Presenter Interview プレゼンターインタビュー

2022.4.18
近藤良平 撮影:宮川舞子

“Crossing” as a theme to make a theater more fascinating
Ryohei Kondo’s next stage as an Artistic Director

日本

クロッシングで劇場を面白く
近藤良平が芸術監督に就任

ダンス、音楽、コント、映像などがクロスした舞台で人気の「コンドルズ」を率いる近藤良平。全国各地での公演や市民を対象にしたワークショップ、身体表現による教育プログラムなど、縦横に活躍し、2022年4月、新たに彩の国さいたま芸術劇場芸術監督に就任。彼のクロッシングな精神と劇場への抱負について聞いた。
聞き手:編集部

近藤さんには2005年のアーティスト・インタビューにもご登場いただき、踊りを始めたきっかけや1996年に結成されたコンドルズの成り立ち、作風などについて伺いました。今回は、新たに就任することになった彩の国さいたま芸術劇場(以下さい芸)の芸術監督としての考えと取り組みについて、また、長年全国で展開してきたワークショップや子ども向け企画などについてお聞きできればと思っています。
 前回のインタビューは2000年代に入ってすぐでしたね。海外公演や全国ツアーなど「新しいところへ行こう」の精神が強かったコンドルズ開拓時代(笑)。その後の活動を振り返ってみて面白いと思うのは、そうやって出会っていった全国の劇場や主催者とのお付き合いが今も継続していることです。僕たち自身「1回で終わらせたくない」という思いがありますし、みなさん好意的で「また来年やろうよ」と盛り上がった結果です。

 この頃は、2001年の台北・香港を皮切りに、2002年のアメリカ・ツアーや2007年のヨーロッパ・ツアーなど海外にも出かけていきました。向こうの観客を含めて、自分たちの存在を知らない人たちと出会う海外公演はすごく試されるし、別の緊張感がある。この両面を繰り返した20年だった気がします。
毎年、夏に行っているコンドルズのツアーでは日本各地に行っています。
 京都三条にある元・新聞社支局の歴史ある建物を劇場にした「アートコンプレックス1928」では1999年から連続で10年以上、公演させてもらいましたし、閉館してしまいましたが福岡のイムズホールにも2001年から毎年行ってきました。広島、大阪、仙台にも20年前後、断続的に通ってきました。劇場、放送局、ワークショップに参加してくれた人など、各地に応援団のような人たちがいて、どこの公演も長く続いています。北は札幌、中標津や道東に毎年のように行っていた時期もありました。その土地にいる高校生全員を集めてコンドルズ公演を観てもらったり、人の数よりも牛の数のほうが多そうな場所で公演をやるのはすごく面白い(笑)。ダンスを初めて見る人も多いので、公演を打つだけではなく、ワークショップなどで交流しました。そうするとみんなにちょっとした「ダンス熱」が生まれて、次に繋がっていくんです。
コンドルズは、日本においてはコンテンポラリーダンスと言われています。コンテンポラリーダンスは可能性を追求するあまりアプローチが先鋭化することもあり、一般には難しく捉えられがちですが、コンドルズは身体表現の幅の広さと寛容性を具体的に表現していてとても親しみやすい。ダンスを踊ったことがない人、子どもたちさえも「僕も/私も踊ってみたい」と思わせてしまうような魅力があります。
 僕自身はオープンマインドな性格だから「どうせそこにいるなら一緒に踊りましょう」と技術スタッフを舞台に誘うこともありますからね(笑)。それにいつも、「踊り方は人それぞれ自由だし、どんな動きもダンスなんですよ」というつもりで踊ってきたので、観客もそう捉えてくれているんだと思います。

