前川知大

ゲゲゲの先生へ

2018.12.03
前川知大

ⓒ 阿部章仁

前川知大Tomohiro Maekawa

1974年新潟県柏崎市生まれの劇作家、演出家。東洋大学文学部哲学科卒業後の2003年に活動の拠点とする劇団「イキウメ」を結成。SFや哲学、オカルト的な世界観を有した独自の作風で常に話題を集め、国内の演劇賞を多数受賞する。
そんな国内での活動に加え、2019年に韓国・ソウルで『散歩する侵略者』、2021年には『太陽』が韓国人俳優により上演された。2023年に国立チョンドン劇場で『太陽』が再演された際には、ダンス作品の『太陽』もあわせて上演されている。
2022年、フランス・パリでのイキウメの海外公演『外の道』も好評を博し、近年ではさまざまな言語(フランス語、韓国語、スペイン語、英語、ロシア語、アラブ語、中国語)での翻訳版の出版が続いている。2023年上演の舞台に対して贈られる読売演劇大賞では『人魂を届けに』が最優秀作品賞を受賞。

イキウメweb

太平洋戦争従軍中に左腕を失いながら、復員後は妖怪をキャラクターにした漫画『ゲゲゲの鬼太郎』で一世を風靡した漫画家・水木しげる(1922〜2015年)。その世界に多大な影響を受けた前川が、短編を原案に、戦争や貧困を原点にもつ水木作品の精神を戯曲化したオマージュ。舞台は、子どもが生まれなくなり人口が激減した近未来の日本。山奥のあばら家に棲みついた半妖怪の根津(『ゲゲゲの鬼太郎』の「ねずみ男」がモデル)のもとに都会から若い男女が逃げてきて……。

『ゲゲゲの先生へ』
(2018年10月8日〜21日/東京芸術劇場) 撮影:田中亜紀
Data :
[初演年]2018年
[上演時間]2時間
[幕・場数]1幕13場
[キャスト]11人(男7、女4)

──夜の森を何者かに追われてさまよう根津。家に逃げ帰ると、「お前は死ぬべきだった」という父の声が響く──。

 根津がいつもの悪夢から目覚めると、彼が棲むあばら家に若い男女・忠と要が逃げ込んで来た。それまで止まっていたかのような時間が動き出す。

 根津は、ここ20年間「ただ寝たり起きたりしていた」と言う。一夜の宿を乞う二人に、謝礼として財布を取り上げる根津。態度や口調は人を食ったものだが、何故か憎めない。

 子どもが生まれなくなった日本では、赤ん坊や妊婦を病院で管理していた。妊娠した要はそれを拒み、忠と駆け落ちしたのだ。社会からはみ出した者同士として、根津は二人に身の上話をはじめる。

 孤児院育ちの根津には三太という弟分がいた。三太は小さな会社の社長の養子になるが、半年後に死んでしまう。ある日、空中に浮かぶ不思議な輪を見つけた根津がそこを通り抜けると、死んだはずの三太が立っていた。

 三太との会話から虐待されていた事実を知り、根津は孤児院の職員に訴えるが取り合ってもらえない。再び出現した輪を抜けた根津は、子どもの姿のままの三太と一緒に遊ぶ。

 高校受験の朝、三度目に出現した輪をやり過ごしたせいで、根津がその後、輪を見つけることはなかった。貧しさから高校を中退した根津は、復讐のため社長の家に放火する。

 根津の回想の合間、街の様子を話す二人。病院で管理される子どもたちは“フガフガ”言うだけでいつまでも喋らず、さらに謎の「怪物」まで現れたという。忠と要は“半分妖怪”と名乗る根津なら“フガフガ病”の原因がわかるのではと尋ねる。

 そもそもなぜ根津は半妖怪になったのか。放火の後、スリや万引きで生計を立て、刑務所暮らしも経験した根津は、ついには詐欺師となる。街でしくじりこの村に逃げ込んだ根津は訪問販売員を装い、とある家の老婆を騙そうとする。

 根津を「死んだ息子の三吉だ」と言い出す老婆。帰宅した三吉の妻・花子も同じことを言い、二人で根津に「天ぷら」を食べさせる。

 実は老婆=おばばは凋落した土地神(土地や村落を守護する神)、花子は雪山の精霊。天ぷらは人間から魂を吐き出させる「猫魂の天ぷら」だった。それを食べた根津は生死の境で三太と再会する。

 三太に哀願され、おばばは根津の魂を戻す。だが完全には人間に戻れず半妖怪となってしまう。なのに金への執着は消えず、排せつはしないが「屁は出る」と楽し気に言う根津。

 過去と現在が交錯するあばら家で根津、おばば、花子、妖怪の豆蔵に忠と要も加わり、人間が勝手につけた呼び名である「妖怪」について語る。根津はさらに半妖怪生活を回想する。

 感知する人間が居なければ、神や精霊、妖怪は存在できない。豆蔵が村最後の老爺が死んだと告げに来て20年余り。忠と要が来るまで、根津はこの村で眠り続けていたのだ。

 二人を追い、要の父で悪徳市長の山田、婚約者だった医師の猫山、警察署長がやってくる。根津は大きな屁を放って二人を逃がし、街に現れた「怪物」を退治できるかもしれないと市長に取り入る。

 子どもたちを管理する猫山の病院。子どもを奪われた母・青子は院内にあった赤ん坊の死体を見て錯乱し、市長を襲って撃ち殺される。だが青子は赤ん坊や猫など周囲の死を呼び込んで光を放ち「怪物」となって蘇る。

 怪物は「コケカキイキイ」という謎の言葉を発することから「コケカ」と呼ばれるようになる。機動隊の攻撃を跳ね返し、ビルを倒し、さらには植物を巨大化させ街を破壊するコケカ。

 根津は市長に「コケカは神。退治ではなく鎮めるべきだ」と言う。要たちを連れ戻した猫山は、山の中でアヤしい気配を感じたと怯えている。襖を開けると、そこにコケカが立っていた。

 根津はコケカの言葉を通訳し、「懺悔せよ」と市長に迫る。逃げる市長の前に、村祭りの奉納舞で使っていた、南洋の仮面舞踊の衣装に身を包んだ者たちが立ちはだかる。コケカが市長を捕まえた瞬間、部屋の明かりが消える。

 明かりが戻ると市長は“フガフガ”言うだけの放心状態。猫山たちは市長を連れ逃げ出す。感謝する忠と要に根津は「(コケカの言葉が)分かる訳ない。適当だ」と笑う。

 その時、部屋の温度がすっと下がり暗闇から花子とおばばが現れる。いとおしげに花子を抱きしめる根津。忠と要に花子たちは見えない。

 「この村に住もうかな」と言う要。気づけば根津も見えなくなり、狐につままれた気分の二人。だが、畳の下には根津が隠した財布があった。

 あばら家には、姿の見えない根津、花子、おばば、豆蔵が居る。葉擦れの音、虫の声、太鼓のリズムが重なる中ゆっくりと暗転。闇の中、根津の別れの挨拶が聞こえる。

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