原田ゆう

見上げる魚と目が合うか?

2013.02.08
原田ゆう

原田ゆうYu Harada

1978年生まれ。玉川大学芸術学科、日本大学芸術学部の大学院で演劇を専攻。卒業後、APE、ニブロールなどコンテンポラリーダンスの舞台にダンサーとして出演。2008年よりイデビアン・クルーに参加。また同世代の振付家・演出家で結成した群々(むれ)にも参加している。並行して劇作活動も続け『キッチュ』が第5回かながわ戯曲賞の最終候補に選出。『見上げる魚と目が合うか?』で第18回劇作家協会新人戯曲賞を受賞。

200本の応募作から選考された第18回(2012年度)劇作家協会新人戯曲賞受賞作品。原田ゆうは1978年生まれで、コンテンポラリーダンスのカンパニー「イデビアン・クルー」所属のダンサーでもある。デザイン事務所の面接を受けに来たふたりの女性が、面接係が中座している間に窓から見たビルの屋上の人影をモチーフに展開する一幕劇。

Data :
[初演年]2012年
[上演時間]45分
[幕・場面数]一幕
[キャスト数]2人(女2)

 都内デザイン事務所の応接室。テーブルを前に、30代の女性ふたりが並んで座っている。

 ひとりは、こなれたファッションの梨絵。もうひとりは、黒のパンツスーツでいかにも求職者然とした垢抜けない格好の妙子。ぼんやり座っていた梨絵はとなりの妙子をふと見つめ、夢想的なイメージを語り始める。

 ──海を群れで泳ぐ魚たちがトロトロに溶けてゆく。溶けきれない魚もいて、そういう魚は尾や背びれがバラバラに外れていく──

 「そんな魚がいるって知ってる?」いきなり妙な話を振られて、妙子は当惑する。

 梨絵は、沈黙が気詰まりだったのと、面接係が急に席を立ったことで動揺し、つい話しかけたと言い訳する。

 気まずい沈黙が溶け、お互いの自己紹介がはじまる。

 妙子は調理師として給食センターで8年勤務し、突然デザイナーを志して応募してきた。職を転々としてきた梨絵は、アパレル関係で働いたことはあるがデザインの経験はない。お互いの紹介がひとしきり終わると、話題は再び魚の夢想にもどる。

 ──トロトロに溶ける魚とバラバラになる魚、どうちがうんだろう。──トロトロに溶ける魚は卵をたくさん産むよい魚で、バラバラになるのは子孫を残さない悪い魚。

 ふと地震のような揺れを梨絵は感じるが、妙子は感じない。周囲の状況を確認しようと梨絵が窓を開けると、近くのビルの屋上に人影があることに気づく。

 探し物かな、と妙子。飛び降りでしょ、と梨絵。飛び降りなら警察に通報したほうが、と妙子。通報なら誰かしてるし、と梨絵は答えるが思い直し、携帯電話で警察に通報する。

 あの人影は、男かしら、女かしら。どこか夢想の続きのように、ふたりはのんびり話し続ける。

 人影を「オガサワラ」と名づけ、30代男性に決めるふたり。そして、彼が飛び降りを思い留まるような服について、無責任にあれこれ決めつけながら盛り上がる。そのうちに、梨絵は「オガサワラ」の心情を勝手に想像し、話し始める。話しながら次第に「オガサワラ」へ憐みの情が増し、その思いはどんどん激しくなっていく。

 「大丈夫ですか?」の妙子の声で、漸く我に返る梨絵。再び、妙子が「オガサワラ」の様子をうかがうと、大人のように見えていた「オガサワラ」のシルエットは縮み、少年のシルエットになっていた。ふたりは「オガサワラ」を大人と見間違えていたのだ。

 妙子は急いで助けに行こうとするが、梨絵は神様にまかしておけばいい、運命は変えられないと主張して妙子を引き止める。妙子は「バカじゃないんですか!」と言い、梨絵を振り切って出て行く。しかし、すぐに妙子は戻ってくる。

 「飛んじゃいました。間に合わなかったのはあなたのせいですよ」と梨絵を責める。しかし、屋上にはまだ少年の姿があった。

 「うそついたの?」と梨絵。「私、普通だ」と妙子。子どもが危険なところにいるのに助けに行かない自分は普通すぎる、こんな普通すぎる自分はクリエイティブなデザイナーの面接に受かるはずがないと、自分の普通さを延々と嘆く。

 その様子を見て、「歯がゆい」と梨絵。妙子は「歯が、かゆいんですか。溶けていく顔ってこんな感じなんですか」といきなり、両手で梨絵の頬を挟む。

 妙子は、給食センターで、帽子とマスクで顔を覆って働いていたときの話をする。今までと異なる何かになりたかったと。そして、「屋上の少年が、もし私だったらどうしますか」と梨絵に尋ねる。

 「もちろん助けにいく」と梨絵。

 ふたりは見つめ合ったまま、少しの沈黙。

 梨絵は少年のおかれている絶望的な状況、心情を先ほどのように勝手に想像し、代弁するかのように話し始める。少年に激しく感情移入する梨絵だが、自分は傍観者だと言い、決して少年を助けに行こうとはしない。

 ふたりが少年をあらためて見ると、少年がこちらを見ていて、そして、目が合ったように思う。

 すると、妙子は、少年は自分たちのために屋上に立って苦しんでいるのだと言い、部屋に置かれていた試作品であろうジャケットを手に取り、これを少年に着せて、その姿を見た自分は変われると興奮する。

 梨絵はその軽薄さを認めないが、妙子は出て行き、少年のところへ向かう。

 ひとり残った梨絵は、携帯電話のムービーで自分、室内、そして窓の向こうの屋上を撮影し、「ありえないことが起こりました」と、テレビレポーターのまねごとをする。そして、最後に自分にカメラを向け、「オガサワラくん、私、謝らないですよ」と言い、窓を閉めて、部屋を出て行く。

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