 初期はちょっと尖った作品を踊っていたかもしれないけど、2003年に自分の子どもが生まれたことで、“幼児目線”が加わった気がします。テレビの子ども番組(NHK教育「からだであそぼ」内「こんどうさんちのたいそう」)にも関わり、それが舞台にも波及して、子どもが喜ぶ表現も含めたくなってきた。「こうでなくてはいけない」という固定観念が外れたことによって、子どもとか、学生とか、大人とか、そんなに区別しなくてもいいというか……。年齢や技術などの条件を気にしなくても、みんなで一緒にできるんじゃないかと気づいたところはあります。隙あらば、「ダンスは、もっといろんな人、どんな世代の人もやっていいんだよ」と言いまくっています。
2022年4月にはさい芸の芸術監督に就任されます。芸術監督といっても立場はいろいろです。さい芸では、初代館長の諸井誠さんが立ちあげたクラシック音楽事業も充実していますし、前芸術監督である蜷川幸雄さんが積み重ねてきた演劇事業もあります。また、ダンスではこれまでも意欲的な海外招聘や若手アーティストの育成も行ってきました。まず、近藤さんはどのような立場で関わられるのですか。
 僕の場合は自分の専門であるダンスだけではなく、音楽、演劇にも関わりますので、“総監督”といったイメージかもしれません。それぞれこれまでの実績があるので、担当者と相談しながら進めていきたいと思っています。それで、目指していく全体のテーマを「クロッシング」に決めました。さまざまなジャンルのアーティストが刺激を与え合い、交わり合うことで新たな表現を生み出せればと思っています。また、この「クロッシング」には、多様な人々、地域(あるいは地域間)との“クロス”という意味も含まれていて、地元の埼玉はもちろん、学校、文化団体、全国の公共劇場やホールともつながり、刺激的な創造の交換ができればと考えています。
蜷川さんから受け継ぐ部分もあるのでしょうか。
 まず彩の国シェイクスピア・シリーズに関しては、コロナの影響で完走できなかった『ヘンリー八世』を再演します。このシリーズについては、蜷川さんが亡くなってから吉田鋼太郎さんが芸術監督をされているので、37作品完結後の展開について吉田さんと相談しているところです。また、まだ構想段階ですが、蜷川さんがつくった「さいたまゴールド・シアター」や「さいたまネクスト・シアター」のような高齢者や若者の活動については、その精神を受け継ぐような活動ができればと思っています。あらゆるジャンル、あらゆる世代、有名無名にこだわらない表現者を集めた緩やかなグループの活動を通して、未だ見ぬ表現を模索したいです。

 実は劇場が大規模改修工事に入るので(2022年10月〜2024年2月まで休館予定)、その間を利用していろいろなところで事業を展開したいと思っています。そのひとつが「埼玉回遊」という企画ですが、僕ももっと埼玉のことを知りたいですし、施設じゃなくてもいいので、キャンピングカーで公園とか駐車場とかを巡りたいなとか、地域のいろんなことを発掘しながら交流を図るキャラバンを計画中です。そういう場でさまざまな人がクロッシングすることによって、あちこちに“小さな共同体”が生まれるような活動ができればいいなと思っています。
芸術監督として発表される第1作目がシェイクスピアの『テンペスト』をモチーフのひとつにした「ジャンル・クロスⅠ『新世界』」です。 近藤さんを演劇の長塚圭史さん(演出補・出演)がサポートする形で、ダンス、演劇、サーカス、音楽など、さまざまなジャンルのパフォーマーが“クロス”する企画です。長塚さんは劇作家・演出家・俳優として活躍されていて、昨年度、KAAT神奈川芸術劇場の芸術監督に就任された芸術監督仲間です。実は、今、日本は芸術監督の世代交代時期でもあり、そういう意味でも興味深い。長塚さんとは古くからのお知り合いだと伺いました。
 そうです。二人とも大学を卒業した頃からの知り合いなので、20年以上の付き合いになります。コンドルズのメンバーである小林顕作が圭史の主宰している阿佐ヶ谷スパイダースに出演したのがきっかけで、僕も振り付けをしたことがあります。彼はコンドルズの初期メンバーとして舞台で踊ったこともあります!

 僕の方はダンス寄りの人間なので演劇にどっぷりハマったりはしませんでしたが、圭史との繋がりなどでいくつも劇団を知っていますし、その後も彼が作・演出した新国立劇場のプロデュース作品を振り付けし、出演したこともあります。ですから圭史のことはよく知っていますし、演劇でのポジションについてもわかっているつもりです。その上で、彼はやっぱり劇作家なんだなと思います。ダンス寄りの僕は、突然リンゴを出すとか、脈絡のないこと、異質なものの組み合わせを面白がるのですが、劇作家は論理を通して筋道をつくる。そこが決定的に違うんだと思います。今回の舞台では、物語をどう組み込むかなどを圭史と相談しているところです。
『新世界』には、ジャズやロックや民謡など、バラバラの音楽的バックボーンを持つユニークなミュージシャンも出演します。近藤さんは長塚さんなど人を通じて演劇とクロスしてきたのに加え、ギターやトイピアノなどいろいろな楽器を演奏されるミュージシャンでもあります。コンドルズには軽音学部があってライブハウスで演奏していますし、プレイヤーとしても音楽への造詣が深いですね。
 中学まで南米にいて、その頃は音楽をやっていたので、楽器はいろいろ演奏します。楽器そのものが好きでたくさん持っていますし、自分でオリジナル楽器もつくります。歌もなんやかんや自分でつくっていますね。

