにあたっては、キャスティング権を含め、演出の権限を座頭がもっている。今回の座頭は、七代目尾上菊五郎さんですが、演出家の蜷川さんを立て、とても気遣っているのが、稽古を見ていてよくわかりました。こうした特殊な現場で苦心された点があればお話しください。
苦心は大してしてないですね、現実には。歌舞伎の手法について、ほとんど自分は知らないのだとよくわかった。それを含めて想定内でした。
例えば合方とか、下座音楽のいろいろな呼び方、用語にしても、それを音楽と呼ばせてくださいという言い方をしました。長唄、三味線、鼓を中心とする下座音楽に、ボーイソプラノと伴奏するチェンバロを重ねるような幕開きの音楽も、歌舞伎は許容してくれた。そういう意味での誤差はほとんどなかった。
じゃあ演出家の役割をどこに設定したかと言ったら、シェイクスピアの戯曲の構造をどう俳優にわかってもらうか。それと、シェイクスピアの書いた台詞のレトリックは、歌舞伎が持っている近世から近代へかけての日本語のレトリックと違うので、それをどうやって歌舞伎の演技にマッチさせるか、合わせていくのか。
ただ、戯曲の構造の理解という意味で言えば、僕の解釈を歌舞伎俳優に演説のようにして言っても仕方ないわけです。細かい具体的な演技の指示の中に、その構造の理解へと導くよう滲み込ませる。後はビジュアルで、観客にどう説明していくか、ということでした。そのぐらいかな。
技術的に言うと、最近の僕の演出は、即興的・集団芸能的になっている。それは現代演劇を演出するときも、今回も同じです。技術をきちんと持った人たちが周りにいて、「じゃあここは音楽を入れて」と言ったら、イメージを言うだけで、すぐにスタッフが作ってくれる。ダンスにしようかと言ったら、即座に振付が行われる。そういう即興演出とほぼ近いようなやり方だったので、技術を子供の頃からたたき込まれた歌舞伎俳優と、それを支える熟練したスタッフと一緒に仕事をするのは、違和感はなかったですよ。
ただ、独特の約束事が面白かったですね。例えば「三日定法」という言葉とか。今回はなかったけれども、病気のために代役が立つとしますね。例えばその人の病気が一日で治ったとしても、3日間は代役に勤めてもらう。演出家は初日から3日間は直していいけど、その後は…。まあともかく、何でも3日なんだよな。
それはイギリスと同じで、イギリスはだいたい幕が開いて2日で帰されちゃう。私費でいるぶんにはいいけど、それ以上の滞在は保証しない。そういうルールが…イギリスに似ているといえば言えるんだけど。でも向こうの方が契約で決まっているだけに、曖昧じゃない。歌舞伎は、曖昧な不文律で成り立っている。システムは似ているところがあるから、そんなに大きな違和感なく、演出できましたけどね。
多分、今の蜷川さんのお立場で歌舞伎を引き受けるというのは相当勇気のいることだったのではないかと思うんです。つまり、これで得るものはあまり想定しにくい。それに引き替え、どう演出しても、伝統を破壊したと言われるか、逆に蜷川色が出ていないと言われるか、どちらにしても批判を受けそうな厳しい立場ですよね。記者会見では、菊五郎さんの息子にあたる20歳代の五代目尾上菊之助さんの熱意に打たれたから引き受けたと話されていましたが。
そうですね。それ以外にないですね、正直言って。もしかすると何か新しい発見があるのかなというのはもちろんありましたし、古典芸能の世界とか劇場というものは一体どうなっているのかとか、そういう空気を知りたいとは思っていました。日本の演出家だといっても、歌舞伎と現代演劇のあいだには隔たりがあって、歌舞伎の世界は、観客席、表側からしか見てないですからね。
まあ、野田秀樹や串田和美さんは、十八代目中村勘三郎さんと組んで、脚色や演出の立場でやられていますが、僕は彼らより子どもの時から歌舞伎を見ているとは思うんです。だからこそ、絶対これは中途半端に手出しをしない方がいい世界だと思っていました。
正直言って判らないことはたくさんあるわけです。例えば、音楽では、じゃあここは合方に何を入れようか、嵐の合方にしましょうかとか言われてもわからない。もう半拍、早い方がいいのかと言われても、きちんと勉強もしていないし、歌舞伎の裏に通じているわけではないから、具体的にはわからないわけですよ。それがきちんとできるか、全くの素人でいるか以外には、古典芸能に関わる方法はないと思っていました。歌舞伎を自分が演出するつもりで、見てこなかったですからね。現代演劇に何をパクってこようかなと思いながら見ていただけで(笑)
