チェ・ソッキュ(キュー・チョイ)

チェ・ソッキュ(キュー・チョイ)

アジア目線で世界に対峙するためのネットワークをーチェ・ソッキュ 

Ⓒ 山本れお

2024.09.02
チェ・ソッキュ(キュー・チョイ)

Ⓒ 山本れお

チェ・ソッキュ(キュー・チョイ)Choi Seok Kyu (Kyu Choi)

フェスティバル・ディレクター、プロデューサー、リサーチャー。ソウル舞台芸術祭(SPAF)芸術監督(2022‐26年)、ソウル舞台芸術見本市(PAMS)クリエイティブ・ディレクター(2020-22年)。現代アートの重要なテーマに焦点を当て、クリエイティブなリサーチ・レジデンシー、ラボ、ワークショップをはじめとする数多くのプロジェクトを発案・実施。これまでに、英国/韓国シーズンフェスティバル2017-2018、春川国際マイムフェスティバル、安山国際ストリート劇フェスティバルなどのフェスティバル・ディレクターおよびクリエイティブ・ディレクターを歴任。2005年にアジアナウ・プロダクションズ(AsiaNow)を創立し、国際交流分野で韓国の演劇界のために尽力し、2013年からは各種プロジェクトの立案・推進を目的とするアジア地域のプロデューサーの連携ネットワーク、アジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)を組織し、アジアの舞台芸術関係者の連帯に力を入れている。
韓国語氏名表記:최석규(2024.9更新)

アジアにおいても根強いヨーロッパ中心の価値観から脱して、自分たちアジアの住人目線で作品に対峙すること。近くて遠い存在の隣人たちに、もっと互いを知る場を提供すること。ソウル舞台芸術祭(SPAF)の芸術監督(2022ー26年)チェ・ソッキュ(キュー・チョイ)は、こうした信念の下に、長年アジアの舞台芸術界のネットワーク構築に尽力してきたキーパーソンだ。アジア太平洋地域の舞台芸術専門家が個人の立場で集い、1週間の合宿で親睦を深めるという、彼がアジアの仲間と共に考案したユニークなプロジェクト、APP(アジア・プロデューサーズ・プラットフォーム)キャンプに参加した経験を持つ横山義志(SPAC-静岡県舞台芸術センター文芸部)が、チェ・ソッキュが目指すアジアの芸術的連帯について尋ねた。

インタビュー/横山義志

私(横山)はチェさんがAPPを組織してくれたお陰で数十人のアジアの友だちができ、どこに行くときでも誰かに相談できるようになりました。まず、どういう思いでAPPを立ち上げたのかを伺いたいです。それ以前は、アジアのプロデューサー同士でも、欧米のプラットフォームで出会うことが多かったですよね。
2013年に最初のミーティングをソウルで行い、2014年に本格的にAPPキャンプを始めました。まず、プロデューサーという立場の私たちがクリエイティブを再考し、個々に活動するインディペンデント・プロデューサーの結束を高めたいと思ったのが発端です。次に、アジアの人たちのアイデンティティも、コンテンポラリーとは何かという認識も日々変化してきている中にあって、アーティストがアジアをどう見ているか、もう一度問い直し、アーティストとプロデューサーが一緒に方向性を模索しながらコラボレーションの道を見つけられればと思いました。さらに、日本は少し事情が違うかもしれませんが、アジアの多くの国においては、政治が芸術を主導している側面があり、政府の意向によって芸術の立ち位置が揺らいでしまう状況がみられます。そのような状況がある中で、アジアのインディペンデント・プロデューサーのために水平構造のプラットフォームを作るにはどうすればいいか、考えてみたかったのです。
なぜアジアにフォーカスしようと思われたのでしょうか。というのも、特にコンテンポラリーな舞台芸術の分野では、欧米の作品よりも、アジアの作品を紹介する方が、より難しい状況にありましたよね。
私自身、最初はイギリスで勉強し、活動の初期においては、ヨーロッパとのやり取りが中心でした。2000年代の初め頃から、ヨーロッパから見たアジアのコンテンポラリーアートではなく、アジア人自身が、自分たちのコンテンポラリーアートについてどういう視点を持つべきかという意識を持つようになり、まず2005年に、プロデューサーのパク・チソンさんと共に新しくアジアナウ・プロダクションズ(AsiaNow)というプロダクション・カンパニーを設立し、「ツアーリング・ナウ」、「ディべロッピング・ナウ」、「ジェネレイティング・ナウ」の3形態を柱とした活動を始めました。ツアーリング・ナウは、自分たちで制作した韓国の作品で国際ツアーをすること。ディベロッピング・ナウは、ヨーロッパとアジア、またはアジアとアジアによる国際共同制作の実施。ジェネレイティング・ナウは、新しいアイデアやアプローチについて学ぶためのワークショップやリサーチなどの活動です。これはとても楽しかったのですが、負担が大きすぎて10年後の2015年後に休止しました。このように、アジア・ナウがAPPのネットワークを構築する際の出発点となり、アジアの同僚と信頼と友情をはぐくむ土台となりました。

