ルイーズ・ジェフリース

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが移転して3年
バービカン・シアターの新戦略

2005.03.16
ルイーズ・ジェフリース

ルイーズ・ジェフリースLouise Jeffreys

バービカン・センター演劇部長
年間を通じて海外作品をプログラムするBITE(バービカン・インターナショナル・シアター・イベンツ)の他、海外との共同プロデュースに力を入れはじめたバービカン・シアター。

その取り組みを演劇部長ルイーズ・ジェフリース氏(Louise Jeffreys)に聞く。
インタヴュー&文:菅 伸子
バービカン・センターが開設された経緯は?
バービカン・センターは、約14万平方メートルの敷地に現代的な高層住宅ビルが立ち並ぶバービカン・エステートの真ん中にあります。かつてこのあたりは路地や倉庫が迷路のようでしたが、1940年12月の第二次世界大戦の空襲でほぼ全焼しました。1955年にこの地域一帯の再開発計画案が提出され、その中で大規模な文化センターが計画されました。バービカン・センターが立地しているのは、ザ・シティ・オブ・ロンドン(ザ・シティとも呼ぶ)という1世紀からある英国でも最も古い町の中で、ここは独自の名誉市長と警察がいる特別自治地区になっています。ザ・シティ地区の独立自治体は、コーポレーション・オブ・ロンドンという法人です。バービカン・センターは、今日の4〜5億ポンド(80〜100億円)に匹敵する1億6,100万ポンドという莫大な総工費をかけて「ザ・シティが国民へのプレゼント」として建てたもので、コーポレーション・オブ・ロンドンはアーツ・カウンシル・オブ・イングランド、BBCについで英国で3番目に多く芸術を援助しているスポンサーです。
BITEとはどのようなプログラムなのですか。
1998年からバービカンシアターは、BITEプログラムを通じて英国で最も重要な国際演劇のプロモーターへと変貌しました。BITEというのは、バービカン・インターナショナル・シアター・イベンツの略称で、当初は5月から10月までの半年だけBITEのシーズンにしていましたが、2002年の夏から年間を通じてBITEを実施することになりました。もちろん、バービカンシアターでは、多方面から選んだ英国の演劇も上演していますが、今では英国で最も多く国際的なプログラムを上演する劇場として、海外のパートナーと組んで、演劇、ダンス、ミュージック・シアターの招聘や、共同プロデュースに力を入れています。最近では、プログラムには、ローリー・アンダーソン、ピナ・バウシュ、コンプリシテ、マース・カニンガム、フィリップ・グラス、Heiner Goebbels、蜷川幸雄、スティーブ・ライヒ、トワイラ・サープ、トム・ウェィツ、ロバート・ウィルソンといった人たちの公演を行ないました。
今シーズンはどのようなプログラムを予定していますか?
2005年1月から6カ月の新シーズンでは、アイルランドのアビー・シアターの現代劇『鋤と星(The Plough and the Stars)』、ピーター・ブルック演出でチェーホフと女優のオルガの愛を描いた『Ta Main Dans La Mienne』などをすでに公演しました。4月にはイギリス注目の女性演出家デボラ・ウォーナーの『ジュリアス・シーザー』、5月にはアメリカのパフォーマンス・アーティスト、ローリー・アンダーソンの『The End of the Moon』とロシアのサンクトペテルブルグのマーリー・ドラマ・シアターの『ワーニャ伯父さん』、6月にはアメリカのマース・カニンガム・ダンス・カンパニーの公演など12作品の公演を予定しています。
かつてバービカンは、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの拠点として知られていましたが、なぜ離れたのですか。
元々バービカンシアターは、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(以下、RSC)のロンドンの拠点として作られたのですが、彼らの活動方針変わり、ロンドンのショービジネス街、ウェストエンドなどに拠点を移して公演を行なうことにしたため、バービカンから出ていってしまいました。まず、96年にRSCからバービカン劇場での公演を年間6カ月に削減したいとの申し入れがあり、98年から暫定的に劇団とBITEが半年ずつ公演することになりました。これを契機に、国際的な演劇公演ができるよう劇場の施設を大幅に改善しました。RSCは2002年5月に正式にバービカンを離れました。
(現在、RSCはウェストエンドのオルベリー・シアターでシェークスピア劇、プレーハウス・シアターで外国の古典劇などを上演している)
バービカン・センターの運営について教えてください。
バービカン・センターは、コーポレーション・オブ・ロンドンが所有し、その資金援助を得て、運営が行われています。2003年度のコーポレーション・オブ・ロンドンの年間援助予算は、総額2053万ポンドで、そのうち演劇部門の事業予算として200万ポンド弱(約4億円)が割り当てられています。これと入場料収入をあわせて2つの劇場の運営を行なっていて、私が演劇部長として、この2つの劇場のプログラムまかされています。
いつからバービカン劇場で仕事をしていますか。それ以前の経歴は?
99年1月からです。マンチェスター大学で演劇を専攻した後、英国のレパートリー公演を行う劇場の舞台マネジャーを皮切りに、ドイツのミュンヘンにあるバイエルン国立歌劇場で創作チームと劇場の間に立つ制作コーディネーター、ロンドンのイングリッシュ・ナショナル・オペラの技術部長、英国中部のノッティンガム・プレイハウスの業務部長を経て、バービカン劇場の現職に付きました。オペラと演劇の両方、しかも技術面・業務面・創作面など幅広い分野で仕事をしてきました。
日本に行ったことはありますか。
2001年に彩の国さいたま芸術劇場で上演された蜷川幸雄演出の『近代能楽集』を見るために一度だけ行ったことがあります。残念ながら日本の演劇はあまり知らないので、これから観たいと思っています。
BITEの演目はどのように選ぶのですか。
