東憲司

蝉の詩

2017.07.14
東憲司

東憲司Kenji Higashi

劇作家、演出家。1964年、福岡県出身。1999年秋に「劇団桟敷童子」を旗揚げ、劇団代表を務める。作品の多くは筑豊の炭鉱町など出身地・福岡が舞台。劇団自作のダイナミックに可動する舞台美術を仕込み、集団のパワー溢れる群像劇で高く評価されている。代表作は『泥花』(2006)、『オバケの太陽』(2011)、『泳ぐ機関車』(2012)の炭鉱三部作。『しゃんしゃん影法師』(2004)、『風来坊雷神屋敷』(2005)、『海猫街』(2006)で3年連続岸田國士戯曲賞の最終候補となる。『海猫街』で平成18年度文化庁芸術祭優秀賞(関東の部)、12年には文学座アトリエの会公演『海の眼鏡』の戯曲と劇団桟敷童子公演 『泳ぐ機関車』 の戯曲・演出で第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、トム・プロジェクトプロデュース『満月の人よ』と『泳ぐ機関車』で第20回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。『泳ぐ機関車』は第16回鶴屋南北戯曲賞も受賞した。

劇団桟敷童子
https://www.sajikidouji.com/

故郷・九州北部の旧炭鉱町などを舞台に多くの戯曲を発表している東憲司(1964年生まれ)の最新作。今回は、遠賀川沿いの船運会社に引き取られ、平成の現在まで生き抜いた老婆が主人公。太平洋戦争後から高度経済成長期まで、変貌する日本の姿を老婆の人生と重ねて描く。

劇団桟敷童子『蝉の詩』
(2017年4月25日〜5月7日/すみだパークスタジオ) 撮影:長田勇
Data :
[初演年]2017年
[上演時間]120分
[幕・場数]二幕
[キャスト]17人(男6・女11)

 序章。現代、夏。遠賀川近くの公園に古い箱車を引いてアイスクリームを売り歩く老婆がいる。故郷に戻ったものの所持金も底をついて途方に暮れる老婆は、激しく鳴く蝉に語りかけ、昔を回想する。

 昭和25年・春。荒くれ者の舟子たちを束ねて鍋嶋船運送を営む親玉の鍋嶋六部(通称:鍋六)。鍋嶋家には三人の娘(壱穂、菜緒、輝美)がいて、従業員の能塚忠治・ムネ夫婦、船頭の浦崎仙造らと暮らしている。好意をもっていた男を鍋六が痛めつけたことに怒った壱穂は、鍋六を刺す。

 二人の格闘を止めに入ったのは、鍋六とは旧知の亀吉。川下で手広く商売する土井垣鳴明堂の女社長で、朝鮮戦争特需を当て込んだ商売を持ちかけにきたのだ。その時、鍋六が背負ったカゴが動き、中から5歳の少女・織枝(後の老婆)が出てくる。鍋六が外の女に生ませた子だった。

 第1幕。同年夏、鍋嶋船運送はみんなで賑やかに祝宴の準備中。亀吉も社員・稲盛と参加している。孤独な織枝に、ムネが「蝉は人間の生まれ変わり。供養すると金色の蝉が現れご利益を得る」と話す。

 宴席は壱穂が責任者として立ち上げたトラック運送、仙造と結婚した菜緒がはじめた食堂の明るい話題で盛り上がる。商売相手のアメリカ兵の話題になった途端、輝美が怯える。

 現代。老婆は蝉に語り続け、その回想は昭和28年の大型台風襲来、鍋嶋船運送の商売が傾いた頃に飛ぶ。

 昭和28年・氾濫寸前の遠賀川。避難準備をする大人をよそに、織枝は彼女にだけ見える幻の蝉を追う。風で飛ばされた材木から織枝をかばい、菜緒が怪我をする。

 鍋嶋の船は全て流され、菜緒も怪我がもとで流産してしまう。船が命の鍋六は亀吉らに金を借り船を買おうとするが、水運は時代遅れだと断られる。

 流産を機に、素行の悪い仙造との離婚を宣言する菜緒。輝美が見つけた蓄音機で亡き母がよく聴いていたらしい「アルハンブラ宮殿の思い出」をかけ、三姉妹はしみじみ語り合う。

