アリシア・B・アダムス

2008年に大規模な日本特集フェスティバル開催
ケネディ・センターの国際プログラム戦略

2007.06.30
アリシア・B・アダムス

アリシア・B・アダムスAlicia B. Adams

副館長
国際プログラム/ダンス部門担当

1992年より、当時のジェイムス・ウォルフェンソン理事長の秘書としてケネディ・センターに勤務。当時より国際部門のプログラムや制作のコーディネートを担当。その後国際部門におけるプロデュース手腕を発揮し、国や地域をテーマにしたフェスティバルの企画を担当。アフリカをテーマにした「African Odyssey」(1997-2000)、ラテンアメリカ特集「AmericArtes」(2001-2004)、全米史上もっとも大きい中国文化フェスティバルとなった「フェスティバル・オブ・チャイナ Festival of China」(2006)の企画を担当。現在は、2008年2月の日本特集フェスティバル「JAPAN! culture + hyperculture」の開催、企画中のアラブ特集開催(2009年)を控えている。国際プログラムのほか、同センターのコンテンポラリーダンス公演の担当でもあり、2004年には「Masters of African American Choreography」のキュレーターとして15人のアフリカ系アメリカ人のアーティストを紹介するシリーズ企画を行った。

米ワシントンDCにある国立舞台芸術センター「ケネディ・センター」で、2008年2月5日から17日までの2週間、国際フェスティバル「ジャパン! カルチャー+ハイパーカルチャー」が開催される。日本の芸術の奥深さと多様性を紹介することを目的にしたプログラムは、古典芸能からアニメまで幅広いラインナップで、『身毒丸』を上演する演出家の蜷川幸雄から、狂言の万作の会、江戸糸あやつり人形の結城座、舞踏の山海塾、コンテンポラリーダンスの金森穣、美術の草間彌生や建築の安藤忠雄、パフォーマンスの明和電気からアニメのGenius Partyまで、日本を代表するアーティストがずらりと並んでいる。プログラムの全企画を担当した同センター副館長兼国際プログラム・ディレクターのアリシア・アダムス女史に、米国の国立舞台芸術センターの取り組みと大規模な国際プログラムの意義を語ってもらった。
聞き手:吉本光宏 2007年5月15日
まず、ケネディ・センターの設立の経緯を教えていただけますか。
正式名称は、「ジョン・F・ケネディ・メモリアル舞台芸術センター(John F. Kennedy Memorial Center for the Performing Arts)」です。故ケネディ大統領のメモリアルとして1971年に開館しました。米国と国際的なアーティストのための初の国立舞台芸術施設として設立されました。50年代に盛んだった米国・ロシア間の文化交流においても、ワシントンDCには舞台芸術を上演するのに適切な場所がなく、ロシアの有名なボリショイ・バレエ団でさえも米国の首都に来たにもかかわらず、古い映画館のホールで公演をしなければならないという恥ずかしい状態でした。そこで、当時の国会で議論され、1958年に国立文化センター(National Cultural Center)の創設に係る法律が制定されました。63年にケネディ大統領が暗殺されるという悲しい出来事があり、舞台芸術の理解者として知られる彼がセンターの設立に貢献した功績をたたえようと、現在の名称になりました。ちなみに、米国との二国間教育交流プログラム「フルブライト奨学金」で有名なフルブライト氏も当時の上院議員でしたが、法律の成立に尽力した議員の1人です。
ケネディ・センターのミッションは何ですか?
ケネディ・センターは、米国だけでなく、世界中の素晴らしい舞台芸術、さらに教育分野において重要な作品を紹介することを使命として、米国の芸術教育のリーダー的役割を果たしてきています。国内外の優れた作品を年間2000ステージ以上上演していますし、若手アーティストの育成や、教育プログラムとしてふさわしいトップクラスのアーティストによる新作委嘱からツアーサポート、アウトリーチまで幅広く手がけてます。これらすべてが私たちのミッションだと言えるでしょう。
ケネディ・センターの運営体制は?
故ケネディ大統領のメモリアルとあって、準国家機関という位置づけですから、施設の維持管理費は国家予算から支出しています。また、国民の教育に貢献するための教育プログラム予算は政府が拠出しています。それ以外のすべてのプログラムは企業や個人からのファンドによって運営しています。
ケネディ・センターでは多くの国際フェスティバルを実施していますが、それはなぜでしょう。
