国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

New Plays 日本の新作戯曲

2007.1.22

Tokyo Trials Trilogy, Part 1 - 3

Hisashi Inoue

東京裁判三部作
井上ひさし

Data :
『夢の裂け目』
[初演年]2001年
[上演時間]2時間10分 [幕・場面数]二幕九場 [キャスト数]9人(男5・女4)

『夢の泪』
[初演年]2003年
[上演時間]2時間30分 [幕・場面数]二幕七場 [キャスト数]9人(男5・女4)

『夢の痂』
[初演年]2006年
[上演時間]2時間10分 [幕・場面数]二幕六場 [キャスト数]9人(男5・女4)

[1]夢の裂け目

 東京は下町の根津から小石川にかけての界隈を仕切る、紙芝居屋「民主天声会」の親方田中天声。彼は生まれ持っての声を武器に、講釈士から活動弁士となり、トーキー時代になって職を失っても、はやりの紙芝居屋に素早く転身。戦争中は軍国紙芝居を持ってマニラやジャワにまで出かけて行って戦意昂揚に励み、すっかり大立て者になるなど、時代の流れをしたたかに生き抜く庶民の代表のような男。

 彼の紙芝居に「満月狸ばやし」という一巻があった。四国の殿様狸が隣国に攻め込むものの、連合狸軍にあえなく惨敗。しかし大合戦の責めが殿様に及ばないように、家老狸の太郎が「殿様と領内の民狸を戦に煽ったのはすべてわたくしの企み」と身代わりを買って出て瀬戸の海に流されるという、お涙頂戴のお話である。

 さて、時は敗戦のあくる年。GHQから検察側の証人として天声に召喚状が舞い込む。外地へ行って「アジアの総大将は日本である」という趣旨の紙芝居を普及するよう命令された、と証言するためである。

 裁判の当日にアガらないように、天声一家はさっそく東京裁判の予行演習をはじめる。その中で、軍部に声をかけて商売繁盛を狙ったのはむしろ天声のほうだった、という事実が次第に浮かび上がり、舞台は「庶民の戦争責任」についての問題を客席へと投げかける。

 法廷での証言が終わり、天声が証言とともに紙芝居を一巻語ったことが新聞に報じられるや、天声会の紙芝居は引っ張りだこの大人気となる。自分のことがまた記事になってやしないかと、天声は、毎日、新聞をなめるように読み始めた。やがて、自作の紙芝居である「満月狸ばやし」の「殿様」を「天皇」に「家老狸」を「東条英機」に入れ替えれば、「テンノーと日本人に戦争責任をとらせないための日米合作」の東京裁判のからくりとそっくりだということに気づく。

 天声は、自分は東京裁判を予言していたのだという口上を付け加え、いろいろな大学からも呼ばれて「満月狸ばやし」を上演するが、逆にGHQに目を付けられて拘留される。

 占領が終わるまで「満月狸ばやし」を演らないという誓約とともに天声は釈放される。果たして国民は天皇と東条に踊らされていただけなのか、むしろ「天皇万歳」「大東亜共栄圏」と自ら踊っていた者もいたのではないかと、再び「庶民の戦争責任」についての問題を投げかけて、幕が下りる。


[2]夢の泪

 敗戦のあくる年4月。伊藤菊治と妻・秋子は、空襲を免れた新橋のビルで弁護士事務所を営んでいた。法律を勉強するスイトン屋の青年・田中正を助手として雇ったところへ、「丘の上の桜の木」(または「丘の桜」)は自分の曲だと互いに争うナンシー岡本とチェリー冨士山という二人のクラブ歌手がやってきたため、早速、正が調査をしに出かけて行く。

 秋子と菊治は、東京裁判の被告人の一人、松岡洋右の弁護を引き受けることになった。秋子は、松岡の締結した三国同盟からはじめて無罪を証明しようとするのだが、父の代からの知りあい弁護士竹山に、アメリカはもっとさかのぼってパリ不戦条約から追求するに違いないと指摘されてしまう。満州事変、上海総攻撃、国際連盟脱退、第二次上海事変と、そこからの日本は条約違反を繰り返していたのだ。

 菊治たちは、被告人からも国からも、一銭の弁護料も出ないことを知り、街頭で市民たちからカンパを募りはじめる。しかし、連合国総司令部の法務官・ビル小笠原から国民が裁判に関心をもつと困ると街頭募金を禁止される。変に国民が裁判に関心を持つと、天皇の戦争責任に国民の目が向いてしまう。天皇は裁かない。そう結論が出ているのだと小笠原はいう。弁護料はアメリカ法務局から支給されることが決まるのだが、秋子は検察側の国から弁護料をもらうことについての矛盾を禁じ得ない。

 同じ頃、日本人闇市のうしろにいるやくざの尾形組と、朝鮮人闇市を仕切る片岡組の新橋周辺を巡るなわばり争いが激化する中、片岡組を背負う片岡健が、秋子の連れ子である永子に、尾形組の味方ばかりする警察を訴えたいのだがと相談を持ちかける。しかし、秋子・菊治・竹山の三人に、今はじっと我慢するしかないと言われ、健は、自分たちも含め、辛酸をなめさせられている国民は日本から「捨てられた」のだと吐き捨てる。

 正の元に再びやってきたナンシーとチェリーは、入院中の両者の夫は偶然にも同じ部隊の所属であり、作曲家だった小檜山中尉からその曲をもらったのだと告げる。その部隊は広島の原爆投下直後の後始末にかり出された隊で、小檜山中尉も体調の不良を訴えて入院中であるという。