アジアでは昔から、とても近い国同士でも、お互いをどこまで知っているのかという問題があります。そしてもうひとつが、先ほどお話しした、コンテンポラリーアートが「ヨーロッパから見るアジアのコンテンポラリーアート」になってしまっていたという問題です。これは私だけでなく、アジアの多くの同業者の間で共有されていた懸案だったこともあり、間もなくアジア同士のコンテンポラリーアートの連帯を築き上げようという機運が起こりました。幸い我々はオーストラリア、日本、韓国、そして台湾からの公的支援も得られたため、アジアに対する私たちアジア人自身の認識を再構築するために連帯しようということで、APPを始めたんです。
  1. パク・チソン

    クリエイティブ・プロデューサー、研究者、芸術政策アドバイザー。 約20年にわたりソウル舞台芸術祭などでプログラミング責任者を務めたほか、APPやCAN(Circus Asian Network)などを共同で設立。https://www.asianproducersplatform.com/members/park-ji-sun/

APPキャンプは、毎年、約1週間プロデューサーなどの舞台芸術専門家が集まりキャンプを行うという企画ですが、各自が、自身のバックグラウンドとは切り離された形で、個人として参加するというスタイルを考えたのはなぜでしょうか。
APPの理念は、ヒューマン・コネクションにあると思っています。1週間キャンプをして、共にごはんを食べ、語り合うことに、もっとも大きな意義と効果があるのです。参加者がお互いから学び合う有機的なメンターシップが生まれていると思います。義志さんも、あちこちで仲間ができたとおっしゃいましたが、1週間一緒にいることで、現地で実際に起きていることについて話しながら、個人的な話もできるわけで、ほんとにキャンプって最高ですよね!(笑)
おっしゃるとおりです(笑)。私は2014年にソウルで開催された第1回に参加しました。台湾と韓国とオーストラリアの人と同室で、一緒に布団を敷いたり朝食を作ったりする共同生活を送りました。同じように英語が片言の台湾人と、共に布団の上げ下ろしをしたりしていると、そんなに気後れせずに英語が話せるようになって、すごくいい経験でした。チェさんは「アジアで何か一緒にやろうと思っても、一緒に過ごす時間が増えないと共通の価値観は作れない」とおっしゃっていましたね。この10年間の積み重ねで、目標はどれくらい実現しましたか。
APPのインパクトは、多方面におよびます。まず、例えば現地のクリエイティブ産業のあり方など、そのときにアーティストが抱えている問題について、みんなで話し合うことができました。また、それぞれの国から来ている仲間たちが取り組んでいるプロジェクトの情報を共有して、各地でのツアー公演につなげることも可能になりました。そして、それらにも増して一番効果があったのは、個人と個人で密度の濃い交流ができたこと。要は、あちこちに友だちができる、という“実績”です。これがAPPの核心部分だと思っていますので、このまま続けていくつもりです。
  • 2013年ソウルでAPP設立に先立ち行われたミーティング

