楊紹林

現代演劇の拠点として大・中・小ホールを運営する
上海話劇芸術センターの取り組み

2006.12.25
楊紹林

楊紹林Yang Shaolin

上海話劇芸術センター ゼネラルマネージャー
政府系の劇団でありながら、高い利益率を誇る上海話劇芸術センター。近年は、上海に生きる現代都会人の悲哀や孤独感を描く作品で、ホワイトカラー層を劇場に引き込み、主要な観客へと育て上げた。中でもプログラミング&マーケティング部のディレクターでありながら戯曲作家の顔を持つ喩栄軍(ユィ・ロンジュン/英語名 Nick Yu)の活躍は目覚しい。そうした若手の活躍の土壌を整えながら、徹底した採算制を敷き、観客のニーズに応える作品作りをリードするのは、ゼネラルマネージャー楊紹林(ヤン・シャオリン)。

積極的に海外交流を行い、上海らしい個性を追求すると同時に、世界にも受容される作品作りを目指している。
(インタビュー・文 菊池領子:R PRODUCTION代表・文化事業プロデューサー)
上海話劇芸術センターの成り立ちを教えて下さい。
上海話劇芸術センターは1995年1月23日の設立です。上海人民芸術劇院と上海青年話劇団の合併によって誕生しました。上海人民芸術院とは中国現代劇の開拓者である夏衍(シア・イエン/ Xia Yan)と黄佐臨(ホアン・ズォリン/ Huang Zuolin)によって1950年に設立された劇団です。上海青年話劇団は元上海戯劇学院の学長であり中国演劇の創始者のひとりである熊佛西(シォン・フォーシー / Xiong Foxi)が1957年に設立したものです。どちらも約半世紀の歴史ある芸術団体でした。
しかし、中国の改革開放が始まり市場経済制度へと移行する途中、2つの劇団は共に困難な事態に直面したのです。その最たるものは観客の流出と作品の製作本数、公演数の減少でした。原因は明らかです。社会制度の変化に伴って生じた文化の多元化によるものです。市場の波にもまれた結果、演劇は観客ばかりかスタッフもまた映画やテレビへと流出してしまいました。こうした状況を見て、我々はこれまでの管理運営方法では立ち行かないことに気づき、2つの劇団の合併に踏み切ったのです。
合併後どのような改革を行ったのですか。どんな効果がありましたか。
いずれも歴史と基盤のある劇団です。腐っても鯛ですよ。様々な問題を抱えていたとはいえ、我々は単に管理方式を変えたに過ぎません。合併前は、団長が全てを仕切り、作品製作と劇団経営の両方を管轄していました。こうした方式は、閉鎖的で市場の影響を受けない環境下では安定した経営を行える利点があります。しかし、変化に富んだ不安定な環境ではこのような統括方式は向きません。そこで我々は、作品製作を司る役割として、団長の代わりにプロデューサーを据えることにしました。映画やテレビのプロデューサーと同じ、いわゆる「製作者」です。そのような管理方式の下では、ゼネラルマネージャーという組織の長である私の最大の役割は、作品の製作を促進することです。資金と人材の供給に関する権限を有し、その権限を行使してプロデューサーを選任し、組織の活性化を図ります。プロデューサーを据えることで、組織内部に製作グループが形成されるようになりました。以前の方式では、作品製作から劇団員の冠婚葬祭、医療保険、老後の保障といった福利厚生面まで、全て団長が取り仕切っていました。しかし、作品製作は芸術性の追及にその究極的な使命があり、福利厚生面の管理は公平性を貫くことが必要です。このような2つの全く異なる役割を同一人物が行うのは効率的ではありません。そこで役割を分けることにしたのです。
1995年の設立から既に11年の歳月が経ちましたが、その間大きな成果を上げることができました。これまでの製作本数は約200本にも上ります。平均すると毎年約20本。合併前は2つの劇団を合わせても年間7から8作品でしたから、製作本数を4倍に増やすことができたというわけです。
このような管理方式を採用した結果としてもう一点特筆すべきは、映像分野に流出した人材が戻ってきたことです。映像の分野も競争が厳しくなりましたからね。プロデューサー制度を採用したことで、人材の回帰現象が生じたのです。お陰でご覧の通り、上海話劇芸術センターの公演にはよくテレビや映画のスターが出演しています。
プロデューサー制度とはどのようなものですか。
上海話劇芸術センターの正規のプロデューサーは2名です。他にプロジェクト単位で参加するプロデューサーが年間十数人います。企画ごとに経費を申請し、審査部門の評定を経て参加が決まります。彼らは正規の劇団員とは限りません。フリーランスのプロデューサーもいます。立場の安定性の点でいえば、2名の正規のプロデューサーも保障された立場ではありません。任期は3年です。作品製作費の80%を2年連続回収出来ない事態に陥った場合は任期終了前に契約を解除することもありえます。新人で優秀な者が現れれば抜擢します。最近はフリーランスのプロデューサーも実力をつけてきていますよ。
