野田秀樹/コリン・ティーヴァン

THE BEE 蜂

2006.08.10
野田秀樹

野田秀樹Hideki Noda

東京大学在学中の1976年に夢の遊眠社を結成。数々の名作を生み、80年代にブームとなった小劇場演劇のトップランナーとして脚光を浴びる。現代と神話の世界を行き来するような、時間と空間の飛躍する劇構造と冗舌な言葉遊び、走り回るような演技スタイルで、時代の寵児となる。92年に劇団を解散。ロンドン留学を経て、93年にNODA・MAPを設立し、プロデュース方式とワークショップによる芝居づくりを行い、次々に話題作を発表。近年は中村勘三郎と組んで2001年朝日舞台芸術賞グランプリを受賞した『野田版・研辰の打たれ』や『鼠小僧』といった歌舞伎の脚色・演出にもチャレンジ。海外との意欲的な試みも多く、イギリス、タイの俳優と共同制作した『赤鬼』で2004年朝日舞台芸術賞グランプリ、イギリスの作家・俳優と共同制作した『THE BEE』で2007年朝日舞台芸術賞グランプリ、読売演劇大賞を受賞するなどその成果は高く評価されている。

https://www.nodamap.com/

コリン・ティーヴァン

コリン・ティーヴァンColin Teevan

アイルランド出身の劇作家

この作品は、小説家・筒井康隆が1976年に発表した短編小説『毟りあい』をベースに、英語によるオリジナル作品として野田秀樹が構想し、アイルランド出身の劇作家コリン・ティーヴァンとイギリス人俳優とともにワークショップを行い、ディーヴァンが最終執筆を行ったもの。女優キャサリン・ハンターと野田の主演により、2006年6月21日〜7月15日までロンドンのソーホー・シアターで初演された。
戯曲の文体は、翻訳調のせりふではなく、倒置や押韻、格調といった英語戯曲ならではの韻文的な要素を踏まえ、英語を母国語とする役者および観客のための作品として書かれている。イギリス人のユーモアをくすぐるシニカルな笑いに満ちた作品となっている。

Data :
[初演年]2006年
[上演時間]1時間15分
[幕・場面数]一幕
[キャスト数]10人(男9・女1)

 舞台は1974年の東京のとある住宅街。サラリーマンのイド(キャサリン・ハンター)は今日も普段と変わらぬ「長い一日」を終えて帰宅の途につく。今日は息子の誕生日なので、サプライズのプレゼントを買った。

 自宅へ着くと辺りが騒々しい。複数のパトカーに、カメラやリポーターまでもが自宅を取り囲んでいる。
 懲役20年の殺人犯オゴロが、イドの妻と6歳になる息子を人質に、自宅に立てこもっていたのだ。

 オゴロは、自分の妻に男ができて自分と離婚したがっていることを知り、激昂して警護官の銃を奪って脱獄。「妻に会わせろ」と要求するオゴロ。トドヤマという刑事は、オゴロの妻に説得するよう頼んだが、彼女は怖がって応じてくれない、という。

 「被害者」であるイドの出現に騒ぎ立てるマスコミや警察。マスコミの高圧的な態度、人質救出のための対策を何ら講じようとしない警察など、現実を目の当たりにしたイドは、次第に常軌を逸していく……。コメントを求めるマスコミに対し、「夫として父親としてオゴロさんに同情します。だって今日は彼の息子も誕生日だそうじゃないですか」とイドは答える。

 イドは警官とともにオゴロの家に行き、ストリッパーをしながら生計を立てる彼の妻(野田秀樹)に、夫に会って説得してほしいと願い出る。息子への誕生日プレゼントとして買っておいた野球のバットを振り回しながら抵抗する妻。彼女からバットを奪ったイドは、それで警官を殴り倒す。

 「オレは被害者には向いていない」と悟ったイドは、警官の腰から銃を抜き取り、家中の戸窓を釘づけにして妻と息子を人質にとり、自らも加害者となって血みどろの交渉劇がはじまる……。

 イドは互いの家に直通電話を引かせ、オゴロと直接交渉をはじめる。「夫を説得しますから」とすがるオゴロの妻、「もう遅い」とイド。TVリポーターは家の中の様子を盗み撮りしようと物置の窓から侵入するが、イドに一蹴される。怒ったイドは天井に向けて発砲。妻は失神し、息子は失禁する。

 どこからともなく入って来た「蜂」にいらついたイドは、そばにあったカップをかぶせて捕らえる。自分の家族を朝までに解放しなければ、息子を殺して妻を犯す、とオゴロに電話で伝える。

 オゴロの妻に飯をつくらせ、満腹で気分がよくなったイドがうっかりカップを持ち上げ乾杯しようとする。それは蜂の入っていたカップだった。

 飛び出した蜂を撃ち殺そうとして興奮したイドは、妻を犯す。

 解放しようとしないオゴロに業を煮やしたイドは息子の指をへし折り、妻を犯したことを電話で伝え、トドヤマに指を届けさせる。狂ったオゴロはイドの妻と息子に同じことをして復讐する。

 お互いの妻に飯をつくらせ、犯し、息子の指を切り落とし、お互いの家に届けるの繰り返し。食料は尽き、切るべき指はもうない。

 息子も妻も死に、彼らに対する世間の興味もやがて消え、マスコミや警察も新しい事件を追いかけはじめる。残されたのは、イドとオゴロ、指配達人のドドヤマ刑事のみ。

 イドは朦朧としながら受話器をとって言う。「次はおれの指を切って送るからな」。

 自分の指を切り落としかけた瞬間、死にかけの蜂が飛んできた。イドはドアを開け、蜂を外に放してから包丁を取り上げる。

 普段と変わらぬ「長い一日」を終えて帰宅の途につく。今日は息子の誕生日にサプライズのプレゼントを買った……そんな自分の姿が闇に消えていく。

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