国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

Presenter Interview プレゼンターインタビュー

2008.9.30
©Suzanne Langevin

Interview with Marie-Helene Falcon, Director of TransAmeriques, the leading performing arts festival in Canada’s Quebec Province

カナダ

カナダ・ケベック州の舞台芸術を牽引するフェス
トランス・アメリークのM・H・ファルコンに聞く

マリ=エレーヌ・ファルコン(Marie-Hélène Falcon)
「フェスティヴァル・トランスアメリーク」ディレクター

住民の8割以上がフランス語を母国語とするカナダのケベック州。ロペール・ルパージュ、シルク・ドゥ・ソレイユなど多くのアーティストたちを輩出しているこの地は、100万人を動員するモントリオール・ジャズ・フェスティバルをはじめ多くのフェスティバルが開催されていることでも知られている。1985年創設以来、アメリーク演劇祭のディレクターを務め、2007年からはダンスも含めたフェスティバル・トランスアメリークを率いるマリ=エレーヌ・ファルコン女史に、ケベックのフェスティバルの道のりと、ケベッカー・アーティストたちの世界的な成功の背景について聞いた。
聞き手:2008年6月6日、聞き手:藤井慎太郎/早稲田大学准教授

アメリーク演劇祭が、略称のFTAはそのままにフェスティバル・トランスアメリークに生まれ変わって2回目のフェスティバルが15日間の日程を終えて、昨日(2008年6月5日)閉幕したところです。まだ興奮も覚めやらぬところ、総括するのも大変かもしれませんが、全体の感想を聞かせてください。
 今年のフェスティバルにはとても満足しています。2週間の会期中、市民の皆さんが熱意と興味をもって我々とともにあらゆる分野にわたってクリエーションという冒険をしてくれました。全体の数字を集計したばかりなのですが、今年は去年よりも観客も増えて、野外の無料公演を除いて、のべ16000人を超える観客が集まりました。客席稼働率は平均して75%でしたが、全公演のうちほぼ半分は満席でした。それに加えて、無料公演の観客は全部で8000人ほどだったと見ています。フランスの人口はケベックのおよそ8倍ですが、そのフランスを代表するアヴィニョン演劇祭の観客数がのべ10万人ちょっとであることを考えれば、立派な数字だといえるのではないかと思っています。それにさっそく今朝、フランス語日刊紙『ラ・プレス』に、とても好意的なフェスティバル総括が大きく掲載されました。率直に、とても喜んでいます。
アメリーク演劇祭は1985年の創設以来、私がディレクターを務めてきました。以前は隔年開催で、中間の年には小規模の演劇祭テアトル・デュ・モンドを開いていたのですが、昨年から毎年開催に変わりました。毎年フル規格のフェスティバルを準備するのは、スケジュール的には大変なことは大変ですが(笑)、フェスティバルにとっては毎年開催されたほうがみんなの頭の中に残りますから、幸運なことでした。
なぜ、アメリーク演劇祭をダンスを含めた新しいフェスティバルに衣替えしたのですか?
 アメリーク演劇祭と同時期に創設された国際ヌーヴェル・ダンス・フェスティバルがいろいろな事情で解散してしまったときに、国、州、市町村がその後継となるフェスティバルの企画を募集しました。それで、私が演劇とダンスの両方にまたがるフェスティバルの企画を出しました。かなり大胆な企画でしたので、それが承認されたときにはとても驚きましたが、もちろん、ものすごくうれしかった。
アメリーク演劇祭は演劇作品が中心ではありましたが、それでも時々ダンスの作品を紹介していました。たくさんダンスの作品を見ているうちに、演劇にはない魅力というのをより強く感じるようにもなっていました。ケベックはほんとうにダンスが盛んでおもしろいところです。実は、カナダでつくられるダンス作品の半分は、ケベックのアーティストがつくっているんです。ただ、当時は予算の制約もあったので、ダンスの作品は思ったほどプログラムすることはできませんでした。
そういえば、以前、アメリーク演劇祭でアラン・プラテルが振り付けた作品『バッハと憂き世』を見て大きな衝撃を受けたことを覚えています。ダンスと呼ぶのがふさわしいのかももはやよく分からない作品でしたけれど。
 私は、領域を越えること、境界を越えていくものに興味を感じるんです。演劇やダンスといった芸術ジャンルの境界線を越えることもそうですし、通常の劇場から劇場らしくない空間へと越境していくこともそうです。
今回のフェスティバルでも、通常の劇場の中で行われる作品のほうが多いことは多いのですが、プラス・デ・ザールの屋外空間を使った作品(ノエミ・ラフランス振付)、旧港地区の倉庫で上演される作品(ポール=アンドレ・フォルティエ振付)、路上空間とショーウィンドーを使ったパフォーマンス(マリアノ・ペンソッティ演出)などをプログラムに入れています。
