国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

New Plays 日本の新作戯曲

2020.4.15
市原佐都子『バッコスの信女 ─ホルスタインの雌』

Bacchae–Holstein Milk Cows

Satoko Ichihara

バッコスの信女 ─ホルスタインの雌
市原佐都子

演劇ユニット「Q」を主宰する市原佐都子が、エウリピデス作『バッコスの信女』を下敷きに、性愛、男女、異種混交、差別、虐待、人工授精、人間中心主義批判など、現代社会のさまざまな様相を組み込んで描き出した第64回岸田國士戯曲賞受賞作。あいちトリエンナーレ2019における初演は、コロスを含めすべて女性キャストにより上演。

バッコスの信女─ホルスタインの雌
バッコスの信女─ホルスタインの雌
バッコスの信女─ホルスタインの雌
バッコスの信女─ホルスタインの雌

あいちトリエンナーレ2019『バッコスの信女 ─ホルスタインの雌』
(2019年10月11日〜14日/愛知県芸術劇場小ホール)
(C) Aichi Triennale Organizing Committee
Photo: Shun Sato
Data :
[初演年]2019年
[上演時間]
[幕・場数]
[キャスト]

 IKEAのショールームのようなリビングダイニングルーム。住人の女(主婦)が夕食の焼き肉を準備している。

 結婚前、「家畜人工授精師」だった女は、ウシの人工授精について、性欲についてなどを観客に語る。当時、女は、毎年12月に「無礼講」としてハプニングバーに行っていた。

 ある年の一夜。

 男1+女2の3Pで、自分にそっくりな女と抱き合った。その柔らかい、手触りのよい身体を抱き、女は自分で自分を抱きしめていると感じる。今まで固いものを握らされてきたけれど、自分で相手と同時に、自分を喜ばせることができている。心の底から救われた気がした。

 始発のバスでの帰り、隣の席に、得体の知れない人物が座る。殺される! あの女と気持ちいいことをした罰があたるのではないか、と女は恐怖する。が、何も起きない。

 この夜をきっかけに、子どもをつくろう、と女は決心する。

 精子は、海外からオンラインで購入。約10万円。人種や肌の色、学歴など男の属性を選択し、好みの精子を空輸で入手できる。女が中学生の頃、黒人と黄色人(日本人)を親にもつ同級生が、「ケンタウロス」というあだ名でいじめられていた。無自覚な差別意識から、女は日本人の精子を選択する。

 コロス(ウシの霊魂)が登場し、歌う。

 呼鈴が鳴る。

 迷子になっていた飼い犬“ハワイ”を連れて、ロングコートを着た獣人が女のところに訪ねてくる。獣人は普段、山で女性だけの集団生活をしている。「魂が疲れている」「牛の恨みが取り憑いている」と女に告げる。

 獣人はコロスに向けて歌う。

 「私は私の精液を母の子宮に泳がせ、私の生まれ変わりを母に産ませて、母の母乳を飲みたい。そうして自分と母の魂を救いたい」

 ウシは不快な人工授精で生まれ、ニンゲン本位の飼育をされる。そのことで恨みを抱いているウシたちを、獣人はバターマッサージで癒やし、癒された状態で授精して魂の産み直しを繰り返すことによりウシを救っている。女のことも“根本的に”救いたい、と獣人は言う。女は、そんな洗脳には乗らない、欺瞞だ、と反論する。

 獣人の生い立ちが明らかになる。

 女は、ネットで購入した精子を、軽い気持ちで、ウシの子宮に注入した。そして生まれたのが、上半身がニンゲン、下半身がホルスタインの獣人だった。

 獣人がコートを脱ぐと、下半身が露わになる。「精液も出せる大きなクリトリス」がついている。

 獣人が生まれた頃の回想。

 女は独身のまま、ウシから生まれた獣人の母になった。3歳になり、獣人のウシの下半身が欲望を持ち始める。女は獣人にエロ本を買い与え、マスターベーションで射精する方法を教えるが、性欲をおさえきれない獣人に襲われかける。取り乱した女は、「お前がニンゲンなら我慢できるはず」と、自分の写真を獣人に与えて家を出る。

