長田育恵

燦々

2016.12.13
長田育恵

長田育恵Ikue Osada

1977年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。96年よりミュージカル戯曲執筆・作詞を経て、2007年に日本劇作家協会・戯曲セミナーに参加。翌年より井上ひさし氏に師事。09年、自身の劇団「演劇ユニットてがみ座」を旗揚げ。以降、てがみ座全公演の戯曲、依頼戯曲等を手掛け、心の機微を見つめる繊細な言葉、丹念に織り上げられた構成で、スケールの大きな物語を描きだす筆力が注目されている。15年、てがみ座 『地を渡る舟─1945/アチック・ミューゼアムと記述者たち─』 (再演 扇田拓也演出)にて第70回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞を、16年にグループる・ばる『蜜柑とユウウツ─茨木のり子異聞─』(マキノノゾミ演出)にて第19回鶴屋南北戯曲賞を受賞。18年には青年座『砂塵のニケ』(宮田慶子演出)、てがみ座『海越えの花たち』(木野花演出)とPARCO PRODUCE『豊饒の海』(マックス・ウェブスター演出)により紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した。近年は、市川海老蔵第二回自主公演「ABKAI 2014」の新作舞踊劇『SOU〜創〜』(藤間勘十郎演出)、文学座アトリエの会『終の楽園』(鵜山仁演出)、『夜想曲集』(小川絵梨子演出)、兵庫県立ピッコロ劇団『当世極楽気質』(上村聡史演出)、劇団民藝『SOETSU─韓(から)くにの白き太陽─』(丹野郁弓演出)、『百鬼オペラ 羅生門』(インバル・ピント&アブシャロム・ポラック演出)などの戯曲も執筆し、活動の場を広げている。

てがみ座公式サイト
http://tegamiza.net/

史実や実在の人物についての丁寧な取材で戯曲を書き上げる劇作家・長田育恵(1977年生まれ)の最新作。『夜桜美人図』『吉原格子先之図』で知られる葛飾北斎の娘で絵師のお栄(画号:応為)を主人公にした青春期の物語。江戸後期、日本に西洋文化が押し寄せる黒船来航前夜。江戸の生き生きとした庶民の暮らしを背景に、北斎の下で技を磨く弟子たちと張り合いながら、女であるお栄が父に画号を許されるまでを描く。

てがみ座第13回公演『燦々』
(2016年11月3日〜13日/座・高円寺1) 撮影:田中亜紀
Data :
[初演年]2016年
[キャスト]12人(男8・女4)

 葛飾北斎の娘・お栄(葛飾応為)は、幼い頃から見よう見まねで絵を描き続けていた。北斎の弟子で絵師の南沢等明に望まれて結婚したものの、初夜にもかかわらず、蝋燭の光で絵を描き続けるお栄。その姿に苛立つ等明。

 そこに火事を告げる半鐘が鳴り響くと、お栄は筆を持って火事場に向かって飛び出す。火事場には北斎宅で居候している絵師の池田善次郎(画号:渓斎英泉)がいた。自分なら何色でこの炎を描くか語り合う二人。

 文政6(1823)年初夏。本所にある北斎の工房。身の回りの世話や絵師の手伝いのすべてをお栄にまかせていた北斎は、嫁に出していなくなったことも忘れてお栄の名を呼ぶ。お栄がいないと必要なもののありかもわからない北斎。そんな北斎に妻は、女の幸せは結婚であり、「女のお栄に絵師の道を思い切らせるように」と念をおす。

 そこに、版元・西村屋与八(永寿堂)が、北斎や善次郎をはじめ当代随一の絵師を集めた枕絵本を作る企画を持って来る。北斎の元を訪れていたお栄は自分の絵も入れてほしいと申し出るが、北斎に「お前の絵は人間が描けていない張りぼての絵だ」と叱られ、追い返される。

 橋の上で北斎の高弟・魚屋北渓に出会ったお栄は、絵師としての悩みを打ち明ける。「欲深になれ、周囲をしっかりと見て、描きたいものを見つけろ」と助言する北渓。

 お栄が嫁ぎ先の長屋に戻ると、さっきまで夜鷹と交わっていたらしい等明がいた。自分の画才のなさに自信を失ない、「お前にちらつく北斎の影に苛立つ」と声を荒げる。そんな男に自分の弱さを重ねたお栄は、はじめて心を許して向き合おうとするが、等明は離縁を告げる。

 真夜中、町を彷徨っていたお栄は屋台を引く夜泣き蕎麦屋と出会う。不能で女盛りの女房を満足させられないというその男。そんなことは気にしないと言う女房。夫に行きずりの男に身をまかせるように言われた女房が竹藪で交わる姿を見ながら、お栄は男の顔を夫に変えて、そんな哀しい夫婦がひとつになった春画を描くのだった。

 朝方、工房に着いたお栄はその春画を北斎と善次郎に見せる。北斎は思わず筆をとって絵を描き始め、お栄をライバルと認めた善次郎は工房を出ていくことを決意する。

 ある日、北斎および一門に対し、出島を訪れていたシーボルトから「江戸の暮らし」100枚を西洋画法で描いて欲しいという依頼が入る。北斎はお栄にも一門として絵を描くことを許し、「女を描け」と画題を与える。

 お栄は、吉原に花魁・霧里の美人画を描きに行く。それまで誰にも絵姿を描くことを許さなかった霧里だが、もうすぐ大家に身請けされ、吉原を去ることから、女絵師になら描かせてもいいと許可したのだ。お栄と会った霧里は、「真の姿を見届けてほしい」と言う。真の姿とは、霧里の秘めた恋の相手、生きる縁になっていた姉女郎・夕霧が性病で死の床に伏せる姿であり、夕霧を残して身請けされる霧里の慟哭する姿だった。今の自分ではとても描ききれないと落ち込むお栄に、霧里は見届けてくれた感謝のしるしにと自らの簪を託す。

 そこに、北斎の家を出て以来、荒れた生活をしていた善次郎が博打の咎で捕まったとの知らせが届く。お栄は、善次郎を迎えに行き、「自分を粗末にするな、絵を描け」と叱り、口づけする。しかし、善次郎はなじみの芸者・お滝と去る。初めて、善次郎への恋心を自覚するお栄。

 シーボルトから依頼された絵が完成した。受け取りに来たシーボルトのお抱え絵師・川原慶賀は、その中の1枚に目を留め、「この絵には、拙い中にも何かある。波(西洋)を飲み込んで自分の力に変えて踏み出している」と言う。それは、お栄の絵だった。

 お栄、川原からの言葉に力を得て、新たな思いで自らの絵に向かう。出会ってきた女たちの生き方と、善次郎への恋を秘めながら、美人画を描き上げる。 

 日暮れ。画が描き上がる頃、善次郎が、お滝らと妓楼を開くことにしたと別れの挨拶に来る。去ろうとする善次郎に「あんたが欲しい」と告白するお栄。「お前は北斎のもんだからな」と言いつつ、善次郎はその思いを受け止め、二人で絵筆を持って出て行く。

 季節が変わり、7月。北斎は、お栄の美人画を見て応為と画号を与える。夏の初めの入道雲を見上げるお栄。紙と筆を取り出し、新しい絵に挑み始める。

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