長田育恵

豊饒の海

2019.04.12
長田育恵

長田育恵Ikue Osada

1977年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。96年よりミュージカル戯曲執筆・作詞を経て、2007年に日本劇作家協会・戯曲セミナーに参加。翌年より井上ひさし氏に師事。09年、自身の劇団「演劇ユニットてがみ座」を旗揚げ。以降、てがみ座全公演の戯曲、依頼戯曲等を手掛け、心の機微を見つめる繊細な言葉、丹念に織り上げられた構成で、スケールの大きな物語を描きだす筆力が注目されている。15年、てがみ座 『地を渡る舟─1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち─』 (再演 扇田拓也演出)にて第70回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞を、16年にグループる・ばる『蜜柑とユウウツ─茨木のり子異聞─』(マキノノゾミ演出)にて第19回鶴屋南北戯曲賞を受賞。18年には青年座『砂塵のニケ』(宮田慶子演出)、てがみ座『海越えの花たち』(木野花演出)とPARCO PRODUCE『豊饒の海』(マックス・ウェブスター演出)により紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した。近年は、市川海老蔵第二回自主公演「ABKAI 2014」の新作舞踊劇『SOU〜創〜』(藤間勘十郎演出)、文学座アトリエの会『終の楽園』(鵜山仁演出)、『夜想曲集』(小川絵梨子演出)、兵庫県立ピッコロ劇団『当世極楽気質』(上村聡史演出)、劇団民藝『SOETSU─韓(から)くにの白き太陽─』(丹野郁弓演出)、『百鬼オペラ 羅生門』(インバル・ピント&アブシャロム・ポラック演出)などの戯曲も執筆し、活動の場を広げている。

てがみ座公式サイト
http://tegamiza.net/

三島由紀夫の最後の長編小説を長田育恵が戯曲化。原作は、高貴な美青年・松枝清顕の輪廻転生の物語で、清顕の恋愛と学友・本多繁邦との因縁を描く第1巻『春の雪』、清顕と同じホクロをもつ右翼青年と本多の出会いを描く第2巻『奔馬』、清顕が転生した異国の姫に恋慕する中年の本多を描く第3巻『暁の寺』、老いた本多が養子にした少年に翻弄される第4巻『天人五衰』からなる。戯曲は本多を軸に4巻の世界を複雑に往還しながら再構成。初演では、青年から老年までの本多を3人の俳優が演じた。

2018 PARCO PRODUCE “三島 × MISHIMA”『豊饒の海』
(2018年月11月3日〜12月2日/紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA) 撮影:阿部章仁
Data :
[初演年]2018年
[上演時間]2時間40分(休憩15分)
[幕・場数]2幕30場
[キャスト]14人(男10・女4)

1. 春の雪
 1913年秋。松枝侯爵邸の園遊会。18歳の令息・清顕と学友・本多繁邦が散歩しながら幸福や死について語り合う。そこに清顕の幼友達、綾倉家の令嬢・聡子が案内されて来るが、清顕は聡子につれなくする。

2. 天人五衰
 76歳の本多が友人・慶子と旅先の灯台を訪れる。本多はそこで働いていた16歳の孤児・安永透の左脇腹に、清顕と同じ形のホクロを認めて驚く。

3. 春の雪
 園遊会の10日後、松枝邸。侯爵は清顕と本多にシャムの王子二人が学友になること、聡子が見合いを断ったことを伝える。聡子の態度に心乱れる清顕は、花柳界で女遊びを覚え新たな自分になったという偽りの手紙を聡子に送る。

4. 天人五衰
 本多は透を養子にする。不遜な透の態度に我慢ならない慶子に、本多は二十歳で死んだ清顕のことを話す。

5. 春の雪
 シャムの王子たちを歓迎する清顕と本多。王子から婚約者の写真を見せられた清顕は気持ちを変え、運転手を使って「先に出した手紙は読まずに破棄してほしい。来週末は一緒に芝居に行こう」という伝言を聡子に託す。

6. 春の雪
 帝国劇場の清顕、本多、王子たち。清顕は聡子を王子たちに紹介する。許嫁のように扱われ、聡子は歓喜する。

7. 天人五衰
 本多は凡庸な常識やマナーを透に身につけるよう強い、それを透は小馬鹿にする。呆れる慶子に本多は、早死にしては転生を繰り返す清顕を見つけ出し、救うのが自分の使命だと言う。

8. 奔馬
 判事となった38歳の本多は、奈良・大神神社で行われた剣道の奉納試合を参観する。出場選手である國學院の学生・飯沼勲の父は、かつて松枝家の書生だった。勲は本多に面談を申し込む。

9. 春の雪
 観劇の翌朝、校庭で会った清顕と本多。「運命が動き出した気がする」という清顕を「貴様は自分の感情の世界だけに生きている」と羨望混じりに糾弾する本多。

10. 奔馬
 本多と会った勲は、明治の志士の本を手渡し、憂国の士として命がけで立ち上がると話す。勲の左脇腹に清顕と同じホクロを見つけた本多は驚き、思いとどまらせようとする。

