
野村萬斎
ボレロ、シェイクスピア、漫画……どこまでも拡大する能狂言のポテンシャル
ⓒ 阿部章仁

ⓒ 阿部章仁
野村萬斎Mansai Nomura
1966年生まれ。狂言師。重要無形文化財総合指定。人間国宝・狂言師野村万作の長男。70年『靭猿』で初舞台。「万作の会」での公演活動のほか、87年より狂言「ござる乃座」を主宰。ホールでの狂言上演や国内外のフェスティバル参加などで狂言の普及に努める傍ら、日本伝統芸能と現代劇との融合を目指して『藪の中』『RASHOMON』『まちがいの狂言』『敦─山月記・名人伝─』『国盗人』などを演出し、多大な評価を得ている。94年文化庁芸術家在外研修制度でイギリスに留学。テレビドラマ、映画、ジョナサン・ケント演出『ハムレット』や蜷川幸雄演出『オイディプス王』など舞台などでも活躍。2002年より22年まで世田谷パブリックシアター芸術監督。石川県立音楽堂邦楽監督を経て、24年より同音楽堂のアーティスティック・クリエイティブ・ディレクターに就任。05年『敦─山月記・名人伝─』の演出・構成で紀伊國屋演劇賞および朝日舞台芸術賞受賞。18年『子午線の祀り』の演出で毎日芸術賞「千田是也賞」、読売演劇大賞最優秀作品賞を受賞。24年、第20回坪内逍遙大賞を受賞。東京藝術大学・日本大学芸術学部客員教授。(2025.6更新)
15世紀に成立した能狂言の継承者にして、現代劇を創造する演出家・俳優・舞踊家。野村萬斎は、中世から現代という遠大な時間軸の中で舞台芸術をとらえ、オペラやバレエやシェイクスピア、漫画やアニメまで、あらゆるジャンルの作品を、能狂言のメソッドで構築してみせる。その才能と技術は、父であり師である野村万作に学びながら、狂言の芸術としての純度を高め、パースペクティブの広さを実証する挑戦の数々によって磨かれたものだ。野村家の伝家の宝刀である『三番叟』を例に、ほかの舞台芸術とは一線を画す面がある能狂言の本質と、その驚くべき柔軟性を活用する萬斎スタイルに触れてみたい。
取材・文/高橋彩子
能の現行曲では最古であり、天下泰平や国土安穏を祈祷する神事として上演されることから、「能にして能にあらず」と言われる『翁』。その中で狂言師が勤める三番叟(*1)は萬斎さんの代名詞となっており、2025年2月の「第65回式能」でもなさいました。かつては『翁』の出演者は一定期間、神聖な火を用いて生活する、四足の動物を食べることを控える、女性を避ける、などさまざまな決まりのある「別火(べっか)」 を行っていたそうですね。- 別火は現代から見ると時代錯誤で、ジェンダー的な観点からは口に出すのも憚られるところがありますが、要は男がやってきた神事ですから、臨むにあたって自分自身に枷(かせ)というか、何かを課して、緊張感をもちなさい、ということだったのでしょう。同じことはなかなかできませんけれども、2月は正式な演能である「式能」だということも意識して、朝ごはんをあえて控え、禊(みそぎ)の代わりにシャワーで水をかぶるくらいはして挑みました。
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「第65回式能」(2025)『翁』三番叟(萬斎) ⓒ公益社団法人 能楽協会
- 萬斎さんの三番叟は、その高揚感で他の追随を許しません。2月のときもそうでしたし、新型コロナ感染拡大時のステイホーム明け、演者も観客も久々の能であるという状況下で上演された「能楽公演2020〜新型コロナウイルス終息祈願〜」では、火の玉のように熱く激しい三番叟だと感じました。
- あのときはやはり、殺気立つくらいの闘志で舞台に立っていましたね。冷静に考えれば、コロナに一人で立ち向かえるわけはないのですが、『翁』では翁にしろ三番叟にしろ、面をつけることで神になりかわるもの。西洋の文脈では理解され難いかもしれませんけれども、言ってみれば自分の身体を捧げることで神の何かを受けて依代(よりしろ)となり、そこにお客様も反応することで儀式として成立するわけです。
『翁』は複雑な曲で、シテ(主役)は老人ですが胎児でもあるという説があります。母体の中にいるということがその生命にとっての宇宙だとすると、そこにいながらも翁というおじいさんである、と。シテは宇宙の中にただ孤立していて、その中で天や地、あるいは火、水、土の三元素みたいなものに祈りを発していく。僕は三世梅若万三郎(*2)という人が、本当に宇宙の孤独を感じながら天地人に向き合っているのを、三番叟として同じ舞台にいながら目撃し、こういう翁もあるのかと思ったことがあります。翁によっても、あるいはほかの共演者によっても、こちらの三番叟は変わりますし、社会の流れなども無縁ではありません。2025年1月に金沢の石川県立音楽堂で『二人三番叟』を上演した際は、私自身がやるのは能登半島地震(*3)後初めてだったので、何かを鎮め、救いたいという思いで臨みました。