 小笠原の執務室を訪れた永子は、私たちは捨てられたのでしょうかと尋ねる。小笠原は、私たちも同じ思いを味わったと、日系人がアメリカで経験した差別と偏見について話しはじめる。法律に従わなければならない以上、いい加減な法律を作らせないために、「市民が議員を監視しつづける」必要があるとも訴える。

 無罪を立証するための書類を探しまわった秋子は、敗戦間際に重要書類がことごとく消却され、残ったものもアメリカ軍によって持ち去られていることを知り愕然とする。折もおり、事務所に電話が入り、松岡被告が明日をも知れぬ重病で、弁護スタッフは解散と知らされる。

 組同士の抗争で傷を負った健の見舞いから帰ってきた永子は、「連合国に……というかひとさまに裁いてもらっても仕方がないんじゃないかしら/……わたしたちが、わたしたちを……/日本人のことは、日本人が考えて、始末をつける。……捨てられたはずのわたしたちが、わたしたちを捨てた偉い人たちと、いま、いっしょになって逃げているような気がするの。東京裁判の被告席に座る人たちに、なにもかも覆いかぶせてね。……上手に云えないけど、そんな気がして……」と語るのだった。


[3]夢の痂

 終戦から2年。東北のとある町の旧家佐藤家を舞台に、元大本営の参謀で今は骨董屋を営む三宅徳次と佐藤家の娘で国文法の教師佐藤絹子の目を通して戦争責任を見つめ、天皇御巡幸の予行演習をきっかけに過去を乗り越える市井の人々の姿を描く。

 骨董屋の三宅徳次は、町の有力者佐藤作兵衛の屏風を丹念に修繕していた。穏やかで働きものの徳次も、元は大本営の参謀であり、敗戦後自殺を図った過去を持つ。国を焼け野原にしたのは、天皇陛下を追い詰めたのは自分だ…そんな自責の念を抱え、今も心に蓋をしてに生きている。そんな徳次は満州からもどった娘の友子と感動の再会を果たす。

 作兵衛の長女で女学校で国文法を教える長女絹子は、戦中に自由な思想を発表した恋人が激戦地に送られ餓死させられた過去を持つ。戦後、彼のとなえた思想が大手をふってまかり通っているのを見た絹子は、日本人が無節操なのは「主語があいまいな日本語の性質のためではないか」と思い、専門の国文法から、敗戦の意味を、日本人の性質を、天皇制を、考えるようになる。

 絹子に結婚をせまる作兵衛は、見合い相手として新聞社主筆の明を紹介するが絹子はとりあわない。画家を志し、今は東京でモデルをやっている絹子の妹繭子が偶然帰省してきたことから、明と繭子と繭子の知り合いの高子が出会う。

 そこに大ニュースを携えた絹子。なんと天皇陛下が御巡幸のため佐藤家の別邸にお泊りになることになったという。偶然居合わせた徳次は、大本営で天皇陛下に接見している経験をかわれて予行演習を手伝うことになる。

 翌日。準備の仕上げとして、徳治が天皇陛下の代役を勤め、失礼がないよう訓練することになる。一方、新聞社を訪れた繭子と高子は、そこで「民」と「主」の活字を盗まれ、結果伏字だらけの新聞を作ってしまったと落ち込む明を発見する。「いまこそ××主義」という新聞を見た絹子は、××が時代毎に変化することを改めて実感する。

 その翌日。昨日に引き続き、天皇になりきっている徳次。絹子の思索は続いていた。多くの外国語には主語は不可欠。でも日本では、主語はその場の空気であり、状況。屏風が変われば、雰囲気も、気持ちも変わる国民性…。でもどうしたらいいのか…。そんな中、本格的予行演習が始まった。徳次の天皇に戦争責任を問う絹子。天皇になりきった徳次は煩悶の挙句謝罪の言葉を口にする。そして退位するとまで…。驚く絹子の心の中で、何かがはじけた。しかし、我に帰った徳次は、夢中でその場を走り去り去る。

 当日。天皇の御巡幸は中止になった。明のために、ヌード撮影会を開いてお金を稼ぎ、活字を買おうとした繭子達が留置所に入ったからだ。一方、徳次はこっそりと上野に向かおうとしていた。天皇になりきり、勝手にご退位まで決めた面目なさ。しかし、友子と絹子に見つかってしまう。天皇になりきった徳次と話したおかげで自分の過去に踏ん切りのついた絹子は、ともに国文法について考えないかと、徳次に対する恋しい気持ちを込めて誘う。極限の苦しみを抱えたものどうしの共感が、ふたりをやさしく包んだ。絹子、そして娘の存在に助けられ、徳治の目は未来に向けられつつある。

Profile

作家・劇作家。1934年、山形県生まれ。上智大学卒業。放送作家として『ひょっこりひょうたん島』(共作)、小説に『手鎖心中』『吉里吉里人』『不忠臣蔵』『腹鼓記』『四千万歩の男』『東京セブンローズ』、戯曲集「井上ひさし全芝居その一〜その五」に42戯曲を収録、他に『紙屋さくらホテル』『太鼓たたいて笛ふいて』など9戯曲がある。
エッセイに「井上ひさしエッセイ集1〜10」、また「私家判日本語文法」「自家製文章読本」「コメの話」「本の運命」「井上ひさしの農業講座」「座談会昭和文学史」(共著)他がある。84年には蔵書を山形県川西町に寄贈した図書館「遅筆堂文庫」が開館(94年、同町に「遅筆堂文庫」と演劇ホールが一体になった川西町フレンドリープラザが落成)。この文庫を拠点に、88年から「生活者大学校」を開校している。
最新戯曲は新国立劇場に書下した『夢の泪』。日本ペンクラブ会長、仙台文学館館長、こまつ座座長などを務める。