エスメ・ワード

文化の新たな役割
マンチェスターのエイジフレンドリー・シティ

2017.05.12
エスメ・ワード

エスメ・ワードEsme Ward

英国マンチェスター市は、2010年に創設されたWHOのエイジフレンドリー・シティ・グローバル・ネットワーク(*1)にいち早く参加し、エイジフレンドリー・マンチェスター(AFM)を掲げて高齢者にやさしい都市づくりを推進。2016年4月には対象を人口275万人のマンチェスター大都市圏(GM, Greater Manchester)に拡大し、GMエイジング・ハブを立ち上げた。AFMシニア・ストラテジー・グループおよびGMエイジング・ハブ運営チームの文化戦略責任者を務めているのが、ウィットワース美術館、マンチェスター博物館の学習・参画部門責任者のエスメ・ワードだ

AFMの狙いや文化の役割などについてインタビューした。
聞き手:聞き手:吉本光宏[ニッセイ基礎研究所 研究理事]
協力:ブリティッシュ・カウンシル

エスメ・ワードの歩み

あなたのバックグラウンドと、なぜ高齢社会の文化事業に関わるようになったかを教えてください。
 私はマンチェスター博物館とウィットワース美術館で、市民とどのように向き合うかという活動の責任者(ラーニング&エンゲージメント部門長)を務めています。最初は子どもや青少年を対象にしていましたが、もっと幅広い対象に関心を持つようになり、歳を取った人々とどんな活動をすればいいかを意識するようになりました。普段文化には関係のない人々にどのようにリーチできるかにとても関心があります。地域の中で社会的に孤立し、一人で暮らしている人々とどう向き合うのか──そうした社会的な目的が私を動かしてきました。
16才の頃、故郷の介護施設でボランティアをしていました。その活動がとても好きで、私の原点のひとつになっています。現在の仕事で一番興味があるのがどうすれば高齢者との関係を築けるかということです。彼らはまったく別の考え方をするので、本当に重要なことを見極めて迅速に対応する必要があります。
エイジフレンドリー・マンチェスターにはどのようにして関わるようになったのですか。
 ウィットワース美術館では高齢者向けにたくさんの活動を行っていました。その活動を高齢者と一緒に考えるために、市内の文化団体が集まった会合がありました。そこに参加して、私たちの組織にとって高齢者と一緒に活動をすることがどれほど重要な戦略であるのかがハッキリとわかりました。高齢者と一緒に活動するというのは、とりも直さず、住んでいる場所にとって大切なことにどう関わるのかということです。
その頃、ちょうど美術館の増築をすることになり、市と関わる中でエイジフレンドリー・マンチェスターの壮大な構想を知りました。チームの人たちと知り合いになり、何か全く違うワクワクすることになると感じました。彼らも文化の重要性を理解していました。私の高齢者を対象にした取り組みは美術館での小さな実践からスタートしましたが、市の政策で文化に関わる多くの高齢者と出会う機会をもらったことで、本当に意義のあるプログラムに文化が組み込まれることになりました。スターとはとても小さな活動でしたが、それがどんどん大きくなり、私の役割も大きくなっていったということです。
ウィットワース美術館ではいつから仕事をされていますか。
 仕事を始めてもう18年近くになります。私が初めての教育担当だったので、何もかも自分でやらなければならず本当に大変でした。今ではとても大きなチームになっています。当時は美術館勤めだけでなく、大学でも教えていました。5年前にマンチェスター博物館にも携わるようになりましたが、2つともマンチェスター大学の文化施設です。
ということはマンチェスター市がエイジフレンドリー・マンチェスターを検討し始めたとき、あなたは既に美術館で高齢者向けの活動を始めていたのですね。
 ええ。市役所のポール・マガリーと彼のチームが高齢者向けの仕事に着手し、マンチェスター市はエイジフレンドリー・シティになりました。最初は「高齢者に価値を」という名前でスタートし、その後エイジフレンドリーに変わりました。私たちは、「高齢者に価値を」については少しだけ関わっていましたが、本格的に携わるようになったのはエイジフレンドリー・マンチェスターになってからです。