 昭和35年の夏。織枝は中学生。船運送の商売は傾き、トラック運送と菜緒のオリジナルレシピのアイスクリームがヒットした食堂は繁盛している。鳴明堂が新しく音楽教室の商売を始めるため、新入社員・倉橋と稲盛が鍋六にジャズバンドを船に乗せてPRする仕事をもってくる。

 しかし、鍋六は船を売春の場として女たちに提供するまでに転落していた。鍋六は礼金を吊り上げようとするが上手く行かず暴れ、勢いで輝美が大切にしていたレコードを叩き割る。騒ぎの最中、倒れる菜緒。病を隠していたのだ。

 輝美に恋心を抱く稲盛は映画に誘おうとするが果たせない。輝美は「アルハンブラ宮殿の思い出」に自分で歌詞をつけた「蝉の詩」を、織枝に歌って聴かせる。

 第2幕。現代。老婆は、すべてが坂を転げ落ちるように悪くなった昭和35年の夏の終わりについて語り出す。

 鍋六と商談に来た亀吉は、倉橋を跡継ぎの養子にすると宣言し、織枝を倉橋の嫁に欲しいと言う。反発する当事者の二人。

 1カ月後。競合会社のためトラック運送の経営は悪化し、食堂も人手不足。織枝の高校進学を援助するという亀吉を突っぱね、壱穂は自力で織枝を高校へやると言う。しかし、無理な仕事をこなすため、すでに壱穂はヒロポンに手を出していた。薬を渡したのは金に目のくらんだ鍋六だ。

 受験勉強に勤しむ織枝。当初、反発していた倉橋とも今は良い雰囲気。一方、病状の思わしくない菜緒の姿は食堂にない。失業状態の鍋六は船上で暮らしている。

 意を決して輝美に告白する稲盛。輝美は終戦の年、米兵に乱暴されたことを告げるが、稲森は事実を受け止めきれずに立ち去る。絶望した輝美は自殺を図る。

 病院で生死を彷徨う輝美を案じ、みんなが集まる場に稲盛が現れ、事の次第を話す。激昂して稲盛を袋叩きにする鍋六と壱穂。そこへ輝美が命を取り留めたと連絡が入る。

 気を取り直し、疲れた身体で配送の仕事に向う壱穂。直後にブレーキと衝突の音。織枝は壱穂の死の報せをもあざ笑う鍋六を包丁で刺し、走り去る。実は亀吉は鍋六の妻であり、娘たちを置いて家を出たことを懺悔する。何も言わず川へ向かい、鍋六はそのまま姿を消した。

 現代。自分の思いを蝉に語り続けてきた老婆は、織枝となって劇中に入っていく。

 昭和36年新春。病みやつれた菜緒が死を覚悟し、妹(老若二人の織枝)にアイスクリームのレシピなど形見を渡す。一方、稲盛から求婚された輝美も「幸せなうちに消えてなくなる」と言い残し消える。

 昭和39年、東京オリンピックの年。ひとり残され、高校を卒業した織枝は、オルゴール製造だけで商売を続けている鳴明堂の社員となる。鍋嶋の家も区画整理の対象となり、ゆかりの者はみな去っていく。

 亀吉は織枝に「アルハンブラ宮殿の思い出」のオルゴールを渡す。織枝は亀吉が三人の姉達の母だと気付く。そして資金を貯めたら菜緒のレシピでアイスクリーム屋を始めると晴れやかに言う。

 現代。痛みに襲われ死を覚悟する老婆に対し、懐かしい人々(死者たち)が力強く「蝉の詩」を歌いかける。アイスクリームの売り声を叫び、再び歩み始める老婆を人々の拍手が包む。

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