 クロッシングという意味では、現代サーカスの人達とやるのを楽しみにしています。サーカスの世界とか、アクロバティックな身体の動きとかはもちろん好きですし、知っていますが、一緒につくるのは今回が初めてなので。サーカスでは輪や玉など「モノ」を使いますが、それを使ってずっと練習している間に「モノ」にアイデンティティが生まれるでしょ。面白いと思いませんか?

 ダンスは身体だけですから、じゃあ、サーカスの人がその道具をなくしたら何の人になるんだろう?ミュージシャンは楽器を持っているとすごくカッコイイけど、楽器を取り上げると何の人なの?とか。道具を使ってサーカスをはじめると、鍛錬や魅力から逃れられなくなって、ふと気づくと孤独な世界に行ってしまって、そこでの結果だけを見られたりするんじゃないか。それで一度、サーカスの道具もミュージシャンの楽器も全部どかして、人と人として付き合ってみるとどうなるのかなと。俳優から演技をなくして、ダンサーからダンスをなくして、人だけがいて……。そういうことを想像するだけでワクワクするんですよね。結果の部分だけを集めて見せるような舞台にはしたくないので、稽古場でいろんなことを試してみたいと思っています。
蜷川さんのレガシーのひとつが、音響や照明のプランナーまでできる劇場付のテクニカル・クリエイターを育てたことだと思います。長年、さいたまゴールド・シアターやさいたまネクスト・シアターのクリエーションに参加し、海外からの招聘公演で世界トップクラスのスタッフワークに接してきたスタッフについてはどのように受け止めていますか。
 アイデアを含めていろんなことが相談できるスタッフが劇場に揃っている、これは恵まれた環境だと強く感じます。芸術監督に就任することが決まってから、2021年9月に、「ダンスのある星に生まれて」と題したオープンシアターをやりました。地域の人たちに劇場のことを知ってもらうための企画です。いくつかパフォーマンスも入れましたが、その時もテクニカルの人たちが積極的にアイデアを出してくれて、スタッフの強いやる気を感じました。コロナで先の状況は読めませんが、オープンシアターは毎年開催したいと思っています。

 僕はこの事業企画のコンセプトを「子ども目線で劇場の楽しさを感じてもらいたい」ということだと捉えています。大きな公園に行くと、シンプルになんだかワクワクするじゃないですか。それと同じで、劇場全体でいろんなことをやって、屋外でマルシェを開いたり、最寄り駅からの道のりや地域も巻き込んで、とにかく劇場は楽しいところだというのを体験してもらいたいと思っています。
テレビの子ども番組がきっかけで、2014年からいろいろな劇場でNHKエデュケーショナルと一緒に参加・体験型の企画「コンドルズの遊育(あそいく)計画」というイベントを開催しています。これはオープンシアター事業に近いもののように思いますが、少し紹介していただけますか。
 イベントの趣旨は別として、僕としては劇場は緊張する場所ではなく、すごく面白い場所だというのを伝えたいと思っています。劇場に入ると、ホワイエからダンボールでつくられた仕掛けがいろいろあって、その迷路のようなところを抜けるといつのまにか舞台上にいる。そこでコンドルズのメンバーなんかと縄跳びなどで遊んでから、滑り台をすべって客席に行く。それからステージがはじまるんです。すると、「この場所は知ってる」という子どもたちの食いつきがあるので、反応が全く違う。自分のアジトのように思っているので、そこで僕たちが踊ると、「自分たちだけやってズルイ」と思うんです。
ダンスのある星に生まれて
ダンスのある星に生まれて
ダンスのある星に生まれて