エイジフレンドリー・マンチェスターとGMエイジング・ハブの推進体制

あなたはエイジフレンドリー上級戦略グループのメンバーです。
 はい。今ではエイジフレンドリーの取り組みはマンチェスター市だけでなく、マンチェスター大都市圏にまで広がりました。私は文化に関する戦略的リーダーを務めていて、隣の席には住宅のリーダーや、交通、介護、医療、健康などのリーダーもいます。私たちはそれぞれの立場からどうすればこの地域が歳を取るのに英国で最も素晴らしい場所にできるかを考え、協働しています。GMエイジング・ハブのメンバーは12名で、全員が異なるバックグラウンドをもっています。
その中のひとりは、ニュー・エコノミーというシンクタンクから参加しています。最近、彼らはGMエイジング・ハブの戦略案を作成しました。マンチェスター大都市圏の高齢化に関して、どのような課題や可能性があるかを明らかにして優先事項を決めるためのものです。専門家の議論だけでなく、地域の高齢者やパートナー団体との意見交換を通して作成されました。この活動や構想にとって重要なのは、高齢者のために何を行うかだけでなく、どのようにすれば高齢者と一緒に仕事ができるかを誠実に考えようとすることです。そのために、実際、大都市圏で今何が起こっているかについての調査にも着手しています。その過程に力を貸してくれた高齢者の理事会もあります。
マンチェスター市には、エイジフレンドリー大使と呼ばれる興味深いグループがあります。建築やメディア、産業、デザイン、住宅など、非常に幅広い専門分野から集まった専門家のグループで、それぞれの立場からエイジフレンドリー・マンチェスターをどのように推進できるかを考えています。私も大使の一人ですが、大半は40歳代で、自分が歳を取りたいと思える都市について考えています。他にも高齢者によるカルチャー・チャンピオンというグループがあります。自分で文化活動に参加するとともに、高齢者に文化活動に参加するよう促しています。
マンチェスターの多くの人たちは、歳を取るのに素晴らしい町にするために自分たちに大きな責任があることをまだ認識していません。私たちの活動を人々に紹介すると、彼らは関心を示して支持してくれるようになります。でも、高齢化に関わる組織や公益団体以外のところにどうすれば参画してもらえるかについては、まだまだやらなければならないことがあります。例えば、スーパーマーケットや銀行、あらゆるデザイナーや専門家にも参画して欲しい。アンバサダーのプログラムではそうしたことに取り組もうと考えています。
昨日、市のエイジフレンドリー・マンチェスターの担当者にお目にかかったのですが、わずか4人しかいなくてとても驚きました。もっと大きな組織をイメージしていたので。組織体制はどのようになっているのでしょうか。
 少人数なのは、パートナーシップに基づいてパートナーに権限を委ねる組織体制になっているからです。本当に小さなコア・チームですが、信じられないぐらい幅広い団体を巻き込んでいます。それぞれのパートナーに応じた協働のあり方があり、パートナーの主体性に基づいて機能しています。
私たちには大使やチャンピオンのようなあらゆる種類のパートナーがいて、彼らはエイジフレンドリー・マンチェスターが何であるかを全員が理解し、それぞれの立場で活動しています。私はその中の34の文化施設などが集まった文化ワーキング・グループの座長を務めていて、クレア・コンウェルが文化コーディネーターを務めています。しかし、私たちは個々の文化施設の活動の詳細は知りません。分散したモデルというのが私たちの強みのひとつだからです。GMエイジング・ハブはまだ始まったばかりであり、マンチェスター大都市圏で文化が構想をいかに推進し、支援し、成長させられるかを検討しています。