- 改めて、ご自身にとって三番叟とは。
- 狂言師になろうと決意した最初の曲です。父(野村万作)の三番叟が非常にカッコいいものでしたから、大いに影響を受けましたし、10代でやってその気になっちゃったということもあるし(笑)。僕の高校時代は、マイケル・ジャクソンは勿論ですが、アントニオ・ガデス、ミハイル・バリシニコフの映画が流行るなど、究極のスターダンサーがいた時代。そういう人たちに憧れ、対抗したい、追いつき追い越したいという気持ちが芽生えて、狂言師としてそこに挑めるのは三番叟しかないと思ったのです。狂言のほかの演目はもう少し写実で、ある種、英語で言うならファニーなところがありますから。三番叟にもファニーなところはあるものの、カッコよくも綺麗にも舞えるし、泥臭くも洗練された形でもできるでしょう。
2018年には文化芸術イベント「ジャポニスム2018:響きあう魂」の一環として、パリ市立劇場で、当時87歳の父、52歳の私、18歳の息子(野村裕基)の三代が日替わりで、それぞれに舞いました。息子は当時まだ披き(*4)たてで身体ができておらず、初々しいバンビのような状態でしたね。父は2024年、芸歴90周年で「踏み納め」しましたが、枯れていくという人間の宿命の中でおじいさんの舞になってきて、よりリアルといえばリアルだったかもしれません。
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第102回 野村狂言座『粟田口』(2023)91歳の万作(中央)と57歳の萬斎 ⓒ 政川慎治
- 萬斎さんの三番叟も、舞台を重ねる中で変化してきたと感じますか。
- 最初は習ったとおりにやっていて身体の発散でしかなかったのですが、20代からはそれこそアントニオ・ガデスの攻撃性を意識しながらキレッキレのパフォーマンスを目指し、40代頃までそれは続いたような気がします。加えて30代くらいからは、映画『陰陽師』(*5)に出演したことで四方に神がいるとか結界を張るとかそういう意識が強くなったせいもあってか、鈴を振るにあたって息吹を与えるということを強く念じる意識が生まれました。大地を踏みつける動きにしても、種を踏む、地を起こす意味があるけれど、実際には地面の下にはいろいろなものが眠っているわけで、それを起こしているのか、あるいは地を固めて出てこないようにしているのかなどと考え、非常に攻撃的な感覚にもなりました。また、もともとは農耕儀礼だと言われることに対して、そんな泥臭いものをやっていたら世界のダンシングについていけないよ、と反発していた時期もありましたね。実際、父もフランスやアメリカに長期滞在したことがある中で、恐らく海外目線から見たときにそれでいいのかという疑問があり、洗練された三番叟になったと思うのです。ただ、僕も50歳を超えた頃からはもう少し自然体になり、のどかな風景もありだなどと感じ始めています。
- その三番叟を軸とする狂言の技法とラヴェルの舞踊音楽を融合した『MANSAIボレロ』は、萬斎さんが芸術監督を務めていた世田谷パブリックシアターで2011年に初演し、以後、各地で上演しています。2025年3月には「羽生結弦 notte stellata 2025」において、『MANSAIボレロ×notte stellata』としてプロスケーターの羽生さんと共演もされました。
- もともと父が三番叟とモーリス・ベジャール振付の『ボレロ』は似ていると言っていて、『MANSAIボレロ』でも大いに三番叟を意識しましたね。『三番叟』は、本来は五穀豊穣などを祈るものですが、東日本大震災(*6)直後だったため『MANSAIボレロ』では「再生」の意味を込めることにしました。折口信夫の『死者の書』冒頭で、埋葬された大津皇子が「した した した。」という雫が落ちる音とともに蘇生する場面をイメージし、死ではなく再生して違うステージへ飛んでいくさまを、照明を白く飛ばし一瞬見えなくして残像を見せるホワイトアウトで表現すると決めていました。
と同時に、三番叟は天岩戸の伝説の鈿女(うずめ)の舞(*7)、神楽の源流と同じだと僕は思っていて、つまりは日蝕時の出来事である、と。ですから日蝕の時間と一生とをつなげ、さらに春夏秋冬を感じながら生活する日本人として、人生の四季を表現したいと考えたのです。冬に始まり、氷が溶けて水が流れ、春には発芽をし息吹を得て、やがて繁茂し花が開き、梅雨になり、そして夏を迎え、嵐のシーズンを迎え、秋の実が成り、また冬に突入していくことで、違う世界に行く。三番叟の五穀豊穣も、種という仮死状態のものをもう一回蘇生するという意味では同じですよね。そうした概念を、『ボレロ』という音楽に合わせ、さらに『翁』の翁や千歳の要素も取り入れながら創りました。