「ダンスのある星に生まれて2021」(2021年9月)
撮影:宮川舞子

コンドルズの遊育計画
コンドルズの遊育計画
コンドルズの遊育計画
コンドルズの遊育計画
コンドルズの遊育計画
コンドルズの遊育計画

「コンドルズの遊育計画」
写真提供:NHKエデュケーショナル

とても面白いですね。近藤さんの大学の卒業論文のテーマは「キャンプ」だそうですが、レクリエーションみたいに構えることなく遊びを考えられる達人だと思います。「にゅ〜盆踊り」(*1)という企画では、みんなでオリジナル盆踊りをつくっていろいろな場所に踊りを広げていくこともずっとされていますし、今、公立劇場に求められているのは、そういう遊びの感覚かもしれません。ところで、近藤さんとさい芸には、芸術監督就任前から作品づくりを通して積み上げてきた関係性があります。2006年からはほぼ毎年、さい芸のプロデュースでコンドルズの新作公演をされていますし、子どもと大人のためのダンス公演「日本昔ばなしのダンス」で作品を発表し、レパートリーとして全国の劇場などで公演しています。
 コンドルズは舞台監督から音響・照明までコンドルズのチームで動いているので、さい芸のプロデュース公演もそのチームでつくっていますが、同じくさい芸のプロデュース企画であるシリーズ「日本昔ばなしのダンス」ではさい芸のテクニカルの人たちと一緒につくっています。僕はこれまで『ねずみのすもう』(2006年)、『はなさかじいさん』(2008年)、『モモタロウ』(2013年)、『かさじぞう』『てんぐのかくれみの』(共に2019年)の5作をつくりました。日本昔ばなしを知らない人はおそらくいないし、大人と子どもの接点になる。そこにダンス的なアプローチをするのは斬新だし、公立劇場の土壌に載せるのは非常にいいと思います。コンドルズの公演は規模が大きいけど、これは人数も機材も少ないので劇場外にも持って行きやすい。『ねずみのすもう』は幼稚園でやったこともあります。

 子どもたちの反応がめちゃくちゃ面白いんです。同じところで笑わないし、ツッコミを入れてくるし。こちらも子ども向けと大人向けのネタの両方を入れていますが、子どもと大人の反応が違うのは貴重です。それと、こういう作品がレパートリーになることが大事な気がしています。繰り返し上演されることで作品が成長していく。その感覚を見る側にも感じて欲しいと思っています。
コンドルズにはソロで活躍している若手のダンサーもメンバーとして参加しています。彼らにとってはコンドルズがとてもいい経験の場、成長の場になっているように思います。さい芸での若手ダンサーの育成についてはどのように考えていらっしゃいますか。
 若い世代はやはり重要です。彼らが元気でいてくれて、面白がってくれないと未来はありませんから。まずは面白いカンパニーでも作品でも人でもいいですが、ダンスそのものが輝いていないとダメだと思っています。若手の育成に関しては、神楽坂セッションハウス(*2)でも長年取り組んでいて、ここで僕は若手の振付作品をたくさん観る機会があります。ただ、振り自体はいいのに、題材がつまらないことがすごく多い。漠然として、ふわふわしたところで作品をつくっても全然面白くないし、人の心に響かない。何をつくりたいのか、どういうことを考えているのか。そこを言葉にしたり、身体で表現する訓練はすごく必要な気がします。

 そのためには討論というか、やっぱり話せる場所がないと、自己完結しちゃう。茶を飲みながら雑談するのでもいいのですが、要するにそういう素直な話しができるコミュニティがないのでしょうね。コミュニティのないところからは創造も生まれない。根本的な問題だけど……。僕としては、もっとポジティブにダンスの表現をすることが、みんなに対して自分を表現する上でもいい手段なんだということを伝えていきたいと思っています。
若手育成について具体的に考えているプログラムはありますか。
 「さいたまダンス・ラボラトリ」(若手ダンサーの育成や中堅アーティストによる作品創作を目的として、2018年度からスタートした事業)は継続するべきだと思っています。人に見てもらえる作品をつくり、その舞台に立つことは重要です。舞台は目標になりますし、ダンスは自分の鍛錬だけというわけではないですからね。
近藤さんのお話を伺っていると、コンドルズの精神というか、結果として見えているダンス作品ではなく、つくり方の中にある生き方のようなものを芸術監督としても大切にしたいのではと感じます。1996年に結成されたコンドルズは昨年25周年を迎えました。現在、総勢18名。途中から若手も加わりましたが、初期メンバーがほぼ欠けずに残っています。ダンサーや振付家として自分の活動をしている人もいますし、大学准教授、書道家、バー経営者、会社社長と、社会人としての顔をもつ人が多いです。決してダンスの技術だけで勝負しているわけではない稀有な集団です。どのような作品づくりをされていますか。
 30代から還暦間近まで幅広い年齢層のメンバーがいますが、常に全員が同等に喋っていますし、それこそ独特のコミュニティがあります。結婚して幸せなヤツもいれば、家庭よりコンドルズの方が心地いい居場所になってるヤツもいる(笑)。みんな人生のいろいろなタイミング、いろいろな事情を抱えてコンドルズを続けています。自分で言うのも何ですが、創作よりもそこの部分が凄いんです(笑)。コンドルズだけじゃなく、新しい団体、組織と何かをやるにしても僕の中ではこういうコミュニティをどこかに求めることが重要な気がしています。単純にコミュニケーションをとらないと何もはじまらないということなんですが……。