GMエイジング・ハブの会合は定期的に行われるのですか。
 エイジング・ハブ戦略グループのミーティングが3カ月に1回、パートナーとのミーティングが2カ月に1回あります。マンチェスター市のグループも同様に2カ月に1回、エイジフレンドリー・カルチャー・ワーキング・グループも2カ月に1回のミーティングを開いています。ミーティングが多すぎると思うこともありますが、私が参加している中ではおそらく最も有益なミーティングだと思います。
つまり、エイジフレンドリー・マンチェスターに対する市役所の役割は、コーディネーターやファシリテイターのようなものなのですね。
 彼らのことは、とても強力な会議を招集する役割と考えればわかりやすいと思います。同時に芸術機関に属している私たちにとって、彼らがパートナーであることは極めて重要です。例えば、文化コーディネーターのクレアの人件費は、市のAFMチームが所属する福祉部局の予算で60%が賄われています。残りの40%はウィットワース美術館やアーツカウンシルからの予算です。彼女の仕事はマネージャーとして指示を出すといったような単純なものではありません。美術館に来るのは週1日で、後は地域において活動するための協働作業をしています。
エイジフレンドリー・マンチェスターにはどのぐらいの団体や組織が関わっていますか。
 そんなことは考えたこともありませんが、間違いなく100以上の団体が関わっていると思います。エイジフレンドリー・カルチャー・ワーキング・グループだけで34の文化団体が関わっていますから。
AFMは高齢社会に関心のある市内のすべての団体による取り組みだということでしょうか。
 その通りです。今のようにいろいろな団体が関わった会議を媒介にして活動が生み出される状況をひとつの運動として捉えるといいのではないかと思っています。私たちのパートナーのひとつであるマンチェスター大学の高齢化共同研究所(Mnnchester Institute for Collaborative Research on Ageing /MICRA)も同じような運動体として機能していて、あらゆる角度から高齢者のリサーチを行っているさまざまな学者や共同研究者の高齢者が、非常に幅広い関係先と関わって活動しています。
私たちは、今後3年の間に芸術と高齢化に関する拠点的なセンターを設立するという構想をもっています。これについては、ポールと何度も話し合ってきました。MICRAの支援も含め、芸術と高齢化に関するベスト・プラクティスを集約する国際的なセンターができれば素晴らしいと思っています。日本を訪問した時にも、本当に素晴らしい事例に出合いました。そうした事例を調べるために頻繁に各地を訪問してきましたが、今のところ、それらを集約するセンターはどこにもありません。私たちはそれらの活動を結びつけることができると考えていますし、GMエイジング・ハブとエイジフレンドリー・チームも、どうすればそのセンターを支援できるかにとても関心があります。
そうしたセンターを大学内あるいは大学の共同機関として創設するにはどのような形になるかを調査しようと、MICRAのディレクターと相談しています。というのは、マンチェスター大学だけでなく、マンチェスター・メトロポリタン大学でもデザインとエイジフレンドリーに関する素晴らしい取り組みが進行中だからです。私自身は、このセンターでは最も幅広い形で芸術や文化のことを考えなければならないと思っています。博物館や美術館、劇場のような組織だけでなく、地域で活動している優れたアーティストもいますし、地域が主導している活動やフェスティバル、文化遺産にも素晴らしいものがあります。もし、それらすべてを集めることができれば一体どんなことになるか、本当に興味があります。