  • 2016年のAPPキャンプは日本の静岡と東京で行われた

今後の目標についてはいかがですか。
日本、台湾、香港、韓国、オーストラリアなどは、公共機関もお互いのサポートシステムも整備されつつありますが、東南アジアのインドネシア、マレーシア、カンボジアやそのほかの国々は、公的支援も少なく、アジアの一体感を作る上で課題となっています。我々はそういう環境下にあるエリアとのつながりを、もっと強化していきたいと思っています。とはいえそれぞれ体制や予算が異なるので、すべての国や地域を均一に考えるのは難しい。それぞれができる範囲で、得意とする部分を提供し合ってつながっていけるような方法を模索していくことが必要です。今悩んでいるのは、ヨーロッパのIETMのように公的組織を作った方がいいのか、現在のように緩やかなインフォーマル組織のままでいるべきか、という問題です。特に新型コロナウイルスによるパンデミック後は、芸術に何ができるのか、どんな連帯が可能か、どういう組織構造がベストか、という課題が、ますます重視されつつありますからね。
2022年には韓国を代表する国際舞台フェスティバルであるソウル舞台芸術祭(SPAF)のディレクターに就任されました。
2001年に始まり、毎年10月に開催されているフェスティバルですが、現在は毎年約20作品を上演するほか、ラボやワークショップを行っています。ワークショップではアーティストの制作過程について学べますし、ディスカッションに参加することもできます。さらに、創作過程を見学しながら、観客も一緒に作品を開発していく創作ラボという企画もあります。例えば「サウンド・アンド・テクノロジー・ラボ」では、国内の創作者を3名選んでまずリサーチ・ワークショップを行い、次にパイロット・プロジェクトを創作し、最後にそのパイロット・プロジェクトを観た観客が、状況を共有しながら議論するという過程を、3年かけて行います。このように現在のフェスティバルは、作品の上演、ワークショップ、創作ラボの3本柱になっています。
作品をただ紹介するのではなく、アーティストと観客を、人と人をつなげることを大事にされているんですね。日本のアーティストにとっても、そんな機会があったらいい経験になると思うところですが、どんな基準で作品やアーティストを選んでいらっしゃるのでしょうか。
それは一番難しいところですね。私がディレクターになってまず考え自分に問うたのは、今この時代に開催するフェスティバルの意味は何かということです。観客がいい作品に出会う機会はほかにもたくさんあります。であればこのフェスティバルが目指すべきは、「時代と共に変わる社会的価値を観客と共有すること」であると考えました。キュレーションには「新しい価値観」、「科学技術の革新とポスト・ヒューマニズム」、「地域性とトランスローカリティ」という3本の柱を据えています。具体的には、届いていなかった声、届きにくかった声を聞くことに焦点を当てています。まずは女性、障害のある人たち、LGBTQの人たちなど、これまで聞こえづらかったさまざまな人の声を聞いて、多くの人に伝える、というのが最重要基準です。同時に、障害のある人たちが公演を見られるアクセシビリティの高い環境を整備するプログラムの開発も考えています。

もうひとつ、芸術と科学技術との新しい関係をつくるという点も、作品の選定基準です。パンデミックのあと、動物と人間、自然と人間、物質と人間、といった相互関係に新たな課題が生じています。ポスト・ヒューマニズム、イノベーションにおけるテクノロジーの役割を考えることは、日本もそうだと思いますが、韓国でも重要な課題です。

もっとも、こうしたキュレーション基準で選んでいる作品は、フェスティバル全体の50パーセント程度です。もちろんみんながみんな、こうしたテーマで作品を創作しているわけではありませんからね。あとの50パーセントは、アーティスト自身の感性や考え方、どのような人々と出会おうとしている作品なのかを重視して選んでいます。
それから、アソシエイト・アーティスト制度もあります。6名程度を選び、3年間でさまざまな協力パートナーと出会い、作品を制作して、アジアやヨーロッパで上演することを目指しています。
韓国以外のアーティストも候補になりますか。
作品の半分は韓国ですが、そのほかは海外からの作品です。実のところ観客は、アジアの作品よりもヨーロッパの作品に興味を持つ傾向にありますが、やはりアジアで開催するフェスティバルとして、アジアという地域に目を向けることは重要です。今後は今まで以上に、アジアの作品とアーティストを積極的に紹介していくつもりです。
国際舞台芸術祭は多くの人に移動の機会を提供しますが、ここ数年、特にコロナ禍以降、飛行機での移動の環境負荷が問われるようになっています。チェさんはグリーン・モビリティについてのリサーチもされているそうですが、ポジティブな提案は生まれてきていますか。
リサーチのタイトルは「ネクスト・モビリティ」。おっしゃるように、パンデミックが大きな分岐点になりました。取り立てて新しいことではありませんが、3つの重要な課題を提起しました。まず1つ目はコンセプト・ツアリング。作品ではなく、コンセプトをツアーさせるというものです。例えば、2024年の企画では、オーストラリアのステファニー・レイクという振付家の世界観を、まずオンラインで韓国の50人のダンサーに見せます。実際の稽古では2人のリハーサル・ディレクターが韓国に来て、レイクは本番の1週間前に合流。全期間を通じて、50人のダンサーと私自身も参加して、ネクスト・モビリティとは何かという討論を行い、公演終了後にも、この作業を通して何を思ったかというポストトークを行う、という内容です。毎年1作は、この方法で創作しようと思っています。