 作品については、飲み会の中でアイデアが出てくることが多いです。メンバーがチョロッと言った面白いことも含め、僕は全部紙にメモします。イメージで浮かんだことは忘れないようにスケッチもします。飲み屋では「ここで人が浮かぶと面白い」とか、簡単に実現できなさそうなこともつい言っちゃうじゃないですか。だけど舞台上では意外とどんなことでもできるし、言っちゃったからには頑張って実現させようとするので(笑)。ただ、飲み会で話すからと言って、コンドルズのメンバーは内輪っぽくなることを嫌う。海外で初めての人の前でパフォーマンスする恐ろしい体験を共有しているので、内向きになると外に伝わる表現にならないことがわかっているんです。

 みんなで話しながらアイデアを出していきますが、タイトルがどうなるかは大切で、そこから紐解くことも多いです。例えば、新作の『Starting Over』(2022年6月)はジョン・レノンの曲のタイトルですが、「やり直す」「再出発する」という意味もありますよね。メンバーの中にはそもそもジョンの曲だと知らない人もいて、「立ち上がるという意味ならアニメやボクシングでもそういう瞬間があるよね」とか、自由な発想が出てくる。どんどんイメージを広げていくことができるんです。

 ついこの間オンライン配信した『武器よさらば』(2022年3月)は急遽決まった企画で、4日前までタイトルが決まらなかった。ちょうどロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まったタイミングで、あまりの事態にどんな作品をつくったらいいか悩みながら話し合う中で、「タイトルは『武器よさらば』はどう?」となった。その瞬間、みんなで「来た!」と盛り上がって、沈滞した空気が一挙に変化した。今なら青色とか黄色にも意味があるし、音楽、振付、映像といった要素がどんどん膨らんでいきました。ちなみに、特に僕は振り付けを出すのがもの凄く早い。身体を使ったアウトプットについて「これはダメ」と狭めるものがないので、踊りのシーンがすぐにたくさん出来る。こうした小さなアイデアを出し合って、舞台としてみんなで具体化していくのは本当に面白いです。
固い頭で考えると、さい芸の芸術監督がコンテンポラリーダンスの専門家に変わってどうなるかと捉えてしまいますが、近藤さんの「あらゆることがダンスである」という考え方が公立劇場を今までになく開いていくのではないかと感じました。
 作品づくりも大事ですが、劇場と地域が繋がっていくこと、子どもたちが劇場を通して面白いことを体験して、より親しみのある場所になることが重要だと思っています。こうやって芸術監督として取材をたくさん受けていると、面白いぐらい取材者側がいろんないい話をしてくれるんです(笑)。そしてみんな「近藤さん、お願いしますよ」と言葉を掛けてくれる。これって、もっと劇場は面白くなると信じている、そう願っているという証拠ですよね。芸術監督は、ジャーナリスト、劇場職員、パフォーマーといった、劇場に関わる人たちの思いをつなげていくのも一つの役割かもしれない。人と繋がることを惜しみなくやりたいと思っています。
Free as a Bird
Free as a Bird
Free as a Bird
Free as a Bird

コンドルズ『Free as a Bird』(2021年6月/彩の国さいたま芸術劇場 大ホール)
Photo: HARU

コンドルズ公式サイト
http://www.condors.jp/

*1 神楽坂セッションハウス
1991年設立、東京神楽坂にある劇場スペース。レッスンスタジオとしても機能しており、ギャラリーも併設。若手時代のコンドルズメンバーが集って原型となるような作品もここで創作した。同劇場で定期的に開催されている「リンゴ企画」は近藤良平の創作・実験の原点として長年続いているシリーズ。

*2 にゅ〜盆踊り
豊島区とあうるすぽっと(公益財団法人としま未来文化財団)が主催し、近藤良平が創作した「新しい盆踊り」。池袋西口公園などで地元住民を巻き込んで開催され、2009年開始以来、豊島区の夏の風物詩として愛されている。