今、合方の話が出ましたけど、今回、西洋音楽もプラスされていますよね。ラテン語の少年の合唱から始まって、途中にハープも入っていますが、異文化を衝突させる意図はあったのですか。
たとえば『NINAGAWAマクベス』は、舞台の前面が、日本人が祖先を祀る仏壇を思い起こさせるセットになっている。そのなから聞こえてくるのはお経だったり、声明だったりするわけですが、そこにフォーレの「レクイエム」を最初からダブらせています。ですから今回も、単に歌舞伎の様式を尊重するだけではなく、1割か2割は違うことやろうかなとは思っていたんですね。
歌舞伎座で難しいのは、圧倒的に古典の愛好者がお客さんとして多いということ。歌舞伎の役割には、一方では古典の正しい継承という問題がある。だけども正しい継承と言っても実際はかなり変質していっているだろうと僕はかねがね思っていたわけです。劇場構造も明らかに昔とは違って、間口が横に広がったりしています。そういう劇場の構造や照明機材の進歩に従って、歌舞伎の古典といわれる演目にしても、江戸期、明治期とは、十分変質しているに違いない。
けれども、今現在、古典だと思われている狂言のあり方、あるいはそれを愛好する人たちの歌舞伎や歌舞伎座に対する思いを全く壊してしまうのだったら、歌舞伎座でやる理由はないわけです。それから、今回中心になっている菊五郎劇団がもっている正統性といいますか、彼らのもっているある種のアカデミックと思えるくらい芸能色をちょっと薄めている劇団と仕事をする。それを考えたときに、違和感を与えないで少し新しい、今までと違うものが入ってきたという程度でいいだろうと。老舗の味ががらっと変わったら、だいたい昔の方が良いって言う人が多いだろうし、まあ、『十二夜』は、賛否は七三と踏んだんです。3割良い、7割嫌だ…それはしょうがないなあと。でもなるべくなら7割の人が好いて、3割の人が嫌だというぐらいの比率で作品を仕上げようかなというのが、僕が立てた現実認識ですね。
明治の終わりから、昭和にかけて活躍した名優の六代目尾上菊五郎が創立した劇団の演目としては、少しどころか、ずいぶん新しい要素を取り込んでいると思います。ただ、今回の舞台は、まぎれもなく「歌舞伎だ」と、だれもが思ったのではないでしょうか。破壊的ではなく、建設的になっている。その試みは見事に当たったのではないでしょうか。
そういう意味ではね。オープニングも、古典的な定式幕を開けたら、奧が全面鏡になっていて、客席が映り込む。観客が自分たちを相対化すると同時に、ここがまぎれもなく現代の場だって判らせながら、驚きを持たせる。鏡が透けてくるとセットの中の満開の桜が浮かび上がってくる。そこは現実ではなく、虚構の世界です。まあそのへんは「蜷川がやることはこういうことですよ」とお客さんに予知させながら運んでいこうとしています。それはある程度うまくいったかなと思います。
蜷川さんが演出されるとなると、観客は視覚的表現が一体どうなるか当然期待されたわけです。冒頭の満開の桜にしても、大詰の百合の庭を渡る朱色の太鼓橋にしても、蜷川色を明快に出したと受け取りました。
ある程度うまくいった理由のひとつは、歌舞伎の人たちがものすごくよく協力してくれたことです。菊五郎さんと菊之助くんはじめ、歌舞伎の人たち、スタッフに感謝しなきゃいけない。僕に聞こえるトラブルは何かあったとしても、ほとんど背後で処理されていった。外国で仕事をする困難さに比べれば、はるかに協力してもらったという感じはしますね。
海外に『近松心中物語』をもって行った時、ゲネプロで向こうのスタッフともめて、明日公演中止の瀬戸際までいったことがあるんですよ。そういう経験があるから、現場でトラブったらどれだけ大変かわかっている。カナダでも、後1分だか2分で一幕の稽古が終わるのに、10時15分前になったらスタッフが引き上げた・・・15分前には上がって着替えをするからという理由です。日本だったら2分ぐらいいいじゃないとなるのが普通なので、唖然としました。でもそういう国際経験がよかった。歌舞伎座に来ても、少々のことじゃ驚かない(笑)。