さまざまな取り組み

カルチャー・チャンピオンについて教えてください。
 マンチェスター全域で行われているフラッグシップ的なとても重要なプログラムです。もしそれがなければどんな活動も効果を発揮できなかっただろうと思います。カルチャー・チャンピオンは、高齢者自身が文化の推進役になる取り組みで、50歳以上なら誰でも参加できます。現在、150人ほどが参加しています。彼らは自ら文化活動に参加し、そのことを地域で喧伝し、参加を促します。美容院でも介護用住宅でも、友人や家族でも誰にでもです。そして最も素晴らしい点は、彼ら自身が自分たちの文化活動を進化させていくということです。
例えば、ヴィンテージFMと呼ばれるプログラムがあります。All FMというコミュニティ・ラジオと共同で運営しているラジオ局です。ウィットワース美術館、ロイヤル・エクスチェンジ劇場、マンチェスター市立美術館、カルチャー・チャンピオンがAll FM局と協働し、高齢者のグループがアナウンサーやプロデューサーになる訓練をしました。
彼らは各地を訪問し、芸術団体に取材します。舞台の裏側を覗いたり、ギャラリーの中での些細な出来事を取り上げたり、展覧会を開催中のアーティストにインタビューして、放送します。つまり、彼らは自分たちで放送局を運営しているんです。私が今まで聞いたことのある中で、最も優れた文化に関するラジオ番組だと思います。ヴィンテージFMの立ち上げではベアリング財団からの助成を受けました。
この事業は、家に閉じ籠もっている人々、本当に孤立している人々にどうすればリーチできるのかを思案していたときに、ラジオ、とりわけコミュニティ・ラジオの力について考えたのがきかっけになりました。All FMのようなコミュニティ・ラジオでは、元々高齢者向けのプログラムが放送の重要な柱のひとつになっていました。それで、私たちはその番組の中身を一緒につくらせてほしいと提案しました。そして、国際高齢者記念日にウィットワース美術館からライブ放送を行なうなど、さまざまな取材や放送をしました。文化団体がどうすればこうした活動に参加し、番組を充実することができるか考えたいと思っています。そうすることで、家から出られない人々へのアクセスが広がるからです。
カルチャー・チャンピオンの活動は誰がいつ始めたのですか。
 カルチャー・チャンピオンの活動もベアリング財団の支援によってスタートしました。ベアリング財団は過去10年間、芸術と高齢者の事業に多大な資金援助を行ってきた素晴らしい助成機関です。2009年にあるグループが、「芸術活動のすべてを結びつけ、高齢者と一緒にどんな活動を行うべきかを考えてくれるコーディネーターが必要だ」と、ベアリング財団に支援を要請しました。そのコーディネーターになったのがシェリー・ド・ウィンターです。今は他に移ってしまいましたが、彼女が活動の一環として立ち上げたのがカルチャー・チャンピオンで、以来、発展を続けてきました。
私は、今のチャンピオンたちにもっと成長して欲しいと強く願っています。彼らはアナウンサーや編集者、プログラマー、アーティストになりました。でも、どうすれば彼らの役割をもっと多様なものにできるかに目を向ける必要があります。どうすればまだ参加していない少数民族などのコミュニティにリーチすることができるか、マンチェスター大都市圏に拡張することができるか。これから2〜3年のうちに、このプログラムはますます発展すると思います。
チャンピオンたちは私たちの最良の支持者であり、最良の批評家でもあります。チャンピオンの中にレイさんという人がいて、彼は2〜3年前にチャンピオンに対する私の考え方をすっかり変えてしまいました。あるミーティングで、芸術団体が高齢者のためにできる活動について数多くのプレゼンテーションをしている間、レイさんはとても辛抱強く座っていました。でもとうとう我慢しきれなくなり、座ったまま、「私はここに何時間も座ってマンチェスターの文化団体が私のために何ができるかをずっと聞かされてきました。あなた方はいつになったら私ができることを尋ねてくれるのでしょうか」と言ったんです。
それは全く正しい問いかけでした。そのひと言で私たちの活動方針が変わりました。私たちは「文化のショッピング・センター」ではありませんし、やりたいことは「文化の提供」ではありません。チャンピオンが文化に関する活動の中心となった理由もそこにありました。素晴らしい文化に参加できますよ、というやり方ではダメで、私たちはあなた方と一緒に活動したい、市内の文化の形成を手伝ってください、と言うべきなのです。
つまり、私たちが高齢者のためにできることではなく、彼ら自身ができることを考えるべきだ、ということですね。
 その通りです。誰かのために活動するのではなく、誰かと一緒に活動するーーもちろん公演や展示を提供しないと言っているのではありません。でも、言うのは簡単ですが、実際に行うのはとても難しい。チャンピオンをもっと広い見方でとらえれば、高齢のアーティストやロイヤル・エクスチェンジ劇場の舞台に関わっている高齢の作家にも参加してもらうことができます。中核事業として高齢のアーティストへの新作委嘱も考えられるかもしれない。チャンピオンは事業の参加者に過ぎないという考え方を捨て、一緒に活動する人だと思えば、その可能性は大きく広がります。それは本当に興味深いことだと思います。
カルチャー・ショット(文化注射)について教えてください。
 この8年間、医療部門と共同でどんな活動ができるかということに焦点を当てて活動してきました。そして思いついたのがこのアイディアです。ウィットワース美術館とマンチェスター博物館の主導で、多くの文化団体と一緒に市内の病院に博物館や美術館から特に優れているコレクションを持ち込みます。病院のアトリウムを全部使って、年1回(7月)、無料展示とアーティストなども参加したワークショップ、パフォーマンスなどを行います。これは入院患者のためだけでなく、そこで働く医療関係者のためのものでもあります。私のお気に入りの瞬間は、看護師が眼科病院のアトリウムの中を見上げながら歩いている時、驚いて「これってマンモスの牙じゃない!どうして病院の真ん中にこんなマンモスの牙があるの?」と言いながら二度見したとき。それは博物館のコレクションで、そこでは学芸員の解説も行われていました。それを聞いて彼女はこんな風に言ったのです。「毎日の仕事から解放された。エネルギーをもらえた。過去から解き放たれたような感じ」と。私たちは普段と特別変わったことをやっているわけではありませんが、カルチャー・ショットは患者に対して、そして大部分は職員に対して、文化が日常生活に何をもたらすかを考える機会を提供しているのです。
カルチャー・ショットは、パートナーとなっている病院や医療専門家と行っている幅広いプログラムのひとつです。私たちは他にも、マンチェスター病院と連携し、アート・メッド(ArtMED)という医者向けの研修プログラムなどを運営しています。ArtMEDでは、美術館や博物館のコレクションを使って、病気を診ることから離れて人間を見てもらい、文化の人間に及ぼす役割について考えてもらうようにしています。


