宮藤官九郎

鈍獣

2005.08.18
宮藤官九郎

宮藤官九郎Kankuro Kudo

91年より松尾スズキ主宰の「大人計画」に参加。俳優、演出家、劇作家、テレビ・映画の脚本家、構成作家とマルチな才能を発揮する鬼才。テレビドラマ『池袋ウエストゲートパーク』の脚本でにわかに脚光を浴びる。映画『木更津キャッツアイ』で平成14年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を、『GO』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を、それぞれ受賞。ナンセンスかつブラックな笑いと、スピード感のあるストーリー展開、生き生きとしたセリフ術に定評を持つ。舞台では、「大人計画」に役者として出演する一方、「ウーマンリブ」シリーズと題した一連の公演で作・演出を手掛ける。また、パンクコントバンド「グループ魂」を結成し、構成・演出・作詞・作曲をするギターリストとしても活動。2005年初の監督作品「真夜中の弥次さん喜多さん」が公開された。『鈍獣』で、第49回岸田國士戯曲賞を受賞。

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鈍獣 宮藤官九郎
行方知れずになった小説家凸川を探し、担当編集者の静が彼の故郷を訪れる物語である。

『鈍獣』
(2004年7月/パルコ劇場)
作:宮藤官九郎
演出:河原雅彦
出演:生瀬勝久、池田成志、古田新太、西田尚美、乙葉、野波麻帆

Data :
[初演年]2004年
[上演時間]約2時間半
[幕・場面数]2幕42場
[キャスト数]6人(男3・女3)

 凸川の幼なじみ江田が経営するホストクラブ「スーパーヘビー」で、同じく中学以来の同級生岡本、江田の経営する他店のママである愛人の順子、ホステスのノラ、この四人から消息をえようとする静。

 場面は、宮藤ならではのナンセンスギャクの大ネタ小ネタを、次々に炸裂させる笑いに満ちあふれた展開のうちに、凸川の失踪に関する証言を再現する回想シーンを織り混ぜつつ、取材テープのまわる二時間という設定で進められる。

 一年前、フラリと店に現れた凸川と、江田・岡本のふたりは25年ぶりの再会を果たしたという。取材が進むうち、やがてざまざまなことが判明してゆく。凸川が凸川の本名でないこと。凸川という小学校の時に転校した男に、今の凸川がたいへんよく似ていたので「凸やん」と呼ばれるようになったこと。本当の凸川は、中学時代のある夏の日、鉄橋を走って渡る競争の途中、電車に跳ねられ死亡したこと。未だに遺体が見つかっていないこと。しかし、静の編集する雑誌に掲載されている「鈍獣」という小説には、彼らだけしか知らない過去のある出来事がありありと書き込まれているのだった。

 このあたりから、今の凸川がどっちの凸川なのか、また小説を書いているのが目の前にいる彼なのかどうか、舞台にはどこなくあやふやな空気が流れはじめる。

 やがて連載小説が評判をとるようになると、江田は、単行本の印税をモデル料として支払うよう凸川を懐柔する。その一方、前の凸川を殺したも同然の行状が世間に広まるのをおそれ、凸川殺害を企てる。しかし、殺鼠剤、ニコチンの抽出液、トリカブト、撲殺など、殺害計画をいくら実行しても凸川は生き返ってくるのだ。

 凸川が死なないのは、ひとえに「鈍い」からだ。何度も殺されそうになってもそのことにまるで気づかず、みんなといつ同級生だったかもよく覚えておらず、毒にも傷にも鈍感で、そんな彼らに印税を譲る契約をしてやる「思いやり」まで持ち合わせる「鈍さ」が、凸川を「強く」していた。

 とうとう凸川を段ボール箱に詰め、電車に轢かせることに決めたとき、店の電話が鳴る。それは劇の冒頭で、駅に降り立った静が道を聞くためにかけてきた電話だった。ここから再現シーンは、キリキリと揉み込むようにして「現在」の時間に追いついていく見事な展開を見せる。

 時間は完全に現在に追いついた。遠くから聞こえてくる電車の響き。軋むブレーキ音。

 凸川は死んでいない、と静が帰ろうとドアに向かったとき、片手片足を失い、顔もつぶれた凸川が現れる。この凸川とは誰だったのか。よく見分けのつかない静が凸川に、私が誰だか分かりますかと聞くと、彼はこう答える。「……ごめん、覚えてないわ」

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