11. 春の雪
 年が明けた未明。清顕と聡子が同じ夢を見ている。自身の墓を掘り起こそうとして、軍服姿の死者たちに留められる清顕。いてもたってもいられない聡子は、側仕えの蓼科に命じて馬車を仕立て、松枝邸に向かう。

12. 春の雪
 想いを抑えきれずに会いに来た聡子に、雪が舞う中、清顕は初めて口づけする。

13. 春の雪
 その日の午後、学校を休んだ清顕を本多が見舞う。そこに現れた松枝侯爵は、聡子と宮家との縁談や、聡子が清顕の嘘の手紙を読んでいたことを告げる。プライドを傷つけられた清顕は、縁談に異存はないか尋ねられても「自分には関係ない」と突っぱね、ちょうど届いた聡子からの手紙も破り捨てる。

14. 奔馬/春の雪
 本多は勲に手紙で死に急がぬよう伝えるが、その思いは届かない。一方、本多から宮家と聡子の結婚に勅許が下りたと告げられた清顕は、「絶対的不可能となった聡子だからこそ恋している」と宣言する。

15. 天人五衰
 透20歳、本多80歳になった1974年。東大生となった透は深夜に女を連れ帰るなど、反抗を繰り返す。透が清顕の生れ変りなのか、自問する本多。

16. 春の雪
 清顕は、聡子からの恋文を盾に取り、聡子との逢瀬を取り計らうよう蓼科に迫る。

17. 奔馬
 要人暗殺を企てた勲の決起は未遂に終わる。本多は判事を辞め、勲の弁護人となる。

18. 奔馬
 勲の裁判。本多の弁護と、勲の国を憂える想いが通じ無罪となるが、勲は虚無感に苛まれる。

19. 春の雪
 鎌倉にある松枝家の別荘。夏の海にシャムの王子たちははしゃぎ、清顕と本多も交えて前世や生れ変りについて語り合う。聡子との逢瀬の手引きを本多に頼む清顕。それが破滅に向かう行為と知りながら、引き受ける本多。

20. 奔馬/春の雪
 自刃する勲、結ばれる清顕と聡子の場が幻想的に交錯する。

21. 春の雪
 浜辺で星を観ている清顕と聡子。次の逢瀬を切望する清顕に対し、聡子は悟ったように今日を限りのことと突き放す。

22. 暁の寺
 清顕がつけていた夢日記を読む慶子。転生について疑う慶子に、本多は22年前、慶子が開いたパーティで引き合わされた王女ジン・ジャンについて話す。ジン・ジャンは学友だったシャムの王子の娘で、左脇腹に清顕と同じホクロがあった。

23. 春の雪
 晩秋の松枝邸。聡子から連絡がなく、憔悴しきっている清顕。血相を変えた侯爵が現れ、蓼科が自殺を図ったこと、聡子懐妊の不始末を詫びた遺書があったことを告げる。自分の子と認める清顕に、激昂した侯爵は謹慎を告げ、聡子の堕胎も指示する。

24. 暁の寺
 ジン・ジャンに恋慕する本多に、慶子は「ジン・ジャンの部屋の鍵を開けておく」と言う。

25. 春の雪
 謹慎中、肺炎にかかった清顕を本多が見舞う。婚約が破談になった聡子は、彼女の大叔母が門跡を務める奈良の月修寺に身を寄せる。衰弱しきった身体で月修寺行きを懇願する清顕。本多は彼の死を予感しつつ手助けをする。

26. 暁の寺
 ジン・ジャンの部屋を訪ねた本多は、ベッドの上で慶子と抱き合う姿を目撃する。二人の営みを覗きながら、自慰をする本多。白み始めた空の下、本多は自身の老いを噛み締める。

27. 天人五衰
 成人した透は老いた本多を「穢い」と責め、凡俗な価値観や自分への教育の一切を否定する。選ばれた人間などにならず、凡庸に生きることが透の命を救うという本多の言葉は届かない。慶子は本多と清顕の因縁を透に話し、透には清顕のように人生の絶頂で美しく死ぬことはできないとなじる。

28. 春の雪/天人五衰
 本多とともに月修寺を訪ねた清顕。聡子は剃髪を決意し、面会に応じない。雪の中、病を押して再び月修寺に来た清顕は、本多に自分の夢日記を託し、彼の腕の中で息絶える。
 慶子は清顕の夢日記を透に渡し、透が20歳までに死ぬ、選ばれた存在かどうか賭けようと迫る。一人残された透は、自ら除草剤をあおる。

29. 天人五衰
 命の連なりのような滝。目に包帯を巻いた透を乗せた車イスを、慶子が押して来る。透を本多に委ね、去っていく慶子。透は夢日記を燃やしたと言い、そんな透に本多は初めて憐憫を覚え、改めて清顕という「美しい奇跡」に思いを馳せる。

30. 天人五衰/春の雪
 本多は60年ぶりに月修寺を訪れ、門跡となった聡子と再会する。清顕の話を切り出すも、聡子は「名前を聞いたこともない」と返す。すべては幻だったのか‥‥。18歳の春、幸福と死を語り合った若い清顕と本多の姿がよぎり、すぐに消える。立ち尽くす本多を残し、終幕。

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