前川知大

ミッション

2013.04.22
前川知大

ⓒ 阿部章仁

前川知大Tomohiro Maekawa

1974年新潟県柏崎市生まれの劇作家、演出家。東洋大学文学部哲学科卒業後の2003年に活動の拠点とする劇団「イキウメ」を結成。SFや哲学、オカルト的な世界観を有した独自の作風で常に話題を集め、国内の演劇賞を多数受賞する。
そんな国内での活動に加え、2019年に韓国・ソウルで『散歩する侵略者』、2021年には『太陽』が韓国人俳優により上演された。2023年に国立チョンドン劇場で『太陽』が再演された際には、ダンス作品の『太陽』もあわせて上演されている。
2022年、フランス・パリでのイキウメの海外公演『外の道』も好評を博し、近年ではさまざまな言語(フランス語、韓国語、スペイン語、英語、ロシア語、アラブ語、中国語)での翻訳版の出版が続いている。2023年上演の舞台に対して贈られる読売演劇大賞では『人魂を届けに』が最優秀作品賞を受賞。

イキウメweb

世田谷パブリックシアターによる劇作家のためのワークショップ「劇作家の作業場」との連携などを経て、生まれた戯曲。地方都市の金輪町で町工場を経営する四人家族の神山家。工場を継ぐ修行中の兄・清武と総合商社につとめる弟・清巳。清巳は、怪我で仕事からはずされたことをきっかけに、世界のバランスをとるという重要な使命を果たすため不審な行動をする叔父・怜司に影響されて…。

イキウメ『ミッション』
(2012年5月11日〜27日/シアタートラム) 撮影:田中亜紀
演出:小川絵梨子
Data :
[初演年]2012年
[上演時間]2時間
[幕・場数]1幕27場
[キャスト]11人(男7、女4)

 清武は父・司朗の工場を継ぐべく修行中だが、「優秀な弟、不出来な兄」と見られることに甘んじていた。二人が一緒にいたとき、家の裏山からの落石が清巳の頭を直撃し、病院に運ばれる。

 3日後、病室に司朗の弟夫婦、怜司と菜月が見舞いに来る。インテリアコーディネーターの菜月が働き、怜司は主夫をしている。怜司は不意に窓の外に向けて手を振るなど、不審な行動をして帰っていく。清巳が何気なく同じ行動をすると、外から衝撃音が聞こえる。

 数時間後、同僚の持田喜美が病室に現れる。彼女は怪我をしており、窓から手を振る清巳に気を取られ、事故を起こしたと言う。そこに上司から電話がかかり、清巳は自分が進めていたプロジェクトから外されたことを知る。

 やる気をなくした清巳は、退院後、怜司が河原で開く奇妙な集まりに通い始める。怜司を師と仰ぐ元引きこもりの大河原と益子。その河原をねぐらにしているホームレスの脇坂は、世界に溶け込んで暮らしている怜司の「師匠」らしい。

 怜司は、自身の内側から聞こえる「呼びかけ」に応え、それを実践することで「世界のバランス」を取っているという。病院での奇行もその実践だった。清巳は彼らをバカにしながらも、その場を離れられない。

 持田を見舞った清巳は、自分の病室に以前は持田の友人がいたこと、その友人も山からの倒木による事故で亡くなったと知らされる。

 一方、司朗に命じられ、清巳を怜司と会わせないよう菜月に頼みに行った香依は、専業主婦で暇だから子どもに構うのだと、一蹴される。

 会社を辞めると言い出す清巳。専業主婦を否定された香依も働きに出ると言い出す。家族がおかしくなったのは怜司のせいだと憤る司朗。清武は父の味方をするが相手にされない。

 回想シーン:怜司は小学生の時、母の入院中、寂しさを紛らすため母に「おやすみ」と言ってから眠ることにしていた。それを司朗にからかわれ「おやすみ」を言えなかった日の夜更け、母が亡くなる。母の呼び掛けに応えて「おやすみ」と言っていたことが命を支えていたと信じる怜司は、自分の大切な人にだけでなく、やがて世界中に「おやすみ」を言うようになる。そんな怜司を司朗は理解できない。

 河原にいる大河原と益子を、清武の友人・片倉がからかう。それをきっかけに、脇坂まで巻き込んだ乱闘になり、大河原は片倉を傘で刺してしまう。気づくと雨が降り出していた。

 片倉と脇坂の病室で、大河原は「呼びかけ」に従って刺しただけだから責任はないと言い張る。命を救うためのことが人を傷つけるロジックにもなると気づき謝罪する怜司を、大河原は軽蔑する。心配して集まる神山家の人々。司朗と怜司は思いをぶつけ合うが、歩み寄ることができない。

 雨が激しく降り続く。怜司たちが「呼びかけ」に応えず、世界のバランスが崩れたせいで雨がやまないと言う清巳。事件後、「呼びかけ」が聞こえなくなったと言う怜司。「大事なのは呼びかけに応えることで、従うことではない。判断は自分たちですべきだ」と説得する清巳。

 「呼びかけ」に従って氾濫した川に飛び込もうとする大河原と、押しとどめる益子。駆けつけた怜司と清巳が大河原を張り倒して止める。そこへ、清巳の家の裏山が崩れたという報せが入る。

 いち早く避難した司朗たちは無事だった。憑き物が落ちたようになる人々。雨もやんでいる。会社を辞めて、落石に倒木、土砂崩れまで起きた危険な裏山を改良する仕事をしたいと言い出す清巳。怒る司朗を、工場は自分が継ぐから弟は自由させてと、どこか頼もしくなった清武がなだめる。

 別の日。河原では怜司たちが「呼びかけ」に応え、退院する持田を清巳が迎えにいく。世界は再び、けれど以前とは違う形でバランスを取り戻したのだ。

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