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『MANSAIボレロ』(2011) ⓒ 政川慎治
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世田谷パブリックシアター開場20周年記念『MANSAIボレロ』(2017) のラストシーン ⓒ 細野晋司
- 海外への意識といい、能の演劇としての普遍性を明示し、他ジャンルとの共働など開かれた活動を行った冥(めい)の会(*8)といい、万作さんがなさってきたことは、今の萬斎さんの活動につながっていますね
- 野村家の伝統として、海外公演はよくいたします。僕が文化庁の在外研修(現在の新進芸術家海外研修制度)で1年間ロンドンに行ったのも、1991年、シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち(フォルスタッフ)』をもとにシェイクスピア研究で名高い高橋康也さんが書き、父が演出した新作狂言『法螺侍』をイギリスの「ジャパン・フェスティバル」で上演したとき、シェイクスピアをやるとこんなにイギリス人が喜ぶんだ、理解を得られるんだ、と感じて、自分でもやりたいと思い始めたから。そこからロイヤル・シェイクスピア・カンパニーやテアトル・ド・コンプリシテなどで研修し、『まちがいの狂言』を作り、ロベール・ルパージュ演出『テンペスト』やジョナサン・ケント演出『ハムレット』に出演したり、自分でも『ハムレット』や『マクベス』などを演出したりしました。2024年からアーティスティック・クリエイティブ・ディレクターを務めている石川県立音楽堂では2025年2月、「MANSAI CREATION BOX Vol.3 ~萬斎のおもちゃ箱~」としてメンデルスゾーン『真夏の夜の夢』を上演したばかりです。
父はよく、「狂言たるもの、まず美しくあれ。その次に面白み、おかしみといったものが来る」と言うのですが、やはり究極の芸術は美を求めるものだと僕も思います。言ってみれば、どこかで狂言師だけではいたくないところがある。もちろん狂言師なのですが、表現を志せば当然、アクターでありシンガーでありダンサーでありプレイヤーである。父世代がそれを存分に発揮し、私がさらにそれを進めたと言えるでしょう。
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『まちがいの狂言』(2005) ⓒ 政川慎治
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『法螺侍』(2021) ⓒ 政川慎治
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萬斎演出・主演の『マクベス』(2013) マクベス夫人は秋山菜津子 ⓒ 石川純
- メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』はどのように上演されたのですか。
- メンデルスゾーンが作曲していた楽曲に、あとから語りがつけられたのですが、それを語りだけでなく、音楽と芝居を半分くらいの割合で上演する舞台にしてしまおうという企画です。舞台中央にいるオーケストラを森に見立てて、その周りの上下左右で、人間がいろいろなドラマを展開するという形を採り、狂言と琉球舞踊とオーケストラを一緒にして。いわば日本の伝統芸能の融合みたいなところをどう見せるかが私の腕の見せどころだったわけですが、伝統芸能同士、程よく余白があり、技術があり、補完し合えると感じましたね。東京五輪(2021)の開会式でやろうとしながらできずに終わった演出も、今回少し入れたんですよ。例えば、日本は八百万の神だから「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」、草や木も皆同じだっていうことを、口で言ってもあまりわからないけれど、琉球の花笠で表現したのです。沖縄芝居なので三線(沖縄の伝統弦楽器)も入れるかどうか迷いましたが、日本の楽器と西洋の楽器は音圧も違うのでやめました。それでよかったかなと思っているのですけれども。結果的に、コンサートで寸劇をやったというのでもなく、オーケストラが地上に出てきたオケピットになるのでもなく、オーケストラと芝居がイーブンな状態を作ることができたのではないかと自負しています。オーケストラとの新しい挑戦に、今は非常に苦しみながら、面白さも感じているといったところでしょうか。
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能狂言『鬼滅の刃』-継-
2025年6月27日・28日
名古屋能楽堂