高齢社会における文化の価値

芸術や文化は、なぜ高齢社会に重要で、どんな意義があるのでしょうか。
 それはとても興味深いテーマで、私もこれまで随分と考えてきましたし、異なるセクターのあらゆる人たちと話をしています。彼らが私たちに語ってくれたのは、文化が高齢者の参画にとってとても大切な場所だということです。
芸術文化の役割と社会的なつながりについてはとても重要な何かがあります。ある調査によれば、より良く老いるためには、社会的なつながりのあることがどんな投薬よりも大きなインパクトがある、という結果が報告されています。もしあなたがコミュニティや周りの人々と社会的につながっていると感じられたら、それはどんな臨床的介入で達成できることよりも、あなたがより良く歳を重ねることに有効なのです。文化活動や文化施設は社会と本当に強いつながりが持てる空間だという話を聞きました。しかも、高齢者だけではなく、他の年齢層の人々、あるいはもっと大きなアイディア、社会の中で重要なことともつながっていることを感じさせてくれる。私はその社会的なつながりの有効性にとても興味をもっています。
そしてもうひとつ、芸術や文化は高齢者に発言(表現)の機会を与えてくれるということです。芸術は、歳を取るにつれて失われる自律性や自主性を回復する機会を与えてくれる。カルチャー・チャンピオンからしばしば寄せられるフィードバックに、自分たちの存在が認識されていない、ということがあります。歳を取れば、もう必要とされなくなる。退職すると職業人生がなくなります。高齢者はあらゆる人たちから見えない存在になってしまう。芸術や文化によって自分を表現でき、公の場所でもしっかりと存在を認めてもらえる。高齢者には演技をしたり、新しい作品をつくったりするチャンスが与えられます。それは、どんどん周辺に追いやられていると感じる高齢者にとって、とても大きな価値を持っています。そのことは本当にとても興味深いことです。
最後に、エイジング・ハブの人たちと話すようになる前は全く考えもしなかったことなのですが、どうすれば歳を取るということについて別の物語をつくることができるか、ということです。マンチェスター市とマンチェスター大都市圏は、高齢化をマイナスと捉える考え方には興味がありません。私は、高齢者がベッドをふさいでいるといったメディアの論調や高齢化に対するすべてのイメージが嫌いです。一方、高齢化について活動的で前向きに語る別の物語があります。そしてその物語を語るのに文化や芸術が有効だということを多くの人々が理解するようになっています。なぜなら、実際に私たちが行っていることは、公演や美術作品、音楽などを通して別の物語を見せることだからです。
これから探求したいことは、歳を取るということについてどのようにして別の物語を語ることができるかということです。私の直観では、文化や芸術はまさしくその核心部分に位置しています。歳を取るということは実際にどんな感じがするのか、もっと新しい物語として分かち合えないか。そうしたことを私たちと一緒に考えてくれる素晴らしい作家がいます。それは高齢の作家やアーティストたちです。彼らと一緒に活動し、歳を取ることについてより多くの市民が理解できるような別の物語を語る方法を考えていきたいと思っています。