先に述べたセンターのミッションに関わることですが、第1の理由は米国が移民の国であり、現在のワシントンDCがこうした移民の歴史を映し出す鏡、米国社会の縮図となっているからです。そうすると、優先順位として国際的な作品を扱うことが多くなるのは当然のことだと思います。
準国家機関ということについてもう少し説明していただけますでしょうか。ニューヨークにあるリンカーン・センターやメトロポリタン・オペラハウスのようなNPO(非営利組織)による運営とはどこが違うのでしょう。
ケネディ・センターはリンカーン・センターなどと同じ非営利組織による運営ですが、唯一異なるのは、合衆国大統領がセンターの評議委員を任命していることです。この点は国立博物館のスミソニアン・インスティチュートと同じです。ちなみにケネディ・センターの評議委員の任期は6年で、通常は超党派議員(同数の民主、共和両政党員からなる連立委員会)によって組織されます。評議委員たちは財政面について尽力してくれますが、センターの運営についての決定権は館長であるマイケル・カイザーが持っています。ちなみに、館長の任命権は大統領にはありません。
センターの予算規模を教えてください。
年間の運営予算はおよそ1億5000万ドルで、その内、6800万ドルを個人・企業の寄付によって賄っています。もちろん、寄付金としては巨額です。その他の収入は、チケットおよびショップ収入などです。
大統領が変わると評議委員も変わると思いますが、センターの運営方針は政権の影響を受けないのですか?
ええ、受けません。大統領に任命される名誉ある評議委員のなかには芸術に興味がある方もいるかもしれませんが、たいていはそうではなく、政治的便宜による人事です。なお、ケネディ・センターには6つの主な理事会/委員会があります。ケネディ・センター専属の国立交響楽団にかかわる「ナショナル・シンフォニー理事会」、館長が任命する地元住人によって組織される「コミュニティ&フレンズ委員会」。大統領によって任命される全米各州の代表による委員会である「大統領芸術諮問委員会」と、それとは別に各州の代表が1名ずつ選出されて組織される「国家舞台芸術評議会」。そして、国際担当として私の仕事に最も深い関わりのある「国際委員会」があります。国際委員会は会費制の任意の組織です。
ケネディ・センターの組織と事業概要について教えてください。
組織上もっとも大きな部門は事業を企画・実施する「プログラム部門」で、「国際プログラミング部門」「劇場(演劇)プログラミング部門」「ダンスプログラミング部門」、ミレニアム・ステージと呼ばれるセンターのホワイエで毎晩実施している無料イベントを担当する「みんなのパフォーミングアート部門」、付属楽団のナショナル・シンフォニー・オーケストラと室内楽を担当する「音楽部門」、そして、教育プログラムやファミリープログラムを担当する専門の部署があります。
その他、ケネディ・センターの資金調達を担当する「ファンドレイズ部門」、マーケティングや広告を担当する「マーケティング部門」「広報部門」、すべての公演の技術に携わる「製作部門」、施設のオペレーションを担当する「経理」「IT」「管理」「法務」の各部門があります。フルタイムの職員数はおよそ350名です。また、私たちは登録数約500名という大きなボランティア組織を持っており、すべてのプログラムにおいて彼らがサポートしてくれています。
センターの重要な活動になっている教育プログラムについて教えてください。
教育プログラムは、国内50州と連携をとり、全国規模で実施しています。ケネディ・センターで実施するすべての公演には教育プログラムを連動させています。なかでも「Arts Edge」( https://artsedge.kennedy-center.org/ )というウェブを使った芸術教育の遠隔プログラムは、ケネディ・センターが全米芸術基金(NEA)および合衆国教育省と共同で立ち上げたもので、芸術分野における基本知識と最新コンテンツをアーカイブ化し、幼稚園から高校までの先生たちが必要に応じて教材などに活用できるよう、全国の学校に無償で情報配信するサービスです。現在はセンターから独立した形で運営しています。例えば、2005年のチャイナ・フェスティバルの際、ツァイ・グオチャン(蔡國強)の火薬を使った爆発インスタレーションを教育プログラムとして活用しましたが、たいへん好評でした。また、衛星放送でコンテンポラリーダンスのシェン・ウェイ(沈偉)の公演を放映して劇場に来られない人にも作品を鑑賞してもらえるようにするとともに、Arts Edgeで中国に対する知識やプログラムへの興味を深めてもらう仕掛けづくりをしました。ちなみにシェン・ウェイはチャイナ・フェスティバルをきっかけにケネディ・センターの5年間のレジデンスアーティストになりました。
また、ケネディ・センターには、ユースおよびファミリー向けプログラムのツアー部門があり、センターで上演した作品を全国巡演する「想像と祝賀」プログラムを実施しています。
