国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

New Plays 日本の新作戯曲

2011.7.13
藤田貴大『ハロースクール、バイバイ』

Hello school, bye bye

Takahiro Fujita

ハロースクール、バイバイ
藤田貴大

東京近郊の海辺の町にある中学校。その女子バレー部が臨む「最期の試合」中に、部員たちの脳裏をよぎるさまざまな思い出が、語り手や視点を何度となく変え、リフレインさせながら描かれていく。舞台床には白いテープで大きな正方形と放射状のラインが描かれ、正方形の四隅に学校机の椅子がセットされている。抽象空間をバレーコートや部室、通学電車の車内、銭湯などに見立てながら場面が展開する。

マームとジプシー『ハロースクール、バイバイ』
(2010年11月/アトリエ劇研) 撮影:飯田浩一
Data :
[初演年]2010年
[上演時間]1時間28分
[幕・場数]1幕4場
[キャスト]9人(男2・女7)

 一場。女子バレー部の「最期の試合」が始まる。場面は章ごとに中心となる視点が変わる。

 1章は1年前に東京から転校生としてやってきた「るな」が中心。試合以前の「るな」の記憶が再生されていく。新キャプテン就任に重圧を感じる親友「しほ」との会話、部室の異臭事件、転校初日の風景、部活に誘ってくれたしほの言葉、アタックの個人指導中に「きよ」から邪魔者扱いされたこと、など。

 2章では同じ体験の変奏が「しほ」の目線で描かれる。冒頭の試合風景から時間は遡り、写真部兼新聞部の「よしみ」が書いた女子バレー部に関する批判的な記事に抗議する場面。そこに現れたサッカー部の「はまだ」との会話。体育館倉庫に向かう道を歩きながら、しほの記憶は去年の体育祭の練習風景に飛び、さらに、じめじめした道が「ワニの棲む湿地帯」の妄想を呼び込む。妄想の中では、よしみはピラニア、はまだはウーパールーパー、倉庫の中はワニの胃袋だ。倉庫でしほは、るなが落とした腕時計を見つける。腕時計を返しながら東京への懐かしさを問うしほ。だが、るなは「何が懐かしいかも忘れた」と応える。

 再びバレー部部室へ。異臭の原因が1年生「のぶえ」のロッカーにあったカツサンドだと判明。しほは彼女を叱責するが、それはかつて先輩から受けた叱責の繰り返しだと気づき、自分のいる環境を湿地のぬかるみのように感じる。

 3章はマネージャー「まきこ」の視点。部室の異臭騒ぎのリフレイン。時間が遡り、トイレに駆け込むまきこの姿から、胃腸が弱く帰宅部だった彼女の背景が語られる。いくつかのシーンをリフレインしながら、るなに後押しされて憧れていたバレー部に入部するまでの経緯が描かれる。

 4章は、るなとしほの視点。キャプテン就任への不安を語る冒頭から、初めてのアタック練習までがリフレインする。1章の終わり、るながきよに邪魔者扱いされた場面に続く。部活に誘ってくれたしほにるなは、初めて運動部に入った喜びと練習を続けたいという想いを吐露する。練習を再開する二人。

 二場。5章は「あじさい」の視点。試合であじさいがアタックを決める情景が一瞬リフレインする。あじさいの記憶は、想いを寄せるはまだを中心にぼんやりと広がる。1年生「ちづみ」と「のぶえ」に話しかけられても、どこか上の空。はまだは、よしみに頼まれた撮影のため中庭でリフティングをしている。あじさいとよしみは同じ商店街に住む幼なじみで、よしみは密かにあじさいに想いを寄せている。

 まきこがトイレに駆け込む場面のリフレインに続き、学校の近所にできたマクドナルドに関しての、きよとあじさいのお喋り。あじさいはマクドナルドに買い物に行くが、そこで外国にいるかのような奇妙な感覚に囚われる。複数の情景がリフレインするなか、最近バレー部に居心地の悪さを感じているあじさいの気持ちが浮き彫りになる。

 部室でるなの成長ぶりについて話している部員たちを横目に、あじさいは体調不良を訴え、しほに部活を休む許可を得る。

 6章はのぶえの視点。のぶえはカツサンド事件のペナルティで、しほから特訓を受けるが、耐えかねて泣き出す。ちづみの慰めも拒否。遠巻きに見守るまきこに、自分は部活についていけるか、と不安を訴える。

 三場。7章は再びあじさいの視点。彼女はかつて2ヶ月だけ付き合った先輩・二階堂について思い出している。部員たちとの恋愛に関するお喋りも、既に遠い記憶。

 8章ははまだの視点。朝、通学電車の風景。駅で会ったよしみからの撮影依頼、乗り合わせたきよとの言い争いなどが描かれる。学校のある駅で皆は下車するが、はまだだけは乗り過ごす。はまだを待っていたあじさいは、彼が下りてこないことを知り落胆する。

 はまだは別の駅で二階堂と落ちあい荷物を預かる。そのまま海に出たはまだは、浜辺で漂着した骨を見つける。ふと預かった荷物を開けると、そこにはピストルが入っていた。そっとこめかみに当てるはまだ。そして彼は何事もなかったように電車で学校に向かう。

