林慎一郎

PORTAL

2017.05.12
林慎一郎

林慎一郎Shinichiro Hayashi

1977年北海道函館市生まれ。劇作家・演出家。1998年、京都大学在学中に(劇)ミサダプロデュース結成に参加し、演劇活動を開始。以降、筆名・ミサダシンイチとして、劇作・演出を担当。2004年、伊丹想流私塾にて北村想に劇作を師事。2007年、劇団活動終了とともに、本名の林慎一郎としての活動に切り替え、公演毎に俳優を集める個人プロデュース「極東退屈道場」を発足。都市に暮らす人々の姿を、俯瞰的な目線からノイジーに点描することで、浮遊する「現代都市」の姿を切り取ろうと試みている。代表作に、函館とおぼしき夜景を背景に、ロープウェイの中に行き過ぎるいくつかの冬に浮かびかつ沈む人々の会話を描く『夜ニ浮カベテ』(2004年初演/(劇)ミサダプロデュース)、地下鉄に乗り込む都市生活者を点描した 『サブウェイ』 、コインパーキングから狂騒的に「現代」を切り取った『タイムズ』で、第18回OMS戯曲賞大賞、第20回OMS戯曲賞特別賞を受賞。『PORTAL』で第61回(2016年)岸田國士戯曲賞最終候補。

極東退屈道場
http://taikutsu.info/

大阪を拠点にした「極東退屈道場」を主宰する林慎一郎が脚本を書き、演出家の松本雄吉(維新派)とタッグを組んで発表した作品。大阪市の“衛星都市”であり、伊丹空港がある豊中市が題材。壁に穴をあけて空間を飛び超えていくパズルゲーム“PORTAL”と、現実の街を舞台にした陣取りゲーム“ingress”をモチーフに、実在の地図、バーチャルな地図、記憶の地図を重ね、飛行機が飛び交う衛星都市に立ち上がる現代神話を描き出す。2016年6月18日に亡くなった松本の遺作。豊中市立文化芸術センター開設プレ事業公演。

松本雄吉×林慎一郎『PORTAL』
(2016年3月) 撮影:井上嘉和
Data :
[初演年]2016年
[上演時間]1時間25分
[幕・場数]1幕32場
[キャスト]11人(男6・女5)

 大阪市オオサカの50万分の1の地図が風に震える中、「さあゲームを始めましょう」と、男(クラウド=中心)の声が暗闇に響く。

 クラウドが何かを括り付けられた鎖を放り投げると、それが落ちたところに地図をつくるエージェントたちが杭を打つ。その杭に従って街の境界が決まり、鎖を投げる度、杭を打つ度に街は広がり、その姿は刻一刻と変化する。クラウドが投げていたのは、ポータル(入口、穴)をつくる男・ハンマー。彼が投げられる度に街中にポータルが出現し、家が建ち、道ができ、人が暮らし始め、都市が増殖する。

 東西を貫く国道と南北を貫く高速道路を、バイクの女が走り続けている。

 街の境界に立つクラブ「待合室」で朝まで踊る男女は、帰れなくなった都市住民。ここでハンマーは、いつのまにか銃を手にしていた。ハンマーは投げられるたびに銃で穴をあけ、クラウドを探し続ける。

 スマートホンのゲームに興じる群衆。現実の地図をスマートホンで開くとバーチャルのポータルが浮かび上がる仕組みになっている。ポータルには謎の物質が満ちているので「ヤバいから塞ごう」と主張する青のエージェントと、逆にその物質に「被爆すれば進化する」と主張する緑のエージェントが、ポータルをハックする陣取りゲームを繰り広げている。

 定期的に、ジャティック(日本道路交通情報センター)のアナウンサーによる高速道路渋滞情報を知らせるラジオニュースが流れる。そのアナウンサーたちと掛け合うように、DJクラウドが、「地図にあいた虫食い穴(ポータル)を張り切って探して!」と元気よく語りかける。

 飛行機が飛び交うニュータウン、文化住宅の一室で女がひとりラジオを聞いている。同じ文化住宅の一室では、ハンマーがビデオカメラに向かって鬱屈した思いを吐き出し、壁に向かって銃をぶっ放し、「街に穴をあけに行きます」と、また外へ出ていく。

 ショッピングモール、パチンコ屋、立ち並ぶ高層マンション、古びた団地、コンビニ、文化住宅。バイクに乗った女は、流れていく景色の中、国道「回帰線」を東に向かう。

 スーパーやホームセンターが建つと、駐車場完備のパチンコ屋ができ、ロードサイドには<町外れの街>が生まれる。パチンコ屋「ラスベガス」で「ご来店、誠にありがとうございます」と店内放送をしているのはクラウドだ。

 夕方、キャラバンのように帰宅するエージェントたち。その行進から外れたハンマーが文化住宅に戻ると、ラジオを聞く女が家で待っていた。地図を見ながら女に自分の故郷の話をするハンマー。

 二人はそこから故郷の家へダイブし、机に散らばった「顔」のパーツで福笑いをする。ハンマーは「口」の穴から女を覗きながら、世界の真ん中、南の海、北の海、それぞれに住む三人の王様の物語を語る。そして女が止めるのも聞かず、また穴をあけに出かけていった。

 インターネットカフェ「予備校」、レンタルビデオ屋「インストール」、シャッター商店街、酒屋前の自販機。あらゆるところに出現するポータルと、そこに群がるエージェントたち。

 文化住宅では韓国語の賑やかな会話と、肉を焼く音が聞こえる。クラブ「待合室」では不完全な都市住民たちが踊っている。ハンマーが彼らにクラウドの居場所を尋ねると、「おまえは境界を越えた、犯罪を犯したから追われている」と告げる。ハンマーは踊る彼らを撃つ。

 穴だらけの地図が広がるエアポート「空き地」で、再びクラウドとハンマーが対面する。ハンマーが「なぜ自分を投げるのか」と問うと、クラウドは「重い物をただ遠くへ投げたいだけ」と返答する。クラウドはハンマーの手を取り、また放り投げた。

 ケープタウン14322km、マッターホルン9638km、六本木ヒルズ401km、甲子園球場11km、小学校390m……あらゆる方向に向く道しるべの前に、地図を持ち立ち尽くす人々。彼らは福笑いのごとく地図を並べていく。

 宇宙の真ん中で神のごとくクラウドが叫ぶ。「さあゲームを始めましょう」。

 正時が近づくことを知らせる秒針の音、ある日の時報。街は増殖し続ける。

この記事に関連するタグ