エイジフレンドリーを広げるために

エイジフレンドリー・ミュージアム・ネットワークについて教えてください。
 これもベアリング財団が資金援助をしてくれたものですが、元々は、やはり高齢化に関連する活動を支援するエスミー・ファーベイン財団が資金援助をしていました。大英博物館、グラスゴー博物館、北アイルランド博物館と一緒に、私たちも当初から関わってきました。エイジフレンドリー・ミュージアム・ネットワークが目指しているのは、どのようにすれば博物館が高齢者と一緒に高齢者のための活動を実現できるかということです。
研修やネットワーク会議を開催し、事業を立ち上げたいと思う全国の博物館を結びつける手助けも行っています。豊富なリソースのある博物館と一緒に活動することによって、信頼できる素晴らしい研究者や医療関係者とのネットワークが活用できるようになります。例えばイースト・ミッドランズ地域のアーツカウンシルとの仕事では、小さな博物館を支援しました。博物館にはボランティアだけで運営されているところもあれば、たった一人ですべての業務を行っているところもあります。私たちは彼らがどんな支援を必要としているか、しっかりと考えるようになりました。この小さな博物館が必要としていたのは、経験者でした。素晴らしいからやりなさいと陰から後押しするある種のメンター役も、エイジフレンドリー・ミュージアム・ネットワークがやっていることのひとつです。
このネットワークは、マンチェスター市内の博物館だけではなく、高齢者向けの活動に取り組みたいと思ってもやり方のわからない英国全土の博物館に広がりつつあります。マンチェスターでは高齢者のための様々な活動が行われているから移住したいという連絡をしばしば受け取るのですが、それではダメです。ケンブリッジやコーンウェル、へブリッジ周辺など、どこにいても良いという状況を作らなければなりません。エイジフレンドリー・ミュージアム・ネットワークは、どうすればそれを実現できるかを考える出発点なのです。
高齢男性の文化参加のためのハンドブックというのをつくられましたね。
 同僚のエド・ワッツは、ウィットワース美術館で高齢者向けのプログラム全般について私と一緒に仕事をしています。彼はウェールズのメンズ・シェッドやグラスゴーの共同版画工房など、英国内の高齢者との取り組み事例を取材・調査し、それを踏まえてハンドブックを作成しました。
高齢男性は文化活動に参加してもらうのが本当に難しいグループです。高齢男性の社会的孤立は、市にとっても大きな問題になっています。それで2年前、詩人に委嘱して彼らが集まるパブで作品をつくってもらう活動を行いました。この詩人は、高齢者たちがパブにやって来る動機を理解するために、4カ月以上、彼らと一緒に活動しました。
私たちは高齢者を対象とした慈善団体のエイジUKと一緒に、高齢男性の社会的な孤立に対して文化が果たしうる役割をテーマにした大規模な会議を開催しました。これまで行ってきたたくさんの手づくりプログラムで学んだことは、マンチェスターに留めておくのではなく、広く普及しなければなりません。エドはハンドブックづくりで学んだことを共有するため、エイジフレンドリー・ミュージアム・ネットワークで研修プログラムも実施しています。
現在の課題や今後の方向性を教えてください。
 多かれ少なかれ、課題はいつもあります。分散型のモデルについては、それぞれの活動に勢いがありますが、どうすればそれを維持し、最大限に活用できるかということは大きな課題です。また、それぞれの活動にマッチした財源を見つけることも課題です。特にクレアのようなコーディネーターは不可欠ですが、すべてがサポート的な仕事だということから、助成の対象になり難いという問題があります。
文化が、地域を越えて高齢化を取り巻く新たな可能性を導くという大きな夢、その物語を、政策立案者に影響を与えられるほどもっとパワフルに語り続けることも私たちの課題だと思います。そのためには、私たちは自分の言葉に拘る必要があります。市役所の誰かが書いたようなものではダメです。私たちは文化的な組織なのだから、文化や芸術ならではの言葉に誇りを持ち、しっかりと地に足を着け、私たち自身であり続けることが必要です。それが私たちならではの文化的な影響を与えることになると信じています。
そして前進するために、もうひとつやることがあるとすれば、カルチャー・チャンピオンがマンチェスター大都市圏全域で大胆な活動を展開できるようにすることです。プログラムの将来を担うのは彼らであり、彼らこそが未来なのです。そこにこそエネルギーが存在していて、彼らが答えを持っているのです。
最後に日本で文化による高齢者プログラムに取り組もうと考えている人たちに、メッセージをお願いします。
 2016年に日本でいろいろ取り組みを拝見しました。それはとても印象深いもので、素晴らしい料理をつくるすべての素材が揃っているように見えました。日本だけに向けたメッセージではありませんが、この分野で活動する人たち全員に伝えたいことは、「プロセスに高齢者を招き入れる」ということです。高齢者とのパートナーシップは本当に面倒ですが、もし、あなたが住宅協会、医療機関、交通局などに高齢者を参加させることができれば大きなインパクトや影響を手に入れることができます。簡単なことではありませんが、彼らをあらゆる活動に招き入れることができれば大きな変化を起こすことができるのです。彼らに参加してもらえば、活動は成長します。それに比べれば、文化や芸術をすべての領域に組み込むことはとてもささやかなチャレンジにすぎません。

エイジフレンドリー・マンチェスター(AFM)
Age-Friendly Manchester (AFM)

https://www.manchester.gov.uk/age_friendly

*1 このネットワークは世界中の都市や地域の間で、高齢化に関する経験や相互学習の交換を促進するために設立されたもので、ネットワークに参加する都市や地域の規模、立地は様々である。高齢者にやさしい都市になるための取り組みは、非常に多様な文化的、社会経済的な状況の中で起こっている。ネットワークのすべての会員が共通して持っているものは、健康的かつ活動的な高齢化と、高齢者にとって良質な生活を促進しようという熱意と取り組みである。現在、37カ国の400の都市や地域がネットワークに参加しており、その人口は1億4,600万人に達している。

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