国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

New Plays 日本の新作戯曲

2022.2.7
彼女を笑う人がいても

Even If There Are People Who Laugh at Her (Kanojo wo Warau Hito ga Itemo)

Misaki Setoyama

彼女を笑う人がいても
瀬戸山美咲

東日本大震災からの「復興五輪」を掲げてオリンピック開催に色めき立つ2021年。復興とはほど遠い被災地ルポの連載中止を告げられた新聞記者・伊知哉と、1960年の安保闘争で命を落とした東京大学の学生・樺美智子の真相に迫る記事を潰されて新聞記者を辞めた祖父・吾郎。2つの時代が交錯する中、祖父の足跡を辿る伊知哉は取材者としての自らのあり方に向き合う。タイトルは、樺の詩「人しれず微笑まん」を踏まえたもの。

彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても

『彼女を笑う人がいても』
(2021年12月4日~18日/世田谷パブリックシアター) 撮影:細野晋司

Data :
[初演年]2021年

1960年6月16日。黒い傘をさした人々が静かに集まり、国会議事堂に向かっていく。一人の新聞記者が、人波に逆行するように歩き出す。

2021年。新型コロナウイルスの影響で世界が混乱に陥る中、日本は東京オリンピック・パラリンピック開催に向かっている。新聞記者である伊知哉は、長年、東日本大震災の被災者への取材を続けていた。

定期的に話を聞く岩井一家は、父は病気で働けず、長男は避難先の住宅提供が打ち切られて家賃のために地元に出稼ぎ。妹は父の面倒を見るため避難先でアルバイト……とまだまだ復興とは程遠い日々を過ごしている。

ある日、伊知哉は突如、社会部からの配置転換を言い渡される。「僕が記事にしなかったら、岩井さんたちのような人々の声がどこにも届かない」と上司に食い下がるが、「五輪開催に向けて会社は前向きなムードをつくりたいと考えている」といなされる。

そんな折、伊知哉はタクシー運転手をしていた祖父・吾郎がかつては新聞記者であり、1960年に辞職したことを知る。過去を一度も語ることのなかった祖父。時を経て2人の姿が重なり、2021年と1960年、2つの時代が交錯していく──。

1960年、吾郎は日米安全保障条約改定に抗議する学生たちを取材している。運動は激化し、デモで一人の女子学生が命を落とした。彼女の死の真相を追う吾郎。メディアは学生たちの暴力だけを取り上げて批判しているが、女子学生の母、司法解剖に立ち会った医師などに状況を取材すればするほど、人なだれによる圧死ではなく、警官隊の棍棒による強打である疑惑が大きくなっていく。

一方で、新聞社の上層部では、闘争の鎮静化に向け、主要新聞社7社が左派・右派の別なく「暴力を排し議会主義を守れ」という「七社共同宣言」を準備していた。暴力を行使したのは学生だと決めつけて一方的に非難する内容であり、報道機関の中立・独立性を投げ捨てる暴挙だと、主筆に掲載取り辞めを直談判する吾郎。「この国には所詮思想もない、矛盾を矛盾として受け入れることしか生きる道はない、革命家にでもなれ」と冷笑的な主筆に、吾郎は「あなたには言葉を扱う資格はない」と言い放ち、新聞社を去る。

2021年。伊知哉は東北にいる岩井家の長男・俊介を訪ねる。「避難した人の中には、新しい場所で生活を立て直した人もいるのに、自分は能力不足」と嘆く俊介。以前は除染の仕事をしていたが、今は汚染土を再利用するための施設で働いているため復興五輪をまやかしだとも言えない。

聖火ランナーが走る場所だけが美しく整備されただけの復興──。俊介は、「復興の街 灯る火」という新聞のネット記事についカッとなり、「これはハリボテの街だ。ここに帰れない人たちがいることを忘れるな」とコメントを書き込む。しかし、「風評被害を広めるな。不安を語るやつは情報弱者のバカだ」と集中攻撃され、顔の見えない相手との不毛なやりとりで精神的に追い詰められていく。

兄を心配してやってきた梨沙に、配置転換が決まった伊知哉は、「もはや書く場所すらないが、取材を続けさせてほしい」と伝える。梨沙は微笑みながら、「失ったところからもう一度やり直したい、その方法を一緒に考えてほしい」と応じる。

濡れることもいとわず雨の中に走り出す梨沙。伊知哉も空から降り注ぐ雨を見上げている。

彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても
彼女を笑う人がいても
Profile

劇作家・演出家。1977年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2001年、ミナモザを旗揚げ。現実の事象を通して、社会と人間の関係を描く。代表作に『エモーショナルレイバー』、『みえない雲』(グードルン・パウゼヴァング原作)、『指』、『ファミリアー』など。2016年、『彼らの敵』が第23回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2019年、オフィスコットーネ『夜、ナク、鳥』と流山児★事務所『わたし、と戦争』で第26回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。そのほかの主な作品にオフィスコットーネ『埒もなく汚れなく』(作・演出)、神奈川芸術劇場『オレステスとピュラデス』(作)、さいたまネクストシアター『ジハード―Djihad―』、新国立劇場『あの出来事』(ともに演出)など。「アズミ・ハルコは行方不明」、「リバーズ・エッジ」など映画脚本も手がける。『THE NETHER』にて第27回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。2020年、第70回芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。現代能楽集X『幸福論』〜能「道成寺」「隅田川より」で第28回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。

ミナモザ公式サイト
http://minamoza.com/