サム・プリチャード

「劇作家のための劇場」を掲げる
ロイヤルコート劇場の
インターナショナル・プログラム

2023.01.24
サム・プリチャード

(C) Helen Murray

サム・プリチャードSam Pritchard

ロイヤルコート劇場 アソシエイトディレクター
ロイヤルコート劇場(RC)は高級住宅地で知られるロンドンのチェルシー地区にあり、「劇作家のための劇場」として世界的に知られている。1956年、イタリア風建築の劇場をイングリッシュ・ステージ・カンパニーが所有してから、才能ある若い劇作家の発掘・育成と最高品質の現代劇の上演を目的とした非営利の劇場として、これまでにジョン・オズボーン、エドワード・ボンド、アーノルド・ウェスカー、キャリル・チャーチル、サラ・ケイン、サイモン・スティーヴンス、マーティン・マクドナーなど輝かしい劇作家たちを輩出してきた。

現在、RCでは毎年12本程度の新作戯曲を初演するのに加え、英国内外の劇作家を発掘するための取り組みを行い、継続的に支援している。文芸部において幅広く新作戯曲を受け付け、その数は年間約2,000本に上る。また、作家同士が戯曲について話し合い、プロの作家からフィードバックを受ける「ライターズ・グループ(Writer’s Group)」の運営も行っている。

2019年には、新たにロンドンを拠点とする大手映画・テレビ制作会社クドスと共同で作家のための奨学金制度を創設。また、18~25歳の劇作家を対象にした「リン・ガリアーノ作家賞」を主催し、受賞者には劇場から執筆料を支払う形で仕事を依頼している。

この他、世界中の劇作家やアーティストとの関係づくりにも積極的に取り組み、各国で劇作家ワークショップ(ロイヤルコート劇場インターナショナル・プログラム)を展開。日本では新国立劇場(NNTT)の芸術監督である小川絵梨子がRCを訪れたことをきっかけに、両劇場の共同プロジェクトとして19年から取り組みをスタートし、日本人劇作家14名(最終的には12名)が参加した。こうした劇作家ワークショップを主導しているRCのアソシエイトディレクター(インターナショナル)であるサム・プリチャードに「劇作家のための劇場」の精神と日本とのプロジェクトについてZoomでインタビューした。
聞き手:田中伸子
ロイヤルコート劇場

ロイヤルコート劇場(Royal Court Theatre)
https://royalcourttheatre.com/

ロイヤルコート劇場インターナショナル・プログラム
ロイヤルコート劇場インターナショナル・プログラムでは劇場と世界中の作家、アーティストとの関係を構築しそれを発展。異なった伝統を有し、違った言語、そして文化的背景を持った演劇人や組織と長期的なパートナーショップを結んでいる。また、作家がRCと創作する作品に自らのやり方、ドラマツルギーを持って独自の視点を持ち込めるように常にサポートを続けることを目標としている。長期的なライターズ・グループ、レジデンス制度、海外のアーティストとのエクスチェンジプロジェクトや彼らとの作品作りなどを実施している。またこのプログラムでは新進の翻訳者を対象としたプロジェクトなどを通じて演劇における翻訳の向上を目指している。
日本では、2017年に新国立劇場芸術監督の小川絵梨子がRCを訪れたことをきっかけに実施が決定し、19年に「ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ)」がスタートした。

第1フェーズ(2019年5月13日〜19日):
ロイヤルコート劇場のサム・プリチャード(アソシエイトディレクター)、ジェーン・ファローフィールド(文芸マネージャー)、アリスター・マクドウォール(劇作家)が来日し、14名の日本人劇作家を対象にしたワークショップを実施。後半から新作戯曲について着想し、ワークショップ終了から3カ月以内に初稿を執筆。
第2フェーズ(2019年12月9日〜15日):
第1フェーズと同じチームが来日し、初稿についての意見交換やワークショップを実施。ワークショップ終了から2カ月の推敲期間を経て第2稿を提出。
第3フェーズ(2020年、2021年):
コロナ禍によりオンラインで実施。最終的に12名が参加し、ロンドンのファシリテーターチームとのディスカッション、個人面談、俳優が参加したワークショップを実施。
成果発表:
須貝英『私の一ヶ月』を新国立劇場で上演(2022年11月2日〜20日)。小高知子『真夜中とよぶにはまだはやい』、千葉沙織『その先、鬼五郎渓谷につき、』、村松翔子『28時01分』の3作品をリーディング形式によりロイヤルコート劇場で上演(2023年1月26日〜28日)。

