スーザン・ワズワース/マーク・ヘイマン

若手演奏家の登竜門
ヤング・コンサート・アーティスツの現在

2009.09.09
スーザン・ワズワース

スーザン・ワズワースSusan Wadsworth

ヤング・コンサート・アーティスツ(YCA) 創設者

マーク・ヘイマン

マーク・ヘイマンMark Hayman

ヤング・コンサート・アーティスツ(YCA) アソシエイト・ディレクター

物心つくかつかないかくらいから始まった、修行と競争の日々を20年あまり続けた果てに、音楽大学を卒業しても、プロフェショナルな音楽家としてのキャリアを歩み出せるかどうか、誰ひとり確信をもてない。クラシック音楽の演奏家のこうした状況に対して、一石を投じたのが1961年に設立されたアメリカを代表するNPOのひとつ「ヤング・コンサート・アーティスツ(YCA)」である。YCAは、オーディションにより若く、無名ではあるが才能のある演奏家を選考して世に送り出すという、音楽家のキャリアを支える活動を行っている組織として耳の肥えた聴衆やクラシック業界の関係者に広く知られている。そこを「卒業」したアーティストたちのリストを見ると、名前の通った演奏家を毎年のように輩出しており、その仕組みの正しさを証明している。日本人演奏家を拾ってみても、60年代から70年代には今井信子(ヴァイオリン)をはじめとし、岩崎洸(チェロ)、戸田弥生(ヴァイオリン)、アン・アキコ・マイヤース(ヴァイオリン)、東京クヮルテット、最若手ではチャイコフスキーコンクール優勝者であるヴァイオリニストの神尾真由子など。修行時代を終えて、現実の世界に出てきたばかりの若者たちにとって、YCAの役割と存在感は未だ変わらないとはいえ、それを取り巻く状況は急速に変わっている。シャネルタワーで本年6月に開かれたYCA Tokyo Festivalのために来日した創設者スーザン・ワズワースとYCAアソシエイト・ディレクターのマーク・ヘイマンに、若い音楽家の現状と、このユニークな組織が果たしてきた役割について語ってもらった。
聞き手:箕口一美
ワズワースさんは、才能のある音楽家は聴衆に聴いてもらうべき、聴いてもらって気に入ってもらえれば間違いなく次のチャンスを掴めるし、それがその先の成功にも繋がるという信念でYCAを創設されました。2011年に創立50周年を迎えますが、この間を振り返って、YCAの役割がどのように変わってきたと思われますか?
ワズワース(以下W) :音楽の世界の変化は暴力的なまでの凄まじさです。(YCAを)始めて10年ほどの間は、アーティストが素晴らしければ、例えばリチャード・グードのような人であれば、大手マネジメントに行って「こういう人がいて、お勧めですよ。こういうふうに演奏する人で、素晴らしい才能のアーティストだから、ぜひマネジメントを」と言えば、そうなったものでした。マネージャーを演奏会に招待して聞いてもらって、彼らが気に入れば、専属契約に結びついた。指揮者に直接電話して、「このピアニスト、あるいはこの演奏家を聞いてほしい」と言えば、聞きに来てくれました。今は全然だめです。
神尾真由子がニューヨークタイムズやワシントンポストのレヴューの常連として名を連ねるようになってきた頃、ニューヨーク・フィルの関係者に電話しました。そうしたら、なんと音楽監督のロリン・マゼールに彼女の演奏を聞いてもらう試演の機会を得ることができたんです。こういうことはなかなか難しく、私も普段ほとんどやりません。いずれにせよ、真由子はマゼールの前で演奏し、コンチェルトの全楽章を聞き終えた彼は言ったものです、「信じられないほどの素晴らしさだ。彼女のスケジュールを教えてほしい」と。それで私はすぐにスケジュールを渡し、その後もフォローしました。でも、それっきり彼からは連絡がありませんでした。
翌年ニューヨーク・フィルの公演スケジュールが発表になって、わかりました。聞いたこともない、アジア人の若い女性のヴァイオリン奏者が出演することになっていたのです。今は若いアジアの女性ヴァイオリン奏者が山のようにいますものね!
ヴァイオリンだけをとってもこうですし、どの楽器にも今や目を見張るような才能にあふれた若いアーティストは本当にたくさんいます。有名なオーケストラにしてみれば、有名アーティストの中からいくらでも選ぶことができます。まるっきりの新人とやってみようというのは稀です。冒険はできるはずですが、チケットの売上を優先せざるを得ません。
マネージャーもあまり新人と契約したいと思っていないかもしれません。彼らがすでに抱えている人たちには、超大物がいて、これからが期待されるそこそこの人たち、そして若手も何人かいる。彼らのコンサートを開いたりプロモーションしたりするのに一生懸命です。昔のマネージャーは、アーティストを信じ、その素晴らしさを伝える言葉をもっていました。それに対してメディアも興味をもっていました。最近は、新聞に「人」に対する興味を失った記事ばかりで、読者はただ情報というものに飽き飽きしています。ですから、アーティストが有名でも新人でもその人柄を広く知ってもらうことが本当に大切なのです。

