内藤裕子

カタブイ、1972

2023.03.08
内藤裕子

内藤裕子Yuko Naito

1975年、埼玉県生まれ。演劇集団円所属。劇作家、演出家。2002年に劇団「green flowers」を旗揚げ。丹念な取材に基づく、優しさと温かさのある文体で描く家庭劇で定評がある。2014年、演劇集団円『初萩ノ花』(作・演出)により読売演劇大賞優秀作品賞受賞、第18回鶴谷南北戯曲賞ノミネート。2020年、演劇集団円『光射ス森』(作・演出)により第65回岸田戯曲賞ノミネート。2022年演劇集団円『ソハ、福ノ倚ルトコロ』(作・演出)により第57回紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。エーシーオー沖縄・名取事務所共同制作『カタブイ、1972』により第26回鶴屋南北戯曲賞と第10回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞をダブル受賞。

沖縄本土復帰50年企画としてエーシーオー沖縄と名取事務所の共同制作によりプロデュースされた内藤裕子(演劇集団円所属の劇作家・演出家)の書き下ろし。サトウキビ農家を営む波平家3世代の物語「カタブイ」3部作シリーズの第1弾。「カタブイ(片降い)」とはこちらは大雨なのに向こうは晴れているような夏の沖縄特有のスコールのこと。1972年5月15日、東京と沖縄で同時開催された沖縄返還記念式典当日の様子と、そこに至る半年間の波平家の日常を描く。
カタブイ、1972
カタブイ、1972

『カタブイ、1972』
(2022年11月30日~12月4日/ひめゆりピースホール)
撮影:坂内太

Data :
[初演年]2022年

プロローグ

1972年5月15日。ラジオから流れる佐藤栄作首相の「沖縄返還記念式典」(日本武道館)での祝辞を、波平誠治が聞いている。

第1場

半年前の1971年12月。タクシーの運転手をしながらサトウキビ農家を営む73歳の誠治が、家に居候しているユミと一緒に農作業から帰宅する。そこに次々と思いがけない客が訪ねてくる。

建設会社で働く誠治の娘婿・石嶺信夫は、先ほど出会った青年・杉浦貴史を連れてくる。貴史は東京から返還前の沖縄に旅行に来たという。信夫はサトウキビの収穫作業を手伝うかわりに杉浦を家に泊めてはどうかと提案する。

そこに孫娘、大学生の恵(信夫の娘)が冬休みを利用して東京から誠治のところに帰ってくる。恵を見て驚く杉浦。実は二人は恋人同士で、最近別れたばかりだった。ユミも加わり、みんなでキビ倒しの作業をするため畑に出かける。

杉浦は轟音をたてて飛行する米軍のB52戦闘機を身近で見て驚くが、みんなはこれが日常の風景だと言う。

第2場

10日後。信夫と中学教師をしている妻・和子が誠治とユミの関係について話し合っている。放っておけと言う信夫に、周りの視線もあるから困ると言う和子。

畑からユミと恵が帰って来る。信夫は、沖縄食材のカンダバー(かずら)の味噌汁を振る舞うと言って台所に行く。和子が直接、ユミに素性を問いただすと、米軍基地の仕事を解雇されて暴力的になった2番目の元夫から身を隠していると言う。誠司にあまり迷惑をかけられないので、近いうちにここから出て行くと告げる。

杉浦と誠治も畑から戻り、居間では食事と酒盛りの準備がはじまる。杉浦は、都議会議員の親への反抗心があり、学生運動が激化しているので大学を休学して沖縄へやってきた。東京では沖縄出身であることを隠す人が多いが、集会に来た若者たちの前で沖縄の人たちの気持ちを堂々と代弁した恵の姿に感動したと、和子に話す。

信夫の料理と泡盛で宴会が始まり、信夫の弾く三線と沖縄民謡「カナヨー」の歌声にあわせてユミが踊りだす。杉浦はなぜ沖縄だけがこのような状況に置かれなくてはならないのか、と問う。信夫は、「大工である自分は自らの手で畑や家を潰して米軍のために基地を作った。何も知らない本土の人間がするより、真の辛さを知る現地の人がする方が良い」と話す。

第3場

その夜。杉浦が三線をつま弾きながら沖縄の詩人・山之口獏の詩に高田渡が曲をつけた「生活の柄」を歌っていると恵が顔を出す。2人はそれぞれの家族、沖縄への思いを話し始める。恵は東京に行ったことで、沖縄を見つめ直すことが出来たと言う。

カバンを持ったユミが現れる。杉浦が去った後、恵は彼と別れた理由を家の階層が違い過ぎて上手くいかないと思ったからだと告白し、寝室に向かう。

ユミは酔い潰れて横たわっていた誠治に気がつく。途中から寝たふりをしていたと言う誠司は、ユミに収穫作業が終わっても家に居ていいと言うが‥‥。

第4場

翌年3月。そこにユミの姿はなく、行方がわからなくなっていた。

今年のサトウキビ収穫作業を終えた日、杉浦は恵にプロポーズするが叶わない。杉浦は誠治に、沖縄が本土に返還となる5月まで留まって沖縄のことをもっと知りたいと話す。

誠治が届いたばかりのユミの手紙を読む。以前の勤め先のバーの店長の紹介で働き始め、元気にしている、と。しかし、そこに電話が入り、元夫の無理心中によってユミが殺された事件が新聞に載っていることを知らされる。

恵は、和子がユミに出ていってほしいと告げたからこんなことになったのだと詰め寄る。誠治はそれを制し、そんな態度をユミは喜ばないと言い聞かせる。

第5場

1972年5月15日、沖縄本土復帰の日。外では雨が降り続いていた。

仏壇に手をあわせている誠治のところに杉浦が現れる。これからデモに参加すると言う杉浦は、東京からすれば沖縄は、離れたところで局地的に雨が降る「カタブイ」にようなもので、所詮は対岸の火事なのだろうと言う。

デモに参加するため和子が現れる。建設会社の正社員になった信夫は参加を見送った。信夫の沖縄への愛を知る和子は、参加できない気持ちも受け止めるべきだと杉浦に言う。

ユミの事を悔いていると言う和子に、誠治は元夫はなぜユミを殺したのか、死ぬなら一人きりで死ねばいいと冷酷に考えた自分に驚いたと打ち明ける。ユミを助けたければ、元夫も助けなければならなかったのにと。人は皆弱く、自分以外の人を助けることはとても難しい。だからこそ他の誰かを大切にすることを心がけたい。そこに沖縄の未来があると、誠治は言う。

エピローグ

雨に打たれながら、「復帰反対」のプラカードを掲げる人々。波平家の居間では、誠治がラジオから流れる屋良朝苗県知事の声に耳を傾けていた。

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