ロイヤルコート劇場は、なぜ現代作家の新作しか上演しないのですか?
 現役作家の新作にフォーカスすることで、RCは常にその使命と目的を明確にしてきたのだと思います。私たちは、様々なタイプの劇作家のために尽力し、英国だけでなく海外も含めた最もエキサイティングな劇作家と長期的な関係を築くためにここにいます。そのおかげで、我々の観客たちはRCに来るといつも、作家が今どのように世界を見ているのかに出会うことができるのです。
毎年約2,000本の新作戯曲が送られてくると聞きました。それほど多くの候補作がある中、RCの作品が演劇界で話題に上るような戯曲を選ぶ重要な基準とは何になりますか。
 私たちは真にユニークで独自の声を持った戯曲を求めています。例えばそれは、確固とした自分というものがある上に、独自の演劇的想像力と言葉の使い方を有し、演劇の形式面でも独特のアプローチを駆使して今の世界を舞台に乗せることができる、世界に対して提供していける視点を持ったものということです。作家に関してのこのような資質は、作品の時事性や舞台で取り上げたいテーマなどよりももっと重要な基準だと感じています。私たちには第一に作家ありきとする傾向があります。

 提出された作品はすべて、読み手チーム、つまり文芸部やその他の芸術スタッフによって慎重に評価されます。読まれた作品の中には、その後、作家に劇作グループに参加してもらって執筆の仕方を工夫したり発展させたりしてもらうものもあります。作家にRCのメンバーと話し合う機会を提供し、もっと作品を送るように勧めるケースもあります。また、RCに通ってここで一員として過ごして学ぶように導くこともあります。他国の作家には、レジデント作家としてRCで過ごしてもらうといった道が開けることもあります。
劇場の収支はどのようになっていますか。
 お陰様で、多くの公演のチケットが完売となっています。英国の助成金を受けている劇場のほとんどがチケット売り上げ収入、政府からの助成金、そして様々な形で寄付を得る形で運営をしていて、私たちもその形をとっています。作家の育成プログラムを運営する上で、新進の作家や無名の作家を起用するというリスクを負ってでも観客に新しい作品を提供することができるのは、そのような収支のバランスが取れているからなんです。
作家同士が戯曲について話し合い、プロの作家からフィードバックを受ける「ライターズ・グループ(Writer’s Group)」の運営も行っています。グループの活動について、もう少し詳しくお話しいただけますか。
 ライターズ・グループは作家自らがどのように書きたいかを考えて発見するための場であり、教育プログラムではありません。戯曲の書き方を教えるような方法はありませんし、試みもありません。特定の劇作アプローチを提供するわけでもありません。優れた作家は、さまざまなルールを破り自分だけの特別な方法で作品を書くもので、それ故にこのやり方が重要なのだと思います。劇場側が、戯曲がどんな風に書かれるのか、どのようなものになるのかを前もって期待することは危険だと思います。最高の演劇は、常に観客を驚かせ、予想を裏切るものだからです。なので、ライターズ・グループは、あくまで他の作家から、そして他の作家とともに学ぶ機会なのです。

 グループでは常に、1人か2人の経験豊富な劇作家が進行役を務めますが、彼らのアプローチは教えるというよりも一緒に作品を探求するということです。他の作家とどのように仕事をするのか、どんなことを探求するのかについては、彼らの自由に任せています。

 グループの中で作家たちが経験することとしては、それまで出会ったことのないものを読んだり、作品を共有したり、それぞれの作品について話し合ったりすることが多いと思います。なので、さまざまなアプローチに出会うことになりますが、教えられた方法論やプログラムとしてではありません。異なる言語で創作し、異なるドラマツルギーの伝統を持っている作品にアプローチするような国際的な状況においては、このようなやり方が特に重要だと思っています。