ヘイマン(以下H) :今でもみんな、そういう広報をしたいと思っています。でも、世界中どこでも同じですが、広報担当がつくるそういう雰囲気が、かつての何千倍の数、存在しているということなんです。ひとりの人がさらされている情報の断片は何百万とあって、これはすごいんだぞということを言い立てようとしても、大量の情報の中で目立つのは大変なことになってしまっています。
そんな淀んだ状況でも、コンクールやオーディションで次々新人が出てきますよね。
W :アメリカだけでも今は何百というコンクールがあります。YCAのアーティストにはよくこう言ってコンクールを受けさせます。これがキャリアの始まりになるなどと思わず、そういう意味では役に立たないけれど、優勝すればちょっとした額の賞金がもらえて──それは悪いことではないです──経験も積めますよ、と。キャリアにプラスになることをするのが私たちの仕事です。若いアーティストが賞を取ったり、奨学金を得たり、いい批評をもらったりという情報をプロモーションの材料として、演奏の機会を得る手助けをしています。YCAが若いアーティストに提供しているものは、コマーシャルのマネージャーがしていることと同じです。ただし、私たちは無償であり、自分たちの組織のためにファンドレイズもしていますから、アーティストのギャラからコミッションを得ようと腐心することもありません。
もうひとつ以前と違ってきているのは、演奏家たちがYCAに留まる期間が長くなっていることです。本格的キャリアを始めるのがどんどん難しくなっていますから。マネージャーがつかなくても独立していく場合は、人々に認められて、仕事が来るようになったからです。これまでの仕事やYCAでの経験を通じて知り合った人々との関係によっていい仕事を自分でつくっていくほうが有望ということもあるのです。音楽家たちは前よりずっと起業家精神をもつようになっていて、自分で音楽祭を始めたりする人もいるほどです。
YCAは自立したアーティストになるように働きかけているのですか?
W :私たちがアーティストにできることは、YCAが彼らを選んだということは、特別なアーティストであると認めていることであり、それによって彼らに自信を与えることです。YCAが育もうとしているのは音楽的なことだけではなく、実演家として進歩するのに必要なことです。それは単に弾くだけの人であるのとは違います。人々がどうやってコンサートを開催しているのかを知り、その人たちにきちんと挨拶ができ、感謝し、演奏の機会があればすぐにその求めに応じることができる姿勢を整えておくことができるかどうかです。YCAには学生や観客にどのように接するかといったアーティストが行う教育プログラムもあります。これはYCAがどこよりも最初に始めたアウトリーチ活動です。
それでは、今YCAが果たせる役割というか、ミッションをどのようにお考えですか?
W :一番大事な目標は、アーティストの卓越した才能を保つことです。私たちはコンクールではなく、しばしばコンクールよりも良いことをしています。ひとりのピアニストを選び、別のピアニストと比べるようなことはしません。例えば、2009年のオーディションではヴァイオリン奏者が4人選ばれました。それぞれ全く違います。YCAが彼らに言うのは「あなたたちは特別であり、自分の表現をもっている」ということで、ある意味これが最も大切なことだと思います。もちろん、その後のYCAによる最低3年のキャリアマネジメントのサポートや、ニューヨークやワシントンでのデビューコンサートに繋げることも大事ですが。

