ケラリーノ・サンドロヴィッチ

シャープさんフラットさん

2009.06.17
ケラリーノ・サンドロヴィッチ

ケラリーノ・サンドロヴィッチKeralino Sandorovich

1963年生まれ。横浜放送映画専門学校(現・日本映画学校)を卒業後、バンド「有頂天」を結成し、ヴォーカリストを務める。インディーズ・バンドブームの中心的な存在として音楽活動を行う一方、劇団健康を旗揚げして、1985年から92年までナンセンス・コメディを中心とした作品を発表。93年に演劇ユニット「ナイロン100℃」を立ち上げ、ほぼ全公演の作・演出を担当している。公演を「セッション」と称し、レギュラーメンバーに加え、毎回、多彩な客演を招いた企画性豊かな舞台を展開。得意のナンセンス・コメディのほかに、シチュエーション・コメディ、ダンス・映像・コントなどをミックスしたライブ的作品、女優だけによる西部劇など、多様な作品を発表している。99年に『フローズン・ビーチ』で岸田國士戯曲賞受賞。2002年第1回朝日舞台芸術賞、2002年『室温〜夜の音楽〜』で第5回鶴屋南北戯曲賞および第9回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。

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時はバブル景気のはじける数年前。場所は、北アルプスを背にして建てられた、長期滞在型の高級ホテルを思わせるサナトリウムの談話室。療養施設とは名ばかりで、都会から逃れてきた人々の隠れ家と化したこのサナトリウムに、それぞれのやましさや鬱屈を抱えた登場人物たちが入所している。そんな彼らの生きる姿を、バブル景気が崩壊してサナトリウムが閉鎖されるまでの数年間に濃縮して描いた群像喜劇である。ひとさまと同じように生きているつもりなのに、する事なす事少しずつずれてしまう浮き上がった人間のことを、「シャープさんフラットさん」と作中で名づけているのがタイトルの由来。主役の辻煙は、作者の半生を反映して創作されたキャラクター。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ「シャープさんフラットさん」

ブラックチーム

ケラリーノ・サンドロヴィッチ「シャープさんフラットさん」

ホワイトチーム

NYLON100℃ 32nd SESSION 15years Anniversary ダブルキャスト2本立て興行『シャープさんフラットさん』
(2008年9月〜10月/本多劇場) 撮影:引地信彦
Data :
[初演年]2008年
[上演時間]2時間45分
[幕・場面数]1幕37場
[キャスト数]16人(男9・女7)

 30歳になったばかりの劇作家辻煙(つじけむり)が、そこそこ勢いのあった自分の劇団を放り出してこの施設に逃げ込んでから2年になろうとしていた。彼の背後には時々、酷薄だった母とお人好しの父の幻影が浮かびあがり、妄想の中で会話している。ある日、新しい戯曲の執筆を依頼するため劇団員たちが辻を訪れるが、「ふつうの笑い」には飽きてしまい、「笑いのコード」を踏み外した訳の分からないものしか俺には書けない、と断る。だがその裏には、世間よりずっと先をいっている「俺の笑い」が受けないことの、苛立ちと高ぶりと諦めとが心の中で渦巻いている。

 かつて売れっ子だった漫才師の園田研々(そのだけんけん)も入居者のひとり。末期の癌だが、妻の春奈(はるな)にだけには病気のことを知らせずにいる。大量の吐血や下血をするほど病状の差し迫った研々は、やがて昏睡状態となるが、春奈は辛さのあまり研々がすっかり快復して今日にも退院するという妄想に閉じこもってしまう。

 会社経営の音波究二(おとなみきゅうじ)が息子小骨(こぼね)の見舞いにやってくる。その父に毎月会いに来たければ月50万円ずつ振り込め、それなら会ってやると卑劣な甘え方をする小骨。だがそれもバブル景気がはじけるまで。崩壊後、裕福に見えていた究二の会社は倒産、母の死後残されていたのは借金だけだと分かり、小骨は退居者の荷物の中から3万円を盗む。それを所員成瀬南に見られて殺害してしまう(ホワイトチーム・バージョン)。

 辻がサナトリウムに雲隠れしたもうひとつの原因は、恋人であり主演女優でもあった美果(みか)との冷え切った関係にあった。口げんかを繰り返したすえ、とうとう階段の上から美果を突き落とし、一生消えないアザをその顔に刻んでしまった罪の意識に苛まれていたのだ。

 そんな辻のところに父親の幻が現れ、その後に続くようにおかしな格好をした6人が登場する。それは劇団員たちにそっくりだが、役者ではなく辻の作品に書かれた「役」たちだという。「役」たちは、もう一歩頑張れなかったのを辻に「すまない」と思っていると話す。むしろ問題は自分にあったのに「役」たちに謝られ、辻はなにか救われたような気持ちになる。

 辻は、自分の「分かりにくい笑い」の唯一の理解者である研々の元相方、途中入居してきた赤坂と二人、笑えるのか笑えないのか微妙なラインのやりとりを、繰り返すのだった。


 なおこの戯曲は一部ダブルキャストで上演されたため、細部のギャグなどが異なったホワイトチーム・バージョンとブラックチーム・バージョンの二種類の台本がある。

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