前川知大

外の道

2021.11.24
前川知大

ⓒ 阿部章仁

前川知大Tomohiro Maekawa

1974年新潟県柏崎市生まれの劇作家、演出家。東洋大学文学部哲学科卒業後の2003年に活動の拠点とする劇団「イキウメ」を結成。SFや哲学、オカルト的な世界観を有した独自の作風で常に話題を集め、国内の演劇賞を多数受賞する。
そんな国内での活動に加え、2019年に韓国・ソウルで『散歩する侵略者』、2021年には『太陽』が韓国人俳優により上演された。2023年に国立チョンドン劇場で『太陽』が再演された際には、ダンス作品の『太陽』もあわせて上演されている。
2022年、フランス・パリでのイキウメの海外公演『外の道』も好評を博し、近年ではさまざまな言語(フランス語、韓国語、スペイン語、英語、ロシア語、アラブ語、中国語)での翻訳版の出版が続いている。2023年上演の舞台に対して贈られる読売演劇大賞では『人魂を届けに』が最優秀作品賞を受賞。

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外の道
2020年に上演予定だったが、新型コロナの影響で延期し、ワーク・イン・プログレス公演、特設サイトでの創作過程の公開などを経て改訂を行い、2021年5月に発表。20数年ぶりに再会した同級生二人が、暗闇が迫り遠くから怪音が響くカフェのような広間で、秩序を失った奇妙な日常について「語り合う」という設定。語りに合わせて、部屋にいた他の客と思われた人たちが家族や恋人になり、話の内容を再現していく。事実か妄想か判然としない中、やがて部屋は闇に飲み込まれて……。
外の道
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外の道

イキウメ『外の道』
(2021年5月28日(金)~6月20日/シアタートラム) 撮影:田中亜紀

Data :
[初演年]2021年

1場

壁一面に窓のあるカフェのような広間。外はありふれた田舎町か、あるいは砂漠か。空鳴と呼ばれる奇妙な音が、遠くから響いてくる。
客はいるが、ただ座っているだけ。

その店で、寺泊満と山鳥芽衣は再会する。小・中学校を共に過ごした同級生の二人は、偶然同じ田舎町に暮らしていることを知り、20数年ぶりの再会となる。

芽衣は離婚し、脳腫瘍を患った母・聖子の療養のために弟・士郎と一緒に、10年前に引っ越してきた。仕事は行政書士補助者。
満は、田舎暮らしに憧れる妻・洋子の希望で3年前に引っ越してきた。仕事は宅配ドライバー。洋子は自宅を改装した小さな花屋を営む。
近況報告が終わると、二人には盛り上がる思い出話もなく、会話は途切れる。

実際のところ、二人は人生に行き詰まっていた。
満は妻の浮気を疑い、結婚生活の破綻を予感している。芽衣は自分の過去を揺るがすような事態になっていることをほのめかす。
芽衣は悩み相談のようなかたちで、満の話を聞くことになる。

2場

満の話。
会社が主催した政治家の講演会での奇妙な出来事に遭遇した。懇親パーティーの最中に脳卒中で死んだ政治家の頭の中から、ビール瓶のガラス片が見つかったのだ。パーティーで同じビール瓶を割った満は、それが自分の割った瓶の破片ではないかという奇妙な思いに悩む。

次に、町にあるミルトンという喫茶店の話をする。その店のマスターは知る人ぞ知る手品の名人で、カリスマ的な人気がある。満は弟の忠に誘われて、予約を取ってショーを見に行った。

満はマスターのマジックに衝撃を受ける。中でも、コインを瓶に通すような、物質を透過させるマジックに心を奪われた。満は政治家の頭にガラス片を入れたのはこの技ではないか、マスターがあのパーティにいたのではないかという考えに取りつかれる。

満にマジックのタネを聞かれたマスターは、「実はタネも仕掛けも無い。始めからある世界の仕組みを使っているだけだ。物質には分子レベルで見たら隙間がある。その隙間を通すだけ。物質の構造を理解し、見える目を持つことだ」と答える。
満はマジシャンの言葉を反芻し、影響を受けていく。

3場

芽衣も自分の問題を話し始める。
脳腫瘍によって、記憶や人格に支障をきたした母の聖子は、今は17歳の時の記憶に閉じ込められ、自分を17歳と思い込んでいる。

都会から始まった空鳴が、この田舎町に鳴り始めた日の朝、聖子は2階の窓から離れた民家を指し、奇妙な黒い塊が見えると訴える。当時は芽衣にも士郎にもそれが見えなかったが、今は芽衣も見えるようになっている。

満は、最近自分にもそれが見えると芽衣に言う。芽衣は満に同じものが見えていることを喜ぶ。芽衣は自分を悩ます、その黒い塊について語り出す。

4場

芽衣の話。
ある日、芽衣は品名に「無」と書かれた宅配の段ボール箱を受け取る。開けてみると中は空っぽ。しかし箱に入っていた「無」が、部屋を侵食していくように感じる。それは小さなブラックホールのように、光の届かない闇として視覚化され、部屋の中で膨張していった。