原作:吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(集英社ジャンプコミックス刊)
監修:大槻文藏 演出:野村萬斎 作調:亀井広忠
出演:大槻文藏 大槻裕一 野村萬斎 野村裕基 野村太一郎 ほか
詳細:能狂言『鬼滅の刃』-継-公式サイト
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
- 狂言で培ったものを活かして新たに取り組んでおられることの一つに、漫画、アニメのコンテンツがあります。吾峠呼世晴の漫画を原作とする 「能 狂言『鬼滅の刃』」では演出・謡本補綴 を手掛け、出演もされましたが、大いに話題となり、2作目の「能 狂言『鬼滅の刃』-継-」も上演されました。
- 『鬼滅の刃』(*9)が能狂言と親和性があった理由は、時代背景が大正時代(20世紀前半)だったことがあるのではないでしょうか。僕らは江戸時代(17~19世紀)を庶民の芸能である歌舞伎のものだと思っているところがあるのですが、中世に生まれた武家の芸能である能狂言は、その抽象性がむしろ現代的に見えるところがあって、明治(19世紀後半)・大正時代のクラシカルな雰囲気と合うのです。
1作目で扱った「竈門炭治郎 立志編」は、鬼が単なるモンスターではなく、もともとは人の心を持っていた悲しい存在であり、そこに寄り添うのが炭治郎であるというところを描いていたのですが、2作目の「無限列車編」及び「遊廓編」では、列車ごとに鬼がついていたり遊郭という街自体を鬼が占領していたりと規模感が違うので、力技でやったところがあります。列車をどう表現するかというとき、電車そのままを本当に出してしまったら、なんで能楽堂でやるの?ということになってしまう。でも能にはもともと「作り物」という舞台装置がありますから、それを3つ、橋掛り(*10)に並べ、尺八も入れて汽笛の音を出し、汽車が走るような音を太鼓で表して、しかも橋掛りの一の松、二の松、三の松それぞれに車両を停めて。猗窩座と煉獄が戦う場面ではLEDライトも使いました。
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能 狂言『鬼滅の刃』-継- 「無限列車」
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
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同 「煉獄」
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
- 2.5次元舞台(*11)でよく使われるものですね。意識されたのでしょうか。
- そこは紙一重ですね。2.5次元と同じことはしたくないけれど、わかりづらいなと思ったら説明も必要になります。
例えば、鬼舞辻無惨は基本的には洋装ですが、いきなり橋掛りに洋服の人を出すのは嫌だったので、観客の中に紛れていたという設定で、見所(けんしょ=客席)から出てきてパッと能舞台に飛び上がることにしました。炭治郎にしてもそっくり似せるのではなく、象徴的に黒と緑の市松模様の法被(はっぴ)を着て栗色のハチマキをして表現し、同じく我妻善逸は黄色い鉢巻きに黄色い法被で表しました。どこまで削ぎ落とし、どこまで再現するのかは、常に考えています。
嬉しかったのは、能評家や能楽研究者の人たちが喜んでくれたこと。能はもともと、皆の中にある程度の予備知識があり、それを能舞台でどう再現するかというところに興味を持って創作され、鑑賞されていたわけですから。鬼滅ファンの能楽研究者、山中玲子さんは「かつての能はこうだった」と評価してくださいました。
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竈門炭治郎(大槻裕一)
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
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我妻善逸(野村裕基)
©️吾峠呼世晴/集英社
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鬼舞辻無惨(萬斎)
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
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累(大槻文藏)
©️吾峠呼世晴/集英社
©️吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI
2025年夏には山岸凉子の漫画『日出処の天子』(*12)を原作とする「−能 狂言−『日出処の天子』」に演出・出演として関わられます。- 先日、山岸先生ともお話ししましたが、少しオカルト的なところがある作品ですし、扱っていることが飛鳥時代(6~7世紀)を支配している人々であり、また、仏教対神道の話でもあり、同性愛もあり……と、鬼を描いた活劇とはかなり違う大河ドラマですから、また異なる表現になると思います。先日、第一稿が上がってきたのですが、物語に忠実過ぎると人も物も多くなってしまうので、もうちょっと能らしく作りたいねという話をしました。
- 筋を追い過ぎず、精神世界に焦点を当てるということでしょうか。
- そうですね。あの時代は、科学では解明できない超自然的なものの存在が、今より強いんじゃないかと思うんです。それを表す言語以外の手法として、囃子や謡の音楽性が有効になります。言葉には意味と音の2つがあるとして、今はわかることばかりを言われちゃうけど、我々はある種、わからないなりの音の力を信じています。それによって飛躍できるというか、なんだかよくわからないうちに盛り上がる、という状況を作ることができる。『日出処の天子』ではそこに力を入れたいと考えております。
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-能 狂言- 『日出処の天子』
2025年8月7日~10日
観世能楽堂 GINZA SIX
原作:山岸凉子『日出処の天子』監修:大槻文藏 演出:野村萬斎 作調:亀井広忠
出演:大槻文藏 野村萬斎 観世淳夫 大槻裕一 福王和幸 石田幸雄 茂山逸平 深田博治 高野和憲 ほか
詳細: -能 狂言- 『日出処の天子』公式サイト
- 日本の漫画、アニメには国際的な人気・知名度があるので、海外でも話題になりそうですね。
- ぜひ海外公演をしたいですね。ニューヨークのタイムズスクエアの大型ビジョンを「鬼滅」がジャックしたこともありましたから、旋風を巻き起こせるのではないでしょうか。よいプロジェクトが生まれることを期待しています。
- こうした試みと古典とを、いわば両輪で行っておられますが、今後の展望は。
- ただ露出すればいいというものではなく、自分たちのアイデンティティとして能狂言の可能性を示し続けること、ひいては日本の芸能の可能性を示し続けるということをしていきたいというのが、僕の願い。そのためには自分たちだけで固まるのではなく、ときに相手のピッチに降り立って、アウェイで戦うことも必要であるというスタンスで活動し、気づいたら今の状況というわけです(笑)。観世寿夫(*13)世代、つまり父世代の後継者として立っているつもりですが、父たちのようには仲間がいないとも感じますね。ともあれ僕は狂言だけでなく、現代劇を演じたり世田谷パブリックシアターという現代劇の劇場の芸術監督を任されたりする中で、さまざまなことを考えたし、幾つもの劇場を渡り歩きながらトライアンドエラーを重ね、ときには恥をかきながらも、怖がらずに経験を重ねてきました。僕は僕なりに苦労し努力してきたので、次の世代のみんなも苦労、努力してほしいですね。
- 裕基さんに対しては、狂言にとどまらず『ハムレット』など、萬斎さんが築いてきたあらゆる財産を渡していこうとされているように見えます。
- これからの時代、後継者たるもの、そういうことも知らないといかんよと思っています。ただ、彼は私とは違う人間ですからね。狂言だったら、ある程度、がんじがらめに型に嵌めますけれども、型のない世界では、世の中とどう向き合うかを自分で考える力もなければなりません。私も、黒澤明さんとも蜷川幸雄さんとも組むという稀有な経験をさせていただくなど、さまざまな方と関わる中で、益も害もあったかもしれません。裕基には私とはまた違う可能性を身につけてくれたらとも願っています。
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三番叟
能『翁』では翁・千歳(せんざい)・三番叟の3人が舞う。まず千歳が颯爽と舞い、その間に翁が白色尉(はくしきじょう)という面をつけ、重々しく舞う。続く三番叟は前半の揉(もみ)ノ段では面をつけず躍動的に舞い、後半の鈴ノ段では黒式尉(こくしきじょう)の面をつけて鈴を振りながら舞う。翁はシテ方能楽師が、シテ方の流儀によっては千歳と三番叟は狂言方能楽師(狂言師)が勤める。
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三世梅若万三郎
観世流シテ方能楽師。1941年、二世梅若万三郎の長男として誕生。1989年、ベルギーにおけるユーロパリア日本祭、1991年のイギリスでの「ジャパン・フェスティバル」、1999年の「ドイツにおける日本年」記念ベルリン能公演などの海外公演で団長を務める。2001年、三世梅若万三郎を襲名。自身の芸はもとより能の魅力をわかりやすく伝える活動にも定評がある。