教育部門の1つに、専門家の研修事業もありますね。
はい、5年前にカイザー館長が就任した際に立ち上げた「フィラー・フェロー」(現在の名称は「ケネディ・センター・フェロー」)という研修プログラムがあります。国内外の中堅専門家のための研修プログラムで、9カ月間センターで研修を行います。このプログラムへの応募は競争率が高く、適切な選考基準が設けられています。また毎年、若者のためのインターンシップを実施しており、高校を出たばかり、もしくは大学に入学したばかりの若者20〜25人をインターンとして4カ月間受け入れています。インターンやフェローには、全員、固定給を支払っています。
「ケネディ・センター勲章」とは何ですか。
「ケネディ・センター勲章」は私たちのテレビ部門におけるもっとも大きな事業で、米国のパフォーミングアートに貢献した人々をたたえる顕彰事業です。授賞式には大統領も駆けつけ、ホワイトハウスや議会のメンバーたちもゲストを招いて非公式のイベントを催します。その模様は通常、クリスマスシーズンにCBSで放映されます。
さて、2008年2月に開催する日本のプログラムに関してお伺いしたいと思います。まず、「ジャパン! カルチャー+ハイパーカルチャー」“Japan! Culture + Hyper Culture”というタイトルについてですが、このハイパーカルチャーHyper Cultureとはどういう意味でしょうか。
私は長年国際プログラムを担当し、世界中を旅してきましたが、今回のフェスティバルを準備するために何度か日本にも訪れました。日本には、歌舞伎、能狂言、文楽などの古典芸能から、蜷川幸雄の演劇や金森穣のダンスのようなコンテンポラリーなものまでさまざまな舞台芸術があります。しかし、それとは全く異なる別の世界もあります。そのうちのひとつがオタク文化であり、また、ロボットであり、明和電機のようなパフォーマンスであり、ラップトップオーケストラの音楽のようなテクノロジーの芸術だったりします。さらに、デザイン、建築、ファッションにおいてもさまざまなことが起こっています。そういう日本の文化について考えていたとき、日本のデザインについて論じた「ハイパー・デザイン」の記事を目にしました。このハイパーという言葉が、世界のどの国とも異なる日本文化の一面を的確に表しているように感じたので、今回のフェスティバルのタイトルに付けました。
なぜこのフェスティバルに「ロボット」が?
世界のどこに、現在、日本でつくられているようなハイレベルのロボットを見ることができるでしょう。ワシントンでは記者会見の時にトランペットを演奏する「トヨタ・パートナー・ロボット」が登場して「What a Wonderful World」を演奏しましたが、実際に演奏しているとは誰も気づきませんでした。ロボットが吹いているのですよ。これは驚きですし、日常ではありえないことだと思います。つまり、ここに未来への道があるのです。実は、私は最初、なぜトヨタやホンダがそのようなロボットをつくっているのだろうと疑問に思っていました。それでトヨタ・ミュージアムに行き、実際にロボットを見て、同社の歴史と創業者の考えを知りました。彼は人々がよりよい暮らしを送るために何が必要かを考え、さまざまなことを試み、その結果として自動車をつくり始めたのです。そして、今も世の中のニーズが何であるかを見つめ続け、高齢者を介護することのできるロボットをつくろうとしているのです。これはビジネスマン的思考ではなく、人類のための発想だと思います。このようなロボットを見てインスパイアされる人もいるでしょうし、それ以上に、私たちの将来に向けて得るものは大きいのではないかと思います。
あなたが選んだ今回のプログラムは、実に多彩で驚きました。日本文化の多様性をできる限り反映しようとしていることが伺えます。
はい、日本のようにこれほどまでに多様な文化のある国を見たことがないからです。その多様さゆえに、日本芸術と文化をテーマにしたフェスティバルの開催は非常に難しいことでもあります。日本の古代文化は中国のそれに根ざしていますが、その後、中国から取り入れたものを改良し、西洋化を受け入れ、西洋から取り入れたものをさらに磨き上げていきました。このプログラムを企画しながら、私自身が本当に情熱を感じたものを集めて、そうした中から生まれてきた多様性を描き出そうと思いました。
ケネディ・センターでは過去にも日本関連のプログラムを実施されていますか。
日本とは長年の関係があります。ケネディ・センターでは、1989年に日本のアート支援のための基金「日本基金」を創設しました。以来、その基金を用いて、桜の季節に合わせて現代の日本人アーティストを紹介する「アーツ・オブ・ジャパン」という年間プログラムを実施しています。今年は世田谷パブリックシアターがプロデュースした『AOI/KOMACHI』を上演し、ニューヨークのジャパン・ソサエティーにもツアーしました。
