細川洋平

苗をうえる

2022.06.16
細川洋平

細川洋平Yohei Hosokawa

1978年、青森県生まれ。劇作家・演出家・俳優。早稲田大学在学中に早大演劇倶楽部を経て、劇団「水性音楽」を結成し、2006年の解散まで全作品を作・演出。また、2000年から2004年まで俳優として劇団「猫ニャー」に参加。2009年にソロ・カンパニー「ほろびて」を結成し、翌年、『息をのんで』で旗揚げ。作品に「ゴドーを待ちながら」をモチーフに公園の手前で何かを待っている人々を描いた『公園まであとすこし』(2019年)、家の中に“線”が出現した望田家を舞台にした『ぼうだあ』(2020年)、人を思うままに操れるようになったゲームのコントローラーで支配し、支配される人々を描いた『コンとロール』(2021年)。

ほろびて
https://horobite.com/

苗をうえる
俳優としても活動する細川洋平(1978年生まれ)が劇作家・演出家として主宰するソロ・カンパニー「ほろびて」で2022年に初演。ある朝、起きたら左手が刃物になっていた高校生を中心に、自分の意思とは無関係に周囲を傷つけてしまう人々が描かれる。
苗をうえる
苗をうえる
苗をうえる
苗をうえる

ほろびて『苗をうえる』
(2022年2月16日~23日/下北沢 OFF・OFFシアター)
撮影:渡邊綾人

Data :
[初演年]2022年

非正規雇用のヘルパーをしている母・間々と美大への進学が決まっている高校3年生の娘・鞘子の住む小さなアパート。

間々は、起きてきた鞘子が刃物をもっているのを見て、驚く。私を殺す気かと詰る間々に、何を言われているかわからない鞘子。問答の後、鞘子はようやく自分の左手首から先が刃物に変わっていたことに気づくが、何事もなかったかのようにこれまで休んだことのない高校に行こうとする。間々は左手をタオルで隠せ、学校にも行くなと言う。

認知症の祖母・まどかと小学5年生の孫・宇Lが二人で暮らす家。

間々がまどかの訪問介護に訪れる。宇Lは学校に行こうとするが、いつものようにまどかに呼び止められて登校を諦め、結局、三人で畑に出かける。

学校を休み、留守番をしている鞘子のところへ、間々の恋人・青伊知が訪ねて来る。間々に金の無心に来たのだ。こういった訪問が初めてではない青伊知に、鞘子は母とはもう会うなと言う。左手をタオルで隠している鞘子を怪訝に思った青伊知は、タオルを剥ぎとり、刃物に驚く。それでも金を無心しようとする青伊知を、鞘子はうっかり傷つけてしまう。

鞘子はコンビニでも釣銭を受け取るときに店員を傷つけてしまう。

夜、安全のため左手にカバーをつけて寝ようとするが、接触部分に激痛が走り眠れない鞘子。叫び声を聞いてやってきた間々だが、昼間アパートに寄った青伊知のことばかり気にしている。何かなかったかと問う間々に、鞘子は金を貸してほしいと言っていたと伝える。

公園。鞘子のところにまどかが来て、かつて住んでいた家と家族について話す。宇Lと話している鞘子を見たまどかは、鞘子を宇Lの結婚相手だと勘違いし、出て行くのではないかと心配して泣き出す。

アパート。青伊知は金がないと自分は終わりだと間々に泣きつく。もう貸す金はないと断ってもすがりつく青伊知に、とうとう別れを切り出す間々。その心中がわからないまま口を挟んできた鞘子に怒った間々は、鞘子は人を傷つけるからと外出を禁じる。

間々の携帯が鳴る。どうやらまどかが行方不明らしい。

間々のモノローグ。間々を妊娠させた男が逃げ出し、中絶するために友人から借金したものの手術の前日に生む決意をして授かったのが鞘子だった。子どもがいたから働くこともできた‥‥。

夫の転勤でニューヨークに住んだ思い出を誰にともなく話しているまどか。宇Lがまどかを見つけるが、少しその場を離れた隙に、青伊知がやってくる。青伊知は自分を夫と勘違いしているまどかから、通帳とキャッシュカードを騙し取り、家に隠しているへそくりの在処を聞き出す。素直に応じるまどかに青伊知は「俺、まともに働けない」とカミングアウトし、去っていく。

キャッシュカードがないことに気づいたまどかは、戻ってきた宇Lが盗んだのではないかと疑う。誰かに会ったのではないかと宇Lに聞かれたまどかは夫以外には会っていないという。祖父はすでに死んでいると、宇Lはまどかに葬式の写真を見せる。

宇Lのモノローグ。字Lのなかには産まれたときに死んでしまった宇Rという双子の片割れがいる。ふたりはときどき会話をしているが、宇Rは乱暴者なので宇Lは彼が表に出てこないようにしている。宇Lは同級生で身体が一番大きい。まどかが認知症を発症してからは学校に行っていない。宇Lはまどかがいるから生きられるが、彼女がいるから学校にも行けないと言い、まどかがいなかったらどうなるかを夢想する。

鞘子のモノローグ。鞘子は慣れるために左手しか使わないことにした。多くの人はこの手を見て見ないふりをするだろう。手がこれではバイトもできない。進学予定の美大の学費はどうすればいいのだろうか。

宇Lとまどかを見かけて、鞘子はあとを追いかける。二人が家に入ると中から悲鳴が聞こえてきた。鞘子が家に入ると、そこには手に封筒を持ち、口の端から血を流している青伊知がいた。まどかの金を盗もうとして宇Lに殴られたらしい。

宇Lと鞘子は金を返せと迫るが、青伊知はいつか返すとくり返すばかり。力のコントロールを失った宇Lは青伊知を怪我させてしまう。青伊知を夫と勘違いしているまどかは、宇Lを責め、平手打ちをする。

宇Lは宇Rの名前がウランに由来すること、悪意はなくとも悪いことは起き得ることを語る。鞘子は認知症だからといって忘れるのはずるいとまどかを責める。青伊知のために救急車を呼んで立ち去る鞘子。

帰り道、鞘子は苗を買う。それをいつか宇Lの心のような場所に植え、人を傷つけても生きてその苗を育てていくのだと決意する。

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