上海話劇芸術センターの組織はどのようになっているのでしょうか。
上海話劇芸術センターは総勢270名の大劇団です。そのうち経営管理に携わっている劇団員は、長である私から中間クラスの幹部まで約20名います。そこには政府系芸術団体に必ず配属される共産党幹部や労働組合幹部も含まれます。私を補佐する役割として、芸術面では芸術監督、経営管理面ではゼネラルマネージャー代理がいて、それぞれ異なる分野を統括しています。それから、俳優が150名、舞台美術が50名、そして劇場清掃、飲食コーナーの運営及び施設修繕管理等に携わるスタッフ約50名が所属しています。大所帯ですから採算を合わせるのは容易ではありません。幹部はそれぞれ複数の役職を兼任しています。例えば喩栄軍(ユィ・ロンジュン / 英語名Nick Yu)。彼はプログラム編成担当のディレクターですが、労働組合の委員長も務めています。更にはご存知の通り、プライベートの時間を使って執筆し、劇作家としても活躍しています。市場経済と向き合っている現在、こうした方法を採らずには大所帯の劇団を経営することはできません。150名もいる俳優は、上海話劇芸術センターと所属契約を結んでいますが、役がない時の給料はありません。
劇場について教えて下さい。
上海話劇芸術センターは18階建て、建築延べ床面積約15,000m2の建物にあります。2000年12月に竣工しました。ビル内には、3つの異なる劇場があり、その他3つの会議室に200m2の稽古場が2つと400m2 のスポーツクラブを備えています。
3つの劇場のうちビルの1階にあるのは「アーツシアター」といい、530席の額縁式の劇場です。3階は「ドラマサロン」という小劇場です。面積は450m2 。様々な上演に適するよう空間は黒で統一されており、四方を囲む防音壁も観客席も可動式です。エンドステージからアリーナステージまで様々な空間を作ることが出来、座席は最大288席です。三つ目は6階にある「スタジオD6」という多目的ホールです。面積は500m2 余り。中小の公演以外に会議の開催にも適しています。観客席は可動式で、最大300名収容できます。ロビーにはバーコーナーとセミオープンの会議室が2つ。上演前の観客との交流やゲストの休憩、小規模のミーティング等に使います。
これら3つの劇場での上演についてですが、上海話劇芸術センターが製作した作品は、先ほど述べた通り年間20本です。その他、国内外の作品が貸し劇場と買取りの両方を含めて年間約40〜50本あります。
稼働率は今のところアーツシアターとドラマサロンがスタジオD6を上回っています。エンドステージで上演する形式に慣れていますからね。スタジオD6は多目的ホールですから空間の制約がありません。こうした空間を作った理由は、これからの演劇は観客とのコミュニケーション、観客の参加に重点をおくべきだと考えたからです。そうした演劇に必要なのは巨大な舞台美術のセットではなく自由な上演空間です。工場跡地を利用した北京の多目的空間「798」(=北京大山子芸術区798、「北京798芸術網」のような自由な空間が必要なのです。だから、名称も6階にあることにちなんで「スタジオD6(中国語名:D6空間)」とつけたのですよ。
上海話劇芸術センターの財源はどのようになっているのですか。
この3年間の平均年間総予算は3200万人民元(約15円/1人民元として約4億8千万円相当)です。内訳は、政府の公共財政投資による助成金が約3割、チケット収入が約3割、残り4割がその他の収入で、主に劇場貸し出しによる収入です。企業による支援もありますが、ごくわずかです。理由は中国政府の税制と関係があります。これは現在私自身検討している課題でもあります。NPOや公益事業への寄付に対する減税措置はアメリカが最も進んでいますよね。寄付した金額の85%以上が免税になり、更には名声まで得ることができる。このような政策ならば、多くの支援を得る余地があります。日本はどうですか。確か日本ではまだそれほど発達していませんよね。シンガポールは実施して1年程経つはずです。中国はというと、残念ながらこのような政策はまだありません。だから企業による支援はほとんどないのです。たまにあったとしても、スポンサーは往々にして広告掲載等の要求をしてきます。芸術性を損なうことも多く、協賛を断ることもよくあります。ですから企業の協賛金を主な収入源に据えることは出来ません。