そしてついに、闇が完全に部屋を飲み込む。そこに居ると、すべてが無になったように感じる。だがそこは住み慣れた自分の部屋だと思い直し手探りで歩くが、何故か家具はおろか、壁すら無い。叫び、歩き、走ってもどこにたどり着かない。虚空に投げ出された芽衣は、まるで意識だけが存在しているような感覚に襲われる。

朝になり、気づくと芽衣は裸で近所のビルの屋上に立っていた。自宅に向かうと、部屋から「無」がはみ出していた。家の半分以上が暗闇に覆われている。
芽衣は記憶を頼りに部屋を手探りするが空を切るばかり。でも馴染みのある住処をイメージして「創造する」ことで、部屋を存在させることに成功する。

自宅の暗闇から、三太と名乗る青年が現れる。三太は自分が何者かよく理解していない。「気がついたらここにいた」と繰り返すだけ。芽衣は不法侵入だと警察を呼ぶ。
三太は自分が抱えていたダンボールの中にあった身分証や卒業アルバム、日記などを確認し、自分は芽衣の子どもであると主張し始める。警察は三太の方を信じ、芽衣は混乱する。

芽衣は職場の上司で、恋人でもある日比野に相談する。行政書士の日比野は、法的にどうなっているのか調査すると約束する。芽衣は闇に覆われ、息子を名乗る他人のいる自宅から出ていく。

5場

マスターのによって現実感が変わってしまった満は、芽衣の荒唐無稽な話をあっさりと受け入れ、芽衣は信じてくれたことを喜ぶ。
満は現実の見え方が変わり、妻が別人のように美しく見える問題を話し始める。

満は昔の写真を調べ、彼女が最初から美しかったことを知る。満は「見える目を、新しい目を手に入れた」と興奮する。世界の解像度が上がったように、あらゆるものが鮮烈に目に飛び込み、その激しさに満は嘔吐する。

新しい目を手に入れた満は、逸脱行動を繰り返すようになる。常識やシステムに対抗するように、仕事で誤配を繰り返す。
兄の精神状態を心配した忠は、満に病院を勧める。満は「人が後から作った仕組みは、美しくない。初めからあるこの世界の仕組みを理解することで、人は幸せになれる」と言って話を聞かない。

一方日比野は、三太の身辺調査の結果を士郎に報告する。三太は数年前に芽衣の養子になっていて、書類は本物であり、法的にも実在する。二人はなぜ三太が記憶に無いのか分からないが、書類に合わせるように、三太の存在を受け入れていく。
かいがいしく聖子の世話をする三太は、すっかり山鳥家の一員になっていた。

日比野から三太の書類は本物だと告げられ、追い詰められる芽衣。日比野は「君を信じているが、書類をどう説明していいかわからない」と去って行く。
三太は芽衣に、「僕は書類で自分が何者かを知った。周りの人はそれを僕だと疑わない。居場所があるのならそれでいい」と言う。

三太と芽衣という当事者以外は、誰もが書類を信じて自分の記憶を改ざんしている。芽衣は三太が最初に言ったように「気がついたらここにいた」なら、それを信じて、そこから始めるべきだと言う。書類に書かれた過去など関係ない。それならば、自分も三太を受け入れることができるかもしれないと思う。

芽衣は、人は誰でも、気がついたらここにいた、というところから始まっていると気付き、過去や書類の整合性に拘っていたことが馬鹿らしくなる。芽衣は三太の書類も自分の書類も焼き捨てる。ビルの屋上で目覚めた朝を思い出し、「私たちはみんな無から生まれる」と言い放つ。

会社をクビになった満は、「無」と書かれたダンボール箱の配達をはじめ、家族から狂人扱いされる。
書類を信じられなくなった芽衣も事務所を辞め、家にも帰らない。
社会というシステムを否定し、居場所を失った二人は、喫茶店で自嘲的に笑い合う。

二人にとって、この世界は秩序を失いつつあった。街中に散在する暗闇は成長し、合体し、町を飲み込むほどに膨らんでいる。その巨大な闇から空鳴が轟く。
居場所を失った芽衣と満は、この社会を出て行こうと決心する。すると店にいた全ての人が、二人に向けて一斉に、「死ぬ、死ぬよ、絶対に死ぬ」とささやき始める。その囁きは呪いのように二人の頭の中で反響し、増幅していく。

お互いが唯一の理解者であると知った満と芽衣は、声を振り切り、そこから出ようとする。歩調を合わせるように巨大な空鳴が轟いたかと思うと、全てが闇に飲み込まれる。

無の世界に投げ出された二人は、意識だけの存在となる。その意識も散逸しそうになる中、芽衣は想像力で自宅を再生したことを思い出す。芽衣は消え入りそうな満を励ます。
「作り出すの、無から。想像力で」
満はそれに応える。「どうせなら新しいものにしようか、もっと美しいものに」
二人は新しく創造を始める。光が戻る。

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