宝生和英
国宝をまとう能のユニバーサルな可能性+宝生宗家所蔵能面コレクション
Ⓒ 宇壽山貴久子
Ⓒ 宇壽山貴久子
宝生和英Kazufusa Hosho
能楽師。宝生流20代宗家。1986年、シテ方宝生流19世宗家宝生英照の長男として東京に生まれる。父に師事し、1991年に『西王母』子方で初舞台。伝統的な演能に重きを置きながら、異流競演や復曲などにも積極的に取り組むほか、海外公演を継続的に行い、イタリア、香港、中東などで文化交流事業に力を入れている。『SHOGUN 将軍(ディズニープラスドラマ)』では劇中能を監修(2022年)。2008年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2024年週刊少年サンデー新連載マンガ『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』を監修。
宝生流は能楽のシテ(*1)方五流のひとつで、600年以上の歴史を持つ。その大流儀を20代宗家として継承した宝生和英は、演者としてはもちろん、優れた感性を生かし、プロデューサーとして海外公演や他流儀との交流や新しい試みにも積極的だ。 さらに、幾多の戦乱や震災を乗りこえ由緒ある能面や装束を守り抜いてきた宝生流宗家として、それら国宝級の伝来の優品を出し惜しみせず演能に用い公開もして、オープンな姿勢を貫いている。後半ではそんな宝生会所蔵の能面から選りすぐりの13点を紹介する。
取材・文/小玉祥子
能のユニバーサルな可能性に挑む
そのときに定期的にイベントを行って根付かせないと意味がないと痛感しました。能楽師が主体となる必要性を感じ、日常会話ができるようにとイタリア語の勉強も始めました。その後、フィレンツェ、ヴィチェンツァなどでも公演を行い、ミラノではテアトロ・フランコ・パレンティと、テアトロ・プッチーニにお招きいただいています。
イタリアは文学の感度が高い人や舞台関係者も多く、舞踊性や形の美しさを高く評価してくれます。『綾鼓』をテアトロ・プッチーニで公演したときは集中してご覧になる方が多く、客席がとても静かだったと驚きの声があがりました。ミラノの観客は文学性を重視しているように思います。
香港では本当にたくさんの方がおいでになり、中国の清涼山が舞台で、獅子が豪快な舞を見せる『石橋(しゃっきょう)』(*14)をリクエストされることが多いです。『船弁慶』(*4)も反響がよかったですね。その点では香港もドラマ性を重視する傾向があります。
UAEは難易度が高いです。イスラム圏内では基本的にお酒を飲む演目ができないので、飲酒場面をカットするなど工夫をしています。剣が成人の証しになるそうで、刀の精が出る『小鍛冶』(*5)には興味を持っていただけました。恋愛ものにはあまり関心を持っていただけませんが、「ナバティ」(*6)という詩の文化に、日本との共通点を見出せそうで着目しています。ラブレターであったり、当時のニュースを書き留めたりし、日本の和歌文化に近いものを感じています。
いつか上演したいのは『紅葉狩』(*7)です。似た話が中東にもあるんです。若者が香の匂いに誘われていくと、女の人たちがいる。その正体は悪い精霊で、襲われそうになりますが、剣で返り討ちにするストーリーです。『紅葉狩』をUAEバージョンにアレンジしたら面白いと思います。
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『船弁慶』香港公演 Ⓒ Annie Chan
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『葵上』ニューヨーク公演 Ⓒ Ayumi Sakamoto 提供:ジャパン・ソサエティー(NY)
僕は見てほしいものをはっきりと打ち出します。「総合芸術なので好きなところを楽しんでください」というのは提供側の怠慢です。海外公演でも、「今回のテーマはこれです」と提示します。『綾鼓』なら「身分違いの恋」、『弱法師』なら「主人公の精神的な強さ」とメッセージを込めます。そうやって同志を集める感覚ですね。コミュニティを作れば市場が生まれます。この人たちに来てほしいというのをはっきり自分の中で持っておきます。
随所に前田家の文化行政の巧みさを感じますね。文化は教養を高めるためにあると思います。町民と一緒に文化度を上げたことで、平均的な教養度が上がったはずです。為政者が、お金を投資し、表現者が自由に動ける場を提供すると、いろいろな作品が生まれてきます。町民が体験して刺激を受け、みんなが興味を持つ。実際に体験すればカタルシスを得られます。前田家はその仕組みを作りました。生きた文化の使い方のベストモデルだったと思います。
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『来殿』 Ⓒ 宝生会
【展示・公演情報】
前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」
2026 年4 月14 日~6 月7 日 東京国立博物館 平成館
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/
東博能2026
2026 年4 月17 日~6 月7 日 東京国立博物館 本館1階A室 特設能舞台
https://tohakunoh.com/
宝生宗家所蔵能面セレクション
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宝生家を代表する名物面のひとつ「木汁怪士(きしるあやかし)」(16世紀)。木のヤニが浮き出て青痣のような凄みが漂っている。『船弁慶』など男性の怨霊に使う。
実は室町期の作品は表情が変わらないので使いづらく、面としての能力は弱いんです。能楽の黎明期なので主張が強すぎます。最も素晴らしいのは、安土桃山から江戸にかけての面です。「是閑(ぜかん)」「河内(かわち)」「近江」など天才能面師が競い合いました。この時代の能面は、どんな能楽師がつけてもそれなりに見えます。舞台用に計算されていて使う意義を感じます。