 書くことは孤独な行為です。2019年に日本でもNNTTと一緒にワークショップをスタートしましたが、その際に日本の作家と話していてとても印象的だったことのひとつが、仲間たちと一緒に仕事ができる場を我々が提供したことにとても興奮していたことです。
そうですね。日本の劇作家は孤立した覆いの中で活動していることが多く、自分の作品について他の誰か、家族にさえも意見を求める人は少ないのではないでしょうか。日本でワークショップをしてみて、日本の演劇人にとってはどのような方法が最適だと思われましたか。
 日本の作家たちと話をして、作品が舞台に上がるまでの道のりが全く異なることに気づきました。つまり、作家が一人で仕上げた戯曲がリハーサルの直前に役者に届き、リハーサルの過程で本に手が加えられ、編集されることが多いことを知りました。

 NNTTの芸術監督である小川絵梨子さんは、このプロジェクトで作家がリハーサルの現場以外で第2稿、第3稿を作成する時間を確保することを特に重視していました。ということで、私たちがグループと検討したことのいくつかは、まさにそのプロセス、つまり下書きのプロセスについてでした。日本でのワークショップは全く異なる演劇のドラマツルギーについて、そこから何を学ぶかについて、実に生産的で素晴らしい話し合いの場であったと思います。
日本のことについて気づいたことを、もう少し詳しく教えてください。
 最も興味深かったことのひとつは、英国と同様、1960年代にここ日本で非常に実験的なアーティストが誕生した時期があったということです。英国では、その時期にRCと関わりの深い作家、ベケット、イヨネスコ、ショインカなどの作品が多く上演されていました。一方、日本ではブラックボックスシアターがあり60年代のラディカルな演劇は英国とはまた違った形で現れていました。それらのことについての興味深い話し合いが行われ、また、ここ20〜30年の主流である「静かな演劇」の影響やその支配力についても多くのことが話されました。
ワークショップでは、具体的にどんなことをされたのですか。
 様々なテキストを読んでそれについて意見を交換し合い、それぞれの視点について話しました。さらに、異なる伝統の中でどのように作品が作られるのかを議論して共有し、探求することに時間を費やしました。2回目のワークショップ(第2フェーズ)では、作家が初稿を読み合い、他のメンバーがそれらを聞いてグループで話し合い、さらに小グループで話し合ってその作家が次の稿についてどう考えることが可能かを手助けするようにしました。
日本では、作家が作品のドラフトについて他の人と話し合うような機会はまずありません。もしそれを始めたら全く違う結果を得ることができると思いますか。
 今回の取材で、たくさんの作家の方とお話をして、日本では「ブラッシュアップ」と呼ばれている、他の作家に戯曲を読んでもらい、その感想やメモをもらうという伝統があることを知りました。自分の戯曲が音読されるのを聞いて、それについて他の視点や考えを聞くことは、大いに的を絞った方法で、作家にとって非常に役に立つことが多くあります。しかしながら、最終的には、戯曲は真に唯一のビジョンの産物である必要があるのも事実です。その点で、このプロセスの民主主義がどれだけ役に立つかは限界があるのです。
NNTTが劇作家ワークショップの成果として2022年11月に上演した須貝英『私の一ヶ月』の公演プログラムにあなたが寄稿した文章の中で、岡田利規さんの「『ドメスティック』だと自分では思っていたことに、グローバルで普遍的な広がりがある。国際的なシーンでの創作をしていなかったら、きっと今でも自分の古い思い込みのままでいたと思う」というコメントを引用していました。そういう思いがあるのでしょうか。
 もちろんです。この10年間、私たち英国人は、ブレグジット(*1)という言葉で、最も近い隣国であるヨーロッパの国々との関係、そして文化的影響の扉を閉ざすような経験をたくさんしてきました。ですから、私たちにとって国際交流はこれまで以上に重要になってきていて、NNTTのような英国以外の国の劇場との関係やパートナーシップの構築は、各国が自国に閉じこもり、身近なものだけに集中する危険性がある今こそ極めて重要だと思っています。
NNTTとのプロジェクトによって生まれた3本の新作戯曲(千葉沙織『その先、鬼五郎渓谷につき』、村松翔子『28時01分』、小高知子『真夜中とよぶにはまだはやい』)(*2)を2023年1月にRCで「New Plays:Japan」としてリーディング上演する予定です。なぜこの3本の女性戯曲を選んだのでしょうか。 
 この3作品はその形式と演劇性という点で、非常にユニークで特異な視点から世界を想像していました。