BITEには実に多様な演目が混ざっています。まず、ピーター・ブルック、蜷川幸雄など世界的に有名な演出家の作品を選び、それと同時に挑戦的、意欲的なコンテンポラリーな作品も選びます。さらにコンテンポラリーダンスと音楽が大きな比重を占めている舞台仕立てのミュージック・シアターの演目を選びます。重要なのは、質の高い作品を選ぶこと。なので国別のテーマ設定をして作品を選ぶといった方向では考えていません。まず、その年に上演する優れた作品を何本か選び、その作品に対して表現として拮抗するような作品とか、演劇・ダンスなどのジャンルのバランスとか、有名人・新人などのバランスとかを考えながらラインナップを組んでいきます。どこかの国を1年間特集することはないと思いますが、一つの国から複数の作品を招聘することはありえます。
作品選定にあたっての情報はどこから得るのですか。
私はあちこち海外に出かけて作品を見ますが、どの作品を見るかは業界の誰かの推薦によります。BITEはフェスティバルの変形のようなものなので、他の国際フェスティバルのプログラムを参考にすることもあります。手紙による売り込みや提案も大量に来ますし、外国の文化部門のひとたちが面会に来ることもあります。蜷川さんのように評判がよくて、別の作品を招聘することもあります。
BITEの客層は?
BITEにはフェスティバルに近い面もありますが、客層という意味では少し異っています。国際フェスティバルは短期集中型なので、それを目当てにいろいろなところから観光客が来たりしますが、1年を通して海外の作品を紹介するBITEの観客は大半がロンドンの人で、観光客はほとんどいません。ただ、日本の舞台を紹介すればロンドンにいる日本人がたくさん来るといったことはあります。
これまでどのような日本関係の舞台が紹介されましたか。また、どのような作品がヒットしましたか。
蜷川幸雄の『近代能楽集』『身毒丸』『ハムレット』、ダム・タイプの公演を行ないました。それから日本関係ではコンプリシテと世田谷パブリックシアターが共同プロデュースした『エレファント・バニッシュ』、スイスのローザンヌの劇団Theatre Vidyが上演した『Hashirigaki』には日本の民謡が使われていて、日本人女優も出演していました。『エレファント・バニッシュ』は、BITEの中でも最も成功した作品のひとつだったので、2シーズン公演しました。これがロンドンの観客に非常に受けたのは、第1に作品がすばらしかったこと、第2にサイモン・マクバーニーとコンプリシテの知名度が高かったこと、第3に作家の村上春樹は英国でカルト的な人気があり敬意が払われていること、という3つの要素がうまく作用しあったからだと思います。私も見ましたが本当に素晴らしい作品でした。蜷川作品では、日本の生活が見えてくるような舞台の方に人気があったように思います。
この他、ヒットした作品としては、ピーター・ブルックの公演はチケットが完売しましたし、アフリカのダンス、英国のアビー・シアターの公演も人気でした。アメリカのロバート・ウィルソンも評判になりました。あまり知られていないウクレレ・オーケストラ・オブ・グレート・ブリテンという奇想天外なグループも大人気でした。
ちなみに、今年度は過去6カ月、チケット販売は非常に好調で、大半の作品に予想以上の観客が入りました。常に予算内で仕事ができたので上々だと思います。
BITEが始まって数年になりますが、方向性が変わった点がありますか。
年間を通してBITEをやるようになってから、少し変わりました。期間が半年から1年と2倍になったからといって、作品本数を2倍にするのは、資金的にも集客面でも無理でした。それで何本かの作品については公演回数を増やし、何本かの作品についてはバービカンシアターで自主プロデュースをすることに決めました。それで、昨年、はじめてロバート・ウィルソンの『ブラック・ライダー』をプロデュースし、バービカンシアターで5週間公演した後、サンフランシスコとシドニーで海外公演を行ないました。現在、制作中のデボラ・ウォーナーが演出する『ジュリアス・シーザー』は、パリ、マドリッド、ルクセンブルグでの海外公演が決まっています。
海外公演のメリットは?
海外公演を行なっても利益は上がりませんが、共同プロデュースしてくれる、作品づくりに出資してくれるパートナーが見つかるというメリットがあります。制作したのは大変コストの高い作品ですが、これは共同制作のパートナーなしにはできないことでした。
今後も国際共同プロデュースを行う予定ですか。
コンプリシテと世田谷パブリックシアターが共同プロデュース作品を企画しているという話もあるので、そうなれば、バービカンはその一端を担いたいと話しました。
今後日本の作品を上演する予定は?
現在のところ特にありませんが、いつ話があるかは分かりませんからね。蜷川さんの作品には興味をもっていますが、まだ具体的にはなっていません。
エレファント・バニッシュ
エレファント・バニッシュ
エレファント・バニッシュ

『エレファント・バニッシュ』
Photo by Joan Marcus

バービカン・センター
バービカン・センター

バービカン・センター
Barbican Centre


1982年開館。バービカン・センターは、世界の金融機関が一同に集まるロンドン東部のザ・シティ・オブ・ロンドン地区にあるヨーロッパ最大の総合文化センター兼コンファレンス会場。文化施設としては、2つのギャラリー(約1400平方メートルのアート・ギャラリーと約800平方メートルの馬蹄形をしたザ・カーブ・ギャラリー)、コンサートホール(約2000席のバービカンホール)、2つの劇場(1166席のバービカンシアターと200席のピット・シアター)、3つの映画館、図書館をもつ。コンサートホールは、イギリスを代表するロンドン交響楽団の拠点、バービカンシアターはロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの拠点(2002年5月まで)として知られる。
ディレクターはジョン・チュサ、芸術監督はグラハム・シェフィールド。
https://www.barbican.org.uk/

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