野木萌葱

東京裁判

2009.12.04
野木萌葱

野木萌葱Moegi Nogi

1977年、神奈川県横浜市出身。日本大学芸術学部演劇学科劇作コース(第1期)卒業。中学2年の時に観た映画をきっかけに劇作に目覚める。高校進学後は演劇部にて劇作・演出を担当。大学在学中の98年に、ユニットとして「パラドックス定数」を結成し『神はサイコロを振らない』を上演する。2007年、代表作となる『東京裁判』初演時にメンバーの固定化を受け劇団化。史実や実際の事件・人物を題材・枠組みに用い、大胆な想像力で物語を創造。濃密な人間関係より生まれる緊張感のある会話劇を得意とする。主な作品に、グリコ森永事件の犯人たちの姿を描く『怪人21面相』、大逆事件を材に取った『インテレクチュアル・マスターベーション』、2.26事件当夜を描く『昭和レストレイション』、劇団青年座に書下ろした、戦前から東京裁判に至る日本の動静を、後に戦犯として裁かれることになる外交官たちの目線から語る『外交官』など。

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 舞台は、昭和21(1946)年5月3日、第二次世界大戦に敗れた日本の戦争犯罪人を裁くため連合国側によって開かれた、通称「東京裁判」と呼ばれている極東国際軍事裁判の審理初日。日本側の弁護団席。  裁かれるのは、連合国側から日本を戦争へと導いた戦争犯罪人とされた東條英機元首相などのA級戦犯28名。裁くのは、アメリカ・マッカーサー元帥に任命されたアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ソ連、カナダ、ニュージーランド、中国、オーストラリア、フィリピン、インドの戦勝国各国1名ずつの判事と検事。  個性的なキャラクターの揃った日本の弁護団5名が、弁護団席で戦略を練りながら丁々発止の弁論を展開するなか、それぞれに抱えている個人的な事情や思いが顕わになっていく。    なお、舞台上に登場し、発言するのは日本の弁護団5名のみで、客席側を判事席に見立てて架空の判事・検事に対して弁論が展開される(戯曲には判事・検事の発言が記されている)。
野木萌葱『東京裁判』
野木萌葱『東京裁判』

パラドックス定数 第20項 再演『東京裁判』
(2009年11月13日〜23日/pit北/区域) 撮影:渡辺竜太
Data :
[初演年]2007年
[上演時間]1時間40分
[幕・場面数]1幕1場
[キャスト数]5人(男5)

 机とイスがあるだけの舞台に5人の男が現れる。弁護団団長・鵜沢と主任弁護人4名だ。ヘッドフォンを着けた星之宮が通訳も兼務。他は、どこか気弱げな水越、冷静に周囲を観察する柳瀬、押しの強そうな末永という面々。

 判事と裁判長が入廷し、すぐに開廷が宣言される(もちろんこれは弁護団の様子だけで表現される。以下、同様に、判事・検事側の発言や様子はすべて弁護団のやりとりとして観客に伝わってくるのみで、実際に音声が聞こえてくることは一切ない)。二日続いた起訴状の朗読も終わり、今日から審理がはじまり、まず被告28人に自身の有罪・無罪を問う罪状認否が行われるのだ。

 弁護団の最初の一手は、起訴状の内容への抗議申し立て。起訴状の訳文に誤訳が散見したことを指摘し、訂正されるまでは罪状認否の延期を要求する戦略だ。だが主席検事キーナンは日本文を「英文に便宜上添えられたもの」と、取り合わない。その返答に即座に噛み付く末永。審理は最初から荒れ模様だ。

 次の一手は、裁判官の忌避を申し立てる緊急動議。内容はウィリアム・ウェップ裁判長が半年前、自国オーストラリアにおいて既に日本軍の残虐行為を告発しており、同じ被告の関わる事件の告発に、法律家として二度は関われない点を突こうというもの。その指摘が当を得て、15分の休廷が宣言される。

 休廷中、5人は裁判の戦い方を確かめ合う。「相手の発言を遮る。相手と言葉で取っ組み合いをする」などの末永の戦術に、闘志を新たにする5人。だが戻ってきた判事はフランス、オランダ、カナダ、ニュージーランド、インドの5名のみで、忌避動議が却下されたことを告げる。マッカーサーの任命は絶対である、というのが回答の主旨だが、5国の代表だけが戻ってきたことをどう解釈するか弁護団内の意見は割れる。

 罪状認否が始まる。全員が無罪を主張しなければ弁護団は弁論できない。しかし、国の指導者である者の責任と罪から有罪を認めてしまいそうな父(廣田元外相)のことを思うと、水越は不安をぬぐえない。そうなのだ、水越は元外相の息子だったのだ。

 無事、罪状認否を終え、鵜沢は次の動議を仕掛けようとしていた。それは同じ敗戦国ドイツの戦争犯罪を裁いたニュールンベルグ裁判をひきあいにだし、東京裁判との違いを明らかにすることで一手報いようというものだった。完全無条件降伏をして国家としての機能が停止していたドイツと、条件付きでポツダム宣言を受諾した日本では異なり、ドイツと同じ訴因で日本の被告を裁くことはできないという論法に持ち込むため、弁護人たちは言葉の力を振り絞って、判事たちからニュールンベルグ裁判と東京裁判は同じだという発言を引き出し、言質をとろうと必死の攻防を繰り広げる。

 白熱する議論。法廷には感情的な言葉が飛び交い、その間にも弁護人一人一人が背負う十字架が浮かび上がる。

 被告の無罪を獲得するため、弁護団は最後の手段として「報復権」を俎上に上げる。アメリカが落とした2発の原子爆弾、それに対する報復の権利を日本は有していたと。主席検事の「原爆は戦争終結に不可欠。報復権というなら、もし日本が原爆を有していたらそれを投下するのか?」との反論に、それまで黙っていた柳瀬が立ち上がる。彼は広島で被爆していたのだ。「報復は一切行わない。被爆国の国民である我々は、貴国と同じ真似をする訳にはいかない」。一言一言をふりしぼるように発する柳瀬。だが発言を終えた日本弁護団に、裁判長は「すべての動議、要請、発言を棄却する」と短く答えただけだった。

 勝者が敗者を裁く無情と不公平に、再び直面した5人。だが鵜沢は諦めない。改めて4人に裁判内容の検討を指示する。

 キーナンの冒頭陳述が始まる。「被告席に座る28名は文明に対して宣戦布告を行った」というその発言に、即座に末永が立ち上がり、異議を申し立てる。これから2年半にわたって長い裁判が続く…。本当の闘いはこれからなのだ。

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