『背中から四十分』
(2006年/渡辺源四郎商店公演) 撮影:田中流
Data
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[初演年]2004年
[上演時間]1時間40分
[幕・場面数]一幕
[キャスト数]4人(男1、女3)(再演時:男2、女2)
畑澤聖悟
背中から四十分
畑澤聖悟Seigo Hatasawa
1964年、秋田県出身。91年、劇団弘前劇場に入団。俳優としての経験を土台に、2000年以降は劇作家・演出家としての活動を本格化させる。05年『俺の屍を越えていけ』が日本劇作家大会2005熊本大会・短編戯曲コンクール最優秀賞を受賞。同年、青森市を拠点に演劇プロデュース集団「渡辺源四郎商店」を設立し、08年より劇団として始動。地元演劇人の育成や、全国を視野に入れた新たなアートネットワークづくりに取り組んでいる。独自のユーモアを交えた深い人間洞察に基づく劇作は幅広い世代に支持され、劇団昴、青年劇場、民藝など他劇団への書き下ろしも多い。ラジオドラマでも文化庁芸術祭大賞を受賞。また、現役教諭として指導した高校演劇部を幾度も全国大会へ導き、05年には『修学旅行』が高校演劇日本一の栄冠に輝く。本作品は第44回東北地区高等学校演劇発表会にて最優秀賞を受賞し、全国高等学校演劇大会への出場権を獲得したほか、東日本大震災で被災した気仙沼や大船渡、釜石など東北各都市での無料慰問公演を実施。今後も慰問を継続する予定となっている。
五月のある日。深夜に訪れた中年の男性客・相本に、日本海温泉ホテルのフロント係・野島が館内設備の説明をしている。野島が部屋を去るとすぐに、相本は携帯電話をかける。ホテルで待ち合わせた相手のようで、先方はホテルを目指して運転中という。
相手の所在が確認でき安堵した相本は、ルーム・サービスでシャンパンなど注文するが「注文は22時まで」と断られ激昂する。続けてマッサージ・サービスも頼むが、これも「今日だけは無理」という回答。ホテルの若女将・稲葉も必死に謝罪するが、相本の怒りは募るばかり。そのさなか、部屋のチャイムが鳴りマッサージ師のせつこが現れる。
どこか心ここにあらず、という風情のせつこ。稲葉は「何か不審な動きがありましたら、すぐフロントへ連絡を」と妙なことを言い残し、部屋を去った。
相本が選んだのは全身マッサージ40分コース。せつこの手が相本の背中に触れ、二人の「会話」が始まる。体の硬さや冷たさ、痛みが何を示すものなのか、施術をしながらせつこはとつとつと語る。その言葉は体ではなく、むしろ凝り固まった心をほぐすかのようだ。攻撃的だった相本の態度も少しずつ和らいでいく。
その間にも時折相本の携帯電話が鳴る。ホテルへ向かっているはずの相手は、忘れ物をしたから戻りたいと言っているらしい。一刻も早くホテルへ来るようにとなだめる相本。不毛なやり取りが続いた後、相手は電話口で「そこには行けない」と言ったようだ。
叫ぶ相本。電話の相手は、相本同様生きることに疲れた女で、二人はこのホテルで理由は別々ながら一緒に死ぬ約束をしていた。土壇場で女は約束を破ったのだ。
何事もなかったように施術を続けるせつこに、相本は「一緒に死んでくれませんか」と切り出す。「いいですよ」と答えるせつこ。ただ、まだ硬い部分があるので、もう少しマッサージを続けた後でなら、という条件をつけた。
オイルマッサージに施術を切り替え、また新たな「会話」が始まる。相本は長く勤めた小さな会社が潰れ、連帯保証人だった自分に巨額の借金が降りかかったこと、妻と娘が自分をあっさり見捨てたこと、ひと目会いたくて行った妻の実家で金を渡され「二度と来るな」と言われたことなど語る。
せつこもまた、このホテルに勤務していた夫の裏切り、生きるために身につけたマッサージ、多忙さの中で娘を愛せなくなっていったこと、娘のために仕事を辞める決意をした途端、その娘が死んでしまい、自分も自殺したが未遂に終わったことなどをつぶやくように話す。
すべてを失ったはずの相本とせつこ。けれど二人はマッサージを介して触れ合う手と背中を通し、小さな温もり、一筋の希望を見いだしていく。
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