外国での経験があるので、ルールをどうやって守って、それを超えるにはどういうふうにすべきかを学んだ。時には激しい怒りが必要になることもある。この前もイギリスで『ペリクリーズ』を上演した時に、「じゃあ止めるよ!」って客席通路で大げんかになった。そこで論戦になったんですね。あるテリトリーを超えて仕事をしないスタッフのあり方に苛立つことがあるんです。「目の前にあるものを何故手伝わないんだ、イギリス人にとってはルールの方が人間性より大事なのか!」と僕は怒るわけ。「日本人は夜遅くまであるいはパートを超えてまで、幕を開けなければならないんだったらやろうとするのに、なぜイギリス人は置いて帰っちゃうのか。そこでは人間性とかクリエイティブなものに対する愛情より、契約が全て優先するのか!」と。ときどきぶつかるわけです。
そういう意味で言えば、外国でいろいろ経験してきたから、歌舞伎では、自分が予想していたよりは、はるかに困難ではなかったですよ。けっこう楽しかった。
逆に、歌舞伎以外の仕事でもそうですが、日本では論理的な論戦がまず行われにくいと言えますか? 逆に論理と論理を突きつけあうことをしない、曖昧なシステムで動いている。
歌舞伎には、独特なシステムがあって、その良いところもあるわけです。ですからこれは融合してお互いに余裕を持ちながら良いところをとりっこするのがいいと思うんですよ。
だけど、今では日本の現代演劇を支える若い世代には外国へ留学したスタッフも一杯いるから。感情的になったとしても、かつてのように血を流すみたいな修羅場はなくなって、論理的な話し合いが行われる。外国で仕事をするのと似たような環境が日本でもできてきています。ただ、日本の方が何て言うか、契約を飛び越えて、心情で仕事をしてくれる部分があるから仕事はしやすいかなあ。
一方で、こういうこともあるんだよ。外国は平気で初日を延ばすからね。それは、そのシステムの中で、多分出来がわるいところなんかは、例えば8時間労働で間に合わなければ、プレビューの期間を延ばすことで、初日を開けるシステムを持っている。彼らの合理性にも理由はあると思います。
今回仕事なさる時、歌舞伎をやるのは1回限りだとおっしゃっていますね。実際に幕を開けてみて、周囲から、例えば現代演劇の俳優で上演した『四谷怪談』(2001年 東京・シアターコクーン)をやったらどうかとか期待が聞こえてきます。例えば、歌舞伎の伝統的な演目である『東海道四谷怪談』(四世鶴屋南北作)を歌舞伎俳優で上演する可能性などお考えになりますか。
全然考えていません。今回は、十分楽しかったし、本当に菊五郎さんには感謝している。第一、菊五郎さんが、マルヴォーリオとフェステの二役をやるのは大変なことだったと思います。稽古初日には、完璧に台詞を覚えきてくれたしね。僕は歌舞伎に対しては、とても幸せに出合えた演出家だと思っています。で、ただ…あのう…演出家としては、全部、お客さんに僕の手は見せちゃったから(笑)。歌舞伎の美学を新しく創り直すための手はちょっとないなあ。
例えば『十二夜』を、基本的にはこのプロダクションのままで、外国で公演する可能性はありますか?
僕は、本当は、こういう作品を外国に持っていきたいと思ってはいる。ただ、歌舞伎をかかえる興行会社の松竹が、海外公演の可能性についてどう思っているか、きちんと話をしていないし。今回の『十二夜』は、マルヴォーリオとフェステを二役にしたことにともなう変更以外は、ほぼシェイクスピアの原作通りに運んでいます。歌舞伎は男性俳優だけの集団で、女方がいて女性の役を演じる。菊之助君は、セバスチャン、ヴァイオラ、シザーリオの三役をひとりで演じ分けている。歌舞伎の特徴もよく出ているし、少年俳優がいたエリザベス朝の上演形態に近いので、イギリスや外国の観客に見て欲しいなとは思っていますよ。ビデオが出来たら外国へ送って友人のプロデューサーに見てもらおうかなと思っています。
それは歌舞伎とシェイクスピアの融合という意味で、良い特徴が表れているということですね。それは『ペリクリーズ』を上演する場合に、つまり歌舞伎の演出手法をシェイクスピア劇に導入するのとはまた別の問題ですね。その違いというのは俳優の身体性ということになりますか?