H :かつてのようにYCAが音楽業界の外に向かって力をもつのは難しくなっています。でも、若い音楽家に出来るだけの訓練と支援と助力をすることはできます。彼らは自分で自分を管理して、自分のキャリアに繋げるという方法をまず知りません。マネージャーがついたとしても、自分の行動には自分で責任を取らなければなりません。どんなに成功しても、何から何まで面倒を見てくれるマネージャーはほとんどいません。いくつもコンサートの機会をつくってくれますが、自分の時間管理は自分でしなければならないし、「イエス」「ノー」の言い方を知らなければなりません。ですから、私たちは若い音楽家にプロになるために必要なあらゆるスキルを教えています。
有名な音楽院の先生であっても、そういうことを教えるのはあまり得意ではありません。先生はマネージャーではありませんし、若いアーティストに契約やビザから、税金や法律、留守電には返事を、レパートリーやプロフィールついて質問されたらどう答えるかなどについて教えたという経験もないでしょう。仕事としては当たり前の部分ですが、多くのアーティストは生まれつき得意とはいえません。それを私たちと学んでいくのです。
最近は海外でもオーディションをされていますね。アメリカの団体がなぜ?
W :YCAの卒業生のひとりであるジョエル・シャピロがライプツィヒのメンデルスゾーン高等音楽院の教授になったころ、当時ドイツは東西統一を果たして数年が経っており、かつてグリーグやシューマン、ワーグナーといったドイツの偉大な作曲家たちが学んだ歴史と伝統ある音楽院には、ある種の活気が必要でした。
彼はプロレクターという高等音楽院の芸術監督に選ばれ、YCAオーディションを同学院で行うことを決めました。ライプツィヒは地理的に中欧からも東欧からもアクセスしやすい。あまりお金のない若いアーティストにとってただCDを送るだけでなく、ヨーロッパの人の前で演奏する機会を与えられる。それが学院に人々の注目を集めることにも繋がると思ったんです。それから、別の卒業生のフランス人のピアニスト、マーク・ラフォーレは、同じことをパリでもやろうと言い出しました。それで、ライプツィヒとパリの両方でオーディションを年ごとに交互に行っていきました。このように素晴らしい卒業生がYCAを助けて始めてくれたおかげで、ヨーロッパやロシア、東欧諸国からの音楽家が加わり、評判が広がりました。
4年前から東京でもシャネルタワーにあるネクサスホールでYCA Tokyo Festivalが始まりました。これも卒業生が関わってスタートしたのですか?
W :Tokyo Festivalはちょっと違います。YCA理事長のピーター・マリーノ氏が銀座のシャネルタワーの設計者です。彼はシャネル・ジャポン社長のリシャール・コラセとともに音楽をとても愛しています。というわけで、二人はこの建物でYCAが何かを行う機会をつくろうと決めてくれました。シャネルはここで行う音楽祭に大変篤い支援をくださっています。
このような国際的なファッションの企業がクラッシック音楽のフェスティバル、しかも若いアーティストのそれを支援してくれることはたいへん稀です。おかげで、フェスティバルも成功を続けています。今では、日本の国内外のコミュニティーからの援助も受け始めています。幸いにも最初の年から、在日アメリカ大使館から支援を得ています。アメリカの団体が日本で活動するだけでなく、世界各地からアーティストを招いて、一緒に何かをすることに賛同してくれています。日本に根を下ろすフランスの会社が、アメリカ人と協力して国際フェスティバルをつくっているんです。

H :これは一種、有機的に起こっている巧まざる成長のようなものです。YCAに関わりをもってきた人たちが、こうした国際的活動を通じて、私たちを別の世界に連れ出してくれた。すべてYCAの外の人たちがみな、始めてくれたことです。私たちは新しいことをどこかで始める場合はそれぞれの場所にいる人に手助けしてもらう必要があります。「この素晴らしい計画実現のために、こんなアイディアがあるんだけれど……」「それはすごい! 実現のためにお手伝いします!」そんな具合にものごとが起こり、海外オーディションが実現し、Tokyo Festivalが実現した……さて、次は誰を手伝いましょうか(笑)。
ちょっと違う質問を。YCAの活動を支えるファンドレイジングはどのようにされていますか?
W :いい質問です。資金調達での成功の鍵は、わたしたちの場合、個人の興味なのです。ひとり当たり年間50ドルから、何百、何千ドルまで、音楽が好きで、わくわくさせてくれる若いアーティストを支援するという考えに賛同する個人が寄付してくれるのです。毎年オーディションにも足を運んでくれますし、ニューヨークとワシントンで行われるデビューコンサートには必ず聴きに来てくれる一番熱心な聴衆でもあります。ニューヨークとワシントンにそれぞれ理事会があって、理事のみなさんは友人を誘って輪を広げてくれる、これが一番大きな支えになっています。財団からの支援もありますが、このところ財団からの支援は減っています。支援元が財源を使い切っていたり、クローズする傾向にあります。アメリカではすべての芸術団体があらゆるコスト削減を行っています。しかし、YCAは元々小所帯なのでスタッフ削減はしたくないと思っています。やるべきことができなくなるのは避けたい。ですから、その他の支出を抑えたり、新しい支援者を探したりしています。芸術や音楽が人々に与えるものは喜びそのものですから、こういう状況では前にも増して求められています。素晴らしい音楽家たちがつくり出す音楽は、魂の愉楽です。だからこそ、求められているからこそ、音楽家も愛好家も音楽が聴ける機会をつくる努力をするのです。そんなふうに感じる人たちをもっと見つけ出して、それを実現するための助けを求める努力を続けています。

