スヌーヌーvol.2『モスクワの海』
(2021年12月26日〜28日/ニュー風知空知)
撮影:明田川志保
Data
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[初演年]2021年
笠木泉
モスクワの海
笠木泉Izumi Kasagi
1976年、福島県いわき市出身。俳優・劇作家・スヌーヌー主宰。日本女子大学在学中、俳優として宮沢章夫主宰の遊園地再生事業団に参加。以後、ペンギンプルペイルパイルズ、「劇団、本谷有希子」、劇団はえぎわ、岡田利規作品、ミクニヤナイハラプロジェクト等の舞台や映像作品に出演。スヌーヌーでは演出も手掛ける。2018年には鈴木謙一らによる演劇ユニット・ラストソングスに提供した戯曲『家の鍵』で第6回せんだい短編戯曲賞最終候補作品ノミネート、2021年にスヌーヌーが上演した『モスクワの海』で第66回岸田戯曲賞最終候補作品ノミネート。
スヌーヌー
https://snuunuu.com
中央に円形のラグマット、舞台奥に高い脚立、舞台手前に低い脚立が置かれた舞台。
全ての登場人物は舞台上にいる二人の女と一人の男によって演じられる。
1
ラグマットに横たわった女1は、事細かな日課を独り言のように男に語る。男は聞いているのかいないのかふらふらしている。
女2が突然「どーん!」と叫ぶ。爆発音のようだ。
「今日の残りの時間、何をしようか」と考えていた女1だったが、爆発音に驚いたからなのかどうか、気づけば自宅の庭で立ち上がれなくなっていた。
通りがかった女2が「大丈夫ですか」と尋ねるが、女1は見ず知らずの女2の親切を心の内で疑いつつ(それは内心の言葉として語られる)、「大丈夫です」「行ってください」と繰り返す。
そこは川を挟んだ東京の隣街、南武線が走り急行も止まる駅から5分の住宅街にある古くて小さな一軒家だ。
心配する女2に疑心暗鬼の女1は「スカートの中を見た」と責めたてたのち、「もういいわ。説明します」「失敗したのよ」とスカートをまくって、その中を女2に見せる。男はその瞬間の女2の心をなぜか知っている。そして私たち観客にそれを静かに説明する。
2
女1は立てないままの姿勢で、女2にお菓子やおにぎりなどを勧める。
おしゃべりの間にも女1はどうにか立とうとしているがやはり立てない。女2は門扉の隙間から女1に手を伸ばすが届かない。通りがかった男たちも助けてくれない。女1は女2に一人で何とかするから放っておいてくれと言う。そうやって今までもやってきたからと。
3
女1の回想(あるいは男の回想)。
男は女1の息子である。女1が「フジオ」と息子の名前を呼びかけるが、部屋に引きこもり、高校生の頃、親友に教えてもらった歌手の音楽をヘッドホンで繰り返し聴いている。一緒にライブに行こうという親友との約束は、果たせなかった。
フジオがふいに立ち上がり、身なりを整える。バイトの面接で新宿に行くからと、女1に金を無心する。
女2がナレーションで「そのときフジオは53歳だった」と言う。
4
女1は女2に、醜く腫れ上がった右足は、子宮摘出手術が失敗したためだと説明する。さらに子宮を摘出した際に夫が寄り添ってくれなかったことを、女2に語るのだった。もちろんそんなことは気にしていない、普段は元気に生きていると笑顔を見せるが女1の思いは急に重みを増していく。
放っておいてくれと繰り返す女1に、女2は何かを告げようとするが、「どうでもいいか、私のことなんて」と心の中で思ったのだろうか、その場を立ち去る。
5
帰路に着く女2に、「新宿には行けなかったんです」と男(フジオ)が話しかける。電車でパニック発作を起こしてしまったらしい。新宿までも行くこともできず、なぜか向ヶ丘遊園のパチンコ屋に入ってしまい、母からもらった10000円を「CR海物語」につぎ込んで無一文になってしまう。
男は、歩いて多摩川の土手に出る。自身の住む街の風景を語り、川の手前の公園でかつて通り魔事件があったと話す。引きこもりだった犯人は自ら命を絶った。その犯人と男は同い年だ。と、同時に同級生の友達、ハシモトのことを不意に思い出した。「みんな、忘れてしまっただろうか」と男は言う。
空を飛ぶ渡り鳥(女2)が「もうすぐ汚染水が放出されるよ」と告げ、「絶対に忘れるもんか、忘れさせるか、ふざけんな」と声を荒げる。
渡り鳥は突然男に、「一緒に来るか? 遠いけど」「仕事、あるよ」と声をかけ、旅に誘う。誘われた男は嬉しそうだが、橋から川へと身を投げる。
渡り鳥たちは動揺が隠せない。しかし鳥のリーダーは「ちょっとふらっとしただけなんだ」「この瞬間、そうなってしまっただけなんだ」と事故説を唱え、渡り鳥たちも同意。強く落下する男を救い、そして彼らはともに飛び立っていった。男の中ではかつての友人が貸してくれた音楽が流れている。
6
女1の元に戻ってきた男。旅の途中に家に立ち寄ったと言う。父親が死んだこと、男の親友が店を出したことなどを伝える女1。「ふとフジオと喋れるようになりました。声をかけると、返事をしてくれる」とこの状況を説明する。
7
庭先に座り込んだままの女1のところに女2が戻ってくる。無理矢理に門扉を越え、女1を助け起こそうとするが重くてなかなか持ち上がらない。
そのあたりにいた男に「手伝って」と声をかけるが、男は「あ、見える?」「もう行かなくちゃいけない」と要領を得ない。男は女2に女1を託し、渡り鳥とともに去ろうとする。
女1は息子とはもう二度と会えないと確信し、「見送るわ」とものすごい精神力で立ち上がる。
女2は女1とともに家に入り、散らかった惨状を目の当たりにする。床に散らかっている郵便物はひとつも開けていなかった。女1はもう90歳らしい。眠りたいという女1は「最後に、海に行きたい」「自分の人生はなにひとつとして役に立たなかった」とつぶやく。
混濁した意識の中で、女1には渡り鳥たちの歌が聴こえる。
女1を病院に運ぼうと、女2は通りに出てタクシーに向けて手を上げ、そのまま飛んでいった。
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