宝生流の公演で流儀の能楽師が使う場合は、基本的に僕が面を選択します。「これを私が使っていいんですか」と驚かれるときもありますが、その結果、モチベーションが上がってパフォーマンスがよくなることを期待しています。
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面は「浮木盤若(うききのはんにゃ)」(16世紀)
老体面
翁(おきな)(*9)
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Ⓒ 宝生会
室町時代(16世紀)の作で、「天下泰平、国土安穏」を祈願する『翁』の専用面です。白塗りの容貌から白式尉(はくしきじょう)とも呼ばれます。神を宿すという儀式用のイメージがある面で、唯一、演じ手が舞台上でつけます。「切顎(きりあご)」といって上下でわかれ、下顎は吊り下げられて動くようになっています。顎の毛は馬で、眉の毛はウサギです。
舞小尉(まいこじょう)
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Ⓒ 宝生会
室町時代(15~16世紀)の作です。舞を舞う老人の面です。個性的な表情ですね。おかしな顔に見えるかもしれませんが、舞台では化けて、ものすごい美男子に見えるという不思議な面です。
女体面
節木増(ふしきぞう)
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Ⓒ 宝生会
江戸初期(17世紀)の作です。女面です。眉間にある木の「節(ふし)」が特徴です。能面というとつるりとしたきれいな面を想像されるかもしれませんが、節がホクロのような役割をして顔に視線を集中させる効果があり、宝生流を代表する面になりました。しゅっとした顎筋(あごすじ)で、横の「刷毛目(はけめ)」が付いています。陰影が付きやすく、表情が大変に豊かです。品のある女性に使います。
曲見(しゃくみ)
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Ⓒ 宝生会
中年・壮年の女性の役に用いる面です。江戸初期(17世紀)を代表する名人と言われた面打ちの「河内」の作です。彩色が茶色味がかっていると思いますが、夕日の赤色に対応するように作られているので色が濃いと言われています。哀愁漂う表情です。付けたときを想定して面が作られるようになった時代の作品です。知識を蓄え、経験を積んだいい表情の女性です。
異相女体面
生成(なまなり)
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Ⓒ 宝生会
江戸初期(17世紀)の女面です。額の両側に角が出かけています。『鉄輪(かなわ)』(*10)の後シテの専用面です。宝生流のこの生成が僕は一番素敵だと思っています。目が赤く眼球が金色で、すでに人間ではなく、鬼になりかけています。
橋姫(はしひめ)
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こちらも怖い表情をしています。こちらは桃山時代から江戸初期(16~17世紀)の作で、「孫十郎」作と伝えられます。橋姫は鬼とはちょっと違って、女性が龍になるとこういう表情になります。女性が嫉妬の果てに怨霊になるという「宇治の橋姫伝説」に由来しているので神格も威厳もあり、歯も牙ではなく整っています。宝生流には生成が一面しかないので『鉄輪』で用いることもあります。
真蛇(しんじゃ)
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室町時代(15世紀)の伝説の能面師「赤鶴(しゃくつる)」作と伝えられます。頭に2本の角を生やし、額には血管が浮き出て、大きく開いた口には鋭い牙が見えます。『道成寺』(*11)の後シテに使う鬼女の面ですが、大きいので小柄な演者だとちょっとバランスが悪い。僕のように小柄な人間がやるときには盤若(他流では般若)を使います。
盤若(はんにゃ)
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Ⓒ 宝生会
語源となる「般若」は仏教用語で「知恵」の意味で、本来は鬼を指してはいません。この角も理性が暴走した結果と思われます。男の鬼は「食べたい」とか「あの娘がかわいいな」とか本能で動きますが、女性の鬼は考え過ぎて鬼になる場合が多い。頭がいいゆえに暴走する。そこは昔も今も変わらないのではないでしょうか。女の鬼がすごいのは「やってはダメ」「思ってはダメ」と自分でわかっているところです。それでも恨まずにはいられない。『鉄輪』でも、「好きだからこそ悔しい」んです。「どうでもいい相手ならこんな思いはしないよ」という感情に突き動かされています。
この盤若は『浮木盤若(うききのはんにゃ)』と呼ばれます。ある宝生家の家元が、船で移動中に嵐に遭い、鎮めるためにこの面を海に投げると嵐が収まった。そのあと港に入ると後ろから面がプカプカ浮いて追いかけてきた、という伝説があるので、この名がついたと言われております。
男体面
川途(かわず)
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桃山時代(16世紀)の作。悲しい表情が印象的です。『阿漕(あこぎ)』(*12)の後シテの専用面です。漁を禁じられている場所で魚を取った漁夫がその罰で沖に沈められて、死後は地獄に落ちる。水死体のイメージですね。
二十余(はたちあまり)
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桃山時代から江戸初期(16~17世紀)の面です。『阿漕』よりもさらに悲劇性が強い曲『藤戸』(*13)の後シテの専用面です。戦場への道案内で浅瀬の場所を教えた漁師が、秘密の漏洩を恐れた武士に刀で刺殺されて遺骸は海に沈められてしまう。こちらも水死体を思わせる生々しさがあります。
弱法師(よろぼし)
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Ⓒ 宝生会