H :YCAは若いアーティストの助力をするチャリティです。毎年個々人がこの組織を支え、物事が実現するようにお金をくれます。ベストな若手支援には手間がかかり、やることも考えることも多い。ファンドレイジングはアーティスト支援を実現させるためのものです。ですから、資金調達ばかりに時間を取られて、アーティストたちのための仕事をする時間がなくなったら、本末転倒ですよね。
YCAは若い才能を支援するための哲学をお持ちだと思います。
W :さっきも言ったように、最も重要なのは、並外れた何かを持ち、技倆にも優れた人を選ぶことです。教養知識の面でも十分で、音楽を通じて何かを人々に伝えるカリスマ性をもつ人です。私たちの哲学とは、アーティストをサポートすることで、彼らが花開き、音楽の道へと前進していくことです。聴いてもらえる機会が増えれば増えるほど、次の機会を掴むことができ、より前進できるのです。
YCAが始めて展開してきた方法ゆえに、アメリカのほとんどのコンクールは今、ただ賞や賞金を与えるというものではなくなりました。多くの有名なコンクールも、ただ賞を出すのではなく、最低でも2年契約で優勝者のサポートを行い、キャリアを踏み出す助力をするようになったのです。ほかにも、これまでなかったような若手アーティストのための支援プログラムが出来ています。YCAがやったことが基になって、若い優れた音楽家のために仕事をしたり、そのキャリアのスタートを支援することの重要さにみんなやっと気がついてくれたようです。

H :YCAはほかが始めるずっと前から、若いアーティストのための支援をしてきた組織です。多くの団体は今や私たちの真似をしています。YCAはアーティスト支援のためだけに存在してきたのです。メトロポリタン歌劇場やカーネギーホールは100年以上の歴史がありますが、若い音楽家のサポートプログラムに関しては彼らが始めるずっと前から私たちは活動しています。
さらにYCAには15年前にどこよりも最初に始めた、若い作曲家を支援するプログラムがあります。若い作曲家にとって、YCA以外でこういう機会はほとんどありません。作曲委嘱やコンクールはあっても、マネージャーの替わりをしてくれたり、さまざまな方法でサポートしてくれるところはないのです。というわけで、私たちのサポートを受けている、若手世代のトップクラスの優れた作曲家でも、ほかに行くところがないので、10年もYCAにいるアーティストもいるほどです。
私たちは、隔年で特別委員会を開き、YCAの若手作曲家の新曲を披露し、楽譜を見てもらう機会を設けています。委員会に出るためには、YCAが選んだ作曲家に2曲委嘱し、YCAのアーティストがそれを演奏するというものです。作曲家と演奏家の出会いのきっかけにもなるし、作曲家にとってはさらなる新曲委嘱の機会、演奏家にとっては演奏の機会が増えることに繋がります。同じ世代の作曲家と演奏家が一緒に仕事をすることも素晴らしいことです。

W :YCAがいつもやっていることがそれです。何かが起こる。そう、「YCAは新しいことを実現させるところ」なんです!
2010〜11年のシーズンが50周年になりますね。もし決まっていることがあれば教えてください。
W :記念事業については本当にこれから考えていこうというところです。「新しいことが有機的に起こっている」とマークが言ったように、次々に新しいことが実現しようとしています。例えば、東京クヮルテットは、YCAの10周年の年にYCAデビューしました。ということは、こちらの50周年は彼らの40周年です。この前ヴィオラの磯村和英さんから電話があって、彼ら40周年のシーズンには、YCAでデビューした時のプログラムでコンサートをするのだそうです。ニューヨーク公演のときには、こちらの周年企画でも関連づけて何かやってもらおうと思っています。たぶん、ほかにもたくさんイベントを考えていくつもりです。ニューヨークだけではなくて、できればほかの場所でも。YCAのアーティストは本当に世界のあちこちにいますから。

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