2つ目は、デジタル/フィジカル・ハイブリッド・モビリティ。アプリを開発して、オンラインでリサーチや討論を行い、実際の創作作業は対面で行うというものです。2024年は、劇場とVRで本番の舞台を観られるようにします。

3つ目が、グリーン・モビリティです。環境危機の時代において作品を創るだけでなく、グリーン・モビリティのためのテクニカル・ライダー(上演に必要な諸条件や技術を網羅した資料)を作成し、移動はしつつも環境破壊の軽減に努めます。よく宿泊先のホテルで、毎日の清掃を望まずタオルだけ交換してもらったりしますよね。その感覚で上演過程の無駄を極力省くわけです。セットを海外輸送するのではなく、可能な限り現地で制作する、またアジアの芸術ネットワークや地域のパートナーと共同で作品を上演することで、飛行機の炭素排出量を最小限に抑えることができます。
ネットワークができ、お互いの価値観を知ることまでできれば、作品をシェアする可能性がより高まりますね。その点、韓国と日本は古代から交流があり、多くの可能性がある一方で、歴史的な難しさも横たわっています。
日本と韓国の間には解決されていない歴史的問題が山積していて、芸術作品においても、避けて通れないものがありますよね。では、どうするべきなのか。まったくそこから離れることを目指した方がいいのか。それとも、正面からぶつかる方がいいのか。それはアーティストが選択すべきことだと思います。2023年のYPAMで来日した際には、西尾佳織さんと市原佐都子さんにお会いしましたが、彼女たちのような今の若い世代のアーティストは、国家間よりも、国家を超越したものに興味を持っていると感じました。例えば、慰安婦問題について考える場合、政治的・歴史的な視点はもちろん排除できないわけですが、さらに近年は、女性という視点を重視する傾向があります。が、私はやはり、どんなことをテーマに選ぶにしても、アーティストたちが、一度は国家間の問題について対話をすることが必要不可欠だと思っています。その時間を設けることが、非常に大切であると実感してきました。

2026年に、アジアの劇作家による『アジアとアジアン・ディアスポラ(原住地からの離散者)』というタイトルのリーディング公演を企画しています。これは香港、台湾、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの劇作家と演出家による交流を通して、今、アジアに対して自分たちがどんなことを投げかけられるかを考えるプログラムです。例えば、日本と韓国は、アジア全体から見るとどういう位置にあるのか。そういう対話を行うための時間になると考えています。
ヨーロッパ経由の舞台芸術史で見ると、韓国がヨーロッパ的な「演劇」に日本経由で影響された、といった話もありますが、もっと遡れば、千年以上前から日本の芸能は朝鮮半島の影響を受けているわけで、アジア域内の舞台芸術史の視点から、もう一度両国の関係を築き直せるといいですね。
同感です。私たちはヨーロッパの劇作家のことはいろいろ知っていますが、例えばアジアの劇作家については、どうしても関心や情報の壁に阻まれ、よく知らずにいます。その点でも、アジアで国際舞台芸術祭を開催する私たちは、大きな責任を負っていると感じています。私もSPAFのディレクター在任中は、少しでもその状況を改善できるために尽力するつもりでいます。
  • Ⓒ 山本れお
    通訳/洪明花