やなぎみわ

ゼロ・アワー〜東京ローズ 最後のテープ

2014.01.09
やなぎみわ

やなぎみわMiwa Yanagi

現代美術家
神戸生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。93年に京都で初個展。エレベーターガールの一群をさまざまな都市空間と合成した『案内嬢の部屋』で注目され、若い女性が自ら望む50年後の姿を演じてビジュアル化した『My Grandmothers』、少女が寓話をモチーフに乙女と老女を演じた『Fairy Tale』など、ジェンダー、老い、生死、抑圧されたパーソナリティを特殊写真によって具現化するシリーズを発表し、国際的に活躍。2010年から演劇プロジェクトをスタートし、日本が近代化されていくプロセスを緻密にリサーチしてフィクションにするテキストと、案内嬢という抑圧された一群をコロスや語り手として登場させる手法により、斬新な舞台作品を発表。2013年に発表した『ゼロ・アワー〜東京ローズ 最後のテープ』では、作・演出・美術を手掛けただけでなく、トラフ建築設計事務所による装置デザイン、人間の声を研究している音楽家フォルマント兄弟による音声デザイン、案内嬢によるパフォーマンスというコラボレーションで本格的な劇場作品を実現。2009年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館代表。2012年から京都造形芸術大学美術工芸学科教授。

http://www.yanagimiwa.net

国際的に活躍する現代美術アーティストのやなぎみわが綿密なリサーチを踏まえて書き上げた創作戯曲。太平洋戦争中、日本が連合国軍に向けて行ったプロパガンダ放送「ゼロ・アワー」で、東京ローズと名づけられて人気を呼んだ日系の女性アナウンサーを題材に、“声”がつないだ至福の時間の虚実を描いた作品。アナウンサーは複数いたが、声を聞き分けることができた日系2世の米軍通信兵・ダニエル山田だけが東京ローズを特定できた。戦後、プロパガンダ放送に協力した東京ローズとして米国籍のアナウンサー、アニー・小栗・宥久子は国家反逆罪に問われる。裁判で弁護側の証人となったダニエルはアニーを東京ローズではないと証言し、番組づくりに関わった録音技師の潮見俊哉は検察側の証人としてアニーが東京ローズだと証言するが…。英語と日本語が混在した戯曲で、音楽家フォルマント兄弟が合成した音声が東京ローズの声として使われた。

やなぎみわ演劇公演2013『ゼロ・アワー〜東京ローズ 最後のテープ』
(2013年7月12日〜15日/KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ)
Data :
[初演年]2013年
[幕・場数]6幕(プロローグ、エピローグあり)
[キャスト]8人[男2、女6]

 南太平洋上の戦艦内で、ラジオ・トウキョウ(日本国営の国際放送)の放送に聞き入る米兵たち。女性アナウンサーのおしゃべりと音楽が楽しめる番組「ゼロ・アワー」が彼らのお気に入りだ。ダニエルは、アナウンサーは実は6人いるのだと言う。今夜はローズの日。彼女の声が聞こえる。「Greetings, my fellow orphans in the Pacific. How are you today?」(こんにちは、ごきげんいかが?太平洋の孤児たち)

 2006年ニューヨーク。年老いて盲目となったダニエルは独り、大量の録音テープとともに暮らしている。東京ローズとして国家反逆罪で10年の禁固刑と市民権剥奪を課され、6年の服役の後、1977年に恩赦により米国籍を回復していたアニーの死が、ラジオで伝えられる。

 今夜は特別な来客の日。60年前に「ゼロ・アワー」を制作していたラジオ・トウキョウで出会い、アニーの裁判で対立した録音技師の潮見が日本からやってくるのだ。ダニエルと潮見は、ハガキを通じてチェスの100番勝負を続けていて、その100局目を直接対決しようというのだ。

 1945年9月東京。ラジオ・トウキョウに、人気者だった東京ローズを探し求めるアメリカの新聞記者たちが殺到している。記者たちは、米国籍をもつアニーこそがローズだと目星をつけていた。

 放送室のテープを処分する潮見。ジェーン須川ら5人のアナウンサーたちが現れる。プロパガンダ放送の調査に訪れていたダニエルは、彼女たちに1枚の原稿を読むよう命じる。全員の声を聞き、ここにはローズはいない、アナウンサーはもう一人いるはずだと断言する。

 前日。帝国ホテルの一室では記者たちがアニーを取り囲み、東京ローズとしての独占契約にサインさせようとしていた。

 再びラジオ・トウキョウ。6人目のアナウンサーは「聞いたことのない不思議な声をしていた」と言うダニエルは、潮見にローズの正体を明かせと迫る。ダニエルを録音室に案内した潮見は、ドイツ製の最新テープレコーダーを見せ、6人目は録音だったこと、アナウンサーを務めた本人にはもう連絡がとれないと告げる。

 チェス盤を見つけたダニエルは、潮見に対局を申し込む。ダニエルと潮見の初めての勝負はあっけなく潮見の勝利で終わる。

 1943年。放送室で、潮見が自身の声を元にテープレコーダーの音声変換機能を操り、別の声をつくる実験を行っている。「東京ローズ」の声が出来上がっていく──。

 戦時中、ラジオ・トウキョウでは、アメリカの短波放送を傍受。潮見がテープレコーダーで録音し、日系のタイピストたちが書類にして軍に提出していた。そのタイピストたちが「ゼロ・アワー」のアナウンサーとして徴用される過程と、戦後FBIの尋問を受けながらも東京ローズの秘密を守る潮見が交互に描かれる。

 1948年。東京ローズとしてサインしてしまったアニーは、戦犯として巣鴨プリズンに収監されていたが釈放される。戦時中も国籍を捨てなかったアニーはアメリカへの帰国を希望するが、マスメディアからの厳しい批判にさらされる。

 サンフランシスコでのアニーの裁判で、ダニエルは弁護側の証人として、当時自分が録音した「ゼロ・アワー」のテープを証拠として提出し、彼女はローズではなく、もう一人のアナウンサーの存在を立証しようと目論んでいた。

 検察側証人の潮見と対決し、ダニエルは、声の違いを「耳を澄ましてよく聞いてください!」と訴えるが、アニーは有罪を言い渡される。

 ジャズが流れるなか、アニーとダニエル、潮見とアナウンサーたちの声が交錯する。

 再び2006年のニューヨーク。ダニエルの部屋では、潮見とのチェス勝負が続いている。「ゼロ・アワー」のテープを取り出し、「我々がいなくなっても彼女たちの声は残る」と語るダニエル。彼は、ラジオ・トウキョウで潮見が使っていたものと同じ型のテープレコーダーを手に入れていた。

 ゲームはエンドレスの千日手の様相を呈していく。「我々は永久に勝負を続けるべきだ。アニーやジェーンの声を聞きながら」とダニエル。潮見は「終わるためだけに、僕は勝ち続けてきたんですよ」と返す。チェックメイトを告げる潮見の声は、東京ローズの声だった──。

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