我々のような組織は作品を製作することが第一であり、利益を出す必要はありません。利益が出たら税金を納めなくてはなりません。中国の税率は約33%です、かなり高いといえます。そうなのです、私が強調したいのはその点なのです。上海話劇芸術センターは事実上NPOといえると私は思っています。企業、政府、公共事業団体、いずれともいえない曖昧な状態で、市場経済の成熟した国でいうNPOと非常に似た形態です。NPOならば免税ですよね。我々はというと33%もの課税です。しかも、節約したお陰で利益が出て税金を納めると、余裕があると見られて翌年の助成金が減らされる可能性があるのです。現在の政策は事業の発展に明らかに不利です。このことについて我々は現在議論を進めています。税制の改定、これもまた上海話劇芸術センター設立後の改革のひとつといえるでしょう。来年初め、私は海外のNPOの先進事例を視察調査し、政策の制定に関する研究を行うつもりです。日本にも事例があれば嬉しいですが、ヨーロッパが最も進んでいますよね。イギリス、フランス、ドイツ・・・いずれも制度がよく出来ていてとても羨ましいです。どんな事業も発展するには適当な政策の存在が不可欠です。
上海は中国で最も市場が形成されていて製作費の回収率が高いといわれますね。
政府の投資額は北京の方が大きいのですよ。その分、チケット収入との比率でみると回収率が低いのです。例えば昨年の北京人民芸術劇院(以下、北京人芸)に対する政府の助成金は約3000万人民元(約4億5千万円)。これは上海話劇芸術センターの受ける助成金の約3倍です。それに対し昨年の北京人芸のチケット収入は約1200万人民元(約1億8千万円)。北京のもうひとつの劇団、国家話劇院は、政府の助成が1400万から1500万人民元(約2億2千5百万円)なのに対して、チケット収入は約500万人民元(約7千5百万円)です。上海話劇芸術センターは政府からの助成額とチケット収入のバランスがとれています。いずれも約900万人民元(約1億3千5百万円)です。
政府の北京への助成が多い理由は、北京が文化都市であり文化交流の中心地だからです。国内外の作品はみな首都北京での上演を望みます。公演の主な目的は専門家や幹部の好評を得ることや賞の獲得であり、チケットを売ることが第一ではありません。また、政治の中心地であるため関係者に招待券を送る習慣があり、それを手にすることにすっかり慣れきった観客達がいるのです。我々は違いますよ。2004年に北京で公演を行った時、その公演に対する政府の助成はありませんでした。赤字を出したら自分達で穴埋めをせねばなりません。そこでチケットを売ろうとすると、招待券を貰い慣れている人達が呆れた顔をして言うのです。「チケットを貰ったって行くかどうかわからないっていうのに、自分で買えっていうの?」と。でも公演が好評なのを知り、結局最後はチケットを買ってくれました。関係者割引は多少しましたがね。その結果、90万人民元(約1350万円)の投資額をほぼ回収することが出来たのです。招待券が多いというのは、文化事業の市場が成熟していない証拠です。歴史的要因と現実問題の両面が絡み合って生み出された習慣だと思います。
上海では受賞を目的に公演を行うことはありません。社会への影響力の方が重要です。つまり観客が劇場に足を運んでくれるかどうかが問題なのです。上海話劇芸術センターではチケットを買って来てくれる観客を育ててきました。彼らは我々だけの観客ではありません。上海の他の市場にも影響を与えます。上海では近年ようやくその努力が実り、市場が形成されてきたのです。もちろん今でも招待券を送ることはありますよ。でも、北京と比べたら少ないものです。
上海話劇芸術センターの年間の計画はどのようになっているのでしょうか。
我々は政府の政策に基づき5ヵ年計画や年間計画を立てています。しかし今は市場経済の時代ですから、状況を見ながら調整しています。例えば日本のある劇団と数年前から共同製作の話がありますが、助成金が下りなかったという日本側の理由で何年も見送りになっています。また、20公演予定していた作品の客入りがよくなければ早々に打ち切り、別の作品が好評であれば上演回数を増やす。これもまたよくあることです。我々は自分の劇場を持っていますから、計画の調整を柔軟に行うことが出来るのです。
上演作品に関していうと、この数年来、全体の60%は上海話劇芸術センターが製作した作品を上演しています。残り40%は国内外の外部団体の作品です。作品構成は原則として、上海話劇芸術センターのオリジナル作品、古典名作、海外作品を含む現代作品を各1/3ずつ上演することにしています。上海は国際文化交流都市としての位置づけがありますから、プログラム編成上もその点を考慮し、海外の作品を一定の比率で組み込む必要があると考えています。
海外とのプロジェクトはどのように進めていますか。