アダムスさんは1992年からケネディ・センターに勤務されていますが、現在までにセンターのプログラムや方向性は変化してきていますか。
国際プログラムについては、大いに拡大しました。センターの元館長であり、クリントン政権時代の世界銀行総裁だったジェームス・ウォルフェンソンは、ケネディ・センターの事業拡大に大変関心を持っていた人物でした。彼の考えによって、私たちは米国の観客を魅了するプログラムを求めて、世界中を視野に入れるようになりました。その結果、さまざまな少数民族のコミュニティの観客層を開拓することができました。また、教育プログラム、フェローシップ、インターンシップなども拡大しました。ダンスおよびバレエのプログラムも拡大し、おそらく私たちは米国の文化センターのなかで最も多くのダンス公演を行っていると思います。カンパニー公演としてもこれまでに、中国やヨーロッパ、米国の代表的なカンパニーを幅広く紹介してきています。つまり、ケネディ・センターの電気は毎晩消えることがないということです。
ケネディ・センターでは、これまでもアフリカ、ラテンアメリカ、アジアと世界の地域を特集した大規模な国際フェスティバルを4回ほど実施しています。このシリーズ企画の背景にある考えは何ですか。
1993年にさかのぼりますが、まずプランとして考えたのは、私たちがそれまで見たことのない世界の地域を掘り下げてみようということでした。その地域とは、アフリカ大陸、ラテンアメリカ地域、そしてアジアです。さらに私たちは、ワシントンのコミュニティと協働できる、彼らのニーズにこたえるような国際プログラムを目指そうと考えました。そして現在私は2009年開催のアラブ・フェスティバルに向けて企画しています。アラブ世界については最初のアフリカ・フェスティバルの際にワールドミュージックのジャンルで少し紹介したのみです。アメリカ人はこの地域についてはほとんど未知ですから、私たちにとってフェスティバルの開催はたいへん重要です。おそらくすべての人が、この世界のアーティストの美や創造性に魅了されることと思います。
準国営機関ですから、今度のアラブ・フェスティバルのようなプログラムについては、政治的な意味合いを感じる人もいるのではないかと思いますが‥‥。
アラブ世界を取り上げることについては、アフリカ・フェスティバルを開催した頃から考えていたことなので昨今の政治状況とは直接関係はありません。むしろ、彼らの芸術事情にたいへん興味があります。カイザー館長が着任してからも彼の方針にアラブ世界のフェスティバル開催がありました。確かに、政局は悪化する一方で、本当に大変な状況になっているのですが、ある意味、今のこの時期にフェスティバルをすることがベストのタイミングなのかもしれません。芸術は人々に理解を促すのにもっとも優れたツールだと思っています。
ケネディ・センター国際プログラム・ディレクターの立場から、芸術文化による国際交流の重要な役割は何だと思われますか。
わが国の大ホールや劇場で見られる創作に関して言うと、米国はかなり近視眼的傾向に陥っているように思います。それは、往々にして経済的理由によるものです。だからこそ私たちは、芸術文化による国際交流によって、世界には他の現実や価値観が存在するということを自国の観客に示し、啓発することが重要であり、それが私たちのミッションだと信じています。私が見てきただけでも世界中には素晴らしい芸術があります。それをより多くの人々と共有したいと思っていますし、それは私たちの人生を変えるきっかけになると思うのです。

ジョン・F・ケネディ舞台芸術センター
The John F. Kennedy Center for the Performing Arts

ワシントンDC中心部、ポトマック川に面するジョン・F・ケネディ舞台芸術センターは、故ケネディ大統領のメモリアルセンターとして1971年に開館した準国家機関。オペラハウス(2300名収容)、コンサートホール(2442名収容)、アイゼンハワー・シアター(1100名収容)の3つの主劇場のほか、ファミリー・シアター(324名収容)、テラス・シアター(513名収容)、シアター・ラボ(399名収容)、ミレニアムステージ(フリースペース)の7つの上演施設で構成された複合文化施設。ナショナル・シンフォニー・オーケストラの本拠地であり、演劇、ミュージカル、バレエ、クラシック音楽、オペラ、親子向け公演などが年間3000件以上行われている。館長はマイケル・M・カイザー。2007-2008年度で36年目のシーズンを迎える。
https://www.kennedy-center.org/

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