 女は「あの彼女」に会いたくて、触りたくて、ハプニングバーに行く。

 彼女はいなかった。代わりに、レズ願望がある女子とプレイルームに入る。女子は、プレイルームを覗いている男たちに見せることに快楽を得て、AV女優のように喘ぎだす。女もつられてAV男優のように振る舞う。「自分の中に飼っている男に負けた」と、女は落胆する。

 始発のバスでの帰り、また、得体の知れない人物が女の隣に座る。

 女はそのまま帰らず、今の夫と結婚。主婦になり夫に養われることで、日常を送れるシステムに安住したかった、と語る。

 一方、3歳の獣人は、母に見棄てられた後、ウシの本能で畳を食べて生き延びた。家が糞臭いという苦情により、大家さんに発見される。その後、エロを熟知したウシとニンゲンのハーフとして、変態的な嗜好をもつお客様に、高いお金で体を売った。たまに高級焼肉店に行き、ニンゲンとして高額な牛肉を食べる。ウシの血が騒いで衝動的にサラダを注文し食べた。矛盾を感じながら。そうするしか生きる術がなかった。

 女の性生活。

 アイロン台でアイロンをかける女に、夫が覆いかぶさる。女は夫の性欲を、されるがまま受けとめる。まるで種牛の精液採取のように。種ウシのオスは、メスの子宮に精液を発射することはない。冷凍されて売られるだけ。生殖に愛はない。

 犬のハワイが突然喋りだす。

 ハワイは去勢された愛玩犬。ニンゲンに肛門をおかされたこともある。愛玩犬だから、人を癒やさなければ殺されてしまう。殺さないでくれ!

 ハワイが泣き出し、コロスが踊り狂い、女は半狂乱となる。

 「山の牧場にあなたそっくりの人がいる」と、獣人が女(母)を誘う。

 そっくりの彼女はバターマッサージがとても上手だ。女はマッサージで癒やされることを望み、獣人に勧められるまま「大きなクリトリス」を装着し、牧場に向かう。

 獣人は、自らの精液を母の子宮に注入することができる、と確信する。

 獣人と女を追って牧場に行ったハワイが戻り、コロスに報告する。

 女は牧場で、バターマッサージを受けた。そして、獣人が女の膣に自分の精液を注入しようとしたが、女が抵抗し、獣人のペニスをもぎりとってしまった。

 獣人が現れ、「ペニスをとられて少し肩の荷がおりた」と言って、退場する。

 女は、獣人のペニスを持って帰宅する。

 ウシのペニスは食べられるのか、とコロスに問う。コロスは、ケンタウロスが笑いながら駆け回っている姿を歌う。

 女とハワイが、肉の焼けるのを待っている。

Profile

劇作家・演出家・小説家。1988年大阪府生まれ、福岡県育ち。桜美林大学にて演劇を学ぶ。2011年より「Q」を始動。人間の行動や身体にまつわる生理、その違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉えた劇作、演出を行う。女性の視点から、性や、異種間の交尾・交配などがフラットに描かれる戯曲では、観客の身体を触覚的に刺激する言葉が暴走し、舞台上の俳優たちは時に戯画的に、時に露悪的に台詞を全身から発散させる。そこでは、男性中心的、人間中心的に語られてきた性や生殖行為が無効化し、社会のマジョリティを覆っている倫理観や道徳観念にもラジカルな疑いがかけられる。
公益財団法人セゾン文化財団ジュニアフェローアーティスト。
2011年、戯曲『虫』にて第11回AAF戯曲賞受賞。2020年、『バッコスの信女 ─ホルスタインの雌』で第64回岸田國士戯曲賞受賞。
2019年6月初の小説集『マミトの天使』を早川書房より出版。

Q
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