このフェスティバルのミッションとも関わることですが、「現代における創造(cre´ation contemporaine)」を見せたいし、感じてもらいたいんです。観客がこれまで知らなかったものと出会い、新しい自分や自分の街を再発見できる場にしたいと思っています。そして、まだ知られていない文化の作品や若い才能を、もっとみんなに知ってもらいたいですね。
以前も今も、アメリーク(amerique フランス語のアメリカ)という言葉がフェスティバルの名称に入っていますが、どちらも複数形になっていますね。南北アメリカという意味に加え、さらに含みを持たせた複数形のアメリカという点を切り口にするというのは、ユニークですね。
 アメリカという単語はよく耳にしますが、必ずしも、アメリカ合衆国を指すだけではありません。実際はもっともっと広義なものだと思っています。もちろん、南米、北米にあるのは、アメリカだけではありませんし。私たちのようにケベックに住んでフランス語を話すアメリカもあれば、英語を話すアメリカもあり、スペイン語やポルトガル語を話すアメリカもあります。
何よりもまず、私たちは国際フェスティバルです。ケベックで開催するフェスティバルであるので、ケベックのアーティストは大きな位置を占めており、今回は国内全域からマリ・ブラサール、ブノワ・ラシャンブル、ルイーズ・ルキャヴァリエ、ダニエル・デノワイエなどが参加しています。マリアノ・ペンソッティ(アルゼンチン)とエンリケ・ディアス(ブラジル)という、南米の才能のある演出家もフェスティバルにとって重要な位置を占めています。常に活発なプログラムであるヨーロッパからは、ベルギーのミシェル・ノワレとガリン・ストエフ、ドイツからライムント・ホーゲ、さらにルーマニアとトルコのアーティストを招聘しています。
ケベックのアーティストについては、今年のブノワ・ラシャンブルにしてもマリ・シュイナールにしても、昨年のロベール・ルパージュやドゥニ・マルローにしても、今ではヨーロッパとケベックのどちらでより活動しているといえばいいのか難しい、といった重要な事実がありますからね。
日本のアーティストも、今度、ぜひ近い将来招聘したいと思っています。今年3月に東京芸術見本市と東京国際芸術祭に参加するために久しぶりに東京を訪ねて、あらためてそう思いました。
あなたのフェスティバルでは、アヴィニヨン演劇祭のように、「オフ」のフリンジ企画がおもしろいですね。でも、アヴィニヨンと違い、ダニエル・ダニス、オ・ヴェルティゴ、ジョゼ・ナヴァス、デイヴ・サン=ピエールと、「オフ」とはいっても相当に有名なアーティストがそろっていて、小さくてもおもしろい作品を多く見られてよかったです。
 このフェスティバルには、モントリオールの外からも、フェスティバルや劇場で働くプロフェッショナルが相当数、参加しています。現在の数以上のアーティストを正式プログラムに入れられないのは残念なのですが。オフは今のところ恵まれていて、現在も他の国から招聘されたり、上演につながる出会いが生まれているようですので喜ばしいことです。これは、みんなの利益になることですからよい傾向だと思います。
アメリーク演劇祭のディレクターになるまでの、マリ=エレーヌさんの経歴についても話していただけますか?
 はじめはケベック州立大学モントリオール校で、哲学と演劇を勉強しました。その後、学生演劇祭、後には女性演劇祭の運営に関わったり、ケベック若手演劇協会(AQJT)に参加したりしていました。ケベック若手演劇協会には、社会的な活動をする若手の劇団が多く集まり、そのなかの多くにカナダからのケベック分離独立を強く主張する演劇人たちもいて、かなり政治的な演劇をしていました。そういう時代だったんです。1960年代から、「静かな革命」と呼ばれる社会の一大改革が起きて、フランス語を話すケベック社会の独自性に対する意識が非常に高まった時期でした。また、自分たちの芸術と社会はこれからつくっていくものだという意識がありましたから、過去にとらわれず、他人の評価を気にせず、いろいろな実験を繰り広げることができた、幸せな時期でもありました。
話はややそれますが、1976年に分離独立派のケベック州議会党が政権につき、1980年にケベックの独立に向けた交渉開始の是非を問う住民投票がおこなわれました。その結果、独立反対が多数となって、多くの芸術家たちは大きく落胆したわけですが、彼らのエネルギーがそのとき芸術的想像力に昇華していったのだといえるかもしれません。
なるほど、1980年代以降のケベックのアーティストの世界的な成功の陰には、そのような政治的な背景もあるわけですね。その1980年代前半から半ばにかけては、モントリオールのアメリーク演劇祭とヌーヴェル・ダンス・フェスティバル、ケベック・シティのカルフール演劇祭(当初はラ・キャンゼーヌと呼ばれていた)がほぼ同時期に相次いで創設されました。舞台芸術見本市のCINARSの創設も同時期でしたね。ヨーロッパのほうでも、リモージュのフランス語圏演劇祭がやはり同じ頃に創設されて、ロベール・ルパージュの作品を本格的に紹介するなど、ケベックと海外をつなぐ回路が急速にでき上がっていった時期でした。