そうですね。俳優がもっている身体性と、その身体性の中身で言えば、リアルと様式を行ったり来たりできるということですかね。もうちょっとリアルを増やしてみてもいいかなあとは思っていますけど、リアルと様式の往復はやっぱり鮮やかですよ。
逆に言うと、現代演劇の俳優にはある種の様式が、残念ながら欠けているともいえますか?
そうですね。現代演劇の俳優も、何かを突き詰めた果てにある様式性を獲得するといいなあと思っているけど、なかなかそこまでいきにくいところがあるわけです。例えば、英国の俳優には、様式的な身体というのが一切ないんです。ですからそれがあると、どれだけシェイクスピアが豊かになるか。様式的な身体があることが、日本的な芸能のもっている大事なところだと思うんです。英国の俳優は、動機がなければ演技ができない人たちなので、シェイクスピアがどんどんリアリズムになっている。喜劇やロマンス劇のようなあんな嘘っぱちな話を、リアルにやったって面白くなくなっちゃう。そういう意味で言えば、これはまさしく日本の古典芸能を使っているけど、シェイクスピアの本質的なところに関わる問題を提示していると、僕は内々思っています。
蜷川さんは、桐朋学園芸術短期大学の学長として、学校教育、俳優教育の現場にも関わっていますが、この前、演出家の佐藤信さんと話していましたら、非常に面白いことを言っていました。現代演劇の俳優を養成する新国立劇場のカリキュラムは、伝統演劇の俳優を養成する国立劇場の歌舞伎養成と2年間全く同じ教育をすればいいと。その後選択して、歌舞伎俳優になる、あるいは現代演劇の俳優になるという方法もあるんじゃないかと。かなり奇抜というか特徴的なことを言っていて、それはそれでなるほどなあと思いました。
それはありうるよね。ただなあ…現代演劇の…例えば歌舞伎のレトリックとヨーロッパ演劇の持っているレトリックは圧倒的に違うから。発声からイメージの作り方まで真逆だと思うんです。ですから僕だったら両方合わせてやってほしいと言いますね。片方だけだと全部は表現できなくて、両方もっていてくれればいいのになあと思いますけど。
蜷川さんが受けた教育というのは基本的には日本の伝統とは切れた、西洋型の俳優教育ということですよね。
全くそのとおりです。歌舞伎座の舞台は、やっぱり横長ですよね。じゃあ横長であることに理屈をくっつければ、縁側だったり廊下だったりする。障子だって全部横に開くわけで、縦に開くものなんてなにもないわけ。山門ぐらいですよね。玄関だってなんだって、横引きのドアです。日本の美意識は、横長の連続性なんだと思うわけです。絵巻物の世界を舞台で展開しているのが歌舞伎で、日本的な美意識が貫かれていると考えたらいいだろうと思います。
それに対して、僕らが習ったのは圧倒的に遠近法の演劇なんですね。それから歴史の捉え方だってもちろん、遠近法の中に納めて、観念でもなんでも扱っているようなところがあるわけです。シェイクスピアを読んでもギリシャ悲劇を読んでもそうですし、現代演劇を読んでもそうだけど、レトリックは聖書やギリシャ神話と関わることが圧倒的に多い。そこでも観念的なパースペクティブというのがあるわけです。圧倒的に僕らは遠近法を学んだんですよ、すべての意味で。
ですから、ことに歌舞伎を演出すると、その二つを重ね合わせる面白さがあるわけです。じゃあその遠近法をどうやって歌舞伎の世界に盛り込むか。ならば、鏡によって、俳優も装置も映し出してやろうと。もちろん『十二夜』は、テーマが双子なので、鏡には必然性があると思いますが、単に演出術の問題としても、透かして奥行きをつけるとか、万華鏡のように客席によって全く見える視点が変わってくるようにしています。事実、左右の桟敷なんかに行くと袖幕の奧の裏側が映ったりしている。客席の場所によって、まったく違うものが観客の目に映っている。
太鼓橋にしても、大詰の最後でもうひとつ二重に橋を増やしたりするのは、だまし絵の世界というか、ある光景を常に揺り動かすという操作をしている演出のように思いました。
おもしろいですよね。自分でやって、てめえで面白いと言うのはどうかと思いますが(笑)。ああいうところは歌舞伎だから生きるんです。伝統的な歌舞伎は、基本的には平面の世界だと思っています。だからもちろん平面のものも使っているんですけど、その平面がおやおや揺れているというところで、新しい視点が入ったかなあと思います。もう手はないなあ(笑)。やっぱり歌舞伎は強敵だ。良い意味でね。
まあ3歳から5歳で修業を始めて、死ぬまでずっと劇場に1日中いる演劇漬けの生活を送るのが当たり前という人たちですからね。
歌舞伎にだって、優れた俳優も、普通の俳優も、そうでない俳優もいます。でも凄い連中は世界共通で凄いからね。
歌舞伎の世界が、ある種の世襲制に支えられていたり、血の問題が芸と関わっていたりするということに、若い頃、僕らが演劇人として舞台にはじめて関わったときに、「彼らは楽な世界でいろんなことが確定されていていいよなあ」と思っていました。あるいは中心になる俳優が、世襲制であることに対する反発は当然あったわけです。でも、実際に歌舞伎座に演出するために来てみると、朝9時半ぐらいから夜の9時ぐらいまで彼らは劇場にいる。休みは年に1カ月か2カ月という人生は、狂気の世界です。その世界にひたりきっていれば、凄いやつは凄くならないはずはない。僕は狂っていると思うよね、正しく狂っている。狂わなきゃ何も宿らない。まさしくそういう意味では、恐ろしいところだと思いました。
楽屋口から外を眺めていたら、頭取部屋から、昭和通りが暗い廊下越しに明るく見えるわけだ。そうするとトラックやタクシーが走っていて、まさしく2005年の現実が走っている。一歩こちら側は、神棚があって頭取や狂言作者がいて、ダクトや配線がザーッと出ている暗く長い板張りの廊下が続いている。まるでSFの世界みたいだった。そこが面白かったなあ。
今度の体験で何が新鮮だったかって言うと、舞台下の奈落を通ったりすると、日本の演劇の前近代的な闇というか、伝承されてきた何か…死というのが見えた。それはまあロマンティックに語りすぎると言われるかもしれないけど、それこそ留学したヤツじゃないと見えないものが見えた。でも、これも一瞬の技で…これは慣れちゃうと見えなくなるからね。そういうのはとっても新鮮でしたよ。
自分の中で…狂えばいいんだって、演劇にもっと正しく狂っていいんだなあと思いました。それが歌舞伎から受けた最大の教訓ですね。菊五郎さんも菊之助君でもそうですけど、あの人たちの演劇の時間の堆積はやっぱり凄い。それはとても面白かったですね。

写真提供:松竹株式会社

『NINAGAWA 十二夜』(三幕)
日程:2005年7月7日〜31日
会場:歌舞伎座
原作:W・シェイクスピア
訳:小田島雄志
脚本:今井豊茂
演出:蜷川幸雄
出演:尾上菊之助(斯波主膳之助、獅子丸実は琵琶姫)
中村時蔵(織笛姫)
中村信二郎(大篠左大臣)
尾上松緑(右大弁安藤英竹)
市川亀治郎(麻阿)
坂東亀三郎(役人頭嵯應覚兵衛)
尾上松也(従者久利男)
河原崎権十郎(海斗鳰兵衛)
坂東秀調(従者幡太)
市川團蔵(比叡庵五郎)
市川段四郎(舟長磯右衛門)
市川左團次(左大弁洞院鐘道)
尾上菊五郎(丸尾坊太夫、捨助)

『近代能楽集─卒塔婆小町/弱法師』
(2005年/彩の国さいたま芸術劇場)
撮影:池上直哉

『NINAGAWA マクベス』
(2002年/ニューヨーク;ハワード・ギルマン・オペラ・ハウス)
撮影:江川誠志

『ペリクリーズ』
(2003年/ロンドン;ナショナルシアター・オリヴィエ)
撮影:江川誠志