 福島周辺で行われている除染作業による放射能灰を題材にした民俗ホラーのような作品は、人間と自然界との間にこれまでにない視点をもたらしてくれたように思います。また、母性について、そして初めて母親になり親になることへの期待について探求した作品は、極めてシンボリックな言語を見出した素晴らしい戯曲です。さらに、停電の間に転じたり明らかになったり、街中の登場人物たちのグループ間で起きたさまざまな小さな瞬間を探った作品は、非常に静かで繊細な演劇です。

 これらの作品がロンドンの観客にどのように受け止められるのかがとても楽しみです。さらに言えば、日本人作家と英国在住の演出家とのコラボレーションも非常にエキサイティングになると期待しています。そこからさらに作品を発展させることができていくかもしれませんね。
ブラジルでも劇作家ワークショップをされるとのことですが、現在、インターナショナル・プログラムでは何カ国とお付き合いがあるのですか。
 今、ブラジルの作家と、そして地域を限定せず、ポルトガル語で執筆する作家を対象に作品を広く公募するプロジェクトを行っています。通常、インターナショナル・プログラムでは4つか5つのプロジェクトがそれぞれ異なるステージで国際的に展開されています。

 メキシコシティの劇場と提携したライターズ・グループやバルバドス、ジャマイカ、トリニダード・トバゴの複数の大学と提携したプロジェクトも展開しています。また、複数のパートナーが関与している英国とイラク、そしてイラク人作家間の始まったばかりのグループもあります。並行して、様々な国や様々な文脈の作家による新作戯曲が進行中です。
ポッドキャストもやっていますね。COVID-19の影響で、例えばエジンバラ・フェスティバルではより多くのオンライン配信を行うようになりました。そのような理由からでしょうか。
 私たちにとって、作家と関わり、演劇をする上で、直接会って仕事をすることは本当に重要で大切な要素であり続けると思います。しかし、パンデミック中に発見したことが、私たちの仕事のやり方を変えてきたことは間違いありません。特に国際的な場面では作家との作業はオンラインによりさらにはかどります。オンラインで人々を集めることができますし、スピードも速くできます。東京に行くことができなかったときのように、二酸化炭素排出量の面でも良い影響がありますよね。

 劇場は、デジタルな文脈での作品の可能性にも目を向けています。昨年は、私たちの作品『seven methods of killing kylie jenner』を撮影し、デジタル作品として大成功を収めました。また、チリの作家、パブロ・マンジの作品のフィルムキャプチャー版を創作しました。
今の日本では、物語を作る素晴らしい才能の持ち主は漫画やアニメーションの世界を目指しているように思います。だから、演劇だけでなく、映画やテレビも苦境に立たされています。英国でも同じでしょうか。
 英国の演劇界でも話題に上るのですが、マンガやゲームに関する話は少なくて、テレビや映画が作家に場を提供するケースが多いです。しかし、それらを競争相手として考えることが、演劇にとって役に立つとは思えません。演劇は他の芸術様式への足がかりにはなりません。演劇はその場にいる観客との対話であり、狭い部屋の中で人と人との間に起こる出来事であって、他の芸術様式では提供できないユニークなものなのです。
では、英国にはまだ作家として演劇に関わりたいと思う人がたくさんいると思いますか。
 間違いなくいます。私たちからすると、本当に素晴らしい作家たちと関係を続けています。作家が共有してくれる素晴らしい作品の数々で、たくさんのスケジュールを組むことができました。そういう意味では、私たちはとても恵まれていると思います。

*1 ブレグジット(Brexit)
英国を表すBritishと離脱という意味のexitを合わせた造語。英国の欧州連合離脱を指す。

*2
千葉沙織『その先、鬼五郎渓谷につき、』
 原発事故から7年後の山深い鬼五郎渓谷で起きた怪奇譚。福島のある山を訪れた2人の除染作業員は人智を超えた存在が治める世界に迷い込み‥‥
村松翔子『28時01分』
 夜中、初めて妊娠したアオジのところに隣人のウソが蜜柑をもって訪ねてくる‥‥
小高知子『真夜中とよぶにはまだはやい』
 とある夜の停電が街中に一時停止の瞬間を生み出す。その瞬間、3人の会社員、公園のカップル、店員は‥‥

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