 移民社会であるにもかかわらず。ケベック社会は伝統的にはずっと内向きだったといえます。1967年のモントリオール万博、1976年のモントリオール五輪は、ケベック社会に外の世界とのつながりを感じさせる大きな契機でしたが、それでも世界との日常的な接点はほとんど存在しないといってよい状態でした。「静かな革命」が起こって、ケベック人の意識が変わって、徐々に外に向けて世界が開かれていったわけです。
今ではケベックのアーティストは世界の至るところで仕事をしています。フェスティバルは、ケベックを外に向かって開き、文化の国際交流の基礎をつくる上で、とても大きな役割を演じたと思います。ケベックの観客にとっても芸術家にとっても、これまで見たことがなかったような作品を目にする機会になったわけですし、国外に目を向けようとしていた芸術家を後押しして、外国のプロデューサーや芸術家と引き会わせ、国境を越えたネットワークを築く上で、大きな結節点になったと思います。
フェスティバルの運営についても聞かせてください。まず、予算のことを聞いてもよいでしょうか?
 今年の場合でいうと、全体予算がおよそ280万カナダ・ドル(約2.8億円)です。前回は270万ドルでした。この規模のフェスティバルとしては、予算は少ないと思います。たとえばブリュッセルのクンステン・フェスティバルよりもだいぶ少ない予算でやっています。
収入の中では公的助成金が、ざっと3分の2くらいを占めています。いちばん支援してくれているのはケベック州政府(ケベック州芸術人文評議会、収入の36%)、それからカナダ連邦政府(遺産省とカナダ芸術評議会、20%)、最後にモントリオール市とモントリオール芸術評議会(9%)です[注:カナダでは、ケベックまで含めて、芸術文化に対する助成は政府から独立した助成機関によって行われている]。支出の内訳は、プログラムの準備費用と作品制作費とで63%、広報と観客開発とで22%、事務局の経費が15%となっています。
民間企業から援助を得るのはなかなか難しいですね。北米といっても、ケベックでは企業メセナはあまり盛んではないんです。モントリオールのジャズ・フェスティバルくらい有名になれば、話はちがうわけですが。でも、現代演劇やダンスに対する企業の支援は、アメリカ合衆国でもそう大した金額にはなっていないと思いますよ。
チケット収入は、公的助成金に次いで、重要な収入源です(チケット販売収入、その他の収入を合わせて収入全体の35%)。チケットの値段はもう少し下げられればもっといいと思っているのですが、助成金が潤沢なヨーロッパとは違って北米の文脈では、なかなか難しいです。でも、作品を見るほど割引が大きくなるようにしたり、野外で行う無料の公演を必ず入れるようにしたり、できるだけ幅広い観客とフェスティバルの接点をつくるようにしています。
観客といえば、フランス語系、英語系の割合はどれくらいなのでしょうか。
 フランス語系のほうがかなり多いですね。モントリオール市にしてもケベック州にしても、フランス語が主要言語ですから、それは仕方ないと思っています。もちろん、プロフェッショナルの観客、つまり、世界各地からやってくる劇場やフェスティバルのディレクターやプログラム担当者には、フランス語がまったく話せない人も少なからず含まれていますが。
ただ同時に、私のフェスティバルは「現代における創造」を中心にしているとはいえ、芸術にまったく関心がない観客にも劇場に足を運んでもらいたいと思っています。まさに今、おこなわれている芸術の最先端を見せようというわけですから、すでに現代芸術に関心を持っている層が多くなるのは仕方のないことではあります。
会場は全部、有料で借りているのですか? 上演作品は劇場と相談の上で決めているのですか?
 ええ、自前の会場は持っていませんので、すべて会場は上演期間中、借り上げています。痛い出費ではありますが。上演する作品の選定に関しては、フェスティバルが行っています。一部、劇場との共催の場合は、劇場側との合意の上で作品選定をしています。
事務局のスタッフは、通年では何人体制なのですか? 有能なだけでなく、ほんとうに気持ちよく接してくれるスタッフのみなさんのおかげで、私のモントリオール滞在も、実りの多いものになりました。
 年間を通じて雇用されているスタッフは全部で11人です。フェスティバル期間中は、舞台の裏方や警備スタッフまで含めると、最大で200人ほどが働いています。毎年、研修生をスタッフに受け入れていますが、今年は7人を受け入れました。研修生をコピーとりに使うなんてことはせずに、大事な仕事を何かひとつ全面的に任せるようにしています。優秀な人材が多く集まってくれるおかげで、安心して仕事を任せることができるのは、幸運としかいいようがありません。
2009年のアヴィニョン演劇祭は、モントリオールのカナダ国立演劇学校に学び、ケベックで演出家として活動を始め、世界的に評価されるようになったワジディ・ムワワドが、アソシエート・アーティストになるそうですね。正式な演目はもちろんまだ公表されていませんが、ケベックのアーティストたちのすばらしい仕事ぶりを、あらためて確認する機会になるのではないかと思うと、楽しみでなりません。今日は、ほんとうにどうもありがとうございました。
 こちらこそありがとうございました。