まずプロジェクトの意義の有無が第一です。費用が最大の問題ではありません。経費は基本的に対等に負担します。航空運賃は互いに自己負担し、国内でかかる費用は各国が各々負担します。これまでの経験からすると、こうした対等な関係で行うプロジェクトは成功率が高いです。ただ対等とはいっても、国ごとに物価や生活レベルの違いがありますから、その点は考慮する必要があります。例えば1日にかかる食費は日本より中国の方が安いですよね。またホテルのグレードの状況も国によって異なります。ヨーロッパに滞在する時、5ツ星といわれても中国のホテルほどではないと思うことがあります。ですから1人につき1部屋用意するという点では対等ですが、グレードはその国の事情によるということです。こうした違いをお互い理解できれば、意思の疎通の問題はありません。
海外との共同製作を数多く行っていますね。
ちょうど今もイギリスのイエローアースシアターと「リア王」を製作中です。昨年合意して、今年の10月末には上海で初日を迎えます。我々の方は原資がありますから、自分で決めることが出来るのです。政府の上演許可をとるのに2、3カ月の時間を要する以外特に問題はありません。日本の劇団のように助成金が下りないので出来ないということはないのです。
海外との共同製作を行う意義はというと、中国人の審美眼だけで製作すると、外国の文化背景を理解していないがゆえに、外国人の観客に受け入れられる作品に仕上げるのは大変ですが、共同作業をすることでその問題を解決することが出来ます。交流は相互に作用するものですから、共同作業を通じてスタッフ全員が互いに相手の文化習慣や考え方、表現方法を理解するようになります。それが作品にも反映するのです。相手側からいい提案をもらうこともあれば、自分達で自主的に表現方法を工夫することもあります。
2005年にはロシアと共同製作しましたが、その作品は4万字という膨大な字数の脚本で、第1稿はロシア側に受け入れられませんでした。検討し手を加えた結果、何とわずか数千字の作品になってしまいました。その代わり、字数が減った分を音楽や身体表現で表すことにしたのです。結果は大成功でした。これが共同製作の妙です。
また、海外との交流を通じて、我々の作業効率はかなり上がりました。西洋の影響でしょう、端的に物事を進めるようになったのです。それから海外の様々な芸術の風格、流派に対する理解も進みました。お陰で、上海らしい個性ある作品作りを以前にも増して考えるようになりました。相手を理解すると同時に自分の個性を大切にすることが大切です。これは文化事業に取り組む者の使命、責任でもあります。
日本とのプロジェクトの予定はいかがですか。
大きなものでは、先ほど述べたように数年来取り組んでいるものがあります。日本側の助成金が何年も渡り下りなかった理由は、日中の政治関係がうまくいっていなかったことに起因すると思っていますので、来年は実現出来ると期待しています。その他いくつか小さな案件もあります。それぞれ異なるところから話が来ているとのことですが、プログラム編成を担当する喩栄軍(ユィ・ロンジュン/英語名Nick Yu)が先ほどインタビューの始まる前にここで、日本の窓口が一本化してもらえると助かると言っていましたね。上海は日本と異なり芸術団体が多くありません。だからもし自分の劇団に適当でないと思う案件があった時は、他の芸術団体に紹介するのが普通です。でも、日本ではこういうことはあまりないようですね。競争が激しいからでしょうか。様々なルートから来た日本の案件の間に交流関係はないようです。また、当センターが接点のある日本の作品には、若手のものがまだ少ないですね。どのジャンルにおいても若手の活躍なくして未来はありません。若手演劇人の交流が増えることを期待しています。

上海話劇芸術センター

上海話劇芸術センターオリジナル作品「www.com」
作:喩栄軍
(ユィ・ロンジュン/英語名Nick Yu)
日本でも2003年に日中二カ国版が競演。インターネット恋愛を通じて描く現代の都会人の希薄で不安定な人間関係と孤独を表し好評を博す

ベルリン世界文化の家との共同製作作品
実験的伝統劇5作「中国文化の記憶」

(2006年春上海公演)

アーツシアター

ドラマサロン

スタジオD6

● 上海話劇芸術センターでは、毎年9月に「アジア現代劇フェスティバル」(中国語で「亜洲当代戯劇季」)を開催。2005年には日本から神戸の劇団道化座が参加した。

イギリスのイエローアースシアターとの共同製作作品「リア王」
(2006年秋上海公演)

海外の現代劇の中国版の製作
「4.48サイコシス」

(2006年秋上海公演)

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