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能登半島地震
2024年1月1日に発生し、石川県能登地方で震度7を記録。多数の家屋の倒壊や津波、土砂災害などの被害が出た。
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披き
能楽において大曲のシテを初めて勤めることを「披(ひら)く」と言う。
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陰陽師
陰陽師とは、中世初期に陰陽道を用いて占術や厄除けを行った官職のこと。 『陰陽師』(2001)は夢枕獏の同名小説シリーズの映画化(滝田洋二郎監督)で、萬斎が主人公の陰陽師・安倍晴明を演じた。
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東日本大震災
2011年3月11日に東日本で起きたマグニチュード9.0の地震と大津波で、約1万8500人が死亡または行方不明。福島第一原発事故も起き未曽有の複合災害となった。
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天岩戸の伝説の鈿女(うずめ)の舞
日本神話において太陽神の天照大御神(アマテラスオオミカミ)は、弟の須佐之男命(スサノオノミコト)の乱暴狼藉に怒り、「天岩戸(アマノイワト)」と呼ばれる洞窟に隠れてしまう。これによって世界は日蝕の状態となり、困り果てた八百万(ヤオヨロズ)の神々が天岩戸の前で宴会を開き、天鈿女命(アメノウズメノミコト)が舞を踊ったところ、賑やかな様子に引かれて天照大御神が外を覗き見し、天手力雄命(タヂカラオノミコト)が岩戸を開けて天照大御神を引き出し、世界に光が戻った。この天鈿女命の舞は神楽の原点とされる。
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冥(めい)の会
1970年、観世寿夫、観世榮夫、観世静夫、野村万之丞(現萬)、野村万作、宝生閑、山岡久乃、石沢秀二、山崎正和、渡邊守章などの能楽師、新劇俳優、評論家、劇作家、演出家で結成。1976年まで、ギリシャ悲劇やベケット、中島敦、泉鏡花などさまざまな作品を上演した。能の演劇としての可能性を広げ、現代演劇との接点を見出し、他ジャンルとのコラボレーションにおいても先駆的な役割を果たした。
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『鬼滅の刃』
鬼に家族を殺された少年竈門炭治郎が鬼狩りの剣士として戦う漫画。2016~20年に漫画誌『週刊少年ジャンプ』に連載され、コミックス累計発行部数1億5000万部を超える大ヒットを記録。テレビ・映画によるアニメ版も人気で、世界145以上の国と地域で視聴されている。
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橋掛り
役者が登場する揚幕から本舞台へとつながる廊下のような部分。これに沿って3本の松が植えられており、本舞台に近い場所から「一の松」「二の松」「三の松」と呼ぶ。
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2.5次元舞台
2次元の漫画・アニメ・ゲームなどの世界観を3次元の舞台で忠実に再現する演劇やミュージカル。
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『日出処の天子』
1980~84年に少女漫画誌『LaLa』に連載され大ヒットした山岸凉子の漫画。古代日本史を背景に、超自然的能力者で日本に仏教を普及させた聖徳太子と周囲の人々との複雑な関係を、深い陰影のもとに描く。現在も多くの熱烈なファンに支持されている。
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観世寿夫
観世流シテ方能楽師。1925年、七代観世銕之丞の長男として生まれる。弟の観世榮夫、静夫(八世観世銕之丞)と共に、能楽界にとどまらずさまざまな演劇と交流し、前述の冥の会や新作能の上演など、多岐にわたって活動。1962年にはフランス政府招聘日仏演劇交換第1回留学生として渡仏し、フランスの俳優・演出家のジャン=ルイ・バローに学ぶ。1974年、76年には世阿弥座を結成し、海外公演も行った。
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ⓒ 阿部章仁
協力:世田谷パブリックシアター、OFFICE OHTSUKI