Data
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[初演年]2006年
[上演時間]2時間
[幕・場面数]1幕7場
[キャスト数]6人(男1・女5)
本谷有希子
遭難、
本谷有希子Yukiko Motoya
1979年、石川県生まれ。劇作家・演出家。「劇団、本谷有希子」主宰。高校卒業後、大人計画『ふくすけ』、宮沢章夫監修『altT.4』、ヴィレッジプロデュース『1989』に出演。00年9月劇団を旗揚げした。戯曲『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を小説化し第18回三島由紀夫賞、小説最新作『生きてるだけで、愛。』が第135回芥川賞にそれぞれノミネートされ、小説家としての活動にも注目が集まっている。
生徒の母親である仁科が、女教師江國をひどく詰問している。息子の京介が自殺未遂をしていつ目覚めるかわからない昏睡状態になっているのは、助けを求めたはずの江國が無視して何も手をさしのべなかったせいだと詰っているのである。
同じ職員室にいてそれを聞かされる不破、里見、石原の三人の教師たちも針のむしろに座らされている思い。毎日訪れる仁科に手を焼いた学校側によって、二年生の担任である四人が全員、この旧校舎の仮職員室に体のいい追放を食らっているのだった。
息子が先生に出したはずの助けを求める手紙をいつか見つけてマスコミに訴えてやると息巻く仁科。恐縮しながらも、自分は受け取っていないのだと答える江國。それを見かねて江國をかばう、ものわかりのよいリーダー格の教師、里見。
一方、校内では、尾崎という女生徒の机や鞄を彫刻刀でズタズタにしては、縦笛やら体操服を奪っていくという奇妙なストーカー事件が起きており、「尾崎犯」と名づけて男教師・不破は今日も見回りに出かけてゆく。
仁科が去り、江國も帰ったあと、石原は里見にこういう。
「仁科から手紙もらったの……里見先生ですよね。このことをみんなに言います」
石原は、里見が手紙を読んだあと破いて捨てるのを目撃していた。セロハンテープで張り合わせた手紙を出す石原。「里見先生へ。僕は先生のせいで自殺します」云々と書かれている。石原が机の引き出しにしまった手紙を盗み出し、「どうしよう」と思案する里見。
翌日。石原が手紙のことを不破、江國に話そうとすると、手紙は偽ものにすり替えられている。里見はしらばっくれるが、やがて手紙を受け取ったことを認め、自分も14歳の時辛くて自殺未遂を起こした、と告白する。運ばれた病院で担任の先生から「でも、あなた本当に死ぬ気なんてなかったんでしょ?」と耳元で囁かれたことも。
江國は、「それがトラウマになって相談にのれなかったのね」と里見を慰め、手紙は自分がもらったことにするからとかばう。トラウマという言葉を巧みに用いて開き直るだけでなく、人を思うままにコントロールして陥れてしまう悪魔のような里見。
中学時代から虚言癖があり、自分に甘く、他人を傷つけてきた里見。その原因を中学時代の先生のせいにしている里見は、トラブルがあるたびに電話をかけ、「私がこんなんなっちゃったのはあなたのせいでしょ。トラウマでしょ」と訴えている。なんと尾崎犯も、そういう自分の本性を尾崎に知られてしまったのではないかと思った里見が学校にこさせなくするためにでっちあげた狂言だった。里見は人の秘密を握り、秘密がなければでっちあげてまで自分が立派な教師であるという虚像を守るべく、さまざまな企みを実行に移す。
しかし、家出していた尾崎がもどってきたことから、神経過敏になった里見の妄想がはじまり、ついに自分の自殺は二階から植え込みに飛び降りた茶番だったこと、仁科京介をわざと見捨てたことを、告白してしまう。
江國の恨み、真実を知った仁科の母の驚きと息子を虐待していた真実、不倫など、里見の行為によって逆に人間関係の暗部がえぐり出される。誰もが「ダメ人間」であることを指摘して再び開き直る里見。
「本当はトラウマなんてないくせに」と嘲られた里見は、自分のアイデンティティであるトラウマをみんなに認めさせようと、まるで中学時代の再現のような飛び降り自殺をほのめかす。「あなたのトラウマを解消するには、あなたが言われたかった言葉を京介君にかけてあげればいい」という石原。「私の性格がこうなったのはトラウマのせいなんだから。私から原因取らないで」と抵抗する里見。病室につながった電話を渡された里見の言葉は‥‥‥。どこかからかすかに吹雪の音が聞こえてきて、照明が青く里見を浮かび上がらせた瞬間、暗転。
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