 同じ電車にるなが乗って来る。雨が降り出し、駅から学校までるなとはまだはひとつの傘に入って歩く。その様子を教室からあじさいが見ている。

 女子バレー部が歌う校歌が聞こえるなか、はまだはピストルを弄び、チェーホフの『かもめ』の主人公の名を思い出そうとしながら引き金を引く。だが、玩具のピストルから弾は出ない。

 練習後の女子バレー部は、しほの発案で、よしみの家である銭湯・天狗湯に行くことにする。

 女子バレー部員に加え、はまだまで一緒に来たことでよしみは動揺する。同じ頃、あじさいは自宅で、天狗湯に行くことだけが戸外に出る唯一の機会である祖父の身支度を手伝っている。

 9章はちづみとよしみの視点。写真部の暗室で現像をするよしみを、ちづみが訪ねてくる。彼女はグッピーの写真の現像を頼んでいた。理科の実験で死んでしまったグッピーの死骸をバケツに入れたのぶえも現れる。よしみは別れ際、二人とグッピーの死骸をそれぞれ撮影する。

 教室で雑誌を読むはまだに、よしみが改めて撮影を依頼。押し問答の末に合意する二人。中庭に向かう途中で二人は、トイレに向かって走るまきこたちとすれ違う。途中、はまだはよしみを先に行かせ、グラウンドに来ていた二階堂の元へ向かう。

 体育倉庫へ向かうしほ、マックへ行く前のあじさい、異臭騒ぎのシーンなどがリフレインする。

 花壇で1年生二人がグッピーの死骸を埋めている。死ぬことと自由になること、グッピーの運命について思いを巡らすちづみ。部活に向かいながらちづみは「学校は水槽の中に似ている」と思う。

 一場からの全員の時間が、派手に明滅する照明のなか舞台全体でリフレインされていく。試合が始まるところで、暗転。

 四場。きよのミスでチームは第1セットを落とす。休憩中も作戦を練り直し、円陣を組んで声を合わせる選手たち。しほの記憶は天狗湯に行った夜へと戻る。

 湯上りのよしみとはまだ。はまだはよしみの身体や顔を「おっさんくさい」とからかい、挙句の果てにそれは銭湯を継ぐという決まった未来のせいだと暴言を吐く。激昂したよしみははまだにつかみかかり、銭湯が無くなることやあじさいへの想いをわめき散らす。振り払って立ち去るはまだ、後を追うしほ。はまだもまた、離れて暮らす父への複雑な想いを抱え込んでいた。

 商店街を歩くあじさいと喧嘩後のよしみが出会う。よしみの心配をよそに、あじさいは夜道を歩き続ける。後を追うよしみ。結局二人は一晩中歩き続けて海にたどり着く。部活を続けるかどうか悩むあじさいは、祖父が使っている綿棒を砂浜に撒き散らす。

 一方、あじさい不在のままバレー部の合宿は一日目の終わりを迎えている。反省会中のバレー部員たち。消灯すると、しほが二日目の朝にるなと海へ行った場面へと飛ぶ。

 早朝の海。しほはるなに、初めてのアタック練習を覚えているかと訊く。以降、これまでの各人の記憶の風景が、次々にリフレインしていく。場面の継ぎ目にしほの「覚えてる?」の問いが重なる。場面は海辺に戻り、るなは再び転校しなければならなくなったことをしほに告げる。初めての新人戦が「最期の試合」だと。

 再び、第2セットの試合場面へ。さらに点を取られているしほたち。試合の終盤「最期の試合、ありがとうございました」と一礼し、るながコートを去る。以下、選手は一人ずつコートを去り、試合終了を一人で迎えたしほも一礼し、泣きながらコートを後にする。

 教室にいるはまだ。あじさいが現れ、天狗湯が壊されるが一緒に行くかと誘う。拒むはまだに「なにを追ってたんだろう、私たち」と言うあじさい。

 壊される天狗湯を眺めるよしみとあじさい。

 場面が変わり、新しい街を私服で歩くるな。腕時計を取り出し「動いた。外の時間が」と一言。背後からしほの声が彼女を呼ぶ。一度は振り返るが、再び前を向き、るなは歩き出す。

Profile

1985年、北海道伊達市出身。劇作家、演出家。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。2007年に「マームとジプシー」を旗揚げ。作品ごとにキャストとスタッフを集め、公演を行っている。以降全作品の作・演出を担当し、横浜を中心に演劇作品を発表。2008年3月に発表した『ほろほろ』を契機に、いくつもの異なったシーンを複雑に交差させながら、同時進行で描く手法へと変化。象徴するシーンのリフレインを、複数の別の角度から見せる映画的手法を創作の特徴とし、そこから生まれる俳優の「身体の変化」も創作に活かしている。また、俳優が持つパーソナリティーを観察し、劇中の人物と擦り合わせることで生まれるリアルさや、多様な演技の質感を作品に大きく反映させている。近年、主な創作テーマとして人間の「記憶」を取り上げている。代表作に『コドモももももも、森んなか』、『たゆたう、もえる』、『しゃぼんのころ』などがある。

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