神里雄大

レッドと黒の膨張する半球体

2012.09.28
神里雄大

神里雄大Yudai Kamisato

演出家・作家。1982年ペルー共和国リマ市に生まれ、神奈川県川崎市で育つ。早稲田大学在学中の2003年に「岡崎藝術座」結成。各地を訪問し採集したエピソードを元に、移動し越境する人々をテーマにした作品を発表している。06年『しっぽをつかまれた欲望』(作:パブロ=ピカソ)で「利賀演出家コンクール」最優秀演出家賞を最年少で受賞。2018年『バルパライソの長い坂をくだる話』で第62回岸田國士戯曲賞を受賞。2016年10月より文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてアルゼンチン・ブエノスアイレスに1年間滞在。2022年度からセゾン文化財団セゾン・フェローII。ソウル、香港、台北、ニューヨーク、ロンドンなどで翻訳戯曲が上演(リーディングを含む)されている。

岡崎藝術座
https://okazaki-art-theatre.com/

ペルー出身川崎育ちの劇作家・演出家の神里雄大による初の海外フェスティバル進出作品(台湾アートフェスティバル正式招待)。東日本大震災後の日本を風刺した作品。何も行動を起こさない移民たち(日本人)が牛として差別され、目に見えぬ不穏な存在=ダークマターが支配する世界を描く。

岡崎藝術座『レッドと黒の膨張する半球体』
作・演出:神里雄大
(2011年10月28日〜11月6日/にしすがも創造舎) 撮影:富貴塚悠太
Data :
[初演年]2011年
[上演時間]1時間30分
[幕・場数]1幕1場
[キャスト]5人(男3、女2)

 舞台上には何もなく、中央より奥は闇に溶け込んで見えない。俳優は登退場の多くを、この闇から行う。

 男2と男3、ヘラヘラ笑いながら椅子を持って登場。脱力しただらしない仕草で、客席に向かって議論をふっかける。希望を胸にやってきた移民先の国で受ける差別、失望のなか強いられる同化、母国の伝統を守るための葛藤、自分たちの地位を確立するために進めた移民先の女との結婚・出産。

 二人が去ると客席側からスーツ姿でリュックを背負った男1登場。ひどくよろけながらも闇を凝視し、最後に跪く。ペットボトルを取り出して水を飲み、空になるとやりばのない怒りをぶつけるように振りかぶるが、思いとどまってソッと闇に向かって放る。四つん這いになり、尻を高く上げて「牛」になった男1は放屁する。

 再び現れた男2は、牛になったまま不安げにつぶやき続ける男1を揶揄する。

 女1が現れ、男1に寄り添う。男1と女1、水を飲み、ボトルを放り、放屁する。

 「餌」と称して男女の前にテレビを運びつける男2。草原と青空の風景が流れる。「餌に毒を入れる」と言い、男3がチャンネルを変えると、格闘技の試合が流れる。

 女1をいやらしく見つめながら、男1に絡む男3。男3はチャンネルを変えながらそこに映る「ダークマター」「牛丼」「ナポレオン」などについて、男1に説明を求めるが対話は成立しない。

 「日本の面白いことをやれ」という男3に、オノ・ヨーコの物まねをする男1。ジョン・レノンに扮してセックスの真似事に興じる男3。男3は、死についてつぶやく男1を「牛丼の歌」を歌いながら闇の中へ連れ去り、一人戻って来てダークマターについて語る。

 女1は、移民の増加に嫌悪を感じたこと、けれど結果的には移民の子を孕んだことなどを過剰な身体表現とともに語る。 

 テレビの前の女1と男3を、後から来た男2が父母だと紹介する。男2は移民2世。一人食事をはじめるが、食事のマナーついて女1が男2を叱責する。男2は2世である混血の自分が、新しい国をつくると宣言する。

 騒ぎの中、居眠りしていた男3が目覚め、宙に浮かんで「日本の王」になる。王の男3と男2の間で日本の歴史が作りかえられる。移民記念日、真珠湾攻撃の抹消、実はルイジアーナ州にあった日本、一人っ子政策……etc.三人は水を飲み、ペットボトルを放り、放屁する儀式を行う。

 横暴な態度のアメリカ人として男1が再登場。捏造された日本の歴史を馬鹿にし、他の三人を差別的に牛扱いする。男1は女1と強引にセックスを始める。絶頂に達すると、牛になった男3を闇の中に連れ去る。

 一人残される男2。「今度は僕が血を守る番だ」と食事とマナーの場面を繰り返す。「純血なのに異邦人」という、アイデンティティを見失った移民二世の存在を訴える。

 が、再びふざけた態度に戻り、闇から戻った男1、3、女1とともに牛になる。その後、再び一人になった男2は闇に向かい水を飲み、ペットボトルを放り、放屁する。暗闇に放屁することで僅かに自分の居場所を拡大する、それこそが自分の意志と希望だと言い、闇に消える男2。

暗転。

 明かりがつくと裸足の女2が立っている。その背後で、闇が半球状に膨れ上がっていく。
 女2の詩的なモノローグ。
 「わたしは子供がほしかった。でも水を飲んでしまった。……水を飲んで最後まで流す。流してしまって、もう忘れちゃう。わたしは子供がほしかった!」

暗転。

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