江戸初期(17世紀)の作で『弱法師』の専用面です。虫害を防ぐために虫干(むしぼし)で面を寝かせておくとデスマスクのように見えます。写真だとわかりませんが、目が窪んでいて眼球がないことがわかります。大変にリアルで、怖さと安心感が一体化したような面白さがある面です。おさえた中に内面に燃えるものを感じさせます。
異相男体面
小獅子(こじし)
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Ⓒ 宝生会
獅子口(ししぐち)
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Ⓒ 宝生会
共に室町時代(16世紀)の作で、セットで作られている珍しい面です。『石橋』(*14)の『連獅子』専用です。この曲では首を激しく振るので、着用の際に面がずれてしまわないように面紐(めんひも)を2本使って強く締めるので、跡ができるぐらい頭が痛くなります。
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シテ
能楽の主役。能楽はシテ方、ワキ方、狂言方、囃子方で構成される。シテ方には観世・宝生・金春・金剛・喜多の五流があり、シテを演じる俳優はいずれかに属する。能の曲が前と後の二場からなる場合は、前の主役を前シテ、後の主役を後シテ(のちして)と呼ぶ。同一人物の場合も別人の場合もある。通常は一人の演者が前シテも後シテも演じる。
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『弱法師(よろぼし)』
高安通俊は他人の告げ口を信じて、わが子の俊徳丸を追放した。自分の行いを恥じた通俊が四天王寺で施しを行っていると弱法師と呼ばれる盲目の少年が現れる。その少年がわが子であることに気付いた通俊は父であると打ち明けて家に連れ帰る。
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『綾鼓(あやのつづみ)』
高貴な女性に庭掃きの老人が恋をする。革ではなく綾を張った鼓を打ち鳴らすことができたなら姿を見せてやるという女性の伝言を聞いた老人は、鼓を打つが鳴らない。老人は絶望して池に身を投げ、怨霊となって女性の前に現れる。
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『船弁慶』
兄である鎌倉幕府の将軍・源頼朝に疎まれ、落ち延びようとする源義経を愛人の静御前が訪ねる。義経は別れを告げ、静御前は立ち去る。船で海上に出た義経一行に彼が討ち果たした平知盛の亡霊が襲いかかる。
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『小鍛冶』
朝廷からの命令で剣を打つ三条宗近の前に狐姿の稲荷明神が現れ、相槌を打って刀を完成させる。
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「ナバティ」
中東の遊牧民文化に根ざす口承詩で、日常語の方言で詠まれる。恋愛や部族の誇り、社会風刺などを題材に、朗誦や歌として広く共有される民衆的詩文化。
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『紅葉狩』
紅葉見物に出かけた武将の平維茂は山中で供を連れた美しい女性に酒宴に招かれる。その正体は鬼女であった。
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『来殿(らいでん)』
菅原道真は平安時代の政治家。対立する藤原時平の陰謀で失脚したとされ、没後は学問の神・天神として広く信仰されている。『雷電』は道真の霊が自分を陥れた人々に祟りをなした、という伝説に基づいた曲で、道真の変じた雷神(後シテ)が暴れるのを僧が祈り伏せようとし、両者が激しく戦う。道真の子孫と伝わる前田家のために同作の後半を書き換えたのが『来殿』。後シテは高貴な身分の男性として現れて喜びの舞を舞う。
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『翁(おきな)』
儀式的な演目で、翁の演者は「天下泰平」「国土安穏」を祈願する。
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『鉄輪(かなわ)』
夫に捨てられた女性が、恨みを晴らすために祈願し、生きながら鬼となる。
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『道成寺』
山伏に焦がれた女性が執心のあまりに大蛇になって追いかけ、山伏の潜んだ道成寺の釣鐘に巻き付いて鐘を溶かしたという伝説に題材を得た曲。後シテで演者は鬼女の姿となる。
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『阿漕(あこぎ)』
殺生が禁じられる海辺で隠れて漁をしていたのが見つかって殺された男の霊が旅の僧の前に老人の姿となって現れる。後シテでは地獄の苦しみを見せる。
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『藤戸』
鎌倉時代の武将、佐々木盛綱は戦場への道案内をした漁師を秘密保持のために殺害する。前シテは殺された漁師の母で盛綱への恨みを述べ、後シテは漁師の怨霊。
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『石橋(しゃっきょう)』
中国の清涼山で石橋を渡ろうとする僧を通りかかった童子(前シテ)が制し、橋の由来を語る。しばらくして獅子(後シテ)が登場し、豪快に舞う。小書(特殊演出)の『連獅子』では二頭の獅子が登場する。
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協力:宝生